第三十話 襲撃

 *今回と次回は獣人族村長、ウミャウおばさん視点となっております。



 それは午前の仕事を済ませ、皆が昼の食事を終えた後の事だった。

 決して聞きたくなかった笛の音が響く。


 それは新月の度に怯え続けてきた悪夢。

 見張りが吹く、あたしら獣人の村へ接近する外敵を知らせる、魔法で強化された笛の音だった。


「ガールル、子供達をまとめて村の外へ逃げるんだ、逃げる方向は分かってるね」

「はい村長、笛の反対側に」

「それでいい」


 ガールルが、即座に子供達を促す。

 十五歳に満たない村の子供は十六名、この子達だけはなんとしても守らねばならない。


「行くよ。なにも持たなくて良いから、ほら立って、急ぐ!」


 賢い子だ。子供達を頼んだよ。


「大人は武器を取りな。

 子供達が出たら門を閉めるんだ。クロスボウを持って外壁の上に」

「おうっ」

 

 新月の獣人は移動速度も遅い。全員で逃げても簡単に追いつかれてしまう。

 だから、子供達が安全な場所へ辿り着くまでの時間を稼がないといけない。


 あたしも急いで自宅に戻り、近接用の武器と特大のクロスボウをつかむと、村を囲む石壁の上に上った。

 笛が鳴った方向を見れば、居た! リザードマンだ。


 その数二十名以上。こちらに向かって歩いてくる。

 全身が硬い鱗に覆われ、顔はトカゲで長い尻尾を持っていた。

 あたしより頭一つ高い二十フント前後の身長、それに見合ったがっしりとした体格をしている。


 リザードマンの一人が、見張りをしていた獣人の頭をつかんで宙吊りにしていた。


「ガウン……」


 あたしは今にも首を折られそうな、その獣人の名をつぶやいていた。

 

「よーっ、久しぶりぃ、元気してたぁ?」


 先頭を歩く一際ひときわ大柄なリザードマンがそう叫んだ。

 どうやら襲撃者のリーダーらしい。

 リザードマンの区別などつかないが、この独特の口調は覚えている。間違いない。


 七年前にあたしらを襲ったのと同じリザードマンだ。


「そこで止まりな!」


 クロスボウを構え、射程に入った相手へ警告する。

 怒りに煮える腹を収めて、交渉をしなくちゃいけない。


「村に有るものは全部そっくり渡す。あたしらは身一つで逃げる。

 だから見逃しておくれでないかい? その見張りもさ」


 どうだい? 頼むからそれで納得しておくれ。


「ぶはっ、無理無理、ちょー無理、条件とかなに言ってんの?

 そんなの聞く訳ないじゃーん。金目の物は全部貰うし、村人も半分は食うに決まってんじゃーん」


 リザードマンはペロリっと舌なめずりをした。

 そう、こいつらは獣人を食うのだ。生きたまま、嬲りながら。


「あれだぁ、世のおことわりってヤツだろ? なんつったっけ? 弱い奴は食うと美味い?

 だからさぁ、無駄な抵抗はやめて降参しちゃえよ、じゃないとぉ……」


 大柄なリザードマンが吊るされていた獣人ガウンの腕を掴み、まるで小枝のようにぺきりと折った。


「うぐあっ」


「ガウンっ! お止めっ!」


 あたしの淡い期待は無残に砕かれた。

 まあ、そんなもんだろうよ。

 

「こいつを嬲りコロコロしちゃおっかなぁ?

 なあ、もう武器を捨てて降参しちゃえよ」


「お、俺には構うなっ!」


 見張りの獣人ガウンは、歯を食いしばり気丈にそう言った。


「すまないねガウン、そうさせてもらうよ。撃ちなっ!」


 あたしの号令で村人が一斉に矢を放つ。

 魔法で強化された強弓で、リザードマンの鱗を貫通できる筈だ。

 致命傷を負わせるには威力不足だが、矢尻には毒が塗ってある。


「ちょっ、いつっ、前は無かったっしょ? そんなの、四つ足のクセに頭良くね? 盾もって来いって、いって、急げよっ」


 一度下がったリザードマン共が、大きな盾を構えて戻ってくる。

 用意がいいね、でもね、こっちにだって備えはあるんだよ。


「油と火種を用意しな」

「はい村長」


 この日の為に準備をしてきたのだ、皆の命を守るために、だが……


「村長! 門の方が破られそうだっ」


 村の門を担当した者が叫んでいた。

 こっちは囮かいっ! 弱りきった獣人相手に慎重な事だよ、まったく。


「ここは任せるよっ」


 あたしは石壁の上を走り門へと向かう。


 バガァンッ


 間に合わなかったか!

 あたしの目の前で門が弾けるように砕けた。


 壊れた門からリザードマンが侵入してくる。

 壁の上から放たれるクロスボウの矢が当たっていない。

 両手持ちのハンマーを持ったその大柄なリザードマンに、当たる直前で不自然にそれていく。

 矢避けの魔法かい。


「こなくそっ」


 あたしは近接武器を握り締め、石壁から飛び降り、門から入り込んだリザードマンの前に立ちふさがる。


「ここは通せないねぇ」

「ははっ、新月の獣人になにができんだよ?」


 魔力が無いのなら自前の筋肉でなんとかするしかない。

 この日の為に懸命に鍛え抜いてきたんだよ。何年も何年も歯を食いしばり。


 鋼鉄製の籠手こてに鉤爪がついた、独特の武器を握り締める。


 あたしはクロウタイガーの獣人だ。

 満月であれば自慢の爪で、リザードマンごとき何匹居ても真っ二つに出来る。


 だが今はこの篭手だけが頼りだ。

 本物と比べると随分と頼りないが、それでも今はあたしの爪なんだ。


「おらっ、ぶっ飛べ四つ足がっ」


 リザードマンが巨大なハンマーを両手で振り回す。

 大振りだ、簡単にかい潜れる。

 あたしは懐に飛び込み、体重を乗せた渾身の右拳を敵の鳩尾みぞおちに叩き込む。


「がっはっ」


 油断してたね? 助かるよ。

 鱗に覆われた腹に、鋼鉄の爪が深々と突き刺さる。

 あたしは腰を沈め、ハンマーを落とし前のめりになった巨体の顎に向けて、左の拳を打ち上げる。

 全身のバネを使った左アッパーが、リザードマンの頭を貫いた。


「ぁが……」

 ズズゥンッ


 門を破ったリザードマンの巨体が揺らぎ、地響きを立てて倒れ伏した。


「お、おいおい、なにられてんだよ、ウケる」

「馬鹿だ、こいつマジで馬鹿だ」


 新たなリザードマン二匹が、笑いながら門から進入して来た。

 やはり矢が当たってない。


 二対一かい、しかも両方とも片手剣と盾で武装していた。

 やっかいな強敵だ、ならば先制あるのみだよ。

 あたしは全力で走り出し、左側のリザードマンに右拳を叩き込む。

 だがその拳は盾で容易く受け止められてしまった。

 そのまま左に回りこみ、一時的にでも一対一の状況を作る。


 ……作る筈だったんだが、もう一人のリザードマンがあたしの右に回りこんでいた。

 早すぎる。

 魔法による身体強化が行われているのだろう。


 盾に隠れた二匹のリザードマンが、連携のとれた素早い斬撃を繰り出す。

 くっ、やるじゃないか、これはさばき切れないか?

 やられるにしても、せめて一匹は道連れにしておかないと。

 あたしが身を捨てる覚悟を決めた、その時、


「ぐあっ」


 右側に居たリザードマンが、突然崩れ落ちるように倒れた。

 そして、その後ろには血に塗れた剣を構えたウルバウが居た。


「てめっ」


 残ったリザードマンがウルバウへ視線を向ける。

 おっと、その隙は見逃せないねぇ。

 あたしは右鍵爪を盾に引っ掛け押し開き、左鍵爪をリザードマンの後ろ脇腹へとえぐり込む。


「ぐっは」


 動きの止まったリザードマンにウルバウが止めの一撃を突き入れた。

 リザードマンは力なく倒れる。


「助かったよ、ウルバウ」


 この子は七年前にこの村が襲われた後、一度村から旅立っている。

 剣技を身につけ、魔力が無くても戦えるようになる為にだ。


 魔族の剣士に弟子入りし、五年の厳しい修行に耐えた後でまた村へ戻ってきた。

 獣人族が魔族の中で生きるのは想像を絶する困難があっただろうに、ウルバウはやり遂げて帰って来たのだ。

 全てはこの日に備えてだ。


「また来ます、村長」


 壊れた門の外に、新たなリザードマンが三匹見える。

 いいね、そうやって少人数でバラバラに来てくれると助かるよ。

 そろそろ矢の毒も効いてくる頃合だろう。

 なんとかなるかもしれない。


 いや、なんとかするんだよ!

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