第三十二話 大魔王

「フェンミィ!! お逃げえええええええええっ!!」


 鳥馬に乗った俺とフェンミィが村へ入ったとたんに、ウミャウおばさんの悲痛な絶叫が響いた。

 そして俺は自分の間抜け加減を呪う。


 それは惨劇としか言いようがない光景だった。


 村の住人が瀕死の重傷を負い、体高二メートル五十センチはあろうかという巨大なトカゲの化け物共に、生きたまま食われようとしていたのだ。


 俺は馬鹿だ、どうしようもなく馬鹿だ。

 なにが彼女の安全の為にどこか遠くへ旅立つだ。

 知っていただろう? この村の危うさを。


 彼女達を危険に晒すよりはマシだ?

 寝言もいいところだ、最初から危機に瀕していただろ!

 これを放り出してどこへ行くつもりだったんだ?

 くそっ!

 ああなんて過酷で残酷な世界なんだろうな、ここは!



 鳥馬の足が止まり、フェンミィの身体が震えだす。

 そして、彼女の口から悲鳴が漏れる。


 最初は悪夢にうなされているかの様に、


「あ、あああ……あ……いや、いやぁ……」 


 次に、つぶやくような小さな声で、


「た……助けて」


 そして最後は涙声で、その背中を小さくすくませて、すがるようにその名を口にする。


「助けて大魔王様ぁ……」



「任せろ、フェンミィ」


 俺はそう言ってフェンミィの肩にそっと手を置いた後、鳥馬から下りる。


 「あ……」


 フェンミィの震えが止まった。



 俺はトカゲ……リザードマンの盗賊共に向かい、ゆっくりと歩き出す。

 同時に周囲を探索して状況を把握する。

 村人達もリザードマン共も全て広場に集まっていて、伏兵は居ないようだ。


 村人の数は九十八名、リザードマンは五十六匹。

 リザードマンのほぼ全てが村人を手に持ち、今にも噛みつこうとしている。


 超加速状態は人質の救出には不向きだ。

 さわれば傷つけてしまうし、そばで行動しただけで余波を撒き散らしてしまう。

 いざとなれば使わざるを得ないだろうが、重傷者の多いこの場所ではなるべく使用を避けたい。


 俺は分身を村の外から呼び寄せる。

 ステルス状態で接近させ、リザードマンを一気に倒せる場所に配置しよう。

 念のために俺自身が敵の注意を引いた方がいいだろう。


「ああん? 誰ちゃんよ? この村の四つ足かなぁ?」


 一際ひときわ身体の大きなリザードマンが、ふざけた口調で話しかけてくる。

 その手には傷ついたガールルが乱暴に握られていて、両足にはコガルゥとミニャニャがすがり付いていた。


 何があったのか容易に想像が出来る。

 腹の底が熱くなり、怒りで軽く手が震える。


 獣人達は悲壮な顔をしており、ガールルだけがなにかを期待する表情で俺を見つめていた。 


「ああ、もう大丈夫だ、皆もな」


 俺はガールルに頷いてそう言った後、リザードマンのリーダーに問う。


「お前らはリザードマンの盗賊でいいんだよな?

 この村を襲って、獣人たちを食い殺そうとしているんだな?」


「それがぁ?」


 ふざけた口調のリザードマンが答える。

 こいつがリーダーか?


「弱っている獣人にこんな仕打ちをして心は痛まないのか?

 いままで多くの人を手にかけて来たよな? それを悔いたことは?」


 一瞬、辺りが静まり返る。そして、


「ぶっ、ぶあははははは、なっ、なに言ってんの? マジかよこいつ、ちょーウケる。悔いた事はぁ?

 ねーよ馬鹿か、弱い奴をいたぶるのが最高なんじゃーん、ヤベっ、はらいてー」


 リザードマン共は大爆笑した。


「そうか、全員の総意でいいんだな?」


「ははは、ああ、ああ、もちのろんだけど、んで、お前は誰ちゃんな訳よ?」


 まだ笑いが収まらないといった感じの、リーダーリザードマンが質問を繰り返す。 

 いいだろう、教えてやる。



「俺は大魔王だ」



 俺ははっきりと、決意を込めてそう言った。


「あっ」


 フェンミィが俺の後ろで短く息を呑む。

 俺は彼女に背中を向けたまま話しかける。


「ごめんなフェンミィ。この村の惨状を見て思い知った。

 結局、俺は逃げていただけだ」


「一人で頑張っていた君にこたえる事もせず、辛い過去を思い出すからと逃げ続けた」


「その結果がこれだ。

 この過酷な世界からはいくら逃げても無駄なのにな。

 いつか、こうして残酷な現実が突きつけられる。


 だから、もう逃げるのは止めだ。


 俺は戦う、この盗賊共と、そして盗賊を産むこの世界の全てと……もちろん世界征服を企む大魔王としてな」


 そして俺は彼女へ振り向いて笑う。


「誰も大魔王を望んでいない?

 いいや、少なくとも君が望んでくれている。俺はそれだけで戦えるよ」


「……大魔王様」


 フェンミィが両手で口を覆いボロボロと大粒の涙をこぼす。

 彼女の表情にもう不安の色は無かった。


「え、なに? 大魔王? あの大昔の? それ脅しのつもりなの? ぶっ、ぶははははは、ちょ、ま、ヤベっ、オメー、俺ちゃんを笑いコロコロする気かよ、ぶはははは」


 リザードマン達は笑い続ける。


「くははは、ボス、俺、食うのこいつにするわ、くくくはは」


 そう言ったリザードマンが一匹、長く太い剣を持ち俺に向かってくる。


「ぶははは、好きだねぇ、いいよ、やっちゃえyoー、ははは」


「ばっ、馬鹿っ、お逃げっ!」


 獣人から声が上がる。この声はウミャウおばさんだな。 

 

「心配してくれてありがとう、でも大丈夫だよ」


「くくく、おめーがどんな声で鳴くのか聞いてみたくなってよぉ、腕からいくかなぁ、くくははははは」


 俺の目の前までやってきたリザードマンが、その巨大な剣を振りかぶる。


 「臨戦!」


 俺がそう叫ぶと、背後に現れた魔法陣が眩い光を発し、この身体を戦う姿へと変化させる。


――トランスフォーメーション コンプリート――


 一瞬で戦闘形態となった俺は剣が届くより早く踏み出し、左のジャブをリザードマンの上半身に叩き込む。


 ドバシュッ……ズシンッ


 音速の四倍を超えるその一撃でリザードマンの上半身が爆散し、残ったトカゲの下半身が音を立てて大地に崩れ落ちる。


「ははは……はぁ?」


 リザードマン共の笑い声が消え、辺りが静まり返る。


「お前らの血も赤いんだな」


 俺は心の底から、それが意外だと思った。


「な、なんだぁ?」

「だっ、誰だ?テメー」

「なにしやがった?」

「あの四つ足はどこ行った?」


 一変した俺の姿にリザードマン共は戸惑う。


「おいおいおい、なにこいつ? 変身したんですけどぉ? 有り得なくない? なくなくない? 新月なのにぃ?」


 リザードマンのリーダーだけは何が起きたのか把握できたみたいだ。

 こいつ目が良いな。


「てか何よ? 何の獣人ちゃんよ? キモいんですけどぉ、そんな動物見た事ないんですけどぉ? お前いったい何よ? 何獣ちゃんよ?」


 よし、せっかくだからもう一度名乗っておこう。

 戦闘形態の俺は、人型とは比べ物にならないほど大きな声を強く出せるからな。


 とびきり印象に残るようにそれっぽく行こうじゃないか。

 フェンミィが、そして村の獣人達が、もう新月に怯えずにすむように。


 その手の口上はジャッジ時代に散々述べてきた。

 俺は大きく息を吸い込んだ。そして、


「俺は四百年ぶりに帰還した魔族の主、世界を制する者。


 『大魔王』だ!!


 頭が高いぞ族共! ひれ伏せっ!」


 びりびりと空気が震え身体が振動する大声に、リザードマンが思わず後ずさる。


「獣人の皆、もう絶対に大丈夫だから安心してくれ。今すぐこいつらを片付けるからな」

 

 俺は出来るだけ優しい笑顔を作って笑う。

 戦闘形態の恐ろしい顔で、上手く笑えたかどうかは自信が無い。

 唖然とした顔でこちらを見ている獣人の子供達が、怖がっていないと良いのだが。


「っざけんな、ぶちコロがっせっ!」


 リザードマン共が各々武器を取り俺に襲い掛かってくる。

 だが弱い、話にならない。


 俺が右手を一振りするとリザードマンの上半身が爆発四散する。


 ワルナの兵士達とは比ぶべくもない。


 左手を突き出すだけで別のリザードマンの胴体に大穴が開く。


 満月期のフェンミィにも遠く及ばない。


 俺が軽く手を動かすたびに、リザードマンの盗賊共は赤い血しぶきを撒き散らして絶命する。

 まさに鎧袖一触がいしゅういっしょくだ。


 新月でさえなければ獣人達が負けることなどなかっただろう。

 彼らの無念を思うと胸が痛む。


 俺の足下には血だまりと、動かなくなった大型爬虫類の下半身が積み重なっていく。


「な、なんだよ、この化け物は」


 十二~三匹も殺しただろうか? リザードマン共が俺を遠巻きにして動かなくなった。


「おいおい、なに気楽にコロコロしてくれちゃってんの? おこだよ、俺ちゃん激おこだよ?

 新月の四つ足のくせに強いじゃーん、やってくれるじゃーん、けど、俺ちゃんはもっと強いんだなぁ、これが」


 リーダーリザードマンがガールルを地面に放り出し、両手にモーニングスターの様な武器を持つ。


「じゃ、俺ちゃんが、ちょっとコロコロしちゃおっかなぁ」


 リーダーリザードマンが地を蹴る。


――アラート タイガー オーバークロッキン――


 周りの景色が写真のように停止していた。

 音が消え、空気が粘液のように重くなる。

 自動防御システムが反応して、俺を超加速状態にしていた。


 このリザードマンは超加速が出来るのか。

 ここはダンジョンからの魔力枯渇地帯なのに凄いな。


 速度自体はワルナ達と比べても遅く、今の俺から見れば止まっているのと大差ない。

 仕留めるのは簡単だ。


 だが、だからといって俺が全力で動くと、圧縮された空気の爆発で重傷の獣人たちに被害が出かねない。

 俺は思考の動作周波数を落として、超加速の速度を調整する。


 リーダーリザードマンの速度が上がり俺にゆっくりと近づいてくる。

 自分の勝利を微塵も疑っていない顔だ。


 こいつはこの魔力の空白地で戦う限り、普通の魔族相手なら無敵なのだろう。

 あのメイコ共和国の精鋭部隊ですら、ここではこいつに敵わない。


 だが、相手が悪かったな。


 俺は巻き添えで被害が出ないように、電磁投射機の威力を調整して単発の弾頭を三発、慎重に撃ちだす。

 

 リーダーリザードマンの必死な回避行動も空しく、弾頭は全弾命中した。

 その超加速状態が解けた事を確認した後、俺も思考加速を停止させる。


『定速』


――リターン トゥザ レイテッド――


 俺は普通の時間へと帰還した。

 

 ドバシャアァッ!

「うぎゃあぁああぁっ」


 下腹部と両足の銃創から血を吹き出し、土煙を上げながらリーダーリザードマンが地面を転がった。

 巻き起こった風は最小限で辺りに被害はない。


「馬鹿なぁあぁ、おっ、俺より速いだとぉ!

 ありえねぇ、新月で、魔力の空白地だぞぉ!

 ドっ、ドラゴンでもねえ限りはぁっ!」


 リーダーリザードマンがわめき散らす。

 俺は止めを刺す為に近づきながら、声を落として脅すように言う。


「お前はいったい、誰を相手にしているつもりだったんだ?」


 リーダーリザードマンがはっとして動きを止める。俺を見上げるその目が怯えの色に染まっていた。


「……だ、大魔王……本物の?」


 俺は無言で歩みを進める。


「ひっ、ひいいいい」


 リーダーリザードマンはガタガタと震え、牙をカチカチと鳴らし始める。


「ひっ、お、お許し下さい、大魔王様」


 腹から内蔵を出しながら、折れた両足でリーダーリザードマンが地に伏せる。かなりタフだ。

 しかし、あのふざけた口調はどこいったんだよ


「ははは、反省しましたぁ、もうしません、そうだ、俺ちゃん……俺には病気の子供がぁ……」


 全く説得力が無いな。興味もない。皆の怪我も心配だ、時間が惜しい。


「知るか、死ね」


 俺はリーダーリザードマンを蹴ろうと一歩踏み出す。


「待てっ! 四つ足をコロコロしちゃうぞ、人質だっ!」


 悪党らしく往生際の悪い事だ、だが無駄だ。


「少し遅かったな。今さっき配置が完了した」


 ガガガガガガシュンッ


 電磁投射機の発射音が辺りに響き、村内に生き残っていた全てのリザードマンが力なく倒れる。

 そして、その足下に四十センチ程の小さな人影が現れた。


「これで後はお前だけだ」


 俺は右足を後ろに引き、


「ばかなっ、そんな、ありえな……」


 ドバチュンッ


 リーダーリザードマンを蹴り壊した。


 獣人の村を襲った絶望的な脅威が、今ここに消滅した。




「……う……うう……うわあああああああああああん」


 静まり返った獣人の村に、子供の泣き声が響いた。

 幼いミニャニャが顔をクシャクシャにして泣いていた。

 つられる様に、他の子供達も泣き出す。


「う、ううう、うわあああああああああぁぁあああん」

「うっ、くっ。くうう、ぐすっ」「ううううくぅうう」「うわぁあああぁ」「うううおおおぉ」「ぐすっ、ぐすっ」


 そして大人の獣人達もすすり泣きを始めた。


 泣き声の大合唱が村を染めていく。

 けれど、それは決して、悲しみの音色などでは無かった。



「フェンミィ、皆の状態を調べてくれ」

「はい、大魔王様」


 やはり涙ぐんでいる彼女がそう答えた。

 うん、フェンミィからは、そう呼ばれるのが一番しっくり来るな。


「一番の重傷はガウンだよ! 一刻を争う! その鳥馬でナーヴァ領主様の所へ運んどくれ」


 俺の知りたい情報を、ウミャウおばさんが的確に答えてくれた。さすがだ、泣いていない。


「大魔王様!」


 ガウンと呼ばれた獣人男性を看たフェンミィが焦る。

 俺も確認の為に側へ座った。


「これはマズいな」


 瀕死だ。

 馬で運んでいてはとても間に合わないだろう。

 他の獣人達にも、長時間放置する訳にはいかない程の重傷者が沢山居る。

 ウミャウおばさんだって相当に危険だ。


 この世界には治療魔法とポーションがある。

 今すぐワルナの屋敷にさえ連れて行ければ、助かる可能性は高い筈だ。

 なにか良い方法はないか?


 鳥馬では遅すぎるし、乗せられるのも二人が限度だ。

 俺が抱えて走る手はある、だが怪我人にはあまりに辛い乗り心地だろう。


 待てよ!


「フェンミィ、馬車は無いか? なければなにか大きくて丈夫な箱でも良い」


 俺の質問に答えたのはウミャウおばさんだ。


「馬車は無いよ、箱ってのはよく分からないが、馬車みたいなっていう意味なら無いね。

 それより早く鳥馬で……」


 それでは間に合わないだろう。

 どうにかして馬車かそれに近いものを手に入れるんだ。

 考えろ、俺。

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