第三十三話 宴回 その一 誕生、大魔王直轄国

「ありがとう、ありがとう、ワルちゃん」


 最後の便で到着したフェンミィが、ワルナに抱きついて精一杯の感謝を伝えている。 

 その両目からはポロポロと涙がこぼれていた。


「当然の事だ。だが、本当に良かった」


 ワルナもそっとフェンミィを抱きしめた。


 リトラ伯爵邸で獣人達は治療を受けている。

 大きく立派な地方領主の館だが、さすがに八十名からの重傷者を泊める施設は無かった。


 街中から大量のマットレスと寝具が集められ、獣人達は空き部屋から廊下まで、屋敷の利用できる空間を占領しつくしていた。

 当然、サティの離れも獣人で溢れている。


 時間は深夜になっていたが騒ぎは収まらず、ちょっとした野戦病院の様相をていしている。

 幸いな事に、この街の軍隊は大幅に増員されており、軍に所属する魔法治療師は十分な人数が居た。


 一番重傷だったガウンも無事一命を取り留めていた。

 この世界の魔法をもってしても、かなり危ない状態だったようで、五人もの魔法治療師が今もつきっきりだった。


「すまないねぇ姫様、本当に感謝するよ」


 玄関ホールに二枚並べて置かれたマットレスの上で、横たわったウミャウおばさんがワルナに感謝を伝える。

 彼女の傷もふさがってはいるが、それでもしばらくは絶対安静だ。


「なにウミャウ殿、獣人村の危機とあればリトラ家は支援を惜しまぬぞ」

「ありがたいねぇ」


 獣人と地方領主の関係は想像以上に親密のようだ。

 本当にありがたい。 


「しかし、正に危機一髪だったのだな」


 ワルナはホッとしたように言う。


「ああ、本当にね。偽大魔王が……あ、いや、本物だったんだよねぇ、あんたは。

 いやぁ、正直、ガールルから話を聞いた時には信じられなくてねぇ……。

 ともかく大魔王様とお呼びしなくちゃならないね」


 ウミャウおばさんからそう呼ばれるのは、なんか違和感があるな。


「まあ、今まで通りでも良いですよ、なんなら偽大魔王でも……」

「そこはちゃんとしてくれないと困ります、大魔王様」


 いいかげんな態度の俺を、まだ涙の跡を残したフェンミィが睨む。


「ははは、そうだねフェンミィ。

 大魔王様ありがとう。村人全員が感謝しているよ」


「ああ、心からな」「ありがとよ」「ありがとうございます」「うううう」


 ホールに寝かされていた他の獣人達からも声が上がる。

 なんだか照れくさい。


「それにしても、数時間前に別れた貴公が空から降りてきた時には驚いたぞ。

 しかも開口一番、『丈夫で大きな馬車をくれ!』だったからな。

 だが、理由を聞けば良い判断だ、馬車を抱えて空を飛ぶとはな」


 ワルナが感心したように頷く。

 そう、俺は患者を抱えて走らずに、馬車を持って飛んだのだ。


 村に馬車は無かったが、俺単独ならワルナの館もご近所みたいなものだ。そこで借りれば良い。

 振動も少なく、乗り心地もおおむね好評の大魔王航空便だ。



 ◇



 全ての獣人が完治したのは満月が近づいた頃だった。


 そしてそれから更に数日たった満月の日、太陽が沈みかけた頃、俺達は獣人村の広場に集まっていた。


「さて、いいかいみんな? 練習どおりだ」


 ウミャウおばさんが、俺の前に整列している全ての村人にそう言った。みんな真面目な顔でコクコクと頷いている。

 練習してたんだ……。


「膝折れ」


 ウミャウおばさんがそう言って膝を地につき、他の獣人達もそれにならう。


「大魔王様、獣人村村民九十九名、全て貴方の臣民となる事を切に願います」

「切に願います」


 ウミャウおばさんに続いて全ての村人が声を上げる。

 茜色の夕日に照らされた広場で全員が真剣な表情だ、あの幼いミニャニャでさえも。


「もう一度だけ確認させてください。

 俺の所為で危険を招く事もあると思います、それでも構いませんか?」


 今更な質問だが、それでも、これだけは聞いておかなくてはならないと思った。


「全てフェンミィから聞いてる。些細な事だ。もちろん全員の総意だよ。

 あたし達は、あんたにれのリーダーをやって欲しいんだ」


 群れ……か、いかにも獣人らしい。


「分かりました、よろしくお願いします」

「こちらこそだよ、大魔王様」


 俺を含めた全員が頭を垂れた。


 今この瞬間、大魔王国が誕生した。

 人口ちょうど百人の小さい国だが、ここから出発だ。


「よし、堅苦しいのはここまでだ。さあ宴会だよ」


 ウミャウおばさんが立ち上がりそう言った。


「うおおおおおお」


 獣人達から大きな歓声が上がる。


「この村とも明日でお別れだ。色々有ったけど、盛大に騒いで去ろうじゃないか」


 獣人達はこの村を引き払い、明日から大魔王城、及びその城下町に住むことになっている。

 引っ越し作業もほぼ終わっていた。



 ◇



「しかし、皆タフですよね」


 俺は焚き火を囲んで楽しそうに盛り上がる獣人達を見て、素直な感想を漏らす。

 日は沈み、夜の帳がおりていた。


「皆、笑って、飲んで、騒いでいる。小さな子供まで。

 あんな事が有ったっていうのに……」


 俺ならトラウマ物で、未だにベッドでガタガタ震えてるかもしれない。

 もしかしたら空元気なのかもしれないが、それならそれでやっぱり強いのだろう。


「なあに言ってるんだい、大魔王様」


 俺の隣に座っていたウミャウおばさんが笑う。


「あんたのおかげじゃないか。

 七年前はね、村人が笑えるようになるまで約一年かかったよ。

 直接の犠牲者だけでなく、襲撃の後に自殺者が八人も出た」


 ウミャウおばさんは悲しそうに遠くを見る。


「でもね、今度は誰一人死ななかった。

 そして新月にも希望が持てた。

 全部あんたのおかげだよ大魔王様。ありがとうよ」


 焚き火に照らされたウミャウおばさんの顔は優しげに微笑んでいた。



 ◇



「七番、ウミャウ。ベアハッグで岩を十個連続で割るよ!」

「おおおおお」「でたあ」「よっマッスルボディ!」「マッスルボディ!」


 月が雲に隠れた宵の口、ウミャウおばさんが二トンはあろうかという巨石を軽々と持ち上げホールドした。


「もしかして、あの芸は毎回行われてるのか?」


 俺は隣で食事にかぶりついていたフェンミィに尋ねる。


「ふぁい……ん、もぐもぐ、ごっくん、はい、なぜか何度やっても受けるので毎回……」


 フェンミィは、なにが面白いのか分からないという顔だ。

 彼女はワルナから貰った新しい服を着ていた。


 東欧あたりの可愛らしい民族衣装に似ていたが、スカート丈は短めで、何よりその色がほぼ茶色一色だった。

 茶色になにかこだわりがあるのだろうか?


「どうだい? あたしの芸は?」


 ウミャウおばさんが、フェンミィとは反対側になる俺の隣へ座りながら言う。

 俺は簡潔に感想を述べる。


「見事な筋肉でした」


「そりゃ嬉しいねぇ、でも役には立たなかったんだ」


 事情は聞いた。

 軽い趣味のように言っていた筋トレに、本当はどんな思いが込められていたのかも。


「いいえ、村長の奮戦が無ければ、たぶん間に合いませんでしたよ。

 あなたの筋肉が稼いだ時間は、無駄ではないと思います」


 本音だ。本当に際どいところだった。


「そうかい?」

「ええ」

「ははは、あたしらの王様は優しいねぇ」


 村長ウミャウおばさんは照れくさそうに笑った。


「だいまおーっ」


 どんっと音を立てて、ミニャニャが俺の背中に飛びついて来た。

 その後に村の子供達約十名が続いてやってくる。


「ひれふせーっ」


 ミニャニャがそう言うと、後から来た子供達の先頭に居た数人がひざまずいた。


「ははー」

「あははははは」


 ミニャニャが嬉しそうに笑う。

 あれ? それもしかして俺の真似か?


「馬鹿、やっぱこれだろ、臨戦!」


 そう叫んだコガルゥが、まるでヒーローのようなポーズをとる。俺そんな格好していたか?


「りんせん!」

「りんせん!」

「りんせん!」


 子供達がそれぞれのポーズで叫ぶ。

 流行はやっていた。


「違うよ、こうだよ」

「そうじゃないよ、こうだよ」

「ねーっ、大魔王様、りんせんして見せてぇ~」

「りんせんして、りんせんして~」


 いつの間にか子供達が声を揃えて、俺に臨戦をせがんでいた。


「そいつはいいね、見せておくれよ。おーいっ! 我らが王様が飛び入りで参加だ!」


 ウミャウおばさんが立ち上がって、宴会芸を繰り広げる獣人たちに声をかけた。 


「おおおお」

「いいねえ」

「よっ、大魔王様!」

「さすが、ノリが分かってるねぇ」


「え?」


 待って? やる流れなのこれ? だって俺の戦闘形態は不気味だよ? 怖いよ?


 困った俺は助けを期待してフェンミィを見る。

 だがフェンミィは、キラッキラした瞳で俺を見つめていた。

 期待に満ちた目だよ、ワクワクが俺にも伝わる程だ。


 仕方ないなぁ……怖くても引くなよ?


 俺は立ち上がり、少しだけ皆と距離を置く。

 破れてしまうので、服を脱いでたたんだ。

 このもたついた時間が、実に間が抜けている感じでなんとも情けない。

 下着を脱ぐわけにもいかないので、そこは諦めた。


 よし、やるぞ。

 棒立ちで、というのも寂しかったので、コガルゥのポーズを拝借する。


「臨戦!」


 俺の背後に現れた魔法陣が眩い光を発し、俺は醜く恐ろしい戦闘形態へと移行する。


――トランスフォーメーション コンプリート――


 俺の脳内で馴染んだ機械音声が聞こえる。


 四基の魔法炉が無駄な高出力を発揮し、使い道の無い大量の魔力が全身に満ちる。

 宴会の余興と化したジャッジの魔法科学の結晶、改造人間の戦闘形態がここに出現した。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち

「かっこいい、よっ!王様最高!」

「さすが、頼もしいねぇ」

「やっぱ迫力が違うよな」

「大魔王! って感じだよな」


 拍手と共に獣人達が声を上げる。

 いやお世辞だよね?

 確認する為にフェンミィに視線を向けると、彼女は相変わらずキラキラした目で俺を見つめたまま、


「とっても素敵です」


 と言った。


「いやいや、俺の戦闘形態は醜いだろう?」

「とんでもありません! この威容、これこそ大魔王に相応しい迫力のあるお姿です!」


 俺はふと、ジャッジ時代の出来事を思い出した。

 俺の戦闘形態を見て、子供がガン泣きした事があったのだ。

 優しく対応したつもりだったので、かなりショックだったのだが、そんな時、ワイヤーウルフは懸命にフォローしてくれていた。


「美しいです、大魔王さま!」


 ワイヤーウルフのそれと違い、フェンミィは本気で言っているみたいだが、さすがに美しいは無理があるだろう。


「すっげー」「かっこいい」「大魔王様」「あ、かたーい」


 子供達が戦闘形態になっている俺の周りに群がる。


「かたーい」「ほんとだ」「かたいかたい」


 ぺたぺたと俺を触っている。


「怖くないのか?」


 俺は子供達に尋ねてみる。


「全然」「かっこいい」「うんうん」「かっこいいよ」


 語彙ごいはともかく怖がられてはいないらしい。なんか新鮮な反応だ。


「りんせん、りんせん、ひれふせ~」


 ミニャニャが妙な歌を歌いながら、俺をよじ登り始めた。


「かたーい、かたーい~」


 凄く嬉しそうだ。


「あー俺も登る」「あたしも」「あたしも」


 なぜ登りたがる?

 まあいいか……。


 俺は足場になるように両手を固めて、しばらく子供達のしたいようにさせた。

 なんか遊戯施設にでもなった様な気分だったが、これはこれで悪くない。

 なんだろうな、この気持ちは?

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