第三十四話 宴回 その二 居場所

「ウルバウ、あんたも飲んでお食べよ」


 俺の後ろへ、影になった暗闇に向けてウミャウおばさんが声をかける。

 眠る時間となった子供達から解放された俺は、人型に戻っていた。


「いえ、自分はこうして大魔王陛下の護衛を務めます」


 俺の背後には、剣を抱き、身構えて座るウルバウが居た。


「いや、普通にしてくださいよ。

 いくらなんでもここは安全だと思うし、ウルバウさんにも宴会を楽しんで欲しいんですが」 


「そうはまいりません、この世に絶対は無いのです。

 このウルバウ、大恩ある大魔王陛下の御身に万が一も無きよう、命をかけて御仕えする所存。

 ささ、陛下はお気になさらずにお楽しみください」


 宴が始まってから何度も声をかけたのだが、ずっとこの調子でらちが明かない。

 困ったな、こんなキャラだったのか、この人。


「ああっ、もうっ、また真面目かっ」


 酒瓶を片手にガールルがやってきた。瓶にはワルナが用意してくれた強めの蒸留酒が入っている。

 彼女はワルナの屋敷へ見舞いに来た時と同じ、薄いセーターにスカートという女性らしい服装をしていた。


「大魔王様が宴を楽しめって言ってるでしょう?

 無視するの? 楽しまないの? それは不忠じゃないのかなあ?」


「うっ、しかし、それでは……」


 ガールルの少しだけ意地の悪い質問に、ウルバウが頭を抱える。


「ぷっ、くっ、ははは、真面目だ、あはは」


 ガールルは嬉しそうだ。

 ウルバウの背中をバンバン叩いている。酔ってるな。


「まあ飲みなよ」


 ガールルはウルバウの口に、酒瓶を押し込んだ。


「ん? んんーっ」

「高いお酒らしいから、こぼすともったいないわよ?」


 振りほどこうとしたウルバウに、ガールルが悪戯っ子の様な笑顔で言う。


「んん……んごく、ごく、ごく」


 結局ウルバウは瓶に残っていた酒を全部飲み干した。

 そして、ものの数分で撃沈する。横になったまま動かない。


「あははは、真面目だ、真面目」


 ガールルが指をさして笑う。もしかしてこのお姉さん、酒癖が悪いんじゃ……。


「お……おいおい、急性アルコール中毒とか大丈夫なんだろうな?」

「へーきへーき、満月期の獣人は、そんなにやわじゃないわよ」


 ガールルは全く気にしていないようだ。

 俺はウミャウおばさんを見る。


「まあ大丈夫だろう、いつもやってる事だしねえ」


 ウミャウおばさんは慌てずにそう言った。

 そうなんだ……。俺はウルバウに同情する。



 ◇



「しかし、フェンミィは凄いなぁ」

「本当だよ、大魔王様を召喚するなんてねぇ」

「信じなくてごめんよ」

「偉いねぇ偉い子だぁ」


 ウルバウを気にしていたら、いつのまにかフェンミィの周りに人が集まっていた。

 皆、口々にフェンミィを褒め称えている。

 拝んでる獣人まで居るのはどうなんだ?


 どうやら酒の肴にされているようで、褒められている本人は居心地が悪そうだ。


「ちょっと持ち上げすぎじゃない? かえって可哀想よ」

「ルルねえ


 ガールルの助け船に、フェンミィが嬉しそうな顔で答える。

 けれど、その船は泥で出来ていたようだ。


「ね、じゃあバランスをとって情けない話をしてあげる。

 口止めされてたんだけど、フェンミィがおしっこを漏らした話はどう?

 それも十歳を過ぎてから……というかわりと最近なのよ」

「ルルねえええええええぇっ!」


 あ、顔を真っ赤にしたフェンミィがガールルに飛び掛った。

 さすがは満月、すごい跳躍だな。


 だが、簡単にいなされて押さえ込まれた。おお、技巧派なんだな、ルル姉。


 フェンミィは、えび固めを変形したようなポーズで小さく固められてしまった。

 その上にガールルが座っている。


「うっ、くっ、このっ、えええ?、あっ、や、やだっ」


 フェンミィが懸命に脱出を試みるが、まるで解ける気配は無い。

 そしてパンツが盛大に丸見えだ。


「それで、お漏らしなんだけどね」


 ガールルが話の続きを始める。


「やっ、あ、うっ、ううっ、ううううううわーん」


 あ、フェンミィに泣きが入った。ガチ泣きだ。


「はいはい冗談よ、言わないから。もう、いつまでたっても子供ね」


 ガールルが尻の下からフェンミィを解放する。


 いや、もう言ったも同然なんじゃないだろうか?



 ◇



「えぐ、えぐ、ぐすっ、み、見ましたか?」


 フェンミィがべそをかきながら、俺を上目遣いで睨む。


「いや、見てない……かなぁ?」


 そりゃ見ましたよ、目に焼きつく程に。

 この世界にもゴムは存在し、フェンミィのパンツも現代風のぴったりとした物だった。

 そして色は茶色だ。


「忘れてください」


 フェンミィはジト目になっていた。


「ど、努力する……」


「なによ、二人共まだそんな感じなの?」


 俺とフェンミィのやり取りを見たガールルが言った。


「なんでやらないの? 大魔王様」

「ぶばっ、けんけんけん」


 ガールルからいきなり投げ込まれた爆弾に、俺はむせて飲みかけていた酒を吹いた。


「ねえ村長」

「なんだい?」

「村の者が大魔王様の子供を生むのはアリよね?」


 ガールルは露骨な話題を弄ぶ。


「ああ、もちろんだ。外からの血も入るしね、大歓迎だよ」


 そうか、隔離された小さな村だ。もしかしたら、獣人はみな親戚なのかもしれない。


「でさぁ、王様なんだから側室とかもありよね?」

「まあ両者が望むなら構わないと思うよ」


 そこまで言ったガールルが俺にしなだれかかり、俺の耳に口を寄せて甘くささやく。


「ねえ、どうかな? 私は大魔王様の子供を生んでも良いわよ?」


 酒臭い甘い息、柔らかな火照った身体が猛烈にエロい。

 なにより、その大きな胸が、胸が……。


「だっ、だだだ、駄目ーっ!」


 フェンミィが俺の反対側で腕を引く。

 満月期の腕力で、俺はガールルから引き剥がされた。


「また独り占め? それはよくないんじゃない?」

「うううううううう」


 ガールルがフェンミィを煽る。


「一番は譲るって言ってるのよ?」

「そ、そそそ、そんな関係じゃありません! 私は筆頭書記官で……」


「あ、そう? なら私が大魔王様とつがいになってもいいのよね?」


 ガールルが再び俺にしなだれかかり、その腕が、足が、いやらしく絡みつく。


「今ここでちゃんと答えて欲しいかなぁ、じゃないと本当に盗っちゃうわよ? ほら、キスしちゃうかも……」


 俺の顎に指をかけてガールルが言った。


「う……うううううう、うわあああん」


 フェンミィは顔を真っ赤にして、半べそで村壁の外へ走り出した。


「ふふん、逃げたわね」


 フェンミィが居なくなったとたん、ガールルは俺から興味を失ったかのようにパッと離れる。


「いや……あのさ」 


 おそらく二人は実の姉妹みたいに親しく、長い付き合いなのだろう。

 とはいえ、からかい過ぎじゃないだろうか?

 

 ガールルは並べられた料理の中から、衣を着けて揚げられた鳥のモモ肉を二つ取り、更に果実酒の入った瓶を持った。


「はい、大魔王様」


 それを俺に差し出して言う。

 もしかして、この鶏じゃないフライドチキンはフェンミィの好物かなにかなのか?


「ね、あの子可愛いでしょ? ちゃんと女の子なんだから忘れないでね?」


 ガールルは、いつの間にか真剣な表情になっていた。


「大魔王様には、この先どこかのお姫様との縁談とかがあるかもしれないけど、あの子の居場所だけは確保しておいて欲しいの」


 う……ただ悪ふざけをしていただけなのかと思っていたら、そんな事を考えていたのか……。

 

「お願いですから、泣かさないであげてくださいね」


 そう言ってガールルが頭を下げる。

 う~ん、さすがの姉貴分といった感じだ。


「分かった、気をつける」


 俺はガールルから食べ物と酒を受け取り、フェンミィの後を追った。


「大魔王様、自分もお供させて頂きます」


 いつの間にか復活していたウルバウが立ち上がる。


「あんたは邪魔しない」


 再びガールルが、ウルバウの口に酒瓶を押し込む。


「うぐー、ごぶっごぶっごぶっ」

「あははは、真面目かっ」


「お……お大事に」


 俺はウルバウに一声かけて、その場を後にする。

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