第三十五話 宴回 その三 感謝

 村壁の外へ出ると、以前と同じ場所にフェンミィを見つけた。

 村を囲む壁の外側に寄りかかって遠くを見ている。


 近づいた俺に気が付いていて、遠くを見たまま話しかけてくる。


「ルル姉は美人ですよね、スタイルも良いし」

「いや、あれは、からかわれただけだと思うぞ」


「そうですね」


 そう言って、こっちを向いたフェンミィは笑っていた。

 意外にも機嫌は悪くないみたいだ。


「ほら」 


 俺は、鶏じゃない大きなフライドチキンを一つ、フェンミィに渡す。


「ありがとうございます」


 俺達は外壁に寄りかかったまま並んで座り、フラインドチキンを食べた。


 食べ終えた俺は、手に持っていた瓶入りの果実酒を、ひと口飲んでからフェンミィに渡す。


「あ」


 瓶を受け取ったフェンミィが、その飲み口を見て固まる。

 あれ? もしかして嫌だった?

 君に、俺の飲みかけなんか汚い、とか言われたら俺は泣くよ? たぶん滂沱ぼうだ号泣ごうきゅうだ。


 俺の視線に気が付いたフェンミィは、少し慌てたように言う。


「い、いえ、意識なんかしてませんよ、どうという事もありません、ありませんとも」


 フェンミィは瓶を口をつけて、一気にあおる。


「ごっごっごっごっごっごっごっごっ……ぷはー」


「お、おいおい大丈夫か? なにも、一気に飲み干さなくても良いと思うが?」


 俺が指摘すると、フェンミィは照れたように笑う。 


「え? あ、そうですよね、えへへ」

「まったく」


 つられて俺も笑った。俺の方は半分苦笑いだが。


「ねぇ、大魔王様」


 フェンミィが俺に身体を向けて座りなおした。

 正座だ。

 もうこの手の仕草が、元の世界と共通している謎については考えないようにしていた。


 ただ、地面に草が生えているとはいえ、足は痛くないのだろうか?

 まあ、満月の獣人は丈夫だから平気なのか。


「ん、ううん」


 咳払いなんかして、なにか言い出そうとしている。

 そうしないと悪い気がしたので、俺もフェンミィの方を向いて正座した。


「大魔王様、色々とありがとうございました」


 そう言ったフェンミィが深く頭を下げる。


「え? なんで今更?」

「だって、なかなか二人きりになれなかったじゃないですか」


 そういえばそうだったな。


 ここしばらく、俺達は大忙しだった。

 獣人村人の看病と、治療中に必要な生活物資の調達、そして引越しとその準備に追われていた。

 とても二人きりになる暇など無かったのだ。


 背筋を伸ばしたフェンミィが、真摯な態度で話し出す。


「大魔王様、私が捕まった時に探してくれて、そして、檻の中の私を、這ってまで助けようとしてくれてありがとうございます」

 

「あの時の大魔王様を思い出すと、今でも涙が出そうになります。

 あ、悲しくてじゃないですよ?

 私なんかの為に、あんなに必死になってくれた事が嬉しくて、胸が熱くなります」


 フェンミィは両手を胸の前で組んで、目を閉じてそう言った。

 

「ひとつの国を敵に回してまで戦ってくれて、私をあの恐ろしい場所から救い出してくれてありがとうございます」


「凄く、凄く怖かったです。辛くて、苦しくて、もう駄目なんだと思ってました。本当に怖かった。

 だから、助けてもらって、大魔王様に抱きしめられた時には、言葉に表せないくらいに安心出来ました」 


 目を開けた彼女が穏やかに笑う、目じりに光るのは涙だろうか?


「村を助けてくれてありがとうございます」


「私達は新月が来るたびに、怯え、震えて生きてきました。

 あの日、再びあの光景を見た時には、心が張り裂けるかと思いました。

 けれど、あなたがその絶望を、綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれました。


 私は、ときどき見ていた恐ろしい昔の夢を、見なくなりましたよ大魔王様。

 たぶん、みんなも一緒です」


 フェンミィは笑顔のまま、俺の目を真っ直ぐに見つめていた。


「そして、辛い思い出が有るのに、大魔王を目指してくれてありがとうございます」


「死んだ父の、母の、願いでもありました。

 きっとその道が、素晴らしい未来に繋がっているのだと私は信じています。

 だから、大魔王様が作る世界の端の方でもいいので、私をお側に置いてくださいね」


 フェンミィはそう言って深く頭を下げた。


 俺はガールルの言葉を思い出していた。

 居場所……か。


「ああ、フェンミィ、君が側に居てくれると心強いよ、これからも俺に力を貸してくれ」


 俺はただ本音を語った。それで十分だと思った。


「大魔王様……」

「フェンミィ……」


 俺達は正座のまま見詰め合っていた。


 ぴょこんっ…………もっさり


 突然フェンミィ頭に狼の耳が生える。おそらくスカートの中にはフサフサの尻尾が生えている筈だ。


「……え? あれ? なんで? 月は出ていないのに?」


 満月は雲に隠れたままだ。

 フェンミィが慌てて立ち上がり、耳を抑えてぴょんぴょん飛び跳ねる。


「もうっ、ひっこめ~、ひっこめ~」


 ふさふさした尻尾が左右に揺れ、少女の甘い香りが漂う。

 辺りの空気が和らぐような気がした。


「まあ、無理に引っ込めなくてもいいんじゃないか?」


 俺もつられて立ち上がる。


「え? でも、こんなの子供みたいですよ」

「子供? どういうことだ?」


 その姿の方が、いかにも獣人って感じで好きだけどなぁ。


「自分の身体をちゃんと操れないなんて、こういうのは子供の頃に卒業するものなんです。うう、ひっこめ~」


「俺はそのままでもすごく可愛いと思うよ、ちょっと触ってみたいくらいだ」


 気が付いたら、そんな言葉が口をついて出ていた。

 もちろんこれも本音だ。


「なっ」


 フェンミィの動きが止まる。顔が真っ赤だ。


「ひっく、あ、あれ?」


 そして、彼女は急にふらふらと揺れだす。

 飛び跳ねて酔いが回ったのか?

 俺は慌てて駆け寄って、倒れかけた彼女を抱きとめた。

 

 腕の中に彼女の温もりと、柔らかな軽い体重を感じる。

 力が抜けたその身体は、満月だというのにやけに華奢きゃしゃに感じられた。


「……ん」


 フェンミィが俺の腕の中で力を抜き、目を閉じた。


「え?」


 もしかして、これ誘ってるの?

 どうする? キスすればいいのか?


「すう、すう……」


 焦る俺の耳に、安らかな寝息が聞こえてきた。


「ああ、そういうことね……」


 俺はほっとしたような、それでいて少し残念な気分になった。

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