第三十六話 フェンミィ

 *今回はフェンミィ視点となります。



「ううう……耳と尻尾が引っ込みません」


「ああ、それで変な布を頭に巻いてるのか」


 大魔王様が私の頭を見てそう言った。

 やっぱり変ですよね……う、恥ずかしい。


「まあ、心配要らないだろう。小さな子供にはよくあることさ。

 去年までは、ミニャニャがこんな感じだったよ。

 新月が近づけば引っ込むしね」


 ウミャウおばさんが大魔王様にそう言った。

 出来れば、ミニャニャを引き合いに出さないで欲しかったなぁ……。


 宴会の翌日、朝食を食べ終わった後、私達三人は村で最後の荷物をまとめていた。

 

「あ~成る程、おねしょみたいな感じかぁ」


「な゛っ! ち、違いますよ! 大魔王様って私の事をそんな風に見てたんですか?」


 いくらなんでも、おねしょに例えるのは酷い。


 やっぱり大魔王様には、私が幼く見えているのだろうか?

 どうも今朝は、やたらと子供扱いされている気がする。

 この子供っぽい耳と尻尾がいけないのかもしれない。


 たしかに、ルル姉やワルちゃんと比べれば劣るかもしれないけど、私だってそれなりに女らしいですよね?

 自分の身体を見てそんな事を思っていたら、大魔王様が口を開く。


「え? でもお漏らし……」

「ギロッ」


 私が睨むと大魔王様は黙った。

 やっぱりその所為か、その所為で子供扱いなのか……。

 う~、ルル姉ってばぁ、絶対に秘密だって言ったのにぃ……。


「ででで、でもさ、本当に気にしなくても良いんじゃないか? 隠さなくてもさ、とても可愛いよ」


 さっきからそう言われる度に私が赤くなっていたので、大魔王様がごまかす為に同じ事を繰り返す。


「嬉しくありません」


 さすがにもう慣れました。


「ていうか、一度触らせて?」

「嫌ですぅ」



 ◇



「コガルゥ達が居なくなった」


 午後の仕事を片付けていると、ガウンさんがやって来てそう言った。

 仲の良い子供達四人組についての話だった。


「あいつら昼飯を食べに来なかったそうだ」


 あの子達が食事を?

 それは一大事だ、何かあったのかもしれない。


「ちょっと待っててください」


 私は他の子供達を探して、事情を尋ねる。


「あ~、知ってるよぉ。北の大谷に行くって」

「どうしてそんな場所へ?」


 ここからだと大魔王城より遠い。

 いくら満月期とはいえ、子供達だけで行くような場所じゃない。


「コロコ草を取りに行くんだって」

「コロコ草? それって、まさか……」


 コロコ草は。子供が身体の操り方を覚えるときに使う草だ。

 すり潰して塗ると、スーっと冷たいような感じが残る。


「まさか、私の為に?」


 間違いないだろう。村の獣人で今現在、身体の操り方に困っているのは私だけなのだから。


「四人だけで行ったの? 何時から?」

「うん、あいつら四人だけで、朝ごはんの後からだよ」

「ありがとう」


 あの子達ってば……。

 チビ達の優しさで嬉しい気持ちになったが、今はそんな場合じゃない。

 私はガウンさんの所へ戻る。


「四人共、北の大谷へ出かけたみたいです。

 私は今から後を追うので、ガウンさんは大魔王様に連絡をお願いします」


 大魔王様は、大魔王城で力仕事をしている筈だ。


「分かった、気をつけるんだぞフェンミィ」

「はい!」


 そのまま二人とも村を後にして、別々の方向へと走り出す。


 風を切り裂くようにして進む。

 走るのは好きだ、そんな場合じゃないのに心がおどる。

 ぐんぐんと速度が上がり、空気がまるで液体の様にはっきりと感じられた。



 ◇



 北の大谷が近づくと、あの子達の匂いがした。

 けれど、同時に嗅ぎ慣れない生き物の臭いが混じっている。

 私は一気に速度を上げ、谷に辿り着く。


「うわああああ」

「やだぁ」

「来ないでぇ」

「馬鹿! 止まるな!」


 そこには灰色の巨大な爬虫類から逃げ惑う、獣化した子供達が居た。


「こっちだあああっ」

  

 私は気合を込めた叫びを上げ、爬虫類の注意を引くために渾身の一撃を放つ。

 同時に私の体は人型の狼となり、着ていた服が千切れ飛んでいた。


 ガシィッ

「ギャオッ」


 私の飛び蹴りが、全長六十フントはあろうかという巨大爬虫類の背中に命中した。

 傷ひとつつかなかったが、その注意は引けたようだ。

 

「グルルゥアァッ」


 巨大爬虫類は、飛び退いた私の方を向いてうなり声を上げる。

 その生物の種類を私は知っていた。昔、一度だけ見た事がある。

 

 亜竜、しかも鎧種だ。


 天災とも称される本物のドラゴンとは比ぶべくもないが、それでも強力な生物である。

 体内に魔力を生む器官があり、魔力の空白地でも関係なく身体強化や魔法防御を行う。


 例え満月の獣人でも、村人総出で狩らねばならないような脅威だった。


 どうしてこんな所に?

 本来はもっと北西の山奥に生息している筈だ。


「グギャアッ」


 私は亜竜の突進を避ける。思っていたよりずっと速い。

 攻撃力も防御力も圧倒的に亜竜が上だろう。

 頼みの俊敏性もそれほどの差はない。

 満月期の私でも、一対一では絶対に勝てない相手だ。


「フェンミィ」

「ごめんね」

「危ないっ」

「逃げてっ」


 子供達の声は悲鳴のようだ。

 きっと怖い思いを沢山したのだろう。

 よく頑張ったね、全員無事で本当に良かった。


「大丈夫、もう心配要らないからっ」


 そう、全く心配など要らない。ほんの少し時間が稼げれば良いのだ。

 だってここは、村からの距離が大魔王城より少し遠いのだから。


 私は、再度突進してきた亜竜をかわす。

 回避に専念すれば、かなり長い時間を持ちこたえられそうだ。


 でも、そんな必要は無かった。


 ドンッ


 突然、硬い亜竜の身体に多数の大穴が開く。

 強敵は一瞬であっけなく絶命していた。


 そして、吹き荒れる暴風と共にあの人が現れる。


 私達獣人と同じ様に、全力で戦う時には変身するその姿、迫力たっぷりな頼もしい戦闘形態の大魔王様だ。


「みんな無事か?」

「はい、大魔王様」



 ◇



「ごめんフェンミィ」

「ごめんなさいぃ」

「ありがとう、だいまおーさまぁ」

「こわかったよぉぉ」


 獣化したままの子供達が二人づつ、私と大魔王様にすがり付いて泣いていた。


「そうね、村の外は危ないんだから、もう子供達だけで遠出しちゃだめよ」


 もっと強く叱るべきだろうか?

 でも、この子達の優しい動機を考えると怒りづらい。


「うん、でもみんな忙しそうだったから……もうしない」

「私の為だよね、それはありがとう嬉しいよ。

 でも、それで皆になにか有ったら意味が無いんだからね」

「うん」


 許してしまった。これで学んでくれているだろうか?

 大魔王様はどうしてるだろう?


「う~ん、なんて言うか、モフモフパラダイスだな」


 大魔王様は私達を見て、なんだかだらしない顔でそう言った。

 たしかに今、人化しても着る服が無いので、全員が獣化したままですけど……。


「なにを言ってるんですか」

「……すまん」


 私の白い目に、大魔王様のいかつい顔がしょんぼりとした。

 なんか可愛い。

 でも、もっとしっかりして欲しいです。



 ◇



 村へ戻ってから人の姿に戻ったのだけれど、私の耳と尻尾は出たままで引っ込まなかった。

 うう、いつまでこの状態なんだろう……。


 ウミャウおばさんが村へ来ていて、子供達を叱ってくれていた。

 なるほど、あんな風に叱ればいいんだ。


 慣れ親しんだ作業着を失ってしまったが、服も靴もワルちゃんから新しい物を貰っていたので心配はない。

 いつもありがとう、ワルちゃん。


 とはいえ、私の服は全て大魔王城へ送った後だったので、偶々たまたまこちらで洗濯して干してあった大魔王様の服を借りていた。 


 大魔王様の香りが残っている。

 サイズも大きくてブカブカだ。

 けどそれらが、なんとも言えない良い感じだっだ。


「ふふふ」


 なんだかとても嬉しくなった私の耳を、隣に居た大魔王様が見つめていた。


「触りたいですか? 助けていただいたお礼に触っても良いですよ? それとも尻尾にしますか?」


 ちゃんと理由が出来たのでそう言って見た、どうだろう?


「いや……うん、いいよ、その……」 


 大魔王様が視線を逸らす。


 あ! よしっ、なんか照れてくれている?

 これって女の子として意識されてますよね?

 やった!


 尻尾が抑えきれずにぶんぶんと暴れてしまっているけれど、どうか気がつかれませんように……。

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