第三十七話 第一章 エピローグ 夢

 *今回もフェンミィ視点となります。

 夢の話です。


 ああ、これは夢だ。

 夢の中で夢だと気がつく事をなんて言っただろうか?


「今日こそ貴様の最後だ、大魔王!」


 まだ日が昇りきらない午前中、場所はジンドーラム王国のあの窪地くぼち

 どこか昆虫を思わせる、スマートなフォルムをした人型の戦士がそう叫んだ。


「ぬかせ、返り討ちにしてくれる、勇者め!」


 戦闘形態の我らが大魔王様が堂々と応じる。


 そう、今私達が対峙しているのは魔族最大の脅威、大魔王様の対極に位置する強敵、勇者だ。


「加速!」

「石火!」


 大魔王様が超加速を行うのと同時に、私も石火で同じ速度の世界へと旅立つ。

 獣化している私は大魔王様のかたわらで、一緒に戦う事が出来ていた。

 ああ、これは理想の自分だ。


 私の武器は魔力で生み出した細い糸で、それを操り、勇者の進路を塞いでいく。


 一進一退の攻防が繰り広げられる。

 けれども、私達には必勝の作戦が有った。

 勇者が仕掛けられた罠に誘導される。


 今だ!


 あらかじめ潜ませていた大魔王様の分身と散弾、そして私が仕掛けておいた糸が勇者を取り囲む。

 やった! これで私達の勝利ですよ、大魔王様。


 けれど、勝ったのは勇者だった。


 視界から掻き消えた勇者が、大魔王様の正面に突然現れ、大量の散弾を撃ち込んでいた。


 大魔王様の超加速が解けていた。

 私も慌てて石火を解除し、大魔王様が居る時間へと移動する。


「大魔王様!」


 超高速が巻き起こした爆風の中、私は真っ直ぐに大魔王様の元へと走る。

 いつの間にか夜になっており、周囲の風景が見たことも無い場所に変わっていた。


「あああっ、こんな、こんなの…………しっかりしてください!」


 人型に戻った大魔王様は、身体の大半と頭を半分失っていた。

 嘘だ! 嘘ですよね? こんなの! 大魔王様が死んでしまうなんて!


 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 私の命をあげてもいい! だからっ、お願い!!



 私は自分のベッドの上で目を覚ました。


 いつもの大魔王城で、私の部屋だ。 

 大量の涙で枕が濡れている。


 胸が痛い、苦しい、苦しい……大魔王様は無事だろうか?


 無事に決まっている、夢なのだから。私の理性はそう告げる。

 でも心が納得してくれない。

 気になって仕方がない、苦しい、胸が苦しい、大魔王様に会いたい。


 ああ、おかしくなりそうだ。


 まるで、お父さんとお母さんが死んだ時みたいだ。



 ◇



 大魔王様の部屋の前まで来てしまった。


 このドアの向こうに大魔王様が居る。

 そう思っただけで、胸が張り裂けそうだった苦しみが和らぐ。

 ああ、会いたい、一目で良いから……。 


 でもでも……私はうろうろくるくるとドアの前を歩き回る。

 深夜、男の人の部屋を訪ねるなんて、はしたないにも程があるのではないか?


 いかにもアレだ。

 そんなつもりは無いのだ、でも、誤解されたらどうしよう?


 別に身体を求められるのが嫌な訳じゃない。


 望まれるなら身体くらい、いくら捧げても構わない。

 それどころか、もし必要なら命を差し出しても良いと思える。

 あの人に感じている感謝の気持ちはそのくらいに強い。

 

 恋愛としてはどうだろうか?


 単純に好きか嫌いか? と聞かれれば好きだ、大好きだ。

 けれど、この気持ちは恋なのだろうか?


 よく分からない。


 以前大魔王様が、『召喚した時に一目惚れしたのか?』と、私に聞いてきた事がある。

 茶化した様なその質問に私は違うと答えた。

 嘘は言っていない、それは本当だった。


 感じたのは、そんな軽い気持ちじゃなかったのだ。

 恋なんて感情をとばした、もっと先にあるような深い愛情だった。


 いや、馬鹿げている。

 色々あった後の今ならともかく、あの時点で、初めて会った人に抱く感情じゃない。

 でも、そんな気がしたのだ……。


 つまり恩義を抜きにしても、求められたら全てを捧げても良いと、そう思える程に私は大魔王様の事が大好きなのだ。


 でも、でも、こんなの下品ではないだろうか?

 失望されるのは怖い、魅力の無い女だと思われたらどうしよう?


 大魔王様には少しでも良く思われたい。

 もし嫌われたら……そう思っただけでお腹が痛くなる。

 ああ……なんて浅ましい。これじゃ軽蔑されてしまうかもしれない。


 ちゃんと今の気持ちを伝えられればいいのに……。

 この心配で、苦しくて、切ない感じを。

 でも、どうしたら良いのか分からない。


 田舎育ちの身が恨めしい、年の近い異性など兄弟みたいな者ばかりだった。


 こんな感情を抱く相手など皆無だったのだ。


 ルル姉なら上手く出来るのだろうか?

 同じ田舎育ちなのに、どこか垢抜けた姉貴分の事を思う。


 私はドアの前でうろうろくるくると迷い続ける。


 ガチャッ

「フェンミィ?」


 心臓が止まるかと思った。

 大魔王様がドアを開けて、廊下に居る私を見ていた。


 ああ……大魔王様だ、無事だった、良かった……。

 その顔を見ることが出来て、心の底からほっとした。


「あ……あああ、ぐすっ、あっ、あああ」


 あ、まずい、安心したら涙が止まらない……。


「こわ、怖い夢を、えぐっ、ひっく、うわぁぁああ」


 ああ……これじゃ子供だ、ミニャニャみたいだ。

 でも止められない。呆れられただろうか?

 相変わらず耳と尻尾が出たままだし、これじゃあ、ますます子供扱いされてしまうのではないだろうか?


「……そうか」


 けれど、大魔王様は私を優しく抱きしめてくれた。



 ◇



 しばらく抱きしめられた後、私は大魔王様の寝室へ招かれた。


 大魔王様は、温めた果実種に砂糖とハーブを足したものを作ってくれた。

 甘い。初めて飲んだけど、こんなに美味しい飲み方が有ったんだ。


 グラスを空ける頃には気持ちが落ち着いていた。

 もういいや、全て素直に話してしまおう。


「あ、あの、実はとても怖い夢を見まして、その、一緒に寝てもいいですか?」

「え?」


 お願いだから断らないでください、私は心の中で祈る。


「駄目ですか?」

「あ……いや、わ、分かった」


 大魔王様は承諾してくれたけれど、なんか複雑そうな顔をしている。

 迷惑だっただろうか?

 でも、もうどうしても一緒に寝たかった。



 ◇



 大魔王様のベッドで一緒に眠る。


 大魔王様の匂いに包まれる、頼もしくてとても安心できる匂いに。


 どうしてここは、こんなにも安らかなんだろう。

 なにもかも委ねてしまえる幸せが有った。


 ああ良かった、あれほど強く感じた不安は、もう跡形も無く消え去っていた。

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