第二章 戦争と同盟と奴隷制度

第三十八話 探索! 大魔王城

「掃除がこれほど大変だとは思わなかった……」

「広いですからね、大魔王城」


 ほうき塵取ちりとりを握りながら愚痴をこぼす俺に、フェンミィが苦笑いで答える。

 彼女は作業用のジャンプスーツを着て、はたきと、雑巾の掛けられたバケツを持っている。


 いまだに出しっぱなしの耳と尻尾が可愛らしいが、本人は恥ずかしいと思っているようだ。


 獣人村の引越しが終わってから六日がたっていた。

 昼食を食べ終えた俺達は、大魔王城の一階を清掃しながら調査を行っている。


「やってもやっても終わらない。

 村人にも出来る限り手伝ってもらって毎日調査、それでも一階の半分も終わってないとは……」

「ほとんどの部屋が、四百年間ずっと放置されてますから」


 今までフェンミィは、大魔王城のごく一部しか使用していなかった。

 東京ドーム四個分以上の広さを誇るこの城は、そのほとんどが未確認のままだ。

 なぜか盗賊に荒らされた事も無いらしい。


「ああ、どうして俺は掃除機を取り込んでないんだろう……。

 他にもやらなければならない事が沢山有るというのに」


「でも、その為にお金が必要なんですよね?」

「ああ、そうなんだよ」


 この調査と清掃における一番の目的は、金目の物を探すことだった。

 もちろん、自分達が住む場所をちゃんと把握し、綺麗にする為でもあるのだが。


「村にいくらか蓄えがありますよ?

 あと、納税された……ワルちゃんがくれたお金の残りも少しならあります」

「それは使いたくないし、たぶん必要な金額の桁が違うと思う」


「なんでそんな大金が必要なんですか?」


 フェンミィは不思議そうな顔だ。


「軍事力を高めたい、そしてそれを宣伝したい。

 戦争にならないように、あるいは、なった時に皆の命が守れるように」


「え! 戦争になるんですか?」


 驚いたフェンミィに俺は答える。


「具体的な話じゃないんだけどね。

 でも国となったからには戦争に備えておくべきだ、絶対に」


「大魔王様なら、どんな相手でも負けないんじゃないですか?

 特に魔力の空白地ここなら」


「そうとも限らないんだよ。

 俺が全力で戦う為には、魔術師のバックアップが必要なんだ。

 精神阻害系の魔法ってのに対抗出来ないからね」


 獣人がリトラ伯爵邸で治療している間に俺は、ワルナから戦争の流れやこの世界の戦い方についてレクチャーを受けていた。

 基本的には、前衛の近接戦闘部隊と、後衛の魔法援護部隊に分かれて戦う。

 

 そして我が国には後衛の魔法援護部隊が存在しない。


 ジンドーラム王国ではサティが頑張ってくれたのだが、このダンジョン魔力空白地では彼女に頼る事も出来ない。

 切り札のインフルエンザは効果的かもしれないが、対抗策が存在する上に、発動するまでにタイムラグがある。


「獣人村にも何人か魔法を使える人が居ますよ、ルル姉も得意だったと思います」

「え? そうなんだ!」


 今更だが初耳だった。

 先入観で、獣人達は身体強化以外の魔法が不得手ふえてだと思っていた。

 いかん、こういうのは気をつけないと足下をすくわれかねない。


「はい、もちろん月の満ち欠けに影響されますけど」

「分かったありがとう。後で確認しないとな」


 けれど、たとえ満月でも、軍隊に対抗できるような戦力では無いだろう。


「さて、次はこの部屋か」

「開けますね」


 フェンミィが、四百年ぶりに人の手が触れたであろう扉を開く。

 長い年月をているのに、劣化する気配すら見せない扉が、軋み音ひとつ鳴らさずに解放された。


「お? これは当たりじゃないか?」


 そこは二十畳程の広さがある部屋だった。

 額に入った大量の絵画が無造作に置かれ、所せましと設置された棚の上には、装飾が施された様々な箱が大量に置いてあった。


「宝物庫というより物置って感じだが、案外掘り出し物とかが有るかもれない」


 俺は少し浮かれたが、フェンミィは冷静だった。


「まずはホコリをなんとかしましょう」

「……うん、頑張る」



 ◇



「これは嬉しい誤算だな」

「はい、目がくらみそうです」


 掃除を終えた俺達は物色を始めたのだが、予想を遥かに上回る結果が出ていた。

 棚の上に置かれていた大量の箱、その中には高価そうな装飾品がこれでもか! っと詰まっていた。


「すごく綺麗です……」


 さすがのフェンミィも女の子だ、うっとりと箱の中身を見つめている。

 これが模造品でなければ、目標の金額を楽にクリアできそうだ。


「ふふ、お姫様みたい」


 フェンミィが、凝った首飾りを自分の胸に当てていた。


「欲しいなら、気に入った物を自分用にすれば良いと思うよ。

 これだけあるんだ、一つくらい構わないだろう」


 他の村人にも一つずつ渡す必要は有るが、それでも問題ない程に大量だった。


「とんでもありません! そんなの」


 フェンミィは慌てて、首飾りを箱に戻して棚に置いた。


 この城に有る物は国家の財産だ。

 少しくらい国民に配っても良いと思ったのだが、でもまあ、そんな物で飾らない方が彼女は可愛いか。

 素材の良さだけで勝負して欲しいと思った。


「そっか、まあ、どうせそんなに似合わないしな」


 俺の口から出たのは、不用意で誤解を招く一言だった。


「なっ! わ、私だって頑張ってお化粧とかして、ドレスとか着れば……それなりに……に……あ、あれ?」 

 フェンミィの声がだんだんと小さくなり、


 ドサッ


 崩れるように床へ膝をつき、両手もついた。

 その姿勢でうつむいたまま動かない。

 失意体前屈だったか? Orzの姿勢だ。


「お、おい、どうした?」


「か、考えたら、私、一度もお化粧をしたことがありません。

 やり方も全然分からなくて……着飾ったと言える様な事もまったく……ううっ、どうせ、どうせ私なんか……ぐすっ」


 俺の心無い一言は、彼女のハートに深々と突き刺さったようだ。

 ごめん、そういう意味じゃなかったんだが……。

 でも、耳がしおれて尻尾が股の間に入ったフェンミィを見て、これはこれで可愛いな、とか思った。




 ◇



「あ、ここです大魔王様」


 あの後俺は、足りなかった言葉を尽くしてフェンミィの誤解を解いた。

 彼女は割と簡単に立ち直ってくれて、昨日、問題が発生したという場所へ俺を案内してくれた。


 資金面は目処が付いたので、掃除と調査は一時中止となっている。


「これが開かずの扉です」


 フェンミィが大魔王城一階の中央部にある、他とは違う大きくて重厚な扉を指して言った。

 中をセンサーで探ってみたが反応は無い。

 大魔王城も、こうしてあちこち調べてみると、俺の探査を受け付けない場所が沢山有った。


「昨日皆で色々試してみたんですが、ビクともしませんでした」


 ビクともしない? 自分達が住む城に何を試したのか気にはなったが、ともかく扉を調べてみる。

 まずドアノブを……。


 ジーッ、ガチャッ、スウウウウッ


「あれ? 開いたけど?」


 ドアノブを掴むとモーターが動くような音が聞こえ、外開きのドアがなんの抵抗も無く開く。


「え? そんな? だって……」


 俺は用心をしながら、分厚い扉を開けて中へ入る。

 フェンミィは無造作に俺の後をついてきた。

 いざとなったら臨戦して、この子を抱えて脱出だな。


「あれ? なんか変な部屋ですね、狭いし、何も無くて」


 確かに狭い、四メートル四方もあるだろうか?

 微かに青みがかかったスベスベと滑らかな床と壁、これ材質はなんだ?


「魔法の明かりで天井が光ってますね、ワルちゃんの家みたいです。」


 大魔王城は基本的に石造りで、レンガやモルタルの様な物、そして木材も多く使われている。

 だがこの部屋はそれらと全く異なっている。

 異質だ。


 石材とも金属ともつかない不思議な材質、まるで鏡のように平らな仕上げ。 

 なんていうか中世ファンタジーの中で、ここだけサイエンスフィクションになったかの様な違和感だ。


 ……いや、待て、見覚えがあるぞ。

 ジャッジの基地で、こんな壁で作られていた施設があったな。

 まさか? 異世界だぞ? さすがに今更ここが元の世界だとは思えない。似ているだけか? だがしかし……。


「不思議な壁ですね」


 フェンミィがペタペタと周囲の壁を触っていると、突然、壁の一部に図形と文字が浮かんだ。


「わっ」


 驚いて、俺の側へ飛び退くフェンミィ。

 俺に身を寄せて、おっかなびっくりといった感じで文字が浮かんだ場所を見つめる。


「な、なんですか? これ」


 俺にはそれが何なのか分かった。

 数字と矢印が描かれたボタンを配した文字盤、これエレベーターの操作パネルだろ。

 しかも数字がアルファベットと算用数字だ、翻訳されている訳じゃない。


 どういうことだ?

 もうここが、元の世界となんらかの繋がりがある事は確定だろう。

 先代大魔王が地球人? だが四百年前だぞ?


「動かしてみるしかないか。

 フェンミィ、君は外へ出たほうが良い」


「い、いえ、お供させて下さい」


 なにやら覚悟を決めたような顔でフェンミィが言った。

 正直迷ったが、それでも彼女の意思を尊重したいと思った。


「分かった。いざという時は全力で守る」

「はい」


 この部屋が見かけどおりエレベーターなら、危険は無いだろう。

 俺は矢印が向かい合ったボタン部分に触れる。


 スウッバタン、シュッ


 ボタンが軽く光り、重厚な扉が閉じ、その内側にスライドするように壁が現れた。


「閉じ込められましたか?」


 軽くビクっとしたフェンミィがそう尋ねた。


「いや、開く事も出来ると思う」


 今度は矢印が背を向けているボタンに触れる。


 シュッ、ジーッガチャリッ、スウゥ


 壁に四角い穴が開き、外側の重厚な扉が開く。


「魔法の仕掛けですか?」

「まあそんなところかな」


 俺はもう一度扉を閉めてから、エレベーターの階を選択するボタンを見る。

 1FとB1の二つだけだ。

 B1の方を押すと、特有の浮遊感が感じられた。


「ひゃぁっ」


 フェンミィが俺の腕にしがみついて変な声をあげる。


「あ、ごめん、言っておくべきだったな」

「な、なんなんですか? これ」


「エレベーター……昇降機で分かるか?」

「いえ……エレ? ショーコー?」 


 魔法万能社会っぽいのに、エレベーターは無いのか。

 いや、フェンミィが知らないだけかもしれない。


「階段の代わりになる物だ。この部屋は縦に掘った筒の中を上下する」


 フェンミィは俺の腕にしがみついたまま、首をかしげる。

 まあ、そう簡単に理解は出来ないか。


 計測した加速度から、このエレベーターはかなり高速で下降している。

 どこまで降りるんだ?


 そろそろ千メートルに到達しようかという所で、減速が始まり部屋の重力が増加する。


「あ、また……」

「もうすぐ止まるだけだ、心配しなくても良いよ」

「はい」


 重力が緩やかに元へと戻り、エレベーターが停止する。


  シュッ、スウゥ


 壁に四角い穴が開き、外側でも同じようなスライドドアが開く。


「よし、エレベーターから降りよう」

「はい」


 俺達は、正体不明の地下空間へと歩みだした。

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