第三十九話 ベルト

 エレベーターから外へ出てみると、そこには広大な円筒形の空間が広がっていた。


「うわぁ、広いですね、明るいし、建物の中とは思えません」

「そうだな」


 フェンミィの言うとおりだと思った。

 広さは東京ドームの内部に匹敵するくらいだろうか。

 壁や床はエレベーターと同じ材質で出来ていて、天井には魔法による照明が輝いていた。


「真ん中に有るのは塔でしょうか?」

「天井まで続いてるから柱かもしれない」


 中央部に床から天井まで届く塔の様な物が有った。

 その塔は複雑な形をしており、なにかの機械の様にも見える。


「でも、なにか、ごちゃごちゃしてますね」

「ああ」


 塔を中心にして、床の上には機械の様な物が並んでいた。


「なんだこれ? 地下シェルター?」


 地下深くに造る巨大空間で、真っ先に思い浮かんだのがそれだった。


「シェ……なんですか?」

「避難場所で分かるかな?」

「あ、はい」


 しかし、そんな感じでもない。

 不思議な機械で出来た、なにかの工場といった感じだ。


 エレベーターから塔まで、真っ直ぐな通路が伸びていた。


「とりあえず、あの塔まで進んでみよう」

「はい」



 ◇



「これは……裸の女性?」


 塔の根元には操作盤の様な物が有った。

 そしてその隣には、SF映画などで見かける冷凍睡眠装置みたいなカプセルが有り、その中には裸の美少女が眠っていた。


 十二~十五歳くらいだろうか?

 青い長い髪と、どこか人間離れした繊細な美しい顔立ちをしていた。

 間違いなく女性だが、胸は薄く、腰も小さめで、どこか中性的な体つきだと思った。


「な、なんですか、まさか死んで、お墓? ……はっ!

 だ、大魔王様、いけません」


 カプセルを見ている俺の視線を、フェンミィが遮ろうとする。


 「いや、大事な事かもしれないから、今は止めてくれ。裸はなるべく見ないようにするから」

 「は……はい」


 フェンミィは少し落ち込んだようだが、素直に従ってくれた。


 俺は操作盤らしき物のあちこちに触れてみる。

 ……なにも起こらない。

 どこかにメインスイッチでも有るのだろうか?


「大魔王様、これなんでしょうか?」


 そう言ったフェンミィが銀の小物を持っていた?


「なんだ? それは……ベルトか? どこにそんな物が?」

「ベルト……ですか?」


 そうだ、子供番組で変身ヒーローがつける様な、あの変身ベルトにそっくりだった。

 バックルもベルトも金属製のようで、前半分しかない。


 いや、俺は変身ヒーローの存在する世界から来た悪の改造人間なのだから、それ自体は驚くような物でも無いんだろうが、なぜここに?


 スチャッ

「こうですかね?」


 俺が考え込んでいる間に、フェンミィがベルトを腰に当てた。

 その動作は視界の隅に入っていたのだが、考え事に気をとられていて反応できなかった。


 シャキンッ

「あれ?」


 ベルトの後ろ半分が現れ、フェンミィの腰に巻き付いた。

 その音で、俺は遅ればせながら事態を把握する。

 しまった! 嫌な予感しかしない。


「臨戦 加速!」


――――トランスフォーメーション エンド オーバークロッキン スタートアップ――


 フェンミィからベルトを引き剥がすために、俺は思考加速状態へ移行する。


 だが遅かった。


 フェンミィの腰にもうベルトは無く、着ていた服がその形に消失して、腹の素肌が見えていた。

 既にベルトは彼女の体内に消えていたのだ。

 まるで改造人間がなにかを取り込む時みたいに。


 くそっ! なんて事だ!

 正体不明な物体が、彼女の体内に吸収されてしまった。

 何が起こるか分からない、とりあえず医者か?


『定速』


――リターン トゥザ レイテッド――


 超加速状態を解いた俺は、フェンミィの手をとりエレベーターへ急ぐ。


「いくぞ」

「え? あれ? 大魔王様? なんで戦闘形態に? ちょっ、あれ? 服が? 待ってください」


 事態を理解していないフェンミィの動きは鈍い。

 くそ、時間が惜しい。


「きゃっ」


 俺はフェンミィをお姫様抱っこして、エレベーターに向かう。

 この際、乗り心地は我慢してもらおう。



 ◇



 大魔王城の一階でエレベーターを降り、外へ急ぐ。

 途中で、掃除をしてくれていた獣人村人に出会ったので、伝言を頼む。


「緊急事態でリトラ伯爵家へ向かいます、村長に連絡をお願いします」

「まっ、待ってください大魔王様! 服を、服を着替えさせてください!」


 ベルトの位置で切断された、ジャンプスーツの下半身がずり落ちかけていた。

 掴んだ片手と尻尾穴にひっかかって、かろうじて下着を隠している状態だ。


「いや、緊急なんだ。エレベーターの中で説明しただろ?

 最悪、命に関わるんだ、そんな事を言ってる場合じゃ……」

「お……お願いですから、服を……」


 俺の腕の中で、羞恥に頬を染めたフェンミィに懇願こんがんされてしまった。涙ぐんでいる。

 俺の焦りは彼女に伝わらない。


 しかたなく彼女の着替えを待ってから、馬車に乗せて空を飛び、リトラ伯爵邸へと急いだ。



 ◇



「どこにも異常は見当たりません」


 リトラ家の魔法治療師だけではなく、シャムティア軍精鋭部隊の魔法治療師にまで診察してもらったが、結果は同じだった。


「サティには分からないか? なにか異常はないか?」

「うん、だいじょぶだと思うよ」


 駄目か、分からないのか? だがもう頼れる当てが無い。


「本当なのか? 頼むからもっとよく調べてくれ!」


 俺は魔法治療師達に詰め寄った。


「冷静になれ、バン」

「俺は冷静だ!」


 ワルナが俺を落ち着かせようと口を挟む。

 誰も彼も事態の深刻さを理解してくれない。

 畜生、どうしたらいいんだ?


「私なら大丈夫ですよ。いつも通りです、ほらほらっ」


 フェンミィが笑顔で、自分の元気をアピールするようなポーズをとる。

 可愛いポーズだったが、今は能天気にしか見えない。

 なんで嬉しそうなんだよ……。


 どうしてこの危機感が伝わらないのだ。


 いや、無理もないか。

 たぶんこれは、ジャッジの魔法科学を知らない者には理解できない焦燥なのだろう。


 くそっ、だが俺にはどうしようもない。

 この娘になにかあったらどうしよう……。

 俺の胃がキリキリと痛んだ。



 ◇



「妥当な金額かと思われます、大魔王陛下」

「そうですか、ありがとうございます。ではそれでお願いします」


 俺はリトラ家の家令が出した判断に頷く。


 フェンミィの件はあれ以上どうしようもなかった。

 なにか違和感や異常があったら、どんなに些細な事でもすぐに訴えるように言ってある。


 仕方がないので、俺達は元々の仕事へと戻った。

 ワルナに商人ギルドを紹介してもらい、大魔王城から装飾品を空輸して売ることにしたのだ。

 ワルナが家令をサポートにつけてくれたので、俺が相場を気にする必要はない。


 数も金額も膨大すぎて、ナーヴァの商人ギルドは大騒ぎとなっており、役員が総出で対応してくれていた。


「大魔王陛下、金額があまりに莫大ですので、この場に現金を用意する事が出来ません。

 証文の発行という形で構いませんでしょうか?」


 商人ギルドの代表者だと言う小太りの男が、揉み手をしながらそう言った。

 大魔王の復活は一般にも知られていた。

 特にナーヴァの街では、上空を何度も俺が飛んでいるので、それを疑う者は居なかった。


「それなんですが、こちらから発注したい物が数種類あります。

 その購入代金に当てて欲しいのです」

「発注でございますか? どのような物でしょうか?」


 俺は商人ギルド代表に欲しい物の説明をする。


「随分と珍しく難しい注文でございますね」

「出来ますか?」

「製作は可能かと存じます。

 ただ総数があまりにも多く、その中でも巨大な物は加工も手間が掛かりますので、かなりのお時間を頂かねばなりません」

「構いません。なるべく早く、出来上がり次第、順次納品して下さい」

「かしこまりました」


「それが大魔王様の言っていた軍事力なんですか?」


 俺とギルド代表の会話にフェンミィが加わる。


「ああ、そうなんだ。

 それが有れば俺は、魔術師のバックアップが無くても、ある程度は軍隊と戦えると思う」


「そうなんですね、後はそれを宣伝でしたっけ?」


 フェンミィは大魔王城で話した内容を覚えていたようだ。


「そうだね、なんらかの軍事的な示威じい活動をしたい。

 軍事演習を公開するとかが良いのかなぁ?」


「つまり牙をむいて唸るんですよね? 相手が襲い掛かって来ないように」


 フェンミィは獣人らしい端的な理解をしていた。


 以前、満月の夜に彼女が語った平和に対する視野の広さもそうだが、この子は基本的に頭が良く、物事の本質もよく見えているのだろう。


「その通りだ。理解してもらえて嬉しいよ」

「え? あ、えへへ」


 フェンミィはまるで子供のように照れた。

 なぜかベルトを体内に取り込んでから、ずっと機嫌が良い。

 まったく、どういうつもりで……いや、彼女だって不安な筈だ。

 正体不明のベルトが、自分の体内でなにかをしているかもしれないのだ。


 俺がうろたえすぎたか? だから強がって、安心させる為の笑顔なのではないか? そうか、そういう娘だったな。


 彼女の覚悟と優しさを尊重しよう。

 俺も覚悟を決めて不安を隠す。

 心配しても、どうにもならないのだ。

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