第四十話 シャムティア国王からの招待状

「大魔王陛下、この度は拝顔はいがんの栄によくし、恐悦至極きょうえつしごくに存じます」


 大魔王の執務室でワルナの父、ゼファード・ナーヴァ・リトラ伯爵がひざまずいた。

 良く晴れた暖かな午後、ベルト騒動から三日が経っていた。


「ええと……ワルナのお父さん、もっと気軽に接してくれるようにお願いしたと思うのですが?」


 なぜかまた、初対面の時みたいに堅苦しい態度となっていた。


「陛下は正式に大魔王位を御継受ごけいじゅなされたとの事、ならば礼を尽くさぬ訳には参りませぬ」


 リトラ伯爵はひざまずいたまま、顔だけ上げてそう答えた。


 なるほど、そういう事か。

 おそらく今後は、大魔王らしい振る舞いとかも求められるんだろうなぁ、気が重い。


「すまないワルナ、助けてくれ」


 俺はリトラ伯爵の後ろでひざまずいていた黒翼少女に声をかけた。


「分かった、バン」


 彼女は立ち上がって父親に言う。


「父上、本人がそう望んでいるのだ、その態度はかえって無礼なのではないか?」

「君は本当に陛下と気軽に話すねぇ、そのまま嫁に……」

「ギロッ」


 もはや持ちネタみたいになった父親の軽口を、ワルナはひと睨みで黙らせてから言う。


「バンは大魔王である前に我が友だからな。無論、公式の場となれば話は別だが」

「ふむ、ならば僕もそれにならわせて貰おうかな、さすがにもうバン君とは呼びづらいがね」


 そう言って立ち上がったリトラ伯爵が、俺に向けて笑った。


「いやぁ、大魔王陛下、やはり魔力の空白地だと身体が重いねぇ」

「でしょうね、俺の方が出向けば良かったと思うのですが」


 ベルト騒動が有った日の帰り際、俺はリトラ家の執事さんからリトラ伯爵の大魔王城訪問を打診された。

 わざわざ魔族にとって危険な魔力の空白地に来なくても、呼んでもらえれば俺の方が行くと伝えたのだが固辞された。


「そうはいかないよ、今の僕は正式な使者だからねぇ。

 それに道中は獣人の皆が護衛してくれたし、問題は無かったよ。

 ありがとう村長」


 リトラ伯爵はそう言って、俺の背後に居るウミャウおばさんとウルバウ、そしてフェンミィを見た。


「礼を言うのはあたしらの方さね、御領主様。

 今までどれほど世話になってきた事か、村民……いや、国民全員が感謝しているよ」

「その件に関しては俺も、いつも有難うございます」


 ウミャウおばさんを初めとした獣人三名と俺が頭を下げる。

 俺達がリトラ伯爵家から受けている恩は莫大だ。


「それを言うなら、ウチも娘達が救われているからお互い様なんだけどねぇ。

 それに、今回の戦功で莫大な報奨ほうしょうも得たんだよ」

「戦功って……ジンドーラムの件ですか?」


 まだメイコ共和国との戦争は続いているらしいが、リトラ伯爵は侵攻軍の司令官から退いたのだろうか?


「そうそう、これも大魔王陛下のおかげだよねぇ。

 元ジンドーラム王国の広い穀倉地帯を得て、領地は倍近くに広がったよ。

 同時に侯爵位を賜った」


 え? 侯爵になったのか? リトラ侯爵家?


「それはおめでとうございます」

「ありがとうございます陛下。

 まあ、その代わりに、これから起こる厄介事やっかいごとを引き受けろって事なんだけどねぇ」


 厄介事って、俺の事なんだろうな……。


「あ、そうそう、これがシャムティア国王からの親書です陛下」


 正式な使者の割りには随分と気楽な調子で、リトラ伯爵改め、リトラ侯爵が封筒を差し出す。


「これってここで読んでも良い物なのか?」

「無論、使者の前で読むべき物だ」


 封筒を受け取った俺の質問に、ワルナが答えてくれた。

 ペーパーナイフで封蝋を剥がし、手紙を取り出す。

 魔法の翻訳機は、文字も翻訳してくれるので内容は理解できた。


「これは、シャムティア国王から送られた、王都への招待状だな。

 しかも、フェンミィの同伴を求められている」


「ええ、シャムティア国王アスラーヤ陛下は、大魔王陛下との会談をお望みであらせられます」


 リトラ侯爵が、変な敬語でそう言った。


 これって、行くべきなのか?

 相手の懐に飛び込む事になるぞ、フェンミィと一緒に。


 罠の可能性は?


 ダンジョン魔力の潤沢な土地で、しかも城の中となれば俺を簡単に殺せる筈だ。

 ジンドーラム王国で思い知らされた。


「どうしたもんかなぁ……」


 俺一人の事なら簡単だ、試しに行ってみれば良い。

 だが、もしも俺が殺された場合、残された獣人達はどうなる?

 それを考えると慎重にならざるを得ない。

 小国とはいえ俺は国王なのだ。


「危険です大魔王陛下!」 


 俺のつぶやきにウルバウが反応した。

 彼は、俺の抱いた危惧を察してくれてたようだ。


「いやいやぁ、危険は無いと思うよ。

 シャムティア国王は、大魔王陛下と親交を結びたいと思っているだけだからねぇ」


 確かに手紙にも、勿体つけた文章でそう書いてある。

 今まで、シャムティア王国の俺に対する対応は、とても友好的な物だった。

 だが、だからといって、命までそっくり相手に預けても大丈夫なのか?


「信用できません。

 自分は王都に五年ほど居りましたが、シャムティア王家の恐ろしさを垣間見ました」


 そうなんだ。獣人が魔族の王都で暮らすのは大変だっただろう。

 ウルバウの反対は強固だった。


「村長、陛下が来てくれないと僕が困るんだけど、お願いできないかい?」


 リトラ侯爵が、ウミャウおばさんに助けを求める。


「申し訳ないね御領主様。

 これがあたしの事なら、どんなに危険でも御領主様の力になりたいとは思う、でもね、大魔王様の事となると話は別だ。

 御領主様の事は信頼してるけど、シャムティアの王様には逆らえないだろう?

 悪いけど反対だよ。

 あたしらには、大魔王様の身が一番大事なんだ」


 意外にもウミャウおばさんが、かなり強い調子で反対した。 

 というか、俺ってそんな風に思われてたのか……。

 自分が身体を張って皆を守るつもりでいたので、少し驚いた。


「フェンミィちゃんはどうだい?」

「私にはよく分かりませんが、大魔王様が行くなら絶対に一緒が良いです、御領主様」


 リトラ侯爵の質問に対し、フェンミィは中立といった感じの答えを返す。


「やれやれ、困ったねぇ。まあ、村人達の心配は当然だと思うよ、大切な王様だからねぇ」


 リトラ侯爵はそう言って俺のほうを見る。真剣な目だ。


「しかし大魔王陛下、いかに魔力の空白地といえども絶対に安全という訳ではないのです。


 シャムティア王国が本気になれば、大魔王城に攻め込む事など造作もありません。

 そしてそれは、他の国とて同じです。

 大魔王国の今後を考えるならば、大国シャムティアは味方につけるべきかと存じます。


 勿論、御身の安全は保障いたします」


 リトラ侯爵の言う事は、俺も危惧していた。

 ダンジョンの魔力に影響されない、されにくい種族は存在するのだ。

 それを集めて攻め込まれる可能性だ。


 それに、シャムティアと正式な友好関係を築くのは悪くない。

 罠でなければの話だが……。


 う~ん、情報が少なくて判断しにくい。

 仕方ない。


「ワルナの意見を聞かせてくれ」


 俺は友を頼る事にした。丸投げだ。


「行くべきだろう。

 シャムティアは強国だ。この決断しだいで事を構える可能性もある」


 ワルナの判断は簡潔だった。


「だが父上、本当に安全を保障できるのだな?」

「ああ、もちろん」


「よし、ならば私と父上の命をかけて誓おう。

 大魔王の安全を保障すると」

「えええ、僕もかい?」


 リトラ侯爵は情けない顔で娘を見た。


「当然だ! 父上はバンを、身命を賭しても守り抜け!」

「君は実の父に厳しいねぇ……」


 そう言った後、リトラ侯爵は背筋を伸ばして右手を上げ、俺の顔を見る。


「僕はこの身命にかけて誓う。

 大魔王陛下とフェンミィちゃんの安全を確保する為に、我が身すら惜しまず尽力する事を」


「うむ」


 ワルナが頷き、そして同じ様に右手を上げて誓う。


「私も命にかけて誓おう。

 バン、貴公とフェンミィの安全を必ず確保する」


 誓い終わったワルナは、村人達の方を向いて尋ねる。


「獣人村の方々よ、これでどうだろうか?」


「しかしひめ……」

「分かったよ姫様、あたしは反対しない」


 ウルバウの反対を抑えて、ウミャウおばさんが答えた。


「私も賛成します」


 フェンミィもそう言った。


「バンはどうか?」


 ワルナが俺に視線を向ける。


「ありがとうワルナ。行くよ、君を信頼する」

「うむ」


 ワルナは満足そうに頷いた。



 ◇



「いやあ、案外乗り心地は良いものだねえ」


 リトラ侯爵邸の玄関前で、俺が空を飛んで運んだ馬車から降りて、リトラ侯爵がそう言った。


「しかもこの速さは素晴らしい。

 まあ少し不敬な感じがするけれど、むしろそれが快感かもしれないねぇ」


 なにを言ってるんだろうなぁ、この人は。

 俺が呆れ顔でリトラ侯爵を見ていると目が合った。

 彼は優雅に一礼して話す。


「ありがとうございました大魔王陛下。

 会談の日程は後日、設置させていただいた連絡用の魔道具でお伝えさせて頂きます」


 さっき、招待に返事をした後、リトラ侯爵が持ち込んだ連絡用の魔道具が大魔王城に設置された。

 魔力の空白地なので、二~三十回も使うと魔力の再充填が必要になるらしいが、それでも便利な道具だ。


「バン、最後に言っておこう。

 父上は貴公が思うより食えぬ男だ、気をつけろ」


 同じく俺が運んだ馬車から降りたワルナが、俺に忠告をしてくれた。

 俺は素直に頷いて礼を言う。


「ありがとう」

「それは本人の前で堂々と言う事なのかい? 愛娘よ」


 リトラ侯爵は、とても情けない顔をしていた。



 ◇



 その日の夜、俺は一人で、大魔王城地下に存在する謎の施設を調べていた。

 あの日から毎日ここへ来ているが、相変わらずなんの反応も無い。

 少女が入ったカプセルも沈黙したままだ。


 フェンミィが取り込んだベルトについて、なにか分からないだろうか?

 だが、必死の調査にも関わらず、手がかりすら得られなかった。

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