第四十一話 完璧な奴隷
「大魔王陛下、こちらが今回の納品伝票でございます」
見覚えのある商人ギルドの役員らしき男がそう言って、うやうやうしく両手で持った封筒を差し出す。
よく晴れた春の午後、大魔王城の前庭には、鳥馬が引く四頭立ての馬車が多数連なっていた。
ナーヴァの商人ギルドから、注文した品の一部が届いたのだ。
注文してから十三日しか経っておらず、予定より早い納品だった。
「すいませんね、こんな魔力の空白地まで」
俺はギルド役員から封筒を受け取り、中身を確認する。
「とんでもございません。
これ程までに大きな御取引を
ですが陛下、事前にご連絡を差し上げましたかと存じますが、最大の品物だけは、強力な魔法を使わねば運搬することがかないませんので、こちらへお運びする事が出来ません」
確かに数日前に来た使者から連絡を受けていた。まあ当然だろう。
「問題ありません。俺が後で取りに行きますよ」
「陛下にご足労をおかけ致しまして、誠に申し訳ございません」
「いえ、元々無理な注文ですから」
うやうやしく頭を下げたギルド役員に一言かけてから、俺は荷運びを手伝いに行く。
あれ? なんか小さいモフモフがいっぱい居る。
一瞬、獣人族の子供達が獣化して手伝ってくれているのかと思ったが、今の月齢は六前後なので有り得ない。
列を作り荷物を運搬していたのは商人ギルドの人足で、彼らは二足歩行する人型の小さな獣だった。
人間の半分ほどの身長、全身が毛に覆われており、動物と人間の中間みたいな容姿をしていた。
重い荷物を軽々と運び、見かけによらず力持ちだ。
「あれは……」
「ああ、
既に荷運びを手伝っていたウミャウおばさんが、俺の疑問に答えてくれた。
「人獣? 獣人とは違うんですか?」
「全く別の種族だよ。
月の影響を受けはするが、あたし達程
身体は小さいけど、体内で作る魔力の量はリザードマンよりも多く、ダンジョンからの魔力は利用できない。
だから、こうした魔力の空白地ではよく使役されてるね」
「使役……ですか」
人獣達は全員、黒い首輪を付けていた。
「あの首輪って、もしかして?」
「ああ、奴隷用の首輪だね」
奴隷制が有るのかぁ。
ナーヴァの街では一度も見かけた事が無かったから、奴隷制がある事に気が付かなかった。
良い気分はしないが、人獣達に脅されたり強制されている気配は無い。
魔族の商人よりも遥かに人数が多い上に、人獣は腰に短い剣すら帯びていた。
魔力の空白地における護衛も兼ねているのだろう。
これで反乱が起きていないのだから、扱いも悪くないと思われる。
それにしても、なんかジャッジ時代の自分と重なって、悲しい気持になるなぁ。
まあ昔の俺よりずっとマシみたいだが。
ともかく、今、俺が干渉すべき事ではないだろう。
他国の制度に口を出す余裕など皆無だ。
とっとと運んでしまおう。
「ところで大魔王様、フェンミィはどうしたんだい?」
いつも俺の側に居る彼女が見当たらないので、ウミャウおばさんがそう尋ねた。
「午後から休みたいと言われたので許可しました」
「あの子がかい? 珍しいね」
「そうなんですよね」
気がかりだ。
あれから何度も大魔王城の地下へと足を運んでいるが、ベルトの手がかりは見つかっていない。
荷物を運び終えたら、フェンミィの部屋を訪ねてみよう。
◇
「……うう、くっ、くうう」
フェンミィの部屋へ向かう俺の耳に、うめき声が聞こえた。
微かな音だが、改造人間の聴覚はそれをはっきりと判別した。フェンミィの声だ!
まさかベルトが?
俺は走り出し、ノックもせずにフェンミィが居る部屋のドアを開け放つ。
「大丈夫か! フェンミィ!」
「へっ?」
フェンミィは裸だった。
「……」
一瞬の硬直の後、
「へ、平気です大魔王様、耳と尻尾を引っ込めようとしてただけですから……」
フェンミィが両手で身体を隠して俺に背を向けた。
顔が真っ赤で、尻尾がブンブン振れている。
「ご、ごめんっ」
俺は慌ててドアを閉めた。
◇
「服を着ました。入ってもいいですよ」
フェンミィの声で、俺はドアを開けて部屋へ入りなおす。
「悪かった。ごめん。本当に」
「いいえ、心配してくれたんですよね? 嬉しいです」
フェンミィがそう言って笑った。まだ顔が赤い。
「その、明日は王都へ出発するじゃないですか?
だから、これをなんとか引っ込められないかと思いまして……」
両手で自分の両耳をつまんだフェンミィは、とても恥ずかしそうに軽くうつむいて、上目遣いで俺をみる。
そう、先週、リトラ侯爵から正式に日程の打診があり、いよいよ明日、俺達はシャムティア王都へ向けて出発する。
「結局、新月になっても引っ込まなかったので、もうどうしたらいいのやらで……」
「体調は? 違和感とかないかい?」
「見た目以外は万全です」
俺の心配に、フェンミィは元気にそう答えた。
◇
フェンミィの様子を確認した後、
俺は大きすぎて運べなかった品物を受け取るために、地方都市ナーヴァを目指して飛んでいた。
「ん? あれはなんだ?」
ナーヴァの街が目前に迫った頃だった。
眼下に広がる牧草の生えた緩やかな丘に、大量のテントが設営されていた。
そこで一万人くらいの人間が生活している。
なぜ街の外にこんな物が? 戦争で難民でもでたのか?
だが、ここは戦場からは遠い。
速度を落として観察すると、巨大なテントに巨人が居た。
おお居るんだ巨人、でかいぞ、二十メートルはあるんじゃないか?
アニメのロボット並みだな。
あれ? 巨人が武装しているぞ。よく見れば他の人間も武装している。
もしかして、これはシャムティア軍の増援なのか?
いやしかし、スパイを相手にするには多すぎないか?
まさか、戦争の準備とか? ならば想定される敵は?
――アラート タイガー オーバークロッキン――
もの凄く嫌な想像をした俺の、自動防御システムが反応していた。
テント村から少し離れた場所に、超加速状態で戦っている者達が居る。
俺はそこへ近づきながら確認する。
ワルナだ。
彼女が五名の兵士を相手に、超加速状態で戦っていた。
相手が着ているのはシャムティア正規軍の鎧で、おそらく訓練かなにかなのだろう。
だが万が一もある、俺は警戒しつつその戦場に急いだ。
その間に確認する。
ワルナの移動速度が上がっていた。
俺のそれにはまだ及ばないが、それでも、そう見劣りしないレベルまでに速くなっている。
以前に比べれば格段の進歩だ。
凄いな、まだこんなに伸びているんだ。
俺の接近に気が付いたワルナが、練習相手にハンドサインを送った。
ワルナと練習相手が思考加速を解いたので、俺も普通の時間へと戻る。
◇
「うむ、訓練で間違いないぞ」
ワルナが俺に説明してくれた。
俺は服を持っていないので戦闘形態のままだ。
心なしか他の兵士達が引いている気がする。
「中断させてしまったな、すまない」
「なんの、バンは私の危機かと思い来てくれたのだろう?
むしろ礼を言わせてくれ」
彼女は笑った、良く見ればあちこち怪我をしている。
鎧も傷だらけだ。
「頑張っているんだな」
「ああ、力不足を痛感したからな。
私は貴公の隣で戦えるような者になりたいのだ」
ワルナは照れも無くそう言った。
相変わらず真っ直ぐで眩しい。
「そうか、邪魔をしないように俺は行くよ……あ!」
その場を去ろうとした俺は思い出す。
テント村について尋ねる良い機会だろう。
「すまないワルナ、その前に教えてくれ。
街の外にテントを張って生活している集団は何だ?」
「ああ、シャムティア軍の増援だ」
予想通りの答えだが、どうしても気になる事がある。
「なんの為に? いや、何処と戦う為の増援なんだ?」
「……成る程、そうか。
これは配慮が足りなかったな。
あれは別に大魔王国に侵攻しようとしている軍ではない」
俺は、ほっと胸をなでおろす。
よく考えれば、そんな事態になる前にワルナは警告してくれるだろう。
「あれは、大魔王国に他国が攻め込んだ場合の備えだ。
明日、貴公は王都へ向けて出発するだろう?
国王からは軍事同盟の話が出る筈だ」
「シャムティア王国はもうそこまで考えてるのか。
だが、ということは大魔王国に侵攻を考えてる国があるのか?」
大魔王国には情報収集能力がほとんど無い。
正直、リトラ侯爵家が頼りなのだ。
「私は具体的に知らされていないが、恐らくそうだ」
「魔力の空白地なのにか?」
「そうだ、例えばテントで暮らしている増援部隊は、全て魔力の空白地で戦う事ができる種族だぞ」
なんだと?
「この一万からの兵士が、全員か?」
「そうだ」
ワルナが頷く。
俺は自分の認識が甘かった事を悟る。
「他の国も、同じくらいの戦力を投入できるって事か」
「場合によってはな。
だが、シャムティアがこれ程の数を揃えられたのは、最近の事だ。
ジンドーラム王国を覚えているか?」
「もちろん」
忘れられる筈も無い。
ワルナは話を続ける。
「ここに居る増援部隊は、全て元ジンドーラム王国の兵士だ。
あの国は戦争中、ダンジョン魔力を人族用に切り替える作戦を立てていたそうだ。
その為に、人族の兵士と、ダンジョン魔力が無くても戦える兵士を多数保有していた。
貴公の所為で作戦は失敗、兵士は全てシャムティアの戦力になったがな」
あの国王はそんな事を狙っていたのか。
「お、増援部隊が演習を始めるぞ」
ワルナが指差す先で、一万の兵が二手に分かれて対峙していた。
司令官の一声で、一糸乱れぬ模擬戦を開始する。
「ずいぶん練度が高いんだな、元はジンドーラム王国の兵士なんだろ? こんなに簡単に、他国の為に戦えるものなんだな」
しかもあの数だ、反乱とか起きないのだろうか?
俺の疑問にはワルナが答えてくれる。
「元々ジンドーラムでも奴隷兵だったからな。
首輪のおかげで、主人として登録されてしまえば言う事を聞かざるを得ないのだ」
え? どういうことだ? 奴隷兵? この兵士達は全て奴隷なのか? それに……
「首輪のおかげ?」
言われてみれば、テント兵達は全てが黒い首輪を付けていた。
人獣族の人足と同じ様な首輪を。
「ああ、奴隷の首輪をつけられた者は、登録された主人に逆らえなくなるのだ」
「なに?」
「具体的に言えば、
一つ、主人に危害を加えてはいけない。
二つ、主人の命令には絶対服従しなければならない。
三つ、前二項に反しない限り、自分の身を守らなくてはならない。
というものだ」
なんだそれ!?
何モフの何三原則だよっ! アシモフ博士に怒られろっ!!
……いや、語源を考えればロボットでも合ってるのか?
悪魔のロボット三原則だな。
頭痛がする。
そりゃ商人だって人獣族を少数で管理するし、武器も持たせるだろうよ。
そもそも反乱の心配が無いのだ。
奴隷制度を
奴隷の首輪は、人を単なる道具に変える物だ。
絶対に逆らえないから、いくらでも雑に扱える。
監視の必要すら無く、自殺も出来ない。
完成された完璧な仕組みだった。クソくらえ。
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