第百二十九話 対温泉用新スタイル
「え~、一緒に入ろうよぉ」
「いや、混浴じゃないんだから、そうはいかないよ」
宿の温泉は男女で別れていた。
俺が護衛の二人と男湯へ入ろうとしたら、サティが強く引き留めた。
「サティたち以外、誰も居ないよ?」
「それでも決まりは決まりだよ、宿の人も困るんじゃないかな?」
「え~」
サティは納得がいかないようだ。
「なら、こうすれば大丈夫だよ、えいっ」
ポンッ
「もきゅ?」
俺は小さなぬいぐるみにされ、サティに抱きかかえられてしまった。
「さ~いっしょに入りましょうねぇ~」
「きゅうきゅ(おいおい)」
もはや俺に抗う術は無く、そのまま女湯へ運ばれてしまった。
◇
「このお風呂、なんか変な臭いがするよ? あとお湯が白っぽい?」
「それが良いのですわ、サティ様」
温泉は白く濁っていて、不思議に思ったサティへ、アムリータがそう答えた。
「酸化した硫化水素であると推測します」
「うむ、どうでも良いのじゃ、早く入りたいのじゃ」
「かるく洗ってからっす」
ココが自分とアルタイ師匠の秘部を洗い、かけ湯をする。
アムリータとオルガノン、そしてサティもそれに倣った。
もちろん全員が全裸だ。
サティはぬいぐるみ俺の股間も洗う。
あれ? なんだ、お湯がしみ込んでくる。
「っあ~いい湯なのじゃぁ」
ココに抱かれたまま湯船につかったアルタイが、なんとも年寄り臭い声をだす。
俺もサティに抱かれたまま、湯船へと入った。
「もきゅぅ、きゅきゅう、きゅっきゅきゅう……もきゅぅ……
(うわぁぁ、なんだこれ、体の中にお湯が……気持ち悪い……)」
ぬいぐるみボディへ、大量のお湯がしみ込んでくる。
すごい不快感で、まるで体内にお湯を大量に注射され、内臓を煮込まれているような気分だった。
「あ! ごめんバンお兄ちゃん」
ザバァ
サティがそう言って立ち上がる。
ぼたぼたと俺の体内からお湯が出ていくが、気持ち悪さは収まらない。
「ええと、どうすれば……あっ、そうだ! えいっ!」
ポンッ
「うわっ」
サティの掛け声と共に、俺の姿が人型擬装形態へと戻る。
ただし、身長が三十センチ以下のままだ。しかも服が消えていて全裸である。
体内の水は一瞬で排出されたらしく、気持ち悪さはすっかり消えていた。
「うん、バンお兄ちゃん可愛い」
巨大なサティが小人となった俺を抱きしめ、愛しそうに頬ずりをする。
どうせなら元の大きさに戻してくれればいいのに、と思ったが、それで女湯はマズいか。
「まあ、可愛いですわ、これは……なんとも」
「はい、アムお姉ちゃん」
サティが俺を、アムリータへと気軽に手渡す。
「ふふっ、ぬいぐるみとはまた違って、すっごく不思議な感じがしますわ。
小さくて何もかも
大きなアムリータの小さな胸に抱きかかえられる。
う、同じ子供とはいえ、サティと違ってさすがに少し恥ずかしいな。
これだけ大きさが違う上に、肌と肌を直に密着したせいだろうか?
なんかいつもより女っぽい……ような気がする。
いや、いかんいかん、まだ早い。
◇
「ふはははっ、捕まえてみるのじゃ~」
「あ~、もう、待てぇ~」
「サティ様、こっちっすぅ」
アルタイ師匠、サティ、ココのテンションは最高潮で、温泉の広い洗い場を走り回る。
「おい、危ないぞ、転んだら大怪我をするから……」
「サティ様は、転んでも無事な身体強化を簡単に出来ますわ。その上、飛ぶ事も可能ですので、そもそも転ばないと思いますの。
そして、他のお二人は、大けがをしてもサティ様が治しますわ……いえ、転ぶ前に魔法で支えるかもしれませんの。
ゴインキョ様、止めなくても大丈夫だと思いますわ」
アムリータは意外にも、バカ騒ぎを放置するつもりらしい。
「三人とも働きづめですもの、少しはハメを外すべきですの」
なるほど、そう言われればそうか。
「それよりゴインキョ……旦那様、わたくしがお身体をお洗い致しますわ」
「え?」
アムリータは液体石鹸を泡立てたスポンジのような物を持ち、俺に手を伸ばす。
「いや、自分で洗うから……うわ」
「ふふ、捕まえましたわ、観念してくださいませ愛しい旦那様」
非力な小人の身体は、容易く少女の虜となってしまった。
逃げられない。
その大きな膝の上で、全身をヌルヌルと念入りに洗われてしまう。
なんだこれ? ……なんか、新しい扉を開いたような気がした。
◇
その後、アムリータは俺を抱えて、再び湯船へとつかろうとする。
そんな俺達を、湯の中からオルガノンがジト目で見ていた。
「オルガノン様もお抱きになりますか?」
そういってアムリータが俺を差し出す。
いやいや、さすがにそれは無いだろう。
オルガノンがそんな事をする訳がない。
「感謝を表明します」
「え? あれ?」
予想に反して、オルガノンはアムリータから俺を受け取ると、その胸に抱いた。
そして無言だ。
なんだ? これ嫌がらせなのか?
だが、見上げたオルガノンのジト目は、とても優しそうだった。
う……なんか照れるな。
気まずくなった俺は、ホムンクルスの少女に話しかける。
「ええと、初めての温泉はどうだい?」
「新鮮な体験だと返答します。不愉快ではありません」
「そっか」
オルガノンは幸せそうだ。
アムリータも微笑んでいる。
確かに悪くないな。
俺は脱力し、オルガノンに身を任せる。
気まずさはどこかへ消えて、とてものんびりとした気持ちになった。
「あははっ、ココ、こっち、こっち」
「待つっすぅ」
「逃げるのじゃぁ」
サティ達の鬼ごっこは、攻守を替えて楽しそうに続いていた。
◇
オルガノンを瞬間移動で城へ送った後、俺以外の全員がベッドに入った。
はしゃぎ疲れたのか、それとも旅の疲れか、皆すぐにぐっすりと眠りへ落ちた。
だが、俺が寝るには少しばかり早い。
元の大きさに戻っている人型の俺は、隣の部屋に居る近衛兵を確認し、寝ずの番は必要ないと告げ、休息をとるように指示した。
俺の分身たちが、姿を隠して温泉宿を警戒している。
食堂に人の気配があったので、なんとなく向かってみた。
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