第百二十八話 オルガノンと温泉宿
「こ、こりゃあ、いったい……」
宿の女主人シェムリが茫然とつぶやいた。
マフィア共は全員、宿の外で気を失っている。
「スケサン様はこう見えましても大魔術師ですの。
このくらい造作もございませんわ。それに……」
アムリータが温泉宿の人たちと玄関で会話をしている間に、俺は宿の外で人目を忍んで服を脱ぎ、竜形態となった。
サティに頼んでボスの意識を回復させ、マフィアの全容を強引に聞き出す。
そしてその情報からこいつらのアジトを襲った。
マフィアを一人残らず捕まえた事を確認し、大魔王城の牢獄へと瞬間移動で運ぶ。
衛兵に事情を話し、裁判の手続きを頼んだ。
宿へ来た連中の罪状は強姦殺人未遂かな?
余罪には事欠かないだろうから、他の構成員にも罪を償ってもらおう。
そしてその後は、地方都市ラスート
◇
「大魔王陛下。
本日はいったいどのようなご用件でしょうか?」
いかにも実務家と言った感じの代官が、そう言って俺の居る部屋に入って来た。
竜形態を見ても、まるで怯えた様子は無い。
ここは元ラスート王城、現在は代官所となっている城の応接室だ。
代官は大魔王国から派遣された役人で、代官所には大魔王国軍が駐留している。
俺は、代官にラスート温泉街の現状を説明し、調査と対処を命じた。
「監督が不十分で申し訳ありません。責任をとりたいと思います。
対処が終わりしだい、職を辞させていただきたいと思います」
「いえ、それには及びません。
経験を今後の統治に生かしてください、お願いします」
大魔王国は生まれたばかりで、あちこちに目が行き届いていない。
これは国自体の問題で、彼の責任ではないだろう。
「……分かりました。
では、すぐに適切な対応を致します。
まず、その温泉地方の統治を委任された者に連絡を致しましょう。
アールワット侯爵という者です」
大魔王国に併合された国の貴族だが、爵位はそのまま呼ばれている。
だが領地は国有化されており、領主ではなく統治を委任された役人という形に変化していた。
税収は大魔王国が管理し、彼らには国から賃金が支払われている。
自衛と治安維持のために私兵を雇う許可は与えてあるが、領主だった頃のような徴兵は許されない。
大魔王国の法を守る義務を負っていて、そこは平民と全く同じだ。
◇
「食材を売ってもらえなかったんですか?」
「お恥ずかしい話でございます、ゴインキョ様」
温泉宿に戻って人型擬装形態となった俺に、宿屋の女主人シェムリさんが悔しそうにそう言った。
反政府活動家たちを恐れての事だろうか。
あいつらの暴力部分を担っていたマフィアは壊滅したんだが、まだ皆は知らないだろうしな。
「よし、俺が買って来ますよ。大丈夫、当てがあるんです」
◇
「とは言ったものの、店の場所が分からないな……」
温泉宿の女主人から買い物メモを受け取った俺は、瞬間移動で大魔王国の城下町にいた。
転移ゲートのおかげで、ここでは世界中各地の新鮮な食材が手に入る。
「あ、大魔王様だ」
「こんにちは」
「なにか御用ですか?」
「私にお手伝いできますか?」
人型擬装形態に戻っている俺に、周囲の人々が声をかけてくれる。
ありがたい。
だが、俺のセンサーは、急速に接近してくる見知った反応を捉えていた。
案内は彼女に頼んでみよう。俺は周囲に礼を言う。
「皆ありがとう。でも頼りになる友人が来てくれるから大丈夫だ」
「そうなんですか?」
「分かりました」
「あ、オルガノン様だ!」
見知った反応はオルガノンの物だった。
彼女は、驚くほどに素早く、俺の側までやって来て口を開く。
「本機は、マスターの行動についての説明を要求します」
「食材を買いたいんだけど店が分からない、手伝って貰えないだろうか? オルガノン」
俺がそう言うと、少し嬉しそうなジト目でオルガノンが答える。
「このままマスターを放置した場合、周囲の
要約すると、『可哀想だから手伝ってあげるわよ』ってとこか?
その割には急いで来てくれたみたいだが……これはあれか? ツンデレってやつか?
もしかしてデレ期が来てるのか?
……いや、油断すると怒られるから、調子に乗るのは止めておこう。
「ありがとう、頼むよオルガノン」
「イエス・マスター」
◇
メモを渡すと、オルガノンは的確に食材を買い求めていく。
城下町は彼女の一部とも言える存在で、細部まで
だが、住民が経営している店にまで詳しいのか。
「おっ、オルガノン様じゃないですか、あっ、大魔王様まで、もしかしてウチの店でお求めの物が?」
「これとこれとこれ……いえ、それよりこちらの品物を購入します」
「たは~っ、お目が高い、オルガノン様には敵わないですね」
しかもオルガノンは買い物に慣れた様子で、目利きも確からしい。
瞬く間にお使いミッションは達成され、食材はいつの間にかやって来ていた汎用中型ゴーレムが運んでくれている。
◇
「助かったよ、ありがとう。それじゃ、これで……」
「……」
竜形態になった俺が、オルガノンにお礼を言って温泉宿に戻ろうとすると、なぜか凄く睨まれた。
あれ? これは言いたい事が有る顔だ、どうしてこんな……あっ! もしかして……。
「なあ、オルガノンも一緒に来て、温泉宿で食事をしないかい?」
「マスターがそう要請するならば、承諾せざるを得ないと返答します」
俺の誘いに対しオルガノンは、ぶっきらぼうな感じでそう答える。
だが、そうは言いつつも彼女はどこか嬉しそうだった。
よし、正解を選べたようだ。
◇
「むしゃむしゃ、ごっくん、これおいしーね」
温泉宿の食堂で、テーブル狭しと並べられた料理をほおばりながら、サティが嬉しそうにそう言った。
「あいっす、もぐもぐ、舌がとろけそうっすぅ」
「うむ、
「ぱくぱく……なるほど、高評価です」
無邪気に喜ぶココとアルタイ師匠、そして難しい顔をしつつも嬉しそうなオルガノンを見ながら、俺も温泉宿の料理を楽しむ。
うん、とても美味い。
女主人は、夕食の直前に、客の追加を頼んでも嫌な顔ひとつしなかった。
「さすがはアムリー……カクサンだ、素晴らしい温泉宿を選んでくれたなぁ」
「光栄ですわ。自信がございましたのよ。
はい、ゴインキョ様」
アムリータが俺のグラスに酒を注いでくれた。
「ありがとう」
「温泉宿冥利につきるお言葉ですが、ゴインキョ様、本当にもう、マフィア連中が来ることはないのでございますか?」
側に控えていた女主人シェムリが、どこか不安そうにそう言った。
「ええ、全員牢屋へ入ってもらったので、安心して良いと思いますよ。
反政府活動家たちも、違法行為をしているのなら、すぐに罰せられる筈です」
「はぁ……」
シェムリは信じられないと言った顔だ。
無理もないだろう。
俺達の正体を知らないのだから、いくらなんでも手際が良すぎると思う筈だ。
◇
「食事を
「待って、待って、せっかくだから温泉に入ってから帰ろうよ」
食事が終わった後、どうやら自力で帰るつもりらしいオルガノンを、俺は引き留めた。
「非合理的行為だと主張します。
けれど……マスターの要請であれば経験を
「よし決まりだ、皆で温泉へ入ろう」
「おーっ」
「あいっすぅ」
「わくわくなのじゃー」
「はいですわ」
「ふふっ」
期待と喜びに溢れた声が食堂に満ち、女主人が嬉しそうに笑った。
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