第百二十七話 反政府組織とマフィア

 たっぷりと餌付けをされた後、俺達は温泉へ入る為に部屋をでた。

 だが、街で反政府団体、ラスート人民解放戦線を追跡させた分身から、気になる情報が届いていた。


 彼らはあちこちで精力的に演説した後、馬車で俺達の泊まる宿へとやって来たのだ。

 もしかして、こちらの素性がバレたのだろうか?


 温泉宿の外で演説していた、城塞都市の生き残りヒーロフを含む十数名と合流し、宿の門から敷地へ入って来る。

 女主人が気付いて、出迎えるようだ。


 気になるな、温泉へ入る前に行ってみよう。



 ◇



「お断りだね! 帰ってもらいましょうかっ!」


 俺達が温泉宿の廊下を歩き、玄関の直前までやって来た時に、女主人シェムリの怒鳴り声が響いた。


「なんと愚かな事だろうか!

 寛大なる我々が、今からでも猛省し寄付さえすれば、マフィアから守ってやろうと言っているのに!」


 続けて聞こえた声には覚えがあった。

 街で演説をしていた反政府活動家、たしかルポトラとか呼ばれていた男のものだ。


「なにが助けるだいっ!

 マフィアと組んで金を脅し取っているだけじゃないか!」

「証拠も無しに我々を疑ったな! 無知蒙昧むちもうまいな愚民め! 猛省せよ! 自己反省せよっ!」


 活動家ルポトラが、感情を高ぶらせる。

 あ、これはマズいかな? 俺は足を速めて玄関に飛び込んだ。


 そこには、拳を振り上げ、今にも女主人を殴ろうとしている、蛇のような目をした背の低い中年男性が居た。

 だが、女主人シェムリにおびえた様子は無い。

 視線をそらさずに睨み返している。

 むしろ活動家ルポトラの方が、その視線にひるみ動きが止まっていた。

 弱者にしか強くでれない小心者と言った感じだ。


 シェムリの両横には、従業員のトレサップとぺノンが居て、女主人を必死に守ろうとしている。


「ルポトラ、それは俺達の仕事じゃない」


 振り上げた拳のやり場に困っているルポトラの背後には、合流して三十人以上となった反政府活動家たちが居た。


 その内の一人、長身で顔だけは温和そうな中年男性が、ルポトラの拳に触れて降ろさせる。

 たしか街でルポトラが子供を殴ろうとした時も、こいつが止めていたな。


「……そうだったな、同志タクトゥム。

 我々は平和主義者である。

 だがマフィアは違うぞ、たっぷり修正されて猛省せよ、愚民め」


 ルポトラは、そう言って玄関から外へ出て行った。

 タクトゥムと呼ばれた長身の中年男性もそれに続き、三十名以上の反政府活動家たちも、温泉宿の敷地から外へ出た。


「ふひぃ~」


 温泉宿の従業員で少年のぺノンが、気を抜いてその場に座り込んだ。

 そして女主人シェムリは、俺達の方に向き直る。


「お恥ずかしい所をお見せいたしました、ゴインキョ様」

「連中に脅迫されているんですか?」


 現場を見たのだ、ストレートにそう尋ねた。


「はい、

 うるさいあいつらに文句を言って寄付を断ったら、次の日からマフィアの嫌がらせが始まりましてね。

 露骨すぎる話でございますよ」


 シェムリが苦々しい口ぶりで事情を説明してくれる。


「夜中に宿を壊され、通勤途中の従業員が襲われました。

 授業員たちは闇討ちされ脅されて、宿をやめていきましたよ。

 残ったのはトレサップと息子のぺノンだけでございます」


 やはり母子だったか。

 そして女主人は頭を下げる。


「お客様、予約を承っておいて勝手な話ですが、宿泊はお断りさせていただきたく存じます。

 誠に申し訳ございません。

 こちらですぐに替えの宿をお探しいたします」

「母ちゃん! やっと来てくれたお客さんにそれじゃぁ、宿が潰れちまうよ」


 少年ぺノンが情けない声を出した。


「お黙り!

 お客様にご迷惑をかけるつもりかい? お子さんもいらっしゃるんだよ!」


 宿屋の女主人シェムリがピシャリとそう言った。

 女傑って感じだ。

 タイプは違うけど、獣人村長ウミャウおばさんを連想させる。

 うん、とても感じが良い。

 さすがはアムリータ、この温泉宿は当たりだ。


「アム……カクサン、どうしてこの温泉宿を選んだのか教えてくれ」

「はいですわ、ゴインキョ様」


 とってつけた偽名で呼んだ俺の質問に、愛妻が的確な答えをくれる。


「とても評判が良かったのですわ。

 従業員のサービスが良く、料理がおいしく、なにより温泉が立派でかけ流しになっているそうですの。

 それと、個人的には立地もですわ。

 裏手にある山の、秘湯に近い事も理由ですの」


 アムリータ改めカクサンがニッコリと笑った。

 秘湯? いや、今は関係ない。


「だそうです。

 俺の妻は聡明で、こういう判断が得意なのです。

 ぜひ評判を堪能したい、泊まらせてくださいシェムリさん」


「宿の主人冥利みょうりにつきるお言葉、ありがたく存じます。

 けれど、でしたら他の温泉宿も負けてはおりませんよ。

 通りの並びに、当宿に劣らぬ優良な宿がございます。

 ですから……」


 シェムリはあくまで固辞するつもりらしいが、すぐに考えを変えてくれるだろう。


「それに、もう手遅れみたいです」 

「はい?」


 不思議そうな顔をした女主人シェムリに、入り口から荒っぽい声がかかる。


「おう、女主人、邪魔するぞ」


 そう言って温泉宿の玄関に入って来たのは、いかにもマフィアのボスという風体をした中年男性だった。

 その背後に十人を超える手下を引き連れている。


「ふん、ついに白昼堂々かい……」


 シェムリがマフィアのボスを睨みつける。

 だが活動家ルポトラとは違い、マフィアのボスは涼しい顔で受け流して笑う。


「馬鹿な女だ、大人しく金を出せばそれで済んだのになぁ」

「招かれざる客にはお帰り願おうか! 出ていきなっ! 衛兵に訴えるよっ!」


 シェムリが威勢よくそう叫ぶが、マフィアのボスは動じない。


「何度も訴えたんだろ?

 それでも相手にされなかったろ?

 いいか? 俺達にはえれぇお方がついてなさるんだ、誰も助けちゃくれねえよ」


 えれぇお方? 衛兵のか? なんとしても、そいつを見つけて処罰する必要がある。

 マフィアのボスは余裕の態度で、女主人を見下して話す。


「解放なんとかに逆らったんだろ?

 優しく言ってるうちに従えばよかったんだ。

 もう手遅れだがな」


 そう言ったマフィアのボスが、手下に向けてアゴをしゃくる。


「見せしめだ、店を壊せ、女は犯せ。

 野郎とガキは殺しても良い。

 ただし、ゆっくりとだ。この女の目の前でな。

「へいボス」


 マフィアの手下共が、入り口から奥へ入ろうとする。

 同時に護衛の近衛兵二人が前へ出ようとするが、俺はそれを制して皆を庇うように進み出る。


「いけませんっ! ゴインキョ様!」

「あ? なんだテメーは?」


 シェムリが俺を心配し、顔を突き合わせる事となったマフィアの手下はすごむ。

 へぇ、なかなか堂に入ってるな。こういうのって練習とかするんだろうか? 鏡とかに向かって?

 ……おっと、そうじゃない。

 俺はマフィアのボスへ視線を向けて言う。


「今の言葉は本気なんだな?」

「ああ? このガキ、無視してんじゃ……」

「待て」


 キレかけた手下をマフィアのボスが止めた。


「客か。お前らに用はねえ。

 さっさと逃げ出しな、この宿は今日で店じまいだ」


「おらっ! とっとと消えろ! て……なんだっ? この女ぁ……」


 手下がココに気が付いて唖然とした。

 マフィアのボスも気が付いたようで、目を見開いて驚く。

 しばしの沈黙が流れた後、ボスが鼻の下を伸ばして、だらしない声で言う。


「おいおい、すげえなぁこの女はぁ……。

 このまま行かせる訳にはいかなくなったぞ。 

 なに、その女を置いて行くだけでいい。

 殺さねえから安心しろ。ちょっと俺の相手をしてくれりゃいい。

 明日には帰してやる」


 身勝手で欲望に忠実な奴だな。

 だが、それを暴力で押し通してきたのだろう。

 許す訳にはいかない。


「バンさん、ああしが残った方がいいっすか?

 全然平気っすけど……」


 ココがケロっとそう言った。

 まるで、近所へ買い物に出かけるみたいな気楽さだった。

 この娘の人生には、何度も同じような事があったのだろう。

 けれど、だからこそ、自分を大切にして欲しいと思った。

 ココにそれを伝えようとした時、


「駄目っ!

 ココが嫌だって思う事は、サティが絶対にさせないからっ!」

 

 サティがココを庇うように前へ出た。


「ああうっす、サティ様……」


 ココの目がうるむ。

 ……そうか、ケロっとしているように見えても、本当は嫌なんだ。

 俺は馬鹿だな、そんなの当たり前じゃないか。


 マフィアのボスを睨んで、俺はきっぱりと言い放つ。


「断固として断る。彼女は妻にも、俺にとっても大切な人でね」


「か……感激っす、ああしなんかに……サティ様、バンさん、ああしも愛してるっすぅ、ちょー大切っすぅ……」


 なんだかココが感極まったみたいだが、後で色仕掛けとかされても困るので、とりあえず触れずにおこう。


「まあ、痛い目をみりゃ考えも変わるもんだ。

 客の方は殺すなよ」


 ボスが低い声でそう言った。

 これも堂に入ってるな、やはり練習しているのだろうか?

 なかなかの迫力だとは思うが、俺の連れは誰一人ビビらない。

 ココやアルタイ師匠もだ。


 全員がこれ以上の修羅場をくぐっている。


「止めとけ、怪我じゃすまなくなるぞ」


 一歩も引かない俺に、マフィアのボスが余裕しゃくしゃくでそう言った。


 全く強そうには見えないが、どうだろうな?

 だが、初見の相手に油断は禁物だろう。

 さすがに正体はバレるだろうけど、全力で行くか。

 竜形態に変身しようとした時、


「え~いっ!」

 ポポンッ


 サティが掛け声を発し、自分より大きな二体のぬいぐるみを瞬間移動で呼び出した。


「な、なに?」


 マフィア連中と宿の人々がおのれの目を疑い、その動きが止まった。

 ココの件で、どうやらサティはかなり怒っているようだ。

 よし、彼女に任せよう。それが一番穏便おんびんにすむだろう。

 万が一の場合はすぐにフォローすれば良い。


「ええと……スケサン、やっておしまいなさい」

「スケサン?」


 サティがキョトンとした顔で俺の目を見る。

 もういいか……。


「いや、サティ。

 こいつらを眠らせてから、宿の外へ放り出してくれ」

「うん!」


 サティの元気な返事とともに、ぬいぐるみが見た目に反した俊敏さで動き出す。


バガゴッ ズシャァー

バガゴッ ズシャァー


「な、なんだ、こいつ、うぎゃああああ」

「ひっ、止めろっ」


バガゴッ ズシャァー

バガゴッ ズシャァー


 ぬいぐるみがマフィアの手下達を、ワンパンで宿の外へと殴り飛ばしていく。

 まるで野球のノックみたいだ。


 ……あ、いや、魔法で眠らせて運んでくれれば……まあいいか。

 痛い目をみてもらおう。


「なんだぁ? なんだこりゃぁ? 馬鹿な、あり得ね……ひっ」


 バガゴッ ズシャアァァ


 マフィアのボスも一撃で宿の外へと吹き飛んだ。

 こいつらだって多少は、魔法による身体強化や防御が出来るのだろう。

 だが、それでも、遥かに格上であるぬいぐるみが放った、容赦の無い一撃により大怪我は確実のようだ。

 サティの怒りは深そうだ……と思ったのだが、


 「あれ?」


 彼女は可愛く小首をかしげて、なにやら不思議そうな顔をしている。


 あ、もしかして弱すぎて驚いたのか?

 彼女が戦った今までの敵は、どれもずっと強かったからなぁ。

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