第百二十六話 だだ甘っ!
「そんじゃ旦那、ごゆっくりどーぞぉ」
温泉宿の従業員で子供のぺノンが、そう言って客室から出て行った。
借りたのは二部屋で、片方に俺達家族が泊まり、もう一方に護衛の二人が泊まる。
しかし、他の客が見当たらないな、あまり人気のない宿なのか?
アムリータが万全の下調べをしていたみたいなのに?
『大魔王は市民を暴力で支配し弾圧する、圧政の独裁者である!』
反政府組織の演説は客室まで聞こえてくる。
『どんな
「それ程までに悪質な政治活動を自由に行っていて、よくそんな事が言えるものですわ。
それが事実でしたら、貴方達などとっくに処刑されてますのに」
アムリータが軽蔑するようにそう言った。
サティは俺の顔を見る。
「うるさい? サティが魔法で聞こえなくしようか?」
「ありがとう、でも、聞いておきたい。
彼らの主張は把握しておいた方が良いと思う」
『更に暴君大魔王は、奴隷の解放などという無責任な偽善で、我々の平和な暮らしを脅かしている!
奴隷は高価で貴重な労働力であったのだ!
商売には必須だ!
宿屋を経営している皆さんならお分かりであろう!
だが、大魔王はそれを我々から搾取した! 二束三文でだ!』
大魔王国は奴隷を引き取る際、元奴隷商人以外にならば相場よりも高い代価を支払っている。
その後一年間は補助金も出ている筈だ。
『これから温泉街は書き入れ時を迎え、人手が足りなくなるというのに!
これは、我々の生活を破壊するのが目的なのである!
我々市民を苦しめるのが目的なのだ!』
悪政の結果としてならともかく、最初から国民を苦しめるのが目的の政策とか意味不明なんだが?
『奴隷は奴隷なのである!
その正体は恐ろしい敵兵、そして凶悪な犯罪者なのだ!
これらを野に放ち、操り、我らを襲わせる事が目的なのだ!
なんと恐ろしい事を! 独裁者めっ!』
めちゃくちゃな主張だ。
敵国の
しかし圧政からの解放を訴えるわりには、奴隷制度に賛成なんだな。
改めて思うが、奴隷の問題は根深いな。
誰もが、奴隷の廃止など不可能だと言っていたのも
『我々の主張がいかに正しいのか、ここでそれを証明しよう!
同志ヒーロフ!』
演説していた男がそういうと、今度は魔法で拡声された若い女性の声が響く。
『こんにちはみなさん。私はヒーロフと申します。
私の故郷は、大魔王によって滅ぼされました』
なんだと? どういう事だ?
国としては滅んで地方都市となり、大魔王国に併合されたという事だろうか?
『私が生まれ育った城塞都市は、ここから遥か南にあります。
平和な都市で、誰もが幸せに暮らしていたのです。
けれど、ある日、突然、大魔王が解放した奴隷達に襲われました』
う……その城塞都市には心当たりがあった。
ヒーロフという名前らしい、女性演説者が声を張り上げる。
『父も弟も、男性は全て殺され、母も私も、女性は全て凌辱されました!
大魔王が無責任に解放した奴隷達によって!
私は大魔王が憎い! 絶対に許せない!』
その演説には強い憎悪がこもっていた。
確かに、その城塞都市は俺が滅ぼしたも同然だった。
あの時、
情けない。
フェンミィを追い詰めた時に、あれだけ心を揺らすまいと思ったのに、それでもこうして痛んでしまう。
頑張ってポーカーフェイスを心がけているので、せめて態度には出てないと思いたいが。
『このままでは、この街もいつ同じ目に合うか分かりません!
私は警告したい!
皆さんが、私と同じ様な悲しい目に
大魔王は市民すべての敵です!
危険な独裁者です!
決して許してはしてはいけません!』
「えいっ」
ポンッ
「もきゅ?」
サティが、いきなり俺を小さなクマのぬいぐるみに変えた。
そして、その巨大で小さな胸へと抱く。
「だいじょぶだよバンお兄ちゃん、サティがぎゅってしてあげるからね。
ココ、お菓子をちょうだい」
「あいっす」
しまった。
俺のやせ我慢など、心を読めるサティには通じなかったようだ。
心配されて、気を使われてしまった。
「甘いお菓子をあげますよ~、バンお兄ちゃん」
サティが、一口サイズの焼き菓子を俺のぬいぐるみマウスに押し込んだ。
凄く甘い。
そして平らな幼女の大きな胸が、俺を包み込むように抱きしめる。
その小さな……いや、今の俺には巨大な幼女の手が、ぬいぐるみの毛並みを優しくなでてくれる。
驚く程の包容力で、俺の心情を思いやり、一生懸命に慰めようとする気持ちが伝わって来た。
俺の幼い奥さんは、なんて優しいのだろう。
だが、これでは駄目だ。
俺はもっと強い心を持たねばならない。これは責務だ。
「そんなに無理しなくても大丈夫だし、バンお兄ちゃんは優しいままの方がいいよ。
そのかわりサティが守ってあげる、身体も、心も。
だいじょぶ、辛いのも苦しいのも、サティが全部やっつけたげるよ」
サティが力いっぱい俺を甘やかす。
だが、それに頼る訳にはいかない。
「きゅきゅきゅう、きゅきゅきゅうきゅきゅきゅうきゅ(それは駄目だよ、ワルナが居たら怒られちゃうぞ)」
「そんなことない、お姉ちゃんだって今度は怒らないよ!」
サティが自信たっぷりにそう断言した。
「だって、今のサティはバンお兄ちゃんの奥さんだもん。
旦那さんを助けるのは当たり前だよ」
う……そっか、そんな風に思ってくれてたのか……。
「ふふっ、そうですわね」
俺達二人を見ていたアムリータが笑った。
そしてサティに話しかける。
「サティ様。
わたくし、サティ様ともっと仲良くなりたいのですわ。
お友達になってくださいませんか?」
「……でも、アムリータお姉ちゃんは、サティの事こわいでしょう?」
「ええ」
アムリータはうなずいた。
「わたくしは、裏表の有る汚い心をしておりますから、サティ様の純真な瞳に、それを暴かれるのは凄く怖いですわ。
でも、それでも、どうしても仲良くなりたいのです」
「…………うん、分かった。
アムリータお姉ちゃ……アムお姉ちゃん、はい」
サティがしばらく考えた後で、俺をアムリータへと手渡した。
「まあ、ふふ、良い手触りですわ」
「でしょう?」
今度はアムリータが、俺を包むように抱いた。
「大魔王陛下、あれは国政会議の失策ですわ。
わたくしが気付くべきでしたの。
申し訳ありませんですわ」
アムリータは、すまなそうにそう言った後、今度は強い意志を感じさせる声で宣言する。
「起きた事は戻りませんの、けれど、決して同じミスは繰り返しませんわ。
絶対に」
彼女の確固たる決意を感じる。
なんてことだ、覚悟でこの子に負けている。
本当に情けないな。
「そして、わたくしも妻として陛下を支えますわ。
サティ様には及びませんけれども、精いっぱい」
そう続けたアムリータの声はとても優しく、俺を愛おしそうに撫でる。
「はい、アムお姉ちゃん、お菓子をあげるといいよ」
サティがアムリータに小さな焼き菓子を手渡す。
「ありがとうございますわ。
ふふ、あーんですの。
大魔王陛下、おいしいですか?」
「サティのも、ほら、あーん」
幼い奥さん二人が、交互に甘い菓子を食べさせてくる。
う、幼女と少女に餌付けされる小動物みたいだ。
自分が無力な赤子にでもなった気分だよ、なんだこれ?
そして、いつの間にか演説は止んでいた。
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