第百十二話 第二章 エピローグ 嫉妬

*フェンミィ視点となります。


「うう、今ごろ大魔王様はアムリータさんとぉ……」


 大魔王様との初夜から二日後、私は居ても立っても居られずにルル姉の部屋を訪ねていた。

 私たちは置かれているソファに差し向かいで座っている。


「馬鹿ねぇ、そんなに嫌なら断れば良かったのに。

 大魔王様はそのつもりだったんだから。

 いくらワルナ姫様から頼まれたとはいえ、そこは断るところでしょう?

 どうして重婚を認めちゃったのよ」


「だって……」


 ワルちゃんから他の二人との結婚も許して欲しいと頭を下げられた時、一番最初に考えたのは私が死んだ後の事だった。


「もし私が死んでもあの二人が居れば、大魔王様の辛さが和らぐと思ったんだもん……」


「フェンミィ、あなた……」


 ルル姉が正面から私の横へ移動して、肩を抱いてくれる。


「馬鹿ね、そんな事考えてたんだ……。

 たしかに、あなたが死んだら大魔王様はとても傷つくでしょうね。

 あなたは実際に死にかけた事もあるし」


「うん……でも」


 やっぱり苦しいのだ。

 大魔王様が他の女性を抱きしめて愛をささやく事を考えると、胸が焼ける様に痛むのだ。


 それに……


「私が死ぬような事ってもう起きないよね?

 大魔王様が魔族の王になって、平和な世界になるんだもん」


「……そうね」


 ルル姉が残念そうにそう言った。

 ああああっ、やっぱり早まったかもしれないっ!

 自分が死んだ後の心配なんてしなければ良かった。


「うううう、あの時の私の馬鹿……」


 私は頭を抱える。


 あろうことか私は、婚約が決まった少し後に、三人を均等に愛して欲しいなんて大魔王様にお願いすらしたのだ。

 私に何かが起こった時、あの人がなるべく傷つかないようにと。


 でもでも、ああっ、やっぱり私を一番に思って欲しい!

 っていうか、私だけを思っていて欲しい!

 くうううっ、私ってこんなに独占欲が強かったっけ?


 覚悟はとっくに決まっていた筈なのだ。

 あの人が血にまみれた道を歩くなら、私も一緒に手を汚して同じ罪を背負うんだ。

 大魔王様が背負う重荷を私が支えて、地獄ってところへ一緒に落ちるのだ。


 それでも、その荷が重すぎて、大魔王様が耐えられない程にむごく傷つく日がきたら。

 私はこの命を差し出してでも、優しいあの人を守りたい。

 そして私の死で、大魔王様の心を更に傷つけたりはしたくない。

 これは本音だ。


 でも、もう一人の私が言うのだ。


 もし私が死んだら、ものすごく悲しんで欲しい。

 簡単に忘れたりしないで、何度も思い出して泣いて欲しい。

 あの人の心に、消えない深い傷をつけたいと。


 手に入れた幸せな日々が、自分の中にそんな気持ちがある事を気付かせた。

 

「うわあああああああ……」


 なんて浅ましくて嫌な女だろう、最低だ、ううっ、これでは大魔王様に嫌われてしまうかもしれない。


「しょうがない子ね」


 ルル姉が私を優しく抱きしめてくれた。


「今はまだ大丈夫よ。

 大魔王様はあなた以外を子供だと思っているだろうから。

 女として愛されているのは、あなただけだと思うわ」


「ルル姉……」


 そ、そうだよね、二人共まだ子供だよね?

 女性として愛されているのは私だけだよね?

 今、アムリータさんといたしてる最中じゃないよね?


「でも、五年後はどうかしら?」

「はぁうっ」


 甘い希望を抱いた私に、ルル姉が現実を突きつける。


「アムリータ様は、なんと言っても王女様だからね。

 正直今でも顔は負けてるんじゃない?

 華やかさも向こうが上よね、フェンミィは可愛い顔をしているけど、どこか田舎臭いし」


 田舎! うう、気にしてることを……


「スタイルだって負けるかもよ?

 大国のお姫様だもの、その母親はすごい美人でしょうね」


 容赦の無いルル姉の言葉が私を攻める。


「それに、サティちゃんは強敵よ。

 あのワルナ姫と同じ両親から生まれたのよ。

 十年後には完敗するわね、あなた」


「うううう、うわぁぁぁ、ど、どうしようルル姉?

 もし……もし大魔王さまに捨てられたら……」


 あ……想像しただけで涙が出てきた。


 よく考えれば大魔王様は優しいから、捨てられたりはしないだろう。

 でも、女としての魅力を感じてもらえなくなったら?

 たとえば、気を使って義理でしてくれるだけの関係とか……。


 うわあああああっ! 怖い! なんかそれは凄く怖くて寂しいっ!


「うくっ、えぐっ、ひっく、ひっく」


 あまりに悲しくて泣いてしまった。


「もう、仕方ないわね。

 良い手があるわよ、アドバイスしてあげる」


 ルル姉が自信たっぷりにそう言った。

 なんかすごく頼もしく見える。


「えぐ、えぐ、良い手? ひっく」

「そう、それは子供よ!

 あなた、誰よりも先に妊娠しなさい」


 え? 妊娠?


「子供さえ出来れば、あの子供好きそうな大魔王様の心をわしづかみにできるわ。

 一番最初の子供を産めば、圧倒的なアドバンテージよ」


 子供……大魔王様の…………あ、欲しい!

 すっごく欲しい!


「その為には沢山してもらわないといけないわね。

 さあ、明日は城下街へ出かけるわよ。

 面白いお店を見つけたから」



 ◇



「水兵服があるのか! この世界にも」


 その日の夜、私の部屋へ来た大魔王さまの第一声がそれでした。

 とても驚いているようです。なんでだろう?


 私は城下町で勧められて買った、男性に受けるという服を来ていた。

 水兵服? 水兵って海で船に乗って戦う兵隊の事ですよね?

 私は海を見た事ありませんが……私の着ている服がそうなんですか?

 でも、短いスカートで、とても兵隊の着る服とは思えません。


「ええと、似合ってますか?」


 ともかく喜んで貰いたい。

 私がその場でくるりと回ると、大魔王様の頬が赤くなった。


「……ああ、とても綺麗だ」


 大魔王様がしみじみと感情を込めてそう言いました。

 よし! どうやら作戦は大成功みたいだ。

 ありがとう、ルル姉。



 ◇



 大魔王様と肌を合わせる様になって半月が過ぎた。

 今日の行為は終わり、明かりを消した私の部屋で、大魔王様は安らかな寝息を立てていた。


 私は大魔王様の腕を枕にベッドで寝ている。

 大魔王様はどんどん上手になっていて、今日は何度のぼりつめたのか分からなくなるくらいだった。

 もう私より、私の身体に詳しいんじゃないかな?


 私は心地よい疲労感と、この世界で一番いい匂いだと思える大魔王様の匂いに包まれていた。


 幸せだ。

 怖いくらいに幸せだ。


 ただ、一つだけ気がかりな事があった。


「う……うううっ、う」


 大魔王様が苦しそうな声を出す。

 うなされているのだ。


 ベッドで共に眠るようになって、分かった事がある。


 大魔王様は頻繁ひんぱんにうなされている。

 起きたときに聞いてみても本人は覚えていないのだが、きっと怖い夢を見ているのだ。

 アムリータさんやココさんも同じだと言っていた。

 無理もない、辛い事が沢山あった。


 私はそっと大魔王様に抱き着き、その耳元にささやく。


「大丈夫です、大魔王様、私がここに居ますよ。

 フェンミィがあなたのお側に居ます、ずっと一緒です」


 最初はいちいち起こしていたのだけれど、抱きついて何度かこうささやくと収まる事が分かった。

 それからはこうしている。


 悪夢なんか見ないのが一番良い。

 私の悪夢は大魔王様が消してくれた。

 今度は私がこの人の心をいやしてあげたい。

 二度とうなされたりしないように安心させてあげたい。


 頑張ろう。


 私は大魔王様が、安らかな寝息を取り戻した事を確認してから、その腕の中で睡魔に身を任せる。


 もう苦しい事は終わったのだ。

 これからはなにもかも上手くいく筈だ。

 だからきっと大丈夫。


「おやすみなさい大魔王様」


 愛してます、いっしょに幸せになりましょうね。

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