第三章 人族と宗教と迫られる決断

第百十三話 反乱

「元奴隷兵士による反乱ですか?」


 結婚式から半月と少したった夏の朝、冷房の魔法がきいた大魔王の執務室で、俺は獣人のウルバウ内務大臣と宰相ダイバダから報告を受けていた。


「はい、早朝に連絡がありました。

 五千人をこえる数で、自治領の城塞都市がひとつ占領された模様です」


 ウルバウがそう言った後、隣に立つダイバダが言葉を続ける。


「各自治領においても、奴隷の首輪を外すさいは、厳重な警戒をするよう指示してあったのだ。

 特に、元奴隷兵士や犯罪奴隷だった者たちにはな」


 大魔王国の地方都市において、元奴隷は首輪をはずす前に三週間程度の講習を受ける決まりになっていた。

 社会に無事合流できるよう、法と、してはいけない事を教えているのだ。


 もちろん罪を犯した場合は、厳しく罰せられる事も伝えてある。

 そして、そのうえで、住居の提供や職業の斡旋や訓練等も行われている。


 犯罪奴隷の首輪は一番最後に外す予定で、まだ実行されていない。

 彼らについては、奴隷だった日数を大魔王国刑法の刑期に換算して、足りていなければ新設された刑務所に収監される予定だ。

 逆に日数が過剰、あるいは冤罪の場合は、金銭で補償される予定だ。


 奴隷の社会復帰は、慎重に行われる仕組みが出来上がっていたのだ。


 だが、自治領においては、元国王である領王りょうおうの裁量に任されていた。


「領王が功を焦ったようだ。

 いち早く領地の奴隷を解放して、大魔王の機嫌を取りたかったのであろう。

 元奴隷に対する配慮を怠った。愚かな事だ」


「あるいは補助金が目当てだったのかもしれません」


 ウルバウが別の可能性を示唆する。

 各自治領には、奴隷を解放した数に応じて補助金と新型ゴーレムが交付されていた。


「どちらにせよ、元奴隷を甘く見たのが原因だ。

 良い機会だから、貴様にも言っておくぞ大魔王!」


 ダイバダが俺を厳しく睨んで言う。


「虐げられた弱者は善人などではない!

 まともな倫理観を教育されておらぬ、憎悪をつのらせた邪悪なる存在であると思え!

 元奴隷は全てが反社会的だと想定し、最大に警戒すべきである!」


 今まで苦しんできた元奴隷達に対し、あまりにも酷い言葉だった。

 言いたい事は分からなくもないが、それでも極端すぎるのではないだろうか?

 事実、ガガギドラの奴隷兵士だった人獣族は、ほぼ全てが優しい善人だった。


「人獣族の事を考えたな?」


 う、エスパーか……宰相閣下には俺の考える事くらいお見通しって訳だ。


「馬鹿め! 良いかっ!?

 断言するぞ大魔王! あれは例外中の例外である!

 そういう特性を持った種族なのであろう。

 賞賛しよう! 素晴らしい! 敬意を払うべき理想的な国民である!

 だが、人は、普通の魔族は違うぞ! 覚えておけ!」


 そうだろうか?

 ここは確かに厳しい世界で、人心は荒んでいる。

 それでもこの世界の人々……魔族のメンタリティは、俺が元居た世界の人類によく似ていると思う。

 全てが邪悪で反社会的などと、言い過ぎではないだろうか?


「ふん、理解できぬか、愚かな王め!

 まあ良い、すぐに思い知るであろう。

 反乱を起こした元奴隷兵士達は、貴様との会談を求めているのだからな」


 え?


「そのとおりです大魔王陛下。

 反乱軍は陛下との会談を希望しております。

 大魔王国軍による即時鎮圧も可能だと思いますが、いかがいたしましょう?」


 ウルバウがそう補足してくれた。

 俺に会いたいだと?


「分かりました、会談に応じます」


 これは良い機会だろう。

 元奴隷の待遇について、大魔王国は最大限の配慮をしているつもりなのだ。

 どうして反乱なんか起こしたのか知りたい。

 そして不満や問題が有るのなら、なるべく話し合って解決しよう。

 今後の役にも立つはずだ。



 ◇



 会談の準備をするために、大魔王の執務室から廊下へ出ると、鋭い視線を感じる。

 またか……。


 気配の元をたどると、廊下の曲がり角に大魔王城コアのインターフェイスである人造人間オルガノンがいた。

 あいかわらず、メタリックブルーの身体にピッタリと張り付いたスーツを着ており、手足は金属っぽい大きなプロテクターで覆われている。

 曲がり角からななめに顔を出し、めちゃくちゃ不機嫌そうなジト目でこちらを睨んでいる。

 あれにはどういう意味があるんだろうなぁ?


 二日前、彼女から、大魔王国王都での建築作業がほぼ完了したとの報告を受けた。

 今後も補修や増築を行うことはあるだろうが、オートマタは担当職員が直接指示できるように改良されていた。

 いちいちオルガノンが操る必要は、もう無くなっている。


 彼女は死体処理から始まって、跡地の舗装、そしてその外周に都市を建築するという大事業を一日も休まずに続けてくれたのだ。

 とても感謝して、その労をねぎらって、しばらく休息してもらう事にした。


 だがなぜかオルガノンは、それ以来ずっと、ああやって遠くから俺を睨み続けている。

 まるでストーカーのように、いや、隙を狙う暗殺者のようにと言うべきか。


 理由を聞いてみたのだが教えてくれなかった。

 命じれば答えてくれるのだろうが、それは極力したくない。


「なあ、オルガノン……」


 近づきながら話しかけると彼女は走り去ってしまった。

 う~ん、なぜだろう? どうすればいいんだ?



 ◇



「大魔王様、全員準備完了しました」


 早めの昼食を済ませた後、大魔王城の前庭で狼耳の愛妻フェンミィが、竜形態になった俺にそう報告する。

 反乱軍との会談に出かけると告げたら、彼女は同行を希望した。


 国民の反乱などという、為政者にとっては嫌な事件だ。

 俺の心境を心配してくれたのだろう。

 優しさが嬉しい、そして今日も可愛いな。


 満月が過ぎたばかりで、場合によっては獣化する可能性がある為、彼女は使い古した作業着を着ていた。

 だが、そんな服装でも、美しくしなやかな曲線は隠しきれず、彼女はとても魅力的に見える。

 俺がその感触を知っているからだろうか?


「大魔王様?」

「ああ、ごめんフェンミィ、見とれていた」

「……え? えええ?」


 俺の言葉は不意打ちになったみたいで、フェンミィの頬が赤くなった。


「はいはいはい、まさに新婚よね、ごちそうさま。

 でも、そういうのは夜、二人きりの時にして欲しいんですけど大魔王様。

 皆あきれてるわよ」


 フェンミィの隣に居た獣人姉貴分のガールルが、ため息交じりにそう言った。


 彼女にはつい最近、フェンミィの補佐官という役職についてもらった。

 と言っても、そもそもフェンミィが俺の補佐をしてくれる立場なので、ガールルの仕事も実質は俺の補佐官みたいなものだったのだが。


 そして彼女達二人の背後には、大魔王国の近衛軍から選抜された、魔法治療師約八十名が整列している。

 その全員が俺とフェンミィに注目していたが、呆れると言うよりも孫を見守る祖父母のような表情をしていた。

 しまった、これは恥ずかしい。


「すまん、ええと、今から反乱者達との会談に向かいます。

 戦闘になる可能性もあり、皆さんには負傷者が出た場合の治療をお願いします」


 俺はその場にいた全員に、改めてこれから行う仕事について説明する。

 浮かれている場合じゃない、気を引き締めて行こう。


「瞬間移動をするので、もう少しまとまって下さい」


 バッファロー型改造人間のロサキと、俺の小さな分身四十体も、護衛として今回の作戦に同行する。

 それなりに大人数なので、万が一にも瞬間移動の境界で切断される者がでないよう、小さくまとまってもらった。


「そのくらいで結構です、では行きますね」


 そう言った俺は、元奴隷兵士が占領しているという、自治領の城塞都市に向けて瞬間移動をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます