第百十四話 虐げられ続けた者の論理

 俺達が目的地に到着すると、城塞都市は自治領の軍隊により包囲されていた。


 そして、包囲していた軍隊の中から、数騎の馬がこちらへ駆け寄ってくる。

 どうやら先頭を走る馬に乗った小太りの男が、地方領主、領王らしい。

 素早い反応だ、意外に優秀そうじゃないか。



 ◇



「も、申し訳ありません、大魔王陛下。

 この不始末、どのようにお詫び申し上げますれば……ど、どうか、責めはこのわたくしめ一人に……」


 領王が馬から飛び降り、俺の足元に伏してそう言った。

 恐怖でガタガタと震えてはいるが、それでも責任を一人で負う覚悟はあるらしい。


 今回は失敗をしたとはいえ、この態度は悪くない。

 なんらかの処罰は必要だと思うが、この人には、このまま領王を続けてもらった方が良いだろう。


「まず現状を詳しく説明しろ、責任問題は全てが片付いてからだ」


「ははっ、大魔王陛下」



 ◇



 領王が奴隷の解放を急いだのは、やはり俺の心証を気にしての事だった。


 ろくに教育されないまま解放された元奴隷兵士達が徒党を組み、更には他の場所で解放された奴隷兵士達もそこに加わって、この五千を超える人数となったそうだ。


 占拠された城塞都市の人口は約二万人程で、元奴隷兵士が完全に制圧しているらしい。


「で、連中の要求が俺との会談か」

「はっ、恐れ多き無礼者どもでございます。

 お許し頂ければ、我が領地の全軍をもって奪還いたしますが」


 領王は俺の足元に伏したまま、顔も上げずにそう言った。


「それには及ばぬ。

 願いを叶えてやろうではないか。

 首謀者は中心部の城内に居るのだな?」

「はい大魔王陛下」


 俺は俯瞰した視点で、それらしい小さな城を見つける。 


「ロサキ、大魔王国の皆を守れ。死守だ」

「はっ」


「フェンミィ、行ってくる」

「気を付けてください」


 ロサキとフェンミィに声をかけた後、俺は瞬間移動で小さな城の中庭へと跳んだ。



 ◇



「来てやったぞ! 大魔王である! 俺に話があると言うのはどいつだ!?」


 城塞都市の中央部に瞬間移動した竜形態の俺は、小さな城を震わせるような大声でそう叫んだ。



 ◇



「いやぁ、凄い声ですなぁ。

 いったい、いつの間にここへ?

 まあいいや、

 よく来てくれました、大魔王陛下。歓迎しますよ」


 俺が叫んだ数十秒後、

 無精ひげを蓄え、鍛え上げられた実用的な筋肉を持つ二メートル近い大男が城から現れ、俺に近づきながらそう言った。

 十人程の手下らしき兵隊を引き連れたその大男は、いかにも戦士という肉体をしていたが、着ている服はサイズが今一つ合っていない、派手で高級そうなものだった。

 おそらく盗品なのだろう。


「喜べ野郎ども! 我らが救世主! 奴隷の解放者! 大魔王陛下が来てくれたぞ!」

「うおおおおおおおおっ」


 大男が辺りにそう叫ぶと、城の内外でこちらを覗いていた男達の、野太い歓声がわき起こる。

 この大男が反乱元奴隷達のリーダーで間違いないようだ。


「さあ大魔王陛下、立ち話もなんですから中へどうぞ。良い酒があるんですよ」


 元奴隷の大男に城内へと促され、俺は黙って従った。

 大男とその手下達の後ろを歩きながら、俯瞰ふかんした視点で周囲の様子を探る。 


 ……う!?


 どうやら状況は、予想していたよりも遥かに悪いようだ。

 城の門や外壁に、いくつもの死体がつるしてあった。


 この城の住人だろうか?

 ほとんどが男性のようで、なぶり殺しにした痕跡がある……あ、くそ、子供の死体もあるな……。


「俺たちゃ、大魔王陛下には本当に感謝してるんですよ。 

 ちゃんと礼を言いたかったんだ、ありがとうございます」


 城の廊下を歩きながら、リーダーの大男が俺に話かけるが頭に入ってこない。

 俯瞰した視点には、城内のあちこちで元奴隷兵士に犯される女性達が見えていたからだ。


 まだ年端も行かない少女も餌食えじきになっており、面白半分に殺したような女性の遺体も転がっている。

 こいつら……


 腹の底から怒りが込み上げてくる。


 城の外へも視点を向けてみたが、どこも同じようなものだった。

 城塞都市のあらゆる場所で、男は無残に殺され、女は子供に至るまで凌辱りょうじょくしつくされていた。


 メキリ


 思わず食いしばった竜形態の牙が鳴る。


「さあ、この部屋です、中へどうぞ大魔王陛下」


 リーダー大男に招かれたのは、応接室らしき部屋だった。

 大男は豪華なソファに腰を下ろし、俺にも勧める。


「座って下さい、大魔王陛下」


 だが俺はその言葉を無視して、入り口に立ったまま室内を見わたす。

 中には、引き連れていた手下とは別に、数名の元奴隷兵士が居た。

 総勢で二十名近い人数だ。

 全員との距離を把握しながら、脳内通信でロサキに話しかける。

 今、フェンミィに直接話しかけると、いらだちが伝わりそうだった。


――ロサキ、数分後、怪我をした元奴隷兵士を約二十名、そこへ送る予定だ。

 魔法治療師たちには、止血だけしてくれれば良いと伝えろ。

 最低限、生かしておければ良い。

 だが万が一、元奴隷たちが抵抗するようなら殺せ――

――了解しました、大魔王陛下――


「ええと、それでですね大魔王陛下」


 俺が黙って立ったままなのをいぶかしみながらも、リーダー大男が話しかけてくる。


「俺をこの都市の王、領王にして欲しいんですよ。

 ああ、もちろん大魔王陛下に忠誠を誓いますから」


 なにか寝言を言っていたが、そんな事はどうでもいい。


「この城の住人はどうした?」

「え? ああ、全員ぶっ殺してやりましたよ。

 クソ貴族共め、俺達をさんざん道具のように扱いやがって」


 俺の質問に、リーダー大男が答える。


「お前はこの都市の奴隷だったのか?」

「は? いや違いますよ、なんでそんな事を?」


「この城の貴族に直接、なにかをされた訳ではないのだろう?

 なぜ殺した?」

「貴族なんて全部同じですよ、俺達の敵だ。

 もうでかいツラなんかさせねえ、いずれ皆殺しにしてやる」


「使用人はほとんどが平民だっただろう?

 奴隷制度とは、まだなんの関係もない子供達もいた筈だ。

 なぜ全て殺した?」

「平民も子供も、俺達を犠牲にして美味い飯を食い、良い服を着て、楽な暮らしをしてやがったんだ、当然の報いでしょう?」


『虐げられた弱者は善人などではない!

 まともな倫理観を教育されておらぬ、憎悪をつのらせた邪悪なる存在であると思え!』


 俺はダイバダの言葉を思い出していた。

 なるほど、こういう事か……。

 話し合う余地など皆無だった。


「大魔王陛下、なんでそんな……あ、いや……」


 元奴隷兵士のリーダーである大男は、やっと違和感を感じたようだが、それでも作り笑顔でクソみたいな要求を続ける。


「と、ともかく自治を認めて欲しいんですよ。

 俺達奴隷に、俺に領王の位をください。

 ここを虐げられた者達の楽園にしたいんだ、自治領として独立したい」


 こいつは自分の正当性を微塵も疑っていないようだった。


「例えば直接虐待した相手に対する復讐、あるいは賠償ばいしょうを求めるのであれば、まだ許容する余地はあったのだがな」


 俺がそう言うと、リーダー大男の作り笑顔が消える。


「……賠償? なんですそりゃ?

 冗談じゃねえ、そんな生ぬるい話じゃねえんだ。

 あんたは、俺達が何をされたと思ってるんです?

 そんな事で許せるものか、今度は俺達があいつらを奴隷にしてやる番なんだ!」


 そう言った大男の顔に浮かんだのは、嗜虐的しぎゃくてき愉悦ゆえつの表情だった。

 見覚えがあるな……そうだ、ジンドーラムの国王がこんな顔をしていた。


「俺達には復讐する権利が、あいつらを奴隷にして支配する権利がある!

 そうでしょう? 大魔王陛下?」


「そんな権利など無い。だれが保証した?

 少なくとも俺は認めないぞ」


 大男の身勝手な理屈を冷徹に否定すると、その表情がまた変わった。

 今度は分かりやすいな、これは怒りだろう。


「……なっ、なんでそんな事を言うんだ!

 あんたは俺達の味方だろうがっ!?」



「いいや違う、俺は奴隷を肯定する者の敵だ」



 俺がそう答えると、部屋の空気が変わった。

 全員の殺気が俺に向けられる。


「……そうかよ、お前もあっち側かよ。

 なんの苦労も無く、のうのうと、俺達の苦しみの上で暮らしていたお貴族様って訳だ」


 元奴隷兵士のリーダーである大男が、激しい憎悪を叩き付ける。

 恨みの深さが伝わって来るようだ。


「じゃあお前も俺達の敵だ! 大魔王!」


 大男が立ち上がり、手下が俺を取り囲む。


「けっ、馬鹿め。

 一人でのこのこ乗り込んできやがってよぉ。

 ここに居る者は全員、石火の極限に迫った者だ。

 俺達を元奴隷だと思って舐めたのが命取りってわけだ」


 リーダー大男は、手下から超高速戦闘に対応する武器を受け取った。


「殺すなよお前ら。

 両手両足を切りおとして動けなくしろ。

 こいつを人質に独立して、すべての元奴隷を集めて大国を作るんだからな。

 いずれ奴隷だった者以外の全てに、奴隷の首輪をつけて支配してやる。

 そして俺がこの世界の支配者になるんだ。

 行くぞ! 石火ぁっ!」


――アラート タイガー オーバークロッキン――


 元奴隷兵士達が超加速状態になったので、自動防御システムが反応した。


 元奴隷兵士達は勝利を微塵も疑ってないようだが、そんな戦力では俺に触れる事すらできない。

 そうか、大魔王の戦闘力は、世間へ正確に伝わっていないのか。


 俺は、応接室に居た全員の頭と胴体だけを瞬間移動で上空へと運ぶ。

 俺の両手両足を切り落とすつもりだったらしい元奴隷兵士達は、逆に両手足を失った。

 高高度で魔力の供給を絶たれて、超加速が停止した事を確認した後、俺は自分の思考加速も停止し、瞬間移動でフェンミィ達の所へと元奴隷達を運んだ。

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