第百十一話 サティとアムリータの初夜

「サティはお母さんになりたい」


 結婚式の翌日、子供が寝る時間、俺はぬいぐるみが所狭しと置いてあるサティの部屋に居た。

 今後の俺はこうして毎日順番に、王妃達の寝室で眠る事となったのだ。


 パジャマを着たサティがベッドに座り、俺に子供をせがんでいた。


「サティはね、お母さんがしてくれた事を全部、子供にしてあげたい。

 それでね、死なないでずっと一緒にいてあげるんだぁ」


 サティはそう言ってにっこりと笑った。

 うう、なんか切ない気持ちになるなぁ……。


「バンお兄ちゃん、子供つくろ?

 一緒に寝て、えっちな気持ちになると出来るんでしょう?」


 こら、なぜそんな事を知っている?

 そこはコウノトリとかキャベツ的な話で、ごまかすところじゃないのか?

 誰の所為だ?

 俺はベッドの横で控えている、同じくパジャマ姿のココを見る。


「ああしじゃないっす」


 ココがそう言って首を横に振った。

 だとすると……


「サティ、それはだれに聞いたのかな?」

「ゼロノお姉ちゃん」


 あいつか!

 まったく、子供には悪影響しかないな。


 でも、いつの間にかすっかり仲良くなってるんだな。

 たぶん良い事なんだろう。

 あの長身ダークエルフも、初対面とはずいぶん印象が変わった。


「あれ? そういえばアルタイ師匠は?」


 いつもサティに抱かれているのだが見当たらない。

 ココが抱いているわけでもない。


「フェンミィお姉ちゃんに預けたよ」

「そっか」


 えっちな事をするには邪魔だと思ったわけだ、このおませさんめ。


「バンお兄ちゃん、ここに座って」


 ベッドに座っているサティがそう言って、自分の横を叩く。

 素直に従うと、彼女は俺の膝に登り向かい合って座った。

 そのまましっかりと抱きついてくる。


「えっちな気持ちになった?」

「ならない、可愛いとは思うけどね。

 そういう気持ちになるのは、サティが大人になってからだな」


 俺がそう答えると、サティはしばらく考え込んだ後に俺の膝から降りて、ココを呼んだ。


「ココ、代わりにここへ座って」

「あいっす」


 ココが俺の膝をまたごうとする。

 普通のパジャマを着ているのだが、その抜群のスタイルゆえ妙にエロい。

 ノーブラでも見事に盛り上がった胸、ゆったりとした服でも隠せない女性美を極めたおうとつ、そして相変わらず濃密な雌の匂いをまとっている。

 危険だ。


「やめろ」


 俺は慌てて飛びのいて、ベッドの上へ避難する。


「サティはココの子供でもいいよ?」


 俺の小さな花嫁が浮気を全面肯定した。

 だがそれを認めるわけにはいかない。

 ただでさえ三人も奥さんをめとったのだ。

 浮気など言語道断!


「それは駄目、三人だけが特別なの、赤ちゃんは特別な人とだけつくるものだから」


「サティは特別?」


 そう言って、パジャマの幼女が小首をかしげる。


「もちろん、この世で一番大事な特別だ」 


 俺がそう言うとサティは満面の笑顔になった。


「うん、分かった。じゃあご本読んで」

「おう」


 俺も笑顔で答えた。



 ◇



「……もう眠い」

「分かった」


 俺は本を読むのを止めて、掛け布団をサティの肩まで引き上げる。


「えいっ」


 ボンッ


「きゅっ?」


 俺はサティの魔法で小さなぬいぐるみにされてしまった。

 そのまま幼女の大きな胸に抱きしめられる。


「おやすみ、バンお兄ちゃん」


 俺は布団の中へ引きずり込まれていた。

 サティの体温で暖められた空間は、エロさ皆無の甘い匂いがする。

 まあ、こういうのも悪くな……


「ココも」

「あいっす」


 ぎしぃっ


「きゅっ?」


 サティに呼ばれて、ココがベッドへと入って来る。

 俺を抱いたまま、サティがココに抱き着いた。

 むぎゅう、俺は巨大な二人の間で潰される。

 ああ、アルタイ師匠の気持ちが分かるな。


「あふっ、おやすみ、バンお兄ちゃん、ココ……」


 サティはあっという間に寝息を立て始める。


「きゅい、きゅきゅう?(おい、サティ?)」

「すやすや」


 う……返事がない、もしかして朝までこのままなのか?

 サティはともかく、ココがその巨大な双丘で俺を押しつぶそうとするのだが……。


「バンさん、ああしはいつでもオッケーっすよ」


 ココがそうささやいた。

 ワザとか、これは当てているわけか。


 ううっ畜生、柔らかくて、むせかえるような女の匂いがする。

 ま……負けるもんか……。

 浮気、駄目、絶対……。



 ◇



「ええと、まずそれを脱いで服を着てくれないか?」

「な、なぜですの?」


 更に次の日の夜。

 アムリータの部屋を訪れると、ベッドの上には娼婦の様な下着を身に着けた元王女が居た。


「似合ってないから、普段着に着替えてくれ」

「は……はいですわ」


 アムリータががっくりとうなだれて、着替えを始める。

 俺は彼女に背を向けた。

 部屋の壁には本棚が沢山置かれており、難しそうな内容の本がぎっしりと詰まっていた。


「この本を全部読んだのかい?」


 俺は背を向けたままアムリータに話しかける。


「え? あ、はいですわ」


 落ち込んでいたらしいアムリータがそう答えた。


「見てもいいかな?」

「もちろんですわ」


 許しを得たので、本棚から一冊手に取った。

 それは経済学の本だった。

 在るんだ!

 経済学なんて元の世界だと、二十世紀に生まれた学問じゃないのか?


 本を開くと、中は綺麗に印刷されたページが並んでいた。

 気にしたことは無かったが、この世界の印刷技術はどうなっているのだろう?

 活版印刷くらい余裕で在りそうだ。


 ページをめくると、あちこちに赤線が引かれていた。

 おお、読み込んでいるんだな。

 

「き、着替え終わりましたわ、大魔王陛下」 

 

 振り向くと、そこには簡素だが仕立ての良い普段着を着た愛らしい少女が居た。


「うん、その方がずっと良い」

「そうでしょうか?」

「もちろん、とても可愛いよ、アムリータ」


 あれ? それでも彼女はどこか不服そうだ。


「陛下の可愛いは、子供や動物に向けられるそれと同じですの。

 今日はわたくしの初夜ですのよ、女として求めては頂けないのでしょうか?」


 おお、直球だなアムリータ。

 ナルストの言葉が思い出される。


『子供ではなく、女性として接してあげて欲しい』


 分かってるよ、君の置き土産もありがたく使わせてもらうから。


「君を抱くのはまだ早いよ。身体の準備も出来てないだろう。

 でも、それ以外ならちゃんと大人レディとして扱おう、夜更かしは平気かいアムリータ?」



 ◇



「ああ、なんて素敵なのでしょう、綺麗ですわ……」


 俺達はアムリータの部屋から出て、大魔王城の上空を飛んでいた。


 今、俺とアムリータは、改造人間ロサキが持ち上げる、馬車の流用などではない、空中移動専用に新設計された客室の中にいる。

 それは眼下の風景が良く見えるように作られており、今は大魔王城の城下町とその周辺の夜景が広がっていた。


 夜も更けたというのに、結婚式の余韻が続いているのか、どこもかしこも魔法の明かりで輝いていた。

 まるで地上に広がる星空のようだ。

 アムリータはきらきらした目で、うっとりとそれを見つめている。


「この光の数だけ、人々の営みがあるのですわね。

 そして、そこにはもう奴隷など居ない。

 あの首輪も存在しないのですわ……」


 アムリータが感慨深げにそう言った。

 大魔王城、及び城下町とその周囲では、全ての国民から奴隷の首輪を外し終えていた。

 いや、正確には例外が一人だけ存在し、今もすぐ下に居るのだが、それについて言及するのは野暮だろう。


「なにもかも大魔王陛下のおかげですわ、ありがとうございます」


 そう言ってアムリータが頭を下げる。


「なに言ってるんだ、君が頑張ってくれたからでもあるんだ。

 シャムティアから援助を取り付けてくれたのは君だろう?

 それに、たった一人で敵の改造人間と渡り合ってくれたじゃないか」


 今でもはっきりと思い出せる。

 顔を腫らし痛々しい拷問を受けても、毅然と立ちふさがるこの子の姿を。

 俺の帰りを信じて、一人で戦い抜いたあの雄姿を。


「宰相ダイバダが来てくれたのだって君のおかげだ。

 彼が居なければ、この国は乗っ取られていただろう。

 その場合、奴隷制度がどうなったか分からない」


 丸め込まれて、妥協していた可能性は高い。


「それに、なにもかもこれからが本番なのだ。

 それなのに、どうも俺には苦手な分野らしい」


 俺に出来る事なんて、壊したり脅したりする事だけだろう。


「だが君は違う。

 君が誰からも否定され、それでもたった一人で諦めずに学んできたことが、これからの大魔王国を支えてくれるだろう」


 あの本棚が君の武器だ。


「大きな舞台が待っているだろう。

 君は花開く直前の美しい蕾なんだと思う。

 一番近い場所で楽しみに見守らせてもらうよ、君が見事に咲き誇るその時を」


 あれ? ちょっとかっこつけすぎたかな?

 だが、アムリータには響いたようで、小柄な体が感激に打ち震えていた。


「大魔王陛下、わ、わたくし幸せですわ、とても、とても……」


 アムリータの目が潤んで、俺を見上げている。

 可愛い反応だな、よし、ちょうど時間となったみたいだし、容赦なくとどめをさそう。

 俺はポケットから細長いケースを取り出す。


「日付が変わったよ、アムリータ誕生日おめでとう」


 俺はそう言って、ケースを開いてアムリータに手渡した。

 中にはネックレスが入っている。

 特別製で、強力な護符になっている。


「あ……あああ」


 ケースを受け取ると、アムリータはボロボロと泣き出した。


「うう、嬉しい、です、わ、大切に、ううっ、大魔王へいかぁ……」


 そんなアムリータをそっと抱き寄せると、しがみついて来た。

 俺は、小さく華奢なその身体を包むように抱く。


 ナルストが教えてくれた極秘情報はアムリータの誕生日だった。

 この世界でも、恋人の誕生日を祝うのは紳士の義務らしい。

 そういうのを全然気にしてなかったよ、ありがとう美形の騎士。危ない所だった。

 俺がナルストと別れた後で、慌ててフェンミィとサティの誕生日を調べたのは言うまでもない。

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