第百三十三話 風土病と秘湯

「う~ん、頭が痛いのじゃ~」


 翌日の朝、温泉宿の客室で、アルタイ師匠が熱をだした。


「こりゃ、ラスート熱ですねゴインキョ様」


 様子を見に来てくれた女主人シェムリがそう教えてくれた。

 

「ラスート熱?」

「風土病でございます。

 魔法で簡単に治す事は出来ませんが、命にかかわるような事もございません。

 いちおう伝染病ですが、健康な人間には滅多にうつらず、滋養をとり安静にしていれば数日で治ります」


 そうか、なら仕方ないな。


「大魔王城へ運ぶから、アルタイ師匠はゆっくり休んでくれ」

「う~ん、いやなのじゃ~、帰りたくないのじゃ~、ワシの温泉が~なのじゃ~」


 往生際が悪いな。そんなに楽しかったのか。

 だが、それでも大魔王城へ送るのが一番適切だろう。

 いちおう伝染病らしいから隔離した方がいいな。

 

「サティ様、ああしがついて行っていいっすか?」

「うん、居てあげて」


 ココがそう提案し、サティが了承した。

 二人とも優しいな。


「よし、悪いがアルタイ師匠の温泉旅行はここで終わりだ」

「うう、嫌なのじゃ~」


 人型から竜形態へと移行するために服を脱ごうとした俺へ、アムリータがそっと手を上げて言う。


「あ、あの~、旅行を中止し、みんなで大魔王城へ帰った方がよろしいでしょうか?」


 どうやらアルタイ師匠をおいて、自分達だけで楽しむ事を気にしたみたいだ。


「いや、今日は、君が一番楽しみにしていた秘湯へ行くんだろ?」

「そうなのですが……」


 今回の旅行で、アムリータが最大の目的としていたのが秘湯なのだそうだ。彼女が昨日そう言っていた。


「しかし、そんなに温泉が好きだとは知らなかったよ」

「いえ、効能が……その……ありまして……」


 なぜかアムリータは、胸のあたりを押さえてそう言った。


「ああ、そう言う事ですか」


 それを見た女主人シェムリが微笑む。


「この温泉街の秘湯は、女性の胸を大きくするという評判なんですよ」

「え? ……ああ」


 俺が納得すると、アムリータは恥ずかしそうにうつむいた。

 でも温泉にそんな効能があるわけ……いや待てよ、魔法がある世界の温泉だぞ?

 もしかして本当に……


「まあ、それを集客に利用している立場で言うのもなんですが、効果があるのかは大いに疑問がございます。

 けれども、それを承知で入りたいのが女心というものでございましょう?

 可愛いじゃありませんか、ゴインキョ様の為にですよ」


 シェムリはそう言ってニッコリと笑い、アムリータが頬を更に赤くした。



 ◇



「あ、あれかな? アムお姉ちゃん」

「はいサティ様、きっとそうですわ」


 アルタイ師匠とココを大魔王城に送った後、俺達は馬車で秘湯へ向かっていた。


 目的地は、そこそこの標高があるなだらかな山の山頂付近にあり、天候は曇りだが、周囲には五十センチ程度の雪が積もっている。

 とはいえ道路は整備されており、雪かきもされていた。

 秘湯自体もしっかりとした建物の中にあり、入浴料を取られるそうだ。



 ◇



「誰も居ないね」

「そうですわね」


 かなり高価な入浴料を払い秘湯のロビーへ入ると、そこには俺達以外の客が居なかった。

 う~ん、効能は当てに出来ないみたいだな。


「これならいいよね? えいっ」

「あ、待った」


 ボンッ


 身長三十センチに満たない全裸の小人となった俺を、サティが抱き上げる。


「いや、ここは宿と違って、公共の……」

「わーい」


 サティが話を聞いてくれずに、脱衣所へと走った。

 あれ?

 脱衣所が一つしかないぞ、これって……


「混浴みたいですわね」


 サティの後を追ってきたアムリータがそう言った。

 そうか、なら一緒に入っても問題ないか。

 分身とぬいぐるみが警戒をしているので、護衛の二人にも入浴をすすめた。

 だが、王妃との混浴など恐れ多いと固辞こじされてしまった。


 奥さんとはいえ子供二人だし、別に構わないと思うんだが、しかたない。


 「……あ! 待てよ、なら俺は普通の大きさでいいだろう? サティ、元に戻してくれ」

 「え~やだっ、その方が可愛いよ」


 要求はサティに却下され、俺は巨大な彼女に抱かれて浴場へと入る。

 その後にはアムリータが続く。もちろん三人とも全裸だ。


「宿の温泉の方が立派だね」


 サティががっかりとしたようにそう言った。


「そうですわね」


 秘湯の浴場は狭く、地味で、なんというか……期待外れな感じだった。

 もしかして、空いてる理由はこれかな?


「けれど、この際見た目は関係ありませんの」


 アムリータがかけ湯をし、秘部を洗い、秘湯へ入る。

 俺を抱いたサティもそれに続いた。



 ◇



「あれ? ですわ?」


 秘湯につかっていたアムリータが突然、不思議そうな声をだした。


「どうしたんだい?」

「ダンジョンからの魔力が途絶えましたわ」


 なんだって? 事故でも起こったのか?

 ダンジョンからの魔力は、都市基盤の根幹だ。

 あちこちで大混乱だろう。死者が出ている可能性すらある。


「いけませんわね……」


 アムリータが事の重大性に顔を曇らせた。


「……なんか、ふらふらする」


 俺を抱いていたサティがボソリとつぶやいた。


「のぼせたか? お湯から出た方がいいな」

「……うん」


 よろよろと洗い場に這い上がったサティだが、そこで力尽きてしまった。

 それでも頑張って、俺を庇うように倒れる。


「サティ! おいサティ!」

「サティ様!」


 アムリータが慌てて側へよった。

 どこかを強く打ってないか確認し、サティを抱き上げて脱衣所へと運ぶ。

 俺はその足元を、小さな体でついていく。


「あたま……痛い」

「頭をぶつけてはいないようですが、熱があるかもしれませんわ」


 アムリータは、脱衣所の床にタオルを引いてサティを寝かせた。

 熱に頭痛?


「まさか」

「ええ、ラスート熱だと思いますの」


 シェムリは伝染病だと言っていたしな。

 ダンジョンからの魔力が途切れると、サティの抵抗力が落ちたりするのだろうか?

 ともかく瞬間移動で大魔王城へ戻ろう。


「辛いところごめんなサティ、俺を元に戻してくれ」

「うん……あ!

 ……ごめんなさい、出来ない……」


 あ、そうか!

 アルタイ師匠によれば、サティは上位の次元にもつながれる程の魔術師だそうだ。

 だが、それでも基本的はにダンジョンの魔力を利用しているのだ。

 そしてここには、ダンジョンからの魔力が無い。


 俺は二人から少し離れて叫んでみる。


「竜臨戦! 臨戦!」


 なんの反応も無い。分身との接続も切れている。

 今の俺はクマのぬいぐるみと一緒で、まったくの無力だ。

 馬車で戻るしかないだろう。


「アムリータ頼む、サティを拭いて服を着せてくれ。

 その後で君も服を」

「はいですわ陛下」


 小さくなった俺には着る服がない。

 アムリータは自分が服を着る前に、俺に乾いた小さなタオルを渡してくれた。

 彼女の私物で、良い匂いのするそれを俺は身にまとう。


「ともかく護衛の二人に……」


 脱衣所からロビーに出ようとして気が付く。

 今の俺にはドアを開ける事すらできない。

 まいったな、これじゃ赤ん坊も同然だ。

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