第十九話 たったひとつの戦い方

 翌日、目が覚めるとすっかり明るくなっていた。

 寝付けなかった分寝過ごしたか? 内蔵している時計を確認すると午前九時を過ぎていた。


 俺は身体を起こし辺りを見回す。

 ココがもう起きていて少し離れた場所で作業をしている。

 石でなにかをすり潰してるようだ、緑色の……葉っぱ?


「おはようココ、なにしてるんだ?」


「あ、おはようっす。アシギの葉っす。その辺に生えてるんすけど、これをすり潰して膣に塗ると妊娠しにくくなるっす」


「え?」


「ああしはけっこうギリギリで生きてるので、妊娠とかするとたぶん死ぬっす。

 犯されるのは日常なので、毎朝これをあそこに指つっこんで塗ってるっす。たっぷり、こうやって……」

 

 スカートの中で蠢く腕の動きが生々しい。

 俺が唖然として見つめていると、


「あ、もしかしてバンさんはそういうの好きな感じの人っすか? 見るっすか?」


 と提案された。

 そういうのってどういうのだよ……。


「いや結構」


 俺はココに背中を向けながら答える。


「……それに、もしちゃんと生むことが出来たとしても、ああしの子供になんかに生まれたら子供がかわいそうっす」


 俺の背中にココのつぶやくような小さな声が聞こえた。


「!」


 なんだかやるせない気分になっていた俺のセンサーに対人反応があった。

 近い、距離にして約二百メートル。

 昨晩のお供え泥棒の子供達と同じ反応だ。

 昨夜からかなり警戒していたのだが接近を許してしまった。やはりなんらかの魔法で隠遁していると思われる。


 そして更に、他の反応が一緒に接近してくる。

 子供二人以外にも三人居て、計五人だ。

 この反応は……まずい! おそらく昨日のゴロツキ三人のものだ。


「ココ、追っ手だ。昨日、君を囲んで殺そうとした連中が来る」

「あうっ、見つかるのが早かったっす」

「状況からしてお供え泥棒の子供に売られたようだ」

「……そうっすか、仕方ないっすね」

「荷物は諦めろ。走るぞ」

「あいっす」


 俺達が走り出すとゴロツキ三人も追跡の速度を上げる

 まずいな、ココの速度が遅くゴロツキ達との差が縮まっていく。

 このままでは、すぐに追いつかれるだろう。

 仕方ない。


「ココはこのまま走れ」


 そういって俺はその場で足を止める。

 可能かどうかは分からないが、ここで奴らを迎え撃つ。

 だが、ココも一緒に立ち止まっていた。


「なにしてるんだ、行け!」


 焦りが俺の言葉をきつくする。


「でもっす……」


 その美しい顔いっぱいに不安を張り付けてココが答える。


「いいから! 俺一人ならなんとかなるから!」

「でもっす!」


 くそっ、時間が無いんだ。もっと強い言葉で拒絶しないと駄目か。


「足手まといだ。お前はなんの役にも立たない。ここに居られると迷惑だ。邪魔だ行け!」

「ぁああうううぅ……うあぅ……」


 俺のきつい言葉を受けて、ココは悲しそうに顔を歪めて反転し、この場から走り去る。

 いいぞ、それでいい。


 ありがたいことに追撃の三人組はその速度を緩めていた。

 俺を警戒しているみたいだ。このままココを追わせず、なるべく時間を稼げるといいのだが……。


 森の木々の間から、その姿を確認できる距離にゴロツキ共が近づく。

 昨日の三人組で確定だ。


「止まれ、それ以上近寄ると攻撃する」


 俺のハッタリに三人組の歩みが止まる。だが、


「攻撃する、だぁ? なんだそりゃ? 脅しのつもりか?」


 あまり効果的では無かったようだ。

 ジャッジ最強の改造人間だった俺には、ハッタリの必要など無かったからなぁ。


「脅しってのはこうすんだよ、マジックミサイル」


 ヴォン ブゥゥン 


 ゴロツキの一人がソフトボール大の光球を掌から生み出し、放つ。


 ズドォン メキメキバサバサ……ズシィン


 光球は野球の投球並みの速度で進み、俺の側に生えていた直径五十センチはある木の幹に命中した。

 一撃で木の幹は粉砕され盛大な音を立てて倒れる。


 おお、この世界に来てから初めて、いかにも魔法といった攻撃を見たかもしれない。

 なかなかの威力だ。今の俺では当たり所によっては一撃で死ぬな。


 俺は木々を盾にするようにして、ココの行く先とは違う方向へ走る。


「なんだぁ? 遅えな」


 遠距離攻撃をしてこなかった二人が駆け出す。

 フェンミィには遠く及ばない速度だったが、それでも俺より格段に速い。やはり魔法による強化がされているのだろう。


 ワルナの兵士とは比べ物にならないとしても、ゴロツキ共にもそれなりの戦闘力はあるようだ。

 まあ、一般人よりは強く無いとやってられないだろうしな。


 さてどうしたものか……。

 今の俺には戦闘能力など皆無だ、だが打つ手が無いわけじゃない。

 こちらに有利な状況に持ち込めさえすれば……。


 だがその時、俺のセンサーが予想外の危機を捕らえる。

 まずい、急いでゴロツキ共をなんとかしないといけない。

 俺を追う二人がいきなり殺しに来ない事を祈りつつ、俺は走る速度を緩める。


「おら、捕まえたぞ。弱ええなこいつ」

「うぐっ」


 ゴロツキの一人が俺を捕まえ地面に押さえつける。

 よしいいぞ、後はなんとか三人全員をまとめて手の届く範囲に収めたい。

 なんとか誘導しなくては。


「お前ら、こんな事をしてただで済むと思うのか?

 俺になにかあれば昨日の兵士が黙っていないぞ」


 俺はまず、いきなり止めを刺されないように牽制する。


「おいやっぱヤバくね? こいつ見慣れない兵隊連れてただろ。どこかの貴族なんじゃ……」

「このナリでか? こんな森の中で一人なんだ、昨日の噂が当たりだろ。

 こいつの護衛は昨日、王国の兵士に殺されて全滅してんだよ」


 なんだと? 思わぬ所から昨日襲撃してきた相手の情報が飛び出した。

 俺は思わずゴロツキに尋ねる。


「王国の兵士? ジンドーラムのか?」

「ああん? 当たり前だろ? 知らなかったのか?」


 気になる話を……だが、今はそれより……。


「こいつが仮に貴族でも、今なら俺達が殺した事がバレねえだろ」

「ああ、そりゃそうだな」


 なんとか、あと二人をもう少し近くに呼ぶ方法は……くそっ時間切れだ。


「バンさん!」


 ココが息を切らせて俺達四人の前に現れた。 

 途中で戻って来るのが分かったので、なんとかその前にゴロツキに対処しようとしたのだが間に合わなかった。


「なぜ戻ってきた……肝心な所で裏切るんじゃなかったのか?」


 分かっている、俺を助けるためだ。

 だが聞かずにいられなかった。


「ああしなんかを誘ってくれて嬉しかったっす。

 エミラちゃんとバンさんだけっす、ああしが死んだら悲しいって言ってくれたのは。

 もう……同じ失敗はしたくないっす」


 臆病な彼女が振り絞ったなけなしの勇気、けれど、それでも……


「君は馬鹿だ」

「あぅっ、よく言われるっす」


 悲しそうに笑ったココがその場に伏し、土下座の姿勢をとる。


「お願いするっす! バンさんだけでいいので助けて欲しいっす!」


 絶対に死にたくないと言っていたたココが、唯一守り続けて来た大切な命を俺の為に差し出す。

 その声は恐怖で微かに震えていた。

 俺は昨日、ココを弱いと評したが取り消そう、彼女はとても強い。


「ははっ、黙れよゴミが。お前がなにか要求できる立場だと思ってるのか?

 二人とも殺すに決まってるだろうがっ!」

「あうっ」


 ゴロツキがココをあざ笑いながらその頭を蹴った。


 くそっ、ココが殺されてしまう。

 なにかないのか? 俺の側に三人を集める方法は……。

 ココの登場で俺を押さえつけるゴロツキの力が抜けている。これなら抜け出せそうだ。

 俺は必死で考えたつたない策を弄する。


 まずゴロツキの注意を自分に向ける。


「よせっ! 無抵抗な女性にそんな事をして、お前らの心は痛まないのか?

 少しでも可愛そうだとか思わないのか?」


「ぶっ、ぶはははは、なんだそりゃ?」

「命乞いならもっと気の利いたセリフを言えよ」

「痛まねえよ、馬鹿か?」


 ああそうだよな、知ってるよ。

 次だ、頼むココ、出来るだけ素早く反応してくれよ。


「ココ、こっちへ来い! 俺が守ってみせるから!」

「あう?」


 土下座をしていたココが顔を上げて俺を見る。

 そして一瞬の躊躇ちゅうちょはあったものの比較的速やかに、俺に向かって走り出す。

 よし、いいぞ。


「ああん?」

「なんだぁ?」


 ゴロツキ共の関心がココへと向かった瞬間、俺は押さえつけていた腕を振り解く。

 

「あっ、テメエっ!」


 俺は走ってくるココへ向けて駆ける。


「バンさんっ」

「ココ」


 ゴロツキに邪魔されずに俺はココを抱きとめる事が出来た。

 そのまま彼女を伏せさせ、その上に覆い被さる。


「おいおいそれで終わりか?」

「それでどうやって守るんだ?」

「笑わせんじゃねえよ」


 俺達の行動は、さぞ滑稽こっけいに見えているのだろう。

 ゴロツキ共は特に警戒もせずに自由に行動させてくれた。

 幸運に恵まれたな……。

 三人組が俺達に近づいて、周りを囲むように立つ。


 ガシンッ

 「ぐっ」


 そのまま背中を蹴られた。


「どうした、おらっ」

「それじゃ守れねえぞ」

「ははっ、爆笑だろ」


 ガシッ ドガッ ガッ


「うっ、ぐっ、くうっ」


 嬲るつもりなのだろう。ゴロツキ共の蹴りは魔法による強化が行われていない。

 好都合だ、俺は三人の足が揃うタイミングを見計らう。

 そして、


「うおっ、なんだ?」

「あっ、足が……沈んだ?」

「うえ、気味悪りいな……くそっ抜けねえ?」



 俺は、唯一残された能力で反撃を開始する。



 今の俺に戦う力は皆無だが、それでも改造人間の基本的な機能である他の物体を取り込む能力だけは健在だ。


 ゴロツキ三人を体内に取り込んで殺す。


 それが唯一の勝機だった。


 俺が身体を起こすと、ゴロツキ共はバランスを崩して倒れた。

 そこへ手や足を絡めて接触する面積を増やし、一気に取り込む速度を上げた。

 奴らの身体が俺の体内へと消えていく。

 恐怖の表情をあらわにし、もがくゴロツキ共。だがもう遅い。


「やめっ うわああ……」

「くそがっ、てめぇ……」

「ああ? こらっお……」


 奴らの悲鳴はあっけなく途絶える。


 辺りが静けさを取り戻し、三人のゴロツキは跡形も無く消えていた。


 運まかせの危ない橋だったが上手く渡りきった。

 元々戦闘用の能力ではないので、反撃されれば失敗する可能性は高かったのだ。

 三人を一度に取り込めず遠距離から攻撃されるか、取り込んでいる途中で俺の頭を潰されたりすれば終わっていただろう。


「…………バンさんが、ええと……食べたっすか?」


 ココが上半身を起こし唖然とした顔で俺を見ていた。 

 怖がられたか? ……まあそうだよな。

 人間を跡形も無く飲み込むところを目の前で見せられたのだ。これはトラウマものだろう。


「大丈夫か? 気味の悪いものを見せちまったな、ごめん。でも怯えないでくれ、俺は決して君を……」

「あ、大丈夫っす。全然怖くなんかないっす」


 ココはあっけらかんとそう言った。

 あれ? 意外だな。


「え? そうか?」

「あいっす。誰でもその気になればああしを簡単に殺せるっす。

 どんな力が有っても、無くても同じっす。

 それより、バンさんは絶対にああしを殺したりしないっす」


 まあ、そうなんだが……。


「分かっていても、こう……グロくないか?」

「別にそれほど。この街はもっとグロい事も割と日常っす」

「マジで?」

「あいっす」


「そ、そうか……よし……じゃあ改めて出発しよう……」


 なんか釈然としないが、まあいいか。

 切り替えて今後の事を考えよう。

 街道で待ち伏せればワルナと合流できるだろう。

 俺はココへ向かって手を差し出す。


「あいっす」


 ココがなんのためらいも無く俺の手を握った。


 二人で手をつないでリュックを回収しに戻る。

 俺は初めて自分の意思で殺人を行ったのだが、罪悪感や嫌悪感は皆無だった。

 感じていたのは安堵で、ココを死なせずに済んでほっとしていた。


 こんなものなのか? 拍子抜けするくらいあっさりとした気分だった。

 まあ、相手が相手だったしな。ワルナの言葉を思い出す。


『人の命に等しく価値があるなど幻想だ。

 こ奴らみたいな他人を食らう餓鬼の命など害獣にも劣る。

 無価値どころか害悪だ。

 駆除せねば、それこそ価値のある領民の命が危険に晒されるぞ』


 あの時は理不尽に感じたが今はそうでもない。

 そうだな、もうそれでいい。

 この物騒な世界で生きていくなら、これは避けて通れない道なのだ。


 俺は改めて人を殺す覚悟を決める。


 下手に躊躇ちゅうちょすれば大切な人が死ぬかもしれない。それだけは二度とごめんだった。



 ◇



 俺達はココのリュックを回収した後、街の外で、シャムティア王国へと続く街道の脇に潜んだ。


 ここでワルナが通るのを待つつもりなのだが、どうも先程から自分の身体に妙な違和感がある。

 自己診断プログラムを起動すると、俺の体内に正体不明の魔力が流入していた。

 なんだ? これ?

 更に詳しく見てみると、初めて見る魔術回路が体内に三つ存在しており、そこから間断なく魔力が供給されている。

 どうも外部から魔力を取り込む術式のようだ。


 合計三つ? これってもしかしてゴロツキを取り込んだからか?

 たぶんそうだ、魔族が持つダンジョンからの魔力を利用する機能を得たのだ。

 幸いな事に暴走等の兆しは無く全て順調に稼動している。


 改造人間の魔法炉とは比べるべくも無い弱い出力ではあったが、今までの枯渇状態よりは遥かにマシで、身体の修復速度は飛躍的に上がっていた。

 自己診断プログラムが、今まで不明だった修理完了までの時間を表示していた。残り九時間十八分。


 今夜にも俺は本来の力を取り戻す。


 フェンミィが行方不明の状況で、これは明るいニュースだった。

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