第二十話 再会

「バン! よくぞ無事でいてくれた!」


 ワルナがまだ走行している馬車から飛び降りて、街道脇の草原で手を振る俺に向かい猛スピードで文字通り飛んでくる。

 そして、少し遅れて警護の兵らしき者が慌てて飛び降り、ワルナを追いかける。


 ワルナはよほど心配してくれていたのだろう、表情に安堵あんどと喜びが溢れている。

 だが、俺は辛い報告をしなければならない。


「ああでも、無事というにはルガンさん達が……」

「知っている、サティに聞いた。無念だ…………だがそれでも、貴公が生き残ってくれていて本当に良かった」


 ワルナが俺の両肩に手を置いて真剣なまなざしでそう言った。俺の無事を心の底から喜んでくれている。

 ありがたいことだと思った。


 それにしても、あのぬいぐるみってサティに情報も送っていたのか……と俺が考えていると。

 ワルナが引き連れてきた七台の馬車が停車し、その一台の扉が勢いよく開く。


「「「「「「「「「「バンお兄ちゃ~ん」」」」」」」」」」


 開いた扉から雪崩のように大量の動くぬいぐるみが飛び出し、フワフワモコモコした大波が俺を飲み込んだ。


「良かった、無事で! ううううっ、今度はちゃんとサティが守ってあげるからね、バンお兄ちゃん。

 本当はそっちへ行きたかったんだけど、お姉ちゃんがどうしても駄目だっていうから、この子達で今度こそ絶対にぃ……」


 俺の全身にまとわりついたぬいぐるみを通して、サティが涙声でそう言った。

 彼女にも相当な心配をかけたようだ。


「ありがとうサティ、助かったよ。本当に」


 俺は手近なぬいぐるみの頭を撫でながら感謝の気持を伝える。

 サティが居なければ俺も死んでいたのだ。


「えへへ~」


「すまなかったバン。責任を持って守ると約束したというのに、この体たらくだ不甲斐ない」


 ワルナが俺に頭を下げる。

 約束? ああ、そういえばサティと交わしていたな。


「いやアレは仕方ないというか……あの場にワルナが居なくて良かったよ」

「……そうだな、私が居ても死体が一つ増えただけだろう。

 あれ程の強さを持つ者達など、大国の最精鋭部隊くらいにしかおらぬ。となると、かなり限られてくるのだが……」


 ワルナは拳を握り締めており、とても悔しそうだ。 


「その件についてなんだが、ジンドーラム王国の兵士ではないかという噂を聞いた」

「……うむ、一番怪しいのがそこだな。

 この国にあれ程のつわものが居るとは思わなかった。認識が甘かった」


 俺は気になっていた事を尋ねる。


「あんなに強い奴は珍しいのか?」

「ああ珍しい。魔族としては最強クラスで、何より石火のレベルが高すぎる。

 極限に近い速さであろう。

 あれが出来る者は、大国シャムティアでも五百人と居ない筈だ。

 ……ところで貴様は何者だ?」


 ワルナが指差した場所には、見慣れた土下座の姿勢で小さくまとまったココが居た。

 ずっとそうしていたのか……。


「ああ、ココって言うんだ、ええと……自己紹介できるか?」

「ぅあ……あいっす。ああしはココっす、なんのとりえも無いザコっす。

 あ、ああしのことは気にしないでくださいっす。生きていてすいませんっす」


 おいおい、なにを言ってるんだ? もしかして緊張してるのか?

 まあ鎧を着込んで沢山の馬車と兵士を従えたワルナには、それなりの威圧感があるとは思うが……。


「貴様はなぜ地に伏している? なんだ、その卑しい振る舞いは!」


 あ、いかん、卑屈な態度がワルナの気に障ったみたいだ。


「待ってくれ、これがココの処世術しょせいじゅつなんだよ」

「止めるなバン。私は誇り無き者を許容できぬ。矜持きょうじを持たぬ者は人を簡単に裏切るからな」


 まるでゴミを見るような目でココを見下ろすワルナ。


「いやココはこれでも、この子なりの矜持があるから。それに俺の命の恩人でもあるんだ……」


 俺はワルナに、街道で襲撃されて以降の経緯を話す。

 黙って一通り話を聞いてくれた後、ワルナが口を開く。


「……ふむ、ココと言ったな。すまなかった。卑しいと言った事は取り消そう。

 だが、これからはその態度を改めた方が良い。いらぬ誤解を招く」

「無力な彼女のたった一枚の切り札なんだよ。全く強くないカードだけど、これ一枚を握り締めて懸命に生きてきたんだ」


 ワルナの要求はココには酷な気がする。


「ならば尚更だ。バンの恩人となれば当家の恩人も同じ、全力で守ると誓おう。さあ、顔を上げるんだ」


 そう言ってワルナがココに手を差し出す。


「あ……ああう……あ、あいっす」


 ココはその手を、戦々恐々という感じでビビリながらとった。

 でもまあ、これで居場所には困りそうもないか、と俺が思っていると、


「あれ? バンお兄ちゃんなんか臭いよ?」


 サティのぬいぐるみがそう言った。


「ふむ、確かに二人共臭うな」


 ワルナも同意する。え? そんなに臭いか?

 俺は自分の身体を嗅ぐ、確かに少し臭いとは思うが……。


「ジンドーラム国王との謁見までまだ時間が有る。入浴できる場所と着替えをさがそう。

 さあ、二人共馬車へ」


 ワルナへ促されて馬車へと向かう。

 

「しかし、馬車七台とは大人数だな」

「敵地かもしれぬからな。

 急きょ集められる兵で強い者を選抜してきた。

 もちろん小国とはいえ一国を相手にするには話にならぬ少数だが、それゆえ正規の入国が可能だ。

 そして、この人数なら皆殺しにして隠蔽いんぺいするのは難しくなるだろう」


 皆殺しとか、随分と物騒な単語がワルナの口から飛び出す。

 馬車へ近づくと客車の窓から見える兵士達が殺気立っているのが分かった。

 無理も無いか、既に九名の死者が出ているのだ。



 ◇



「こちらでお待ちください」


 俺とワルナ及び護衛の兵士二名は、ジンドーラム王城謁見の間へと通された。

 護衛の人数が少ないのは、それだけしか同行を許可されなかったからだ。もちろん大量の動くぬいぐるみも却下された。


 それでも俺とワルナは、サティのぬいぐるみの中で小さなものを二つ、衛兵の目を盗んで携行している。

 ぬいぐるみの見た映像は魔法により記録されているそうで、もしもの時に役に立つ筈であった。


 残りの兵士達だが、半数は城内に停車した馬車の中でぬいぐるみと共に待機、もう半数はあらかじめ街の外でココと共に待機させてある。


 謁見の間はバスケットコートがとれる程広い部屋で、武装した警護の兵を含めて二十名程の家臣が居る。

 入り口の正面奥が緩やかな階段で高くなっており、その上に玉座が置いてあった。

 玉座の横には豪奢な扉があり、その先に部屋があるようなのだが、かなり強力に妨害されていて探知できない。

 おそらくそこから王が出入りするのだと思われた。


 俺達が階段の手前で国王が現れるのを待っていると、


「国王、ジンドーラム十二世陛下のおなりである!」


 壇上の隅に居た家臣が声を張り上げ、同時に別の男性が玉座横の扉を開け放つ。


 ワルナが片膝をつき右手を胸に当て頭を垂れたので、俺もそれに合わせる。

 事前に魔族の作法を聞いていたのだが、それほど堅苦しい物ではなかった。


 この姿勢で待ち、王が話し始めたら顔を上げ立って良い、王の話は遮らない。 

 あとは先に退室するなら、腰を落として右手を胸に当て左手を横に上げ一礼するのだそうだ。


 玉座横の扉から大勢が入室してくる。先頭が国王らしいが多いな、その数二十二人。

 俺は顔を伏せたまま各種センサーでその動きを感知していた。 

 王が玉座に座り、口を開く。


「久しいな、リトラ家の長女よ。父上は元気かな」

「はっ、息災であります、国王陛下」


 ワルナが答えながら頭を上げ立ち上がる

 俺と兵士もそれに続いた。

 ジンドーラム国王は四十前後の小太りな男性で、にごった小さな目の奥に意地の悪そうな光を宿していた。

 玉座の背後に武装した兵士二十一名が立っており、彼らが身につけた鎧はこの国の兵士のそれとは違うものだった。


 そしてそれは、昨日ルガンさん達を殺した連中と同じ鎧だった。


 犯人が確定したと思ってよさそうだが、相手側にまるで隠すつもりが無いのは不気味だ。


「背後の兵士、昨日の襲撃者と同じ鎧だ」


 俺はワルナに顔を寄せささやく。

 彼女は軽く頷いた。


「して、何用か?」

「昨日、我が配下の兵士が九名が殺害されました。

 なにかご存知ではありませんか?」

「知らぬな」

「陛下の背後に控える兵の装備は、ジンドーラム王国の正規兵とは違うようですが何故でしょう?

 その姿が、我が配下を襲撃した者共に酷似こくじしておりますが」


 ワルナの直球な質問に対して国王は顔色一つ変えない。


「ああこやつらか、メイコ共和国が是非にと差し出してきた兵だ。

 借り物だが、なかなか役に立っておる」


 メイコ共和国? この世界にも有るんだ、共和国。やはりこの世界の文明は中世じゃなくて近代か現代なのかもしれない。

 しかし鎧を見せつけた上で露骨ろこつに知らないふりとは、随分と舐められているな。


「では更にお尋ねいたします、フェンミィという名の獣人の娘をご存知ではありませぬか?」

「知っておる」


 国王がフェンミィに言及した。前回は知らないという話だったのに。


「名前は忘れたが一昨日現れた獣人の娘であろう?

 そ奴は、王城に忍び込み余の命を狙った族だ」

「なっ」


 思わず声が出た。

 なんだ? なにを言い出したんだこいつ? 王の命を狙った? フェンミィが?


「そんな馬鹿な!」


 ワルナが声を荒げる。そうだ、ありえない。


「事実である。今は檻に捉えておるが極刑に処す予定だ」


 フェンミィの居所が分かった、生きてはいるようだ。

 だが安堵できる状態じゃない。檻に、極刑だと?


「誤解です陛下! その者はただ大魔王の復活を訴えたかっただけです」


「そういえばそのようなことも言っておったな。不変の約定がどうとか……くくくっ、愚かよのぉ。

 そんな大昔の遺物を、今更守る国などあろう筈もなかろうに。

 大魔王復活など下らぬ戯言ざれごとだが、たとえ事実であってもそれは今更誰も望まぬ厄介者だ。

 愚か者には、たっぷりと現実を教えてやったぞ、鞭でな」


 今なんて言ったんだ、こいつ? 鞭だと? フェンミィを鞭打ったというのか?

 腹が熱くなる感覚、これは怒りだろうか?


「会わせてやってもよいぞ、連れてまいれ」

「はっ」


 いやらしい笑みを浮かべたジンドーラム国王が家臣へそう命じた。

 フェンミィの所へ行くのか。

 後ろの扉から外へ出て行く家臣を、俺はセンサーで追いかける。


「それでリトラの娘よ、あの獣人とどういう関係なのだ?」

「友でございます」


 ワルナの答えを聞いた国王の顔が意地悪そうに歪む。


「ならば余の命を狙ったのはシャムティア王国でよいのだな?」

「濡れ衣です陛下。フェンミィがそのような事をするはずがありません!」

「黙れ! 事実である! 衆人の前で行われたのだ、いくらでも証人を立てられるぞ。さあ、どう申し開きするつもりだ?」

「くっ」


 そんなのいくらでも捏造できるだろ。フェンミィを暗殺者に仕立て上げてどうするつもりだ?


「ふっ、まあそう怯えずともよい。知らぬ仲でもないしな」


 ジンドーラム国王の表情が緩む。


「確かに人ならば暗殺者だが、あれがただの獣だとしたらどうだ?

 知能の低い獣が暴れただけなら、人と同じ様に罪を問うのは馬鹿げておるだろう?」


 フェンミィを獣扱いしやがった。腹の熱さが増していく。


 センサーで追いかけていた家臣は、思ったより近くの部屋へ入っていた。

 そしてそこから、なにか大きな箱のような物が運ばれてくる。


 地を滑るような動きで、魔法で浮いているのかキャスターが付いているのかもしれない。

 その箱はシングルベッドぐらいの大きさで、高さは一メートル強くらいだろうか? 魔法で妨害されているらしく中身は分からない。まさか……。


「なあ、あれは獣であろう? 暗殺などではなく凶暴な獣が人を襲っただけだ。

 ならば、そなたの責は問うまい。

 ただ人に仇なす害獣ならば、それなりの扱いをせねばならぬがな」 

「違う! 彼女は決して獣などではない!」

「ならば、暗殺者だと認めるのか?」

「それは……」


 ワルナが言葉に詰まり、空気が張り詰める。


「しかし最初はそこそこ獰猛どうもうだったのに、どんどん弱くなってしまってな、つまらぬ。

 昨夜などメソメソ泣きおって、魔犬にすら負けそうだったのだぞ」


 なんだと? こいつ今なんて……。


 ボトリッ


 その時、俺とワルナに張り付いていたサティのぬいぐるみが床に落ちた。

 まるでただのぬいぐるみに戻ったみたいにぴくりとも動かない。

 なんだ? どうして?


 そして箱が到着し、扉が開かれる。

 扉から謁見の間に入ってきた箱の正体は、キャスターの付いた大きな檻だった。

 そしてその中には……、


「フェンミィ!!」


 捜し求めた彼女が居た! 俺は思わず叫んでいた。

 フェンミイは檻の中で、全身に黒い革と金属で出来た拘束具のようなものをつけられ四つんばいを強制されていた。


 拘束具は魔法で強化でもされているのか、フェンミィの力でも抗えないようだった。

 身体のあちこちに血が滲み、乾いて赤黒く固まっている所も見受けられる。

 その姿は、まるでケージの中に閉じ込められた大型犬のようだった。


「あああう! あああう!」


 俺達に気が付いたフェンミィが、こちら側の鉄格子に張り付いて必死に訴える。

 その口には枷がはめられ、言葉がしゃべれないようだったが言っている事は理解できる。


『助けて! 助けて!』だ!


「王よ! かの者は我が友だ! 直ちに解放を要求する!」


「断る! あれはもう余の玩具だ、どうしようと余の勝手だ。

 それとも力ずくで奪い取っていくか? リトラの小娘!」

「くううっ」


 メキリっと、ワルナが奥歯を噛み締める音が聞こえた。


「あああう! あああうう!」

「うるさいぞ、国王陛下の御前である!」


 バチッ


「ぎゃんっ!」


 檻の側に居た男が、鉄格子の隙間からフェンミィを棒で突いた。

 なにかの魔法が発動したみたいで、フェンミィの身体がバネのように弾け、床へ倒れる。

 まるで雷にでも打たれたかのようだった。


 ――ッ!


 それを見た瞬間、頭の中でなにかが切れたような音が聞こえ、視界が怒りで真っ赤に染まる。


「フェンミィィ!!」


 俺は叫びながら彼女へ向かって走り出す。


――アラート エラー タイガー エラー――


 直後、俺の脳内に警告が響き、同時に足下から床の感触がなくなる。

 突風が巻き起こり、俺は床に転んでいた。 


「くそっ」


 急いで立ち上がろうとして……立てない。

 俺の両足は太股から見事にへし折れていた。

 超加速で攻撃されたのか。

 俺の目の前にはメイコ共和国の兵士二名が立っていた。

 

「ぁぁああああぅ」


 檻の中で俺と同じ様に床に倒れていたフェンミィが、悲しそうに呻く。


 そんな声を出すな……大丈夫だ、今行くからな……。


 俺は残った腕で這い進む。

 だが、


 バキンッ


 その両腕を共和国兵士が折った。

 俺は再び床を舐めるように伏した。


 くそっ駄目だ、力が要る!


「臨戦っ! 臨戦だっ!」


 俺は、あの忌まわしき改造人間の力を切望した。


――トランスフォーム エラー――


 だが、未だ修復の完了していない身体は、俺の要求に答えない。

 ふざけるなっ! 壊れても、ここで死んでもいいから動けっ、俺の身体!

 お前は最強の改造人間だろうが!


「臨戦!」


――トランスフォーム エラー――


「くそぉっ」


 俺は胴だけで近づこうと尺取虫のようにあがく。


「ははは、面白いぞ、道化め」


 ジンドーラム国王の嘲笑あざわらう声が響く。


「あ~、ああっ、あああ~」


 そんな俺を見て、フェンミィの声色が変わった。

 それは精一杯の明るい声だった。


 彼女は必死に四足で起き上がり、鼻水と涙と涎で顔をぐしゃぐしゃにしながら、枷で自由にならない表情を無理やり笑顔にする。


「あ~、あっ、あっ、あ~」


 無理に笑い、自分は大丈夫だ、だから助けなくても良いと訴えているようだ。

 俺がこれ以上傷つかないように、フェンミィを置いてここから無事に帰れるようにと……。


 ふざけるな畜生!


 この優しい少女にこんな顔をさせて、なにが万物王だ、改造人間だ、何のための戦闘形態だ!


「臨戦! 臨戦! 臨戦っ!」

――トランスフォーム エラー――


 動け! 動け! 今動けええっ!


 そのとき急に俺の頭が鈍くなる。なんだ? これは魔法か?

 だめだ……意識が……待て……畜生……。


 俺は気を失った。

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