第二十一話 逆襲前夜
深い暗闇から俺の意識は浮上する。
「大丈夫? バンお兄ちゃん?」
目を開けた俺の顔を、サティのぬいぐるみが覗き込んでいた。
「ごめんなさい、今度こそ絶対に守るって決めてたのに……」
「ここは? 俺は? ……そうだ! フェンミィは?」
そう言って俺は上半身を起こす。
そこには俺とサティのぬいぐるみ達とワルナ、そして見知らぬ兵士が一人居た。
「ここは馬車の中で今は帰路の途中だ。
…………フェンミィを助ける事は出来なかった」
ワルナが悔しそうにそう言った。
「彼女をあのまま置いてきたのか! あそこにっ!」
俺はワルナに詰め寄り、その肩を掴んだ。
「バン、私の命を投げ出してフェンミィを救えるのなら、改めて城に乗り込みもしよう、だがそんな事をしても彼女を助けることは出来ぬ。犬死にだ」
ワルナが感情を押し殺した声でそう言った。
その通りだ、彼女が正しい。
「……すまん、君の言うとおりだ」
ワルナの肩から手を離して俺は気がついた、へし折られた両手両足が治っている。
動かしてみてもまるで違和感がない、寝ている間に?
「俺の身体は?」
「この者は魔法治療師だ」
ワルナがそう言って見知らぬ兵士を指す。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、任務ですのでお気になさらず」
俺は身体を直してくれた兵士に礼を言った後、改めてワルナに尋ねる。
「なにがどうなった? 詳しく教えてくれ」
「貴公と同じだよ、我々も一緒に気を失ったんだ。
気がついたのは馬車の中だった」
元々魔法に対する抵抗力の低い俺だけでなく、ワルナや兵士も同時に意識を無くしただと?
「謁見の間に仕掛けがあるのだろうな、非常に強力な精神阻害系魔法で攻撃された。
四人全員が気を失ったまま馬車に放り込まれ、そしてそのまま、なすすべなく帰路についたという訳だ」
「む~、サティもあの二つのぬいぐるみとは、つながりを切られちゃったんだよ。
全部連れて行ってくれればなんとかなったのにぃ……。
うう~くやしい、またみんなを守れなかったよう」
「想定が甘かったな。まさか
圧倒的国力差のあるシャムティア王国と、戦争になる事を望んでいるようだ」
どんな場合でも戦争など最悪の選択だと思うが、今俺が気にするべき事柄はそれじゃない。
「これからどうする? 助ける当てはあるのか?」
「王国の支援を請う。
我が領地の兵はシャムティア王国の兵でもある。国家として抗議をする事になるだろう。
だが、どう見てもメイコ共和国が背後で糸を引いている。
一筋縄では行かない、すぐにフェンミイの返還とはならぬだろう」
ワルナの表情は暗い。
「メイコ共和国ってのは? 共和制が有るんだな、この世界にも」
「我がシャムティア王国にとっては敵国だ。今は停戦中だがな。
搾取だ、人民が主権者だなどと甘い言葉で先導し、革命とやらを成し遂げたが、結局出来上がったのは独裁者による恐怖政治国家だ。
器ではない者が、正当性を持たずに君臨している。
故に、恐怖による支配を続けるしかない愚劣な国家だ」
辛らつだな。
まあ、敵国となれば思うところもあるのだろう。
しかし、共和制じゃないのに共和国を名乗っているのか。
「戦争になるのか?」
「おそらくな。
メイコ共和国は、どうやら次の戦争を行う準備が済んだらしい。
ジンドーラムはその引き金なのだろう」
「国任せでフェンミィを無事に奪還出来ると思うか?」
「分からぬ。ともかくシャムティア国王にはフェンミイの救出を最優先にと
それでフェンミィを助けるまで何日かかる?
もしも救出前に殺されたら?
たとえ生きていたとしても、あいつはあと何日あんな仕打ちを受け続けるんだ?
「いいかバン、焦る気持ちは私も同じだ、だがどうにもならぬ。
あの場に居たメイコ共和国の兵士達、おそらく全員が昨日の襲撃者並みの強さだろう。
圧倒的な戦闘力だ、我々では勝負にならん。そして、あれ以上の数が存在する可能性もある。
更に、小国とはいえジンドーラム王国も三万人以上の兵力を保有しているのだ。
個人や地方領主程度ではどうにもならぬ。
国家に対抗するなら、同じく国家をもって当たるしかないのだ」
まるで自分に言い聞かせるようにワルナがそう言った。
なるほど状況は理解できた、なら後は俺に出来ることをするだけだ。
「この馬車は今、どの辺を走っているんだ?」
「国境を越え、屋敷まであと一時間半という所だ」
「分かった、俺をここで降ろしてくれ。なんとかフェンミィを救出できないか試してみる」
「人の話を聞いていなかったのか? 無理だと言ったろう。相手は国家なのだぞ、個人でどうこう出来る相手ではない。
だいたい貴公は戦う力を持たぬではないか」
俺は自己診断プログラムを起動する。
そこには修復完了と表示されていた。
「それについてなんだが、今まで黙っていた事を正直に話す。
俺は元々戦う力を持っていた、この世界の基準でもかなり強いと思う。
少なくとも謁見の間で見たメイコの兵士よりは強いはずだ」
奴らの超加速を二度観測した結果、その速度は俺とほぼ互角か若干こちらが上回る程度だと推測された。
そういえば、ジャッジの思考加速実験はある速度で頭打ちになってたな。それ以上はどれほどエネルギーをつぎ込んでも、ほとんど処理速度が上がらなかった。
もしかして、この世界でも同じなのかもしれない。
「一時的に戦う力を失っていたのだが、今は取り戻した。
そして、国を相手に戦う程度の事なら慣れているから大丈夫だ」
「……いきなりなにを言い出したのだ? 貴公は」
そうだな、突然こんな事を言われても飲み込めないだろう。
俺は自分の身体を親指で差し、もう一度ゆっくりと簡単な言葉で繰り返す。
「俺はかなり強い。そして、一国を相手に戦う力があると言ったんだ」
「な…………」
ワルナが言葉を失い呆然と俺を見つめる。
「……本気で言っているのか?」
「もちろんだ。冗談を言ってる場合じゃないだろ」
「むう……」
口に手を当てうつむき少し考え込んだ後、ワルナが顔を上げて俺の目を見つめる。
「貴公は大魔王として召喚されたのだ、むしろその方が自然といえば自然なのだが……本当なんだな?」
「ああ、間違いなく」
どうやら一応は信じてもらえたようだ。
「だが、いくら強くてもたった一人で国家と戦えるとは思えぬのだが……」
「元の世界で何度もやった事がある。任せてくれ」
正確には一人ではなく二人だった。
ジャッジの改造人間として、ワイヤーウルフと二人で世界や国家と戦ってきた。
俺の身体が完全な今なら、体内に存在するその為の武装が使える。
俺はジャッジ時代を思い出し、そして作戦を立てる。
「上手く行けば戦闘すら起こさずに制圧できると思う」
「一つの国を個人で制圧……だと……」
「それに最悪、作戦が失敗しても力ずくで勝利できるかもしれない」
「…………」
「まずは一旦大魔王城へ行こうと思う、その後でジンドーラム王国へ戻る」
「……正直な話とても信じられぬ。だが、勝算はあるんだな?」
ワルナが真剣な目で俺に尋ねる。
「ああ、十分に」
俺も真剣に答える。
「よし分かった、ジンドーラムには私も同行する。なんと言われても行くぞ」
断ろうとした俺の機先を制して、ワルナが覚悟を決めた表情で言った。
「心配そうな顔をするな、貴公が勝てば問題ないのだ。
さあ、フェンミィを救い出そう」
ワルナが居てくれた方が断然手際が良くなるだろう。
彼女は一人前の戦士で、俺達は少しでも早くフェンミィを助けたい。
「そうだな、一緒に行こう。
ワルナ、君はジンドーラム王国の地理に詳しいか?
主な都市や兵士が駐屯している場所が知りたい。
地図が有れば最高なんだが……」
「屋敷に戻ればジンドーラム王国の地図はある。軍事機密だがこの際仕方あるまい」
「助かる、それとジンドーラム国王宛の手紙を書いて欲しい」
「分かった」
「はいはいはいはい、サティも! サティも行く! この子たちを全員連れて行って。今度こそ絶対に守るんだから」
サティのぬいぐるみ軍団が手を上げてアピールする。
こちらの参加は本人に危害が及ばないので大歓迎だ。
俺は手近なぬいぐるみを撫でる。
「ありがとう。頼りにしてるよ、サティ」
「えへへ~」
今回の事で改めて思い知った。戦闘になった場合、やはり最大の脅威は敵の魔法攻撃だろう。
俺の魔法抵抗はもらった護符で底上げされてはいるが、それでも強力な精神攻撃には対抗できない。
彼女の援護こそ、俺にもっとも必要なものなのだ。
俺は馬車を降り、一度ワルナ達と別れ、ある物を手に入れる為に大魔王城に向かう。
今なら俺は馬どころか、フェンミィより遥かに速く移動できる。
待ってろよ、フェンミィ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます