第二十二話 国王ジンドーラム十二世

 *今回はジンドーラム国王視点となっております。


「よし引き上げろ」


 鎖でつるした獣を水槽から引き上げさせた。

 ここは、ありとあらゆる苦痛を極めしジンドーラム王城の拷問部屋である。


「……がばっ、げほっげひんっ、げーほげほっ」


 苦しそうにむせる獣。

 水責めは定番の拷問だが存外に悪くないものだった。

 水槽が透明である事が肝心なのだ。


 本来は溺れ死ぬまで浸けて置き、蘇生の魔法で蘇らせてからまた浸けるのが醍醐味だいごみなのであるが、この獣は間違っても殺してしまう訳にはいかぬ。


 こやつは絶妙なタイミングでわざわざ飛び込んで来た火種なのだ、まだ処分するには早い。


「鎖を外して余の足下へ置け」

「はっ」


 水槽から引き上げられた獣が、拷問部屋用の玉座に座っている余の前にひれ伏す。


「靴を舐めよ」

「は……はい」


 命じられたまま素直に舌を出し余の靴に口を寄せる獣。

 つまらぬ。


 ガスッ

 「ぎゃんっ」


 余はその怯えきった顔を蹴りとばした。


「そうではなかろう? 昨日までの反抗的な目はどうした?

 おまえは獰猛どうもうな獣であろうが?

 そら、大魔王が助けにくるのであろう? 余を罰すると、脅してみるがよい!」


「ご、ごめんなさい。許して……許してください」 


 ひれ伏したまま、ひたすら怯える小さな獣。

 ふむ……完全に折れておるな、リトラの娘に会わせたのは失敗か。

 これでは凡百ぼんびゃく愚物ぐぶつと変わらぬ。


「もうよい。口枷をはめ直して檻に放り込んでおけ。まだ死なせるでないぞ」

「はっ」


 余は玉座から立ち上がる


「寝る。伽と酒を寝室へ。潰しても構わぬ方だ、急げ」

「はっ」



 ◇



 王城の廊下を寝室へ向かいながら考える。


 リトラの娘を返したのは失敗だったか?

 あの獣が居る限り無事に返した方が早く戦争になると思うたが、いっそ捕らえてしまえば良かったやもしれぬ。


 あの生意気な娘ならもっと長く楽しめるであろう。


「くくくく」


 思わず笑みがこぼれる。

 まあよい、どうせすぐに攻めて来るであろう。

 そのときに捕らえればよいのだ。


 もしすぐに来なければ、あの獣の指でも切り落として送りつけてやろう。


 さあ早く来いシャムティア王国め。

 我が国には必勝の策が有るのだ。



 ◇



「正体不明の奇病だと?」


 昼前に起き朝食を兼ねた昼食をベッドでとっていると、秘書官が余にそう告げた。


「はい陛下。既に王都に蔓延まんえんしております」


 なんだそれは? 伝染病なのか。


「広がる前に対処出来なかったのか? 責任者を呼べ」

「それが、どうも一夜で広がったらしくて……責任者は現状把握と原因究明の為に奔走しております」


 なんとも要領を得ない報告であった。

 愚か者共め。無能は罪なのだ、後で責任者を厳しく罰してくれよう。


「して、どのような病気だ?」

「咳が出ます、頻繁ひんぱんに」

「それで?」

「それだけです。他の症状は一切ありません、ただ今後どうなるかは不明です」


 この大事な時期になんと面倒な……。


「魔法で治療できぬのか?」

「既存の治療魔法が効かないそうです」

「ならば発症した者を早急に隔離せよ」

「それが、あまりに人数が多すぎて……」


「失礼します陛下」


 そう言って入室してきたのは、メイコ共和国より借り受けた部隊の隊長であった。


「めずらしいな、何用か?」

「火急の事態ゆえ御無礼をお許し頂きたい。

 陛下、これをお飲み下さい」


 そう言って隊長が差し出したのは、水晶をくり抜いて作られたビンであった。

 上等な魔法薬を保存するのによく使われる物で、中には青く澄んだ液体が入っている。


「これは?」

「病や呪術に対抗するポーションでございます。

 高度で強力な術式ですが、それゆえ高価で貴重な物となります。

 伝染病がなんであれ、とりあえずこれで予防できるでしょう」


 我が国には無い技術だな。

 そのうちメイコから盗んでくれるわ。


「そのポーションは何本あるのだ? 持続する時間は?」

「部隊の者に飲ませましたので、あと八本程です。一本で一週間は効果を発揮します」

「よし、全てよこせ」

「は、ではこちらを」


 侍従にポーションを受けとらせる。


「毒見役を呼べ」

「はっ」


 今、メイコ共和国が余を暗殺する理由はない。

 だが油断ならぬのも事実だ。

 毒見役が魔法で検証し、異常が無いことを確かめた後、余はそのポーションを飲んだ。



 ◇



 「ごほっ、ごほっ、既に全ての国民が感染していると思われます。

 ごほっ、その上、近隣の諸国へも被害は広がりつつあり事態は、ごほっ、拡大の一途をたどっております」

 

 その日の夜、疲れきった顔をした防疫の担当官が報告する。


「全ての国民が感染だと? 一日でか?」


 いくらなんでも早すぎる。


「軍はどうか? いやダンジョンの側砦に待機させた例の軍団はどうしておる?」


 あれは対シャムティアの切り札であるというのに。


「ごほっごほっ、全てでございます陛下。軍隊も例外ではありません。ごほっ

 いえ、唯一の例外がございました、陛下のようにメイコ共和国のポーションを飲んだ者だけは、ごほっごほっ」


 なんという事だ、計画が台無しではないか。

 ええい、なんとも業腹である。

 不幸中の幸いは、このような伝染病の発生した国に攻め込む馬鹿などおらぬということだが……。


「治療法は? 病状はこのまま咳だけですむものか?」

「ごほっごほっ、効果のある治療魔法は見つからず、ごほっ、未だ研究中でございます、ごほっ」

「無能め! らちが明かぬではないか!」


 余の叱責に担当官が身をすくませる。


「ごほっ、せ、成果もございます。身体を横にして眠る姿勢になると、ごほっごほっ、咳が止まる事が判明いたしました。ごほっ」

「だからなんだ? 余は治療せよと言っておるのだっ」


 ビュンッ ガシャーン


 余は手にしていた酒の入ったグラスを担当官に投げつけた。


「ええい、急げ、寝ずに働け愚か者共! もたもたしていると貴様の首をはねるぞ!」

「はっ、ごほっごほっ」

「ふん、面白くも無い。余は寝る。酒と伽を寝室へ、潰しても構わぬ方だ」


 非常に不愉快である、こういう時は眠ってしまうに限る。



 ◇



「起きてください、陛下、ジンドーラム国王陛下」


 なんだ? 余の眠りを妨げるだと?

 なんと不遜ふそんな……。 


「この者を死刑に処せ!」


 そう一言発し、余は再び睡魔に身を任せる。


「恐れながら緊急にございます。陛下、どうかお目覚め頂きたい」

「むう?」


 いつもと違う様子に余はしぶしぶ目を開く。

 そこに居たのは見慣れた侍従達ではなく、メイコ共和国から派遣されてきた兵士の隊長であった。


「何事か?」 

「例の伝染病に感染していた者達が、いっこうに目覚めません」

「なんだと?」


 余は身を起こし辺りを見回す。

 いつもなら控えている筈の侍従が見当たらない。


「どういう事だ?」

「我が部隊以外の者が眠ったまま目覚めないのです」


 意味が分からぬ。起きれぬ程に病状が悪化したというのか?


「馬鹿な。ついて参れ」

「はい陛下」


 余は侍従の待機部屋へ向かう。


 そこには無様に寝こけている侍従達の姿があった。


「起きぬか無礼者!」


 余は部屋に置いてあった杖を手に取り、打ちつける。

 顔が腫れる程打ったのだが目覚める気配は無い。


「なんだこれは?」

「病気の症状かと思われます」

「生きておるのか?」

「はい、確認した範囲では死者は出ておりません」


 だが今後は? このまま目が覚めない、あるいは病状が悪化して全国民が死に絶えるような事があれば余は終わりだ。


「責任者を呼べ!」 

「陛下、陛下と我が部隊以外に意識の有る者はおりません」

「くううううっ」


 おのれ、おのれ、忌々しい。何故このような事になった?

 病になど倒れおって、許せぬ、余を誰だと思っておるのだ。


「それと、今朝早く、部下が怪しい小人を発見し倒しました」

「小人だと?」

「はい、三フント程の大きさで、例の獣人の部屋へ入ろうとしておりました」

「なんだと!」


 あの獣が狙いだと? ならばこの疫病は……。


「獣の部屋に行くぞ!」

「はっ」


 余が檻の置いてある部屋へ入ると、その中の獣が怯えた視線を向けてくる。だが、今はどうでも良い。 


「獣が病気にかかっておらぬだと?」


 ということは、


「これはシャムティアの攻撃魔法なのではないか?」

「自分もそう思います陛下。この獣人の事だけでなく、国内に広がる速度と周辺国に広がる速度が違いすぎます。

 これは意図的に撒き散らされた疫病です」


 しかし病を操る魔法など聞いた事もない……大規模な呪いか?

 だがそれよりも今は……。


「いかん! いかんぞ! ならば奴らの軍はこの伝染病にかからぬ可能性もある」


 すぐにでも攻め込んでくるのではないか?

 それはマズい。今のジンドーラムは丸裸も同然だ。

 切り札も機能しておらぬ。


 どうする? メイコへ逃げ込むか?

 だが、こんな状況で国を捨てて転がり込んでも、いいように扱われるだけであろう。


「おのれぇ、どいつもこいつも役に立たぬ愚物めがぁ……」


 その時、メイコの兵士一人が慌てて部屋へ駆け込んできた。


「隊長、さっきの小人と同じ者がこれを運んできました」


 そう言って兵士が隊長へ渡したのは一通の手紙だった。

 隊長が封を破り手紙に目を通す。

 なんだそれは?

 ええい、早く余に説明せぬか。


「要約せよ!」

「はっ、人質の交換を申し込む手紙です。

 差出人はワルナ・ナーヴァ・リトラで、伝染病の治療法を持っている。

 本日、王都近辺の窪地くぼちで、そこの獣人とジンドーラム国民全員の命を交換したいとの事です」

「なんだと?」


 これほど強力で大規模な作戦を、リトラの小娘が指揮しておるというのか?

 そんな馬鹿な……。


 だがこれは好期である。

 ここまでこの獣に執着しておるなら、やり方もあろう。

 見ておれ小娘め。

 まだ余には、世界最強の兵士六十名がおるのだ。

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