第二十三話 万物王

「あと二十分というところかな? フェンミィがここに運ばれてくるまで」


 俺は偵察に出した分身の映像を確認しながらワルナに告げる。

 ジンドーラム王都から北東に四十キロ程離れた人気の無い広い窪地くぼちに、俺達二名とぬいぐるみ多数は馬車で密入国していた。

 時間はまだ太陽が昇りきらない午前十時半。


「ジンドーラム国王とメイコ共和国の精鋭六十名を引き連れて……か」


 ワルナがどこか呆れたような声で言った。


「いきなり総力で来るとは思ってなかったな。

 こっちの人数は偵察で把握されているだろうから、少数の討伐部隊が来ると思ってたよ」


 各個撃破できるなら、その方が良かったが仕方ない。

 見かけによらず慎重な男なのだろうか?

 俺の疑問にワルナが答えてくれる。


「王は王城を捨てる決断をしたのかもしれない」

「あそこが一番安全じゃないか?」


 魔法による様々な防御が張り巡らされているだろうに。

 それゆえこちらも手を出しにくい。

 偵察に向かった分身もたやすく排除されてしまった。

 それに、家臣や街の人々を巻き込む可能性が高いのも嫌だ。


「メイコ共和国へ逃げるつもりなのかもしれない。その途中でここに寄る気なのだろう」


 なるほど、その可能性もあるのか。

 見切り早いな、国に愛着とかないのだろうか?

 ここはジンドーラム王都から見て、シャムティアの地方都市ナーヴァとは逆側に位置する。

 なるべく回りに被害が出ない場所を選んだ結果だ。


「しかしバンよ、貴公は本当にあの数を相手にして勝算が有るのか?

 全員が化け物の様な強さなのだぞ、場合によっては師団や軍団を凌駕りょうがする戦力だ」


「有る。

 サティが本当に敵の魔法と拮抗きっこう出来て、彼らの予想される戦闘力と、魔族の石火における戦闘方法が君の言うとおりなら十分に」

「サティなら大丈夫だよ。任せておいて」


 ぬいぐるみが胸を張り答える。


 俺はこの二日間でワルナから魔族の戦闘方法を学んでおり、それに対する対策も検討してあった。


「だが確約は出来ない。本当は君には逃げて欲しいんだが……」


 そう言いかけた俺をワルナが睨む。


「その話は終わった筈だ。私は絶対に引かないぞ」

「大丈夫だよ。サティが魔法でみんなを必ず守るから」


 サティの操るぬいぐるみが元気良くそう言った。


「すまぬ、よろしく頼むぞ」

「えへへ~」


 ワルナがぬいぐるみの頭をなでる。

 まだどこかぎこちないのが微笑ましい。


「ね、でも、バンお兄ちゃんの魔法も凄いよね。

 サティは魔法にこんな使い方があるなんて、知らなかったよ」


「そうだな、インフルエンザ……だったか? 今回の魔法」

「ああ、正確にはそれを元に魔法で強化改造したウィルスで、別物に変化しているけどね。

 俺の体内にはそのプラントがあるんだ」


 俺は今回の作戦に使用した兵器について、改めて説明した。


「恐ろしい魔法だな」

「元の世界でも国際条約で禁止されるほど危険な兵器だ。

 もっとも悪の組織には関係無かったけどな」


 貧者の核兵器とまで言われる生物兵器。

 実際、免疫の無い場所で流行るインフルエンザなど核兵器を上回る威力かもしれない。

 それを俺の分身に持たせてジンドーラム国中にばら撒いたのだ。


 俺の体内には、この他にも飲料水に混ぜるタイプの細菌兵器プラントが有り、実際に浄水場から撒こうとして仮面アベンジャーに阻止されている。

 ありがとう仮面アベンジャー。


「さすがは大魔王と言うべきなのだろうが……。

 しかし、民草を巻き込むなど褒められたやり方ではないぞ、本当に死者は出ないのだろうな?」


 ワルナは生物兵器が気に食わないようだった。

 俺もそう思うよ。


「ウィルスの所為で死ぬ事は無いよ。寝ている間は代謝も極端に低下しているし衰弱もほとんど無い。全員、明日には意識を取り戻すだろう。

 だが、不慮の事故で死者が出ている可能性はある。

 意識不明になる時間を、なるべく皆が寝ている深夜に設定したけど、それでも完全に事故を避けられるとは限らないしな」


 自分がやった事とはいえ、つくづく酷い話だ。

 実に悪の改造人間らしいやり方だと思うよ。


「だが、それでフェンミィの命が助かるなら、俺は何度でもやるぞ」


 俺は顔も見た事が無い他人より、好意を抱く相手の命を優先する。

 やはり命の価値は平等なんかじゃないな。


「……ああ、私も同意見だ。

 もう一度確認するが、フェンミィはこの病にかからないんだな?」

「大丈夫だ、大魔王城から彼女の髪の毛を拾ってきたからな。

 ワルナからも貰ったろ? 髪の毛から遺伝子を抽出して攻撃対象から除外してある」

「原理はよく分からないが、そうか」


 ワルナが安心したように頷く。


「前から思っていたけど、ワルナはフェンミィをとても大切に思っているんだな」

「ああ」


 俺はその理由を知りたくなった。


「理由を聞いてもいいか?」

「……いいだろう。最後の機会かもしれない、昔話をしよう。


 もう十年近く前になるのか、私がまだ六歳だった時の事だ。

 私は自分が天才だと思っていた。

 実際優秀ではあったのだが、自惚れていた。


 行ってはいけないとキツく言われていた大魔王領との境界、ダンジョンからの魔力が薄い場所に一人で踏み込んでしまった。

 そして、そこで盗賊に捕まった。


 思い知ったよ。

 魔力が薄い場所では、自分などただの非力な幼児に過ぎないのだと。


 通りがかったフェンミィが助けようとしてくれたのだが、月が満ちておらず、結局彼女も捕まった。


 その夜、盗賊共は趣味の悪い遊びを始めた。

 私かフェンミィのどちらか一人を殴るから、自分達で犠牲者を決めろと。

 最初は私もフェンミィも、自分が殴られようと名乗り出た。

 だが、たった一発殴られただけで、私はその痛みに耐えられなくなった。

 もう自分を殴れとは言えなかった。


 けれどフェンミィは違ったのだ。

 がたがた震えながら歯を食いしばり、殴られて腫れた顔で何度も前へ出た。

 泣きじゃくる私を庇うために。

 私と同じ年齢だった六歳の子供がだぞ。


 私はあれほど美しい魂を見たことが無い……」


「それは凄いな……」


「ああ、凄いのだ。

 あれは教育とか経験などではない、魂の出来の問題だ。

 彼女はたぶん最初から特別な魂の持ち主なのだ。

 心から尊敬している。


 その後結局、フェンミィを探しに来た獣人族に助けられたのだが、私はそれ以来フェンミィの友となり、彼女に恥じない人間になることを目標としている」


 なるほど、ワルナの気持ちがよく分かった。

 いささか美化されすぎている気もするが、それでもフェンミィが他人の為にその身を投げ出せる子なのは間違いないだろう。


「ありがとうワルナ。そして、お客さんのご到着だ」

「うむ」


 窪地の端に土煙が上がり、馬車の列が現れる。

 なんの用心もせずにそのまま坂を下った車列は、速度を落とし停止する。


「じゃあ行ってくる。流れ弾が当たるからここから動かないでくれ。

 サティ、相手の魔法は頼むな」

「任せて」

「バン、貴公に武運を」

「ありがとう」


 ワルナとぬいぐるみを残し、俺はジンドーラム王国の馬車へ向かい駆け出す。

 馬車からは兵士と王が降り、フェンミィの檻が降ろされていく。


 俺はいくつか想定した敵の行動を思い浮かべながら、身構えて走る。


 走る……あれ? 仕掛けて来ないな?


 結局、約十五メートル程の距離まで接近したところで俺が足を止めた。おいおい、こんなに接近させていいのか?


 超加速戦闘では目と鼻の先だ。確実に国王を殺せるぞ。


 ……って、ああそうか。俺に戦闘力が有るとは思っていないんだな。

 自分達の圧倒的優位を確信している。

 メイコの兵士を全員連れているのも、総力戦という訳じゃないんだ。

 おそらく、ワルナの言うとおり移動の途中なのだろう。


 それも当然か

 城での無様な姿を思い出して少し憂鬱ゆううつになる。

 フェンミィに、二度とあんな顔をさせるものか。

 俺は声を張り上げる。


「フェンミィを返せ! そうしたら治療法を教えてやる」


 嘘である。ウィルスは既に伝染性を失っており、放っておいても明日には完全に無害となる。


「無礼者め! 誰に口をきいておるのか!」


 ジンドーラム国王が忌々しげに怒鳴る


「下賎なゴミめ、この余と取引しておるつもりか?

 思い上がりおって。

 取引というのはなぁ、対等な関係でのみ成り立つものなのだ。

 何故のこのこと二人でやって来たのかは知らぬが、余がお前らを一方的に屠殺とさつできる力を持っておるのに、成り立つ訳がなかろう、愚物め。

 その両手両足を落としてから、ゆっくりと拷問で聞き出してくれるわ」


「ああ、ああううう」


 王の側で、檻に閉じ込められているフェンミィが悲しそうに呻く。

 この距離でも改造人間である俺の五感には、はっきりと伝わる。

 助けて欲しいという態度ではなく、首を振り必死になにかを否定している。

 自分は大丈夫だから助けなくても良い、帰れ、というあの素振りだ。

 自分より俺を心配する、あの……。

 胸が苦しくなった。


 そんな優しい彼女を安心させたくて、俺は無理に笑顔を作り、叫ぶ。


「一昨日はごめんよフェンミィ、情けない姿を見せちまったな。

 けれどもう心配いらない。

 こう見えても俺は、世界征服を企む悪の組織で最強の改造人間だったんだ。

 最強だぜ、超強いんだぞ。

 だから…………こんな奴らあっという間に片付けて、すぐに助けるからな」


 最後の方は笑顔が保てず真顔になってしまった。


「……ぶっ、ははははは、笑わせるな道化め! 貴様に何が出来るというのだ」


 俺を嘲笑うジンドーラム国王。

 フェンミィを人質にする気もないか……それに備えて分身を半分潜ませてあるんだが、必要無かったかな。


 まあいい、俺達を舐めきったこいつに、今ここで、誰が強者なのかを教えてやろう。


「お前も冥土の土産に聞いてゆけ。

 我が名は『万物王』

 世界の全てと戦い続けた改造人間だ」



「臨戦!」



 その一言で俺の背後に現れた魔法陣が眩い光を発し、完全に修復を終えた俺の身体を戦う姿へと変化させる。


 それは身長二メートル強、体重二百キロ弱の巨体で、昆虫や動物のパーツと、無機質な兵器を切り張りしたような恐ろしい姿だ。

 俺は戦闘形態へと移行した。その間、僅かに一ミリ秒。


――トランスフォーメーション コンプリート――


 同時に、俺の脳内で馴染んだ機械音声が響く。


 四基の魔法炉が本来の出力を発揮し、有り余る大量の魔力が全身に満ちる。

 内包した全ての機能が全力で使用可能となった。

 元の世界で、全ての軍事力を過去の遺物と化したジャッジの魔法科学の結晶、一昨日に渇望した戦う力が今、確かにここに有った。


「ん?」

「むうっ」


 変身した俺を見て、ジンドーラム国王はただほうけたような顔をしただけだが、メイコ共和国の兵士は顔色を変える。

 彼らはいつでも石火を発動出来る様に身構えた。さすがは精鋭だな。


「なんだ? この醜い化け物は? 貴様なにをした?」


 事態を理解していない間抜けが、呑気のんきな感想を漏らす。


「醜い……か、確かにな。

 だが、俺は今初めて、自分が醜い化け物で良かったと思っているよ」


「ええい魔術師共、こやつを捕らえよ。殺すな」


 ジンドーラム国王の命令で、部隊の後方に居た魔術師らしき連中が目に見えない魔法を放つ。

 おそらくは一昨日、俺の意識を失わせたような精神阻害系の魔法なのだろう、だが、今回はなにも起こらない。


「何をしておる! 早くせぬか!」

「それが陛下、ヤツの背後から……なんだこの力は?」


 俺も自分の後ろから頼もしい魔力の流れを感じていた。サティのぬいぐるみ軍団による援護だ。

 凄いな、本当に最精鋭部隊と拮抗してるよ。

 さすがは数百年に一人の天才、頼りになる。


 さあ、後は俺の仕事だ。いくぞ。


「加速」

「石火」


――オーバークロッキン スタートアップ――


 俺の思考加速と同時に、メイコの兵士達も超加速状態になった。

 超高速の戦闘が始まる。

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