第六話 獣人族の村へ向かう

「大魔王様ぁ」

「やらない、その呼び方も止めてくれ」

「絶対に嫌です!

 お願いしますから、大魔王様ぁ」

「俺も絶対に断る」

「えええええ……」


 ブツブツと不満を訴えるフェンミィをあしらいつつ、俺は考える。

 さて、これからどうしよう?

 まずは生活の基盤を築かないといけない。

 大魔王にならないからには、この子の世話になるわけにもいかないだろう。


 衣食住……と思ったが、改造人間の俺にはどれも必須ではない。


 とりあえず情報が欲しいな。

 この世界の社会がどうなっているのか調べて、それから仕事でも探すか。


 俺は現状を認識する為に再び自己診断プログラムを走らせる。

 ほとんど修復は進んでいない。 

 その為のリソースが足りない所為だが、エネルギー不足も影響している。

 当分無茶は出来ないな。


 とはいえ少しずつでも直ってはいるのだ、時間はかかるけどなんとかなるだろう。


「う~っ。

 なら、認めるのは後で良いから、とりあえず私の村に来てもらえませんか?

 召喚に成功した事をみんなに伝えたいので……」

「君の村?」

「はい」


 俺にとってここは未知の世界だ、ともかくどんな情報でも欲しい。

 この世界の住人がどんな暮らしをしているのか見たい。


「分かった、行こう」

「あ、ありがとうございます」


 フェンミィの表情が明るくなる。


「それでですね、ここから村まで約三十キロの距離が有るんですが……」


 単位が俺の知っているものだ、これも意訳なのだろう。


「大魔王様なら大体の場所をお伝えすれば一瞬で移動できたりとか……」

「いや、出来ないな」


「なら、高速で移動する手段を……」


 改造人間である俺は本来、高速移動が可能だ。

 一瞬で良いのなら数千Gでの加速が可能で、地表近くでも音速の二十倍以上の速度で移動出来る。


 たやすく重力を振り切り空を飛べる。

 大気が薄くなれば到達できる速度は更に上がり、宇宙空間では最終的に亜光速へ達することも可能な筈だ。


 だが、思考加速装置も、重力及び慣性制御機構も壊れていて当分使えない。つまり……


「無いな」


 という事になる。


「そうですか……」


 あれ? 今がっかりされた?


「ええと、では僭越せんえつながら私に抱き抱えさせてください」

「え? でも……」

「お願いします。そうしないと、とても時間がかかります」

「……分かった」


 仕方が無いので彼女のするがままに任せると、俺はフェンミィにお姫様抱っこされてしまった。

 酷い絵づらだ。

 たしか君は城内で、大魔王の威厳がどうとか言ってなかったか?

 うっ、ささやかと言う程小さくはない胸が当たってるんですが……。


「では、出発します」


 そう言った彼女が軽やかに走り出す。

 速い! 思っていたよりずっと速い。

 ぐんぐん加速して、あっという間に時速約百三十キロ程に達した。


 数十秒で城下町を抜け、平原を疾駆するフェンミィ。

 彼女の服がばたばたと音を立ててなびいている。

 俺が改造人間で高速に慣れてるから平然としていられるが、そうじゃなければ怖いだろうなぁ。

 風圧で目を開けることすら出来ないかもしれない。


 彼女の表情からまだ余力はありそうだ。おそらく俺の負担を気にして、抑え目に走ってくれているのだろう。

 揺れも少なく案外乗り心地は悪くない。


 突き飛ばされたときも思ったが、俺の知っている人間とは比べものにならない身体能力だな。

 彼女が獣人族だからなのだろうか?


「これは凄いな」


 俺は感嘆の声をあげる。


「昨日が満月だったので今は力持ちなんです。

 獣人族は魔力で身体強化をするのが得意ですから」


 彼女が得意げに応じた。


 満月の時期が元の世界と一致しているのは偶然なのだろうか?

 人狼が月の影響を受けるというのも元の世界と同じだ。


 やがて周りの風景が平原から森林へと姿を変える。

 フェンミィは道無き森の中でも速度を落とさず走り抜ける。

 見事なフットワークで俺に小枝一つ当てる事も無い。


 森の木々は俺の居た世界のそれと変わらないように見えた。

 ただ俺は植物に詳しくないので、細かい差異など分からないのだが。


 

「ん?」


 走り始めてから十分と少し経っただろうか?

 俺のセンサーが前方に人らしき反応を捕らえる。


「フェンミィ、前に誰か居る、二人だ」

「あ、はい仲間です」


 フェンミィはそこからしばらく走った後、反応の直前で滑らかに速度を落とす。


「止まれっ!」


 鋭い男性の声が響く。

 命令に従い足を止めたフェンミィの前に、革の鎧を身につけた体格の良い二十代くらいの男性が現れる。

 腰に長剣をはいている。

 俺のセンサーに反応したうちの一人だ。


「見張りお疲れ様です、ウルバウさん」

「フェンミィ、誰だその余所者は? 村へ連れて行くつもりか?」


 目的地の住人らしい。と言うことは彼も獣人なのだろう。


「余所者じゃありません、大魔王様です」


 フェンミィが俺を降しながら、どこか得意げにそう言った。


「お前はまだそんな事を……あれから七年だぞ、もういいかげんに……」

「まあまあまあ」


 ウルバウと呼ばれた男性をいさめるように、ナイスバディの色っぽい美女が現れる。

 身体の線がもろに出るような、ぴったりとした作業着を着用していた。


「だがな、ガールル……」

「ウルバウ、あなたの真面目さは長所だけれど、短所でもあるって言ったでしょ?」

「うむ……」


 ガールルという名前らしい美女がフェンミィへ視線を向ける。


「フェンミィ。その人が大魔王様ってどういうこと?」

「昨日、ついに私の召喚が成功して魔方陣から現れたの。

 本物の大魔王様が現れたのよ」


 少し興奮したようなフェンミィの口調がくだけたものに変わっていた。

  

「本当に?」

「うん」


「本当に?」


 ガールルが今度は俺の方を向いてそう尋ねる。

 今までとはうってかわった鋭い視線だ。

 俺は少し迷ったが正直に答える。


「まあ、その通りだ」

「う~ん」


 ガールルはしばし考え込んだ後、


「これは村長に判断してもらった方がいいわね」


 そう言った。


「余所者に村の場所を教えるわけにはいかない」

「余所者じゃありません、大魔王様です。私達の味方です」

「信じられん、今更」

「まあまあ、なら目隠しでもすればいいんじゃない?」


 フェンミィとウルバウの口論が再開し、改めてガールルが仲裁する。


「……ふむ、なるほど、だが目隠しなどどこに?」

「そうねぇ……私の肌着でも使う?」


 そう言ったガールルが、俺に色気を含んだ流し目を送る。

 え?肌着って下着の事だよな?

 この官能的な美人の下着を……だと……。


「だっ、駄目ぇっ!」


 真っ赤になったフェンミィがガールルを止める。

 いや、別に『惜しい』とか思ってはいない。


「わ、私のタオルがあるから、それで……」


 そして俺と向き合う。


「す、すいません大魔王様、目隠しをさせてください。

 ちゃんと毎日洗って交換しているので綺麗です」


 俺は素直に目を閉じ、結びやすいようにかがんだ。

 実は各種センサーがあるので俺に目隠しなどあまり意味が無いのだが、これ以上話をこじらせても仕方がないので黙っておく。


「終わりました」


フェンミィのタオルが俺の視界を塞いだ。

 これはこれで、なんか良い匂いがするな。


「ね、フェンミィ、私が運んであげるわ」


 そう言ったガールルが目隠しされた俺をいきなり抱きかかえる。

 もちろん軽々とお姫様抱っこだ。


「おい……ぬっ」


 抗議しようとした俺の言葉が途中で止まる。

 フェンミィとは比べ物にならない巨大な弾力が、俺の脇腹に当たっていた。

 こ……これは大きいな。

 なにか香水でも付けているのだろうか?

 フェンミィとは違う、いかにも女性らしいといった感じの良い匂いがする。


「あっ駄目っ、それは私の役目なのっ!」

「いいじゃない、運ばせてよ」

「駄目だったら」

「本当に大魔王様なら独り占めはよくないんじゃない?」

「う…………」


 俺を抱くガールルの腕に力が入り、軟らかなふくらみが更に密着する。


 うーぐるる



 あれ? 犬がうなるような音が聞こえたぞ?


「はいはい冗談よ、ほら、あなたが運びなさい。

 ふふっ、一張羅でおめかししちゃって、可愛い」


 俺はガールルの手からフェンミィの腕の中へと、お姫様抱っこのまま軽々と受け渡される。


「あーもうっ、ルルねえはあっちで見張りを続けて!」

「はいはい」


 すっかり地が出ていたフェンミィが、


「コ、コホン。では村へ向かいますね、大魔王様」


 咳払いして取り繕った。

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