第五話 獣人と電波と先代大魔王

「ここが異世界、あるいは君が異世界人だと証明できないか?」


 俺は思い切って彼女にそう提案してみた。


「証明……ですか?

 ええと…………私、獣人族なんですが、それでいかがでしょう?」

「え?」


 思わぬ答えが返ってきた……獣人族?


「今は満月期なので、獣人になることが出来ます」


 更に満月か。たしか月のような巨大な衛星はかなり珍しいんじゃなかったっけ?

 異世界と言い張るなら、月が存在するのは設定のミスではないだろうか?

 まあいい、その獣人とやらを見せてもらおう。


「あ……うん、ならお願いできるかな」

「は、はい……」


 なぜか彼女がもじもじし始めた。また顔が赤い。


「あ……あの、すいません、ええと……服を脱がないと破れてしまうので……その……」

「……あ! 分かったよ、後ろを向いてるから声をかけてくれ」


 俺は彼女から視線をそらす。

 静まり返った部屋に衣擦れの音がする。

 俺はその隙に体内のセンサーで周囲の電波を観測してみた。

 短波かどこかの国の衛星測位システムか、なにか受信出来ないだろうか?

 だが部屋の内部は電波的には静かなものだった。まあ石造りだし、遮蔽されているのかもしれない。

 

 電波以外の情報はどうだろうか?

 俺はその他のセンサーで周囲の情報を集める。

 どうやらここは、かなり巨大な石造りの建物の中で、この部屋以外には人の気配がない。

 もちろん擬装や隠蔽いんぺいされている可能性もあるのだが……。

 

「あの、終わりました。どうぞ」


 少女の声に振り向くと、そこには人型の狼が居た。


「ワイヤーウルフ……」


 変身した狼の姿まで似ている。

 ワイヤー射出機が無いことを覗けば瓜二つだった。

 似すぎているだろ、これ。

 やはりこれは誰かの作為なのではないだろうか?


「君は改造人間なのか?」

「カイゾ……人間? ですか? なんですか?」


 いや、改造人間にしては俺のセンサーに反応が無い。

 今の満身創痍な俺では戦闘形態へ移行できないだろうが、それでも脅威の出現に対して警報ひとつ鳴らないのはおかしい。


 俺のセンサーに認識出来ない新型とかなのだろうか?

 …………駄目だ、分からない。

 これはもう、いったん保留だな。



 ◇



「服を着ました、大魔王様」


 人の姿に戻った少女がそう言った。

 俺は視線を彼女に戻す。

 とりあえず変な呼び名を正しておこう。


「なあ、君、ええと…………」


 そういえば、この子の名前を聞いていない。


「あ、申し遅れました、すいません。

 私の名前はフェンミィ・サイターン・ウルクルと申します。

 先祖代々、大魔王様の筆頭書記官を務めさせていただいております。

 フェンミィとお呼びください」


 少女はそう言って、スカートの裾をつまみ小さくお辞儀をする。


「わかったフェンミィさん。俺は、ばんぶつ…………いや、バンと呼んでくれ」

「お断りいたします」


 多少食い気味に、フェンミィと名乗った少女が答える。


「……は?」

「大魔王様は唯一無二の存在ですので、『大魔王様』とお呼びしたいと思います。

 それと、私に敬称など不要です、『フェンミィ』と呼び捨ててください」

「いや、フェンミィさん、あのね……」

「フェンミィです、大魔王様」


 彼女が満面の作り笑顔でそう言った。


「だからフェンミィさん、俺の事は……」

「フェンミィです、大魔王様。威厳に関わる問題なので、これは譲れません」


 埒が明かない。この娘、意外に頑固そうだ。

 もうなんでもいいや……。


「分かったフェンミィ。ともかく外へ出たいんだが、構わないか?」


 俺は軟禁されているのかどうかを確かめる。


「あ、はい、ではお供します」


 あっさりと許可が出た。

 今の故障している俺なら、外へ出しても逃げられないという判断かもしれないが……。

 とにかく外へ出られさえすれば、電波を観測できるだろう。


「ですが、食堂に食事を用意してあります。

 よろしければ、お出かけの前に召し上がってください」


 改造人間は魔法炉からのエネルギーで動いているので、食事は必須ではない。

 だが食べる事も可能で味も分かる。


 寝ている間にどうにでも出来た相手に、今更食事で小細工も無いだろう。

 素直にご馳走になる事を決めた。


 俺は彼女が持ってきてくれた簡素だが清潔な服を着て寝室を出る。

 食堂までの距離は長く、食堂自体も石造りでやはり広かった。

 数十名が一度に食事できるだろう。

 見慣れぬ食材で作られた料理は、豪華という訳では無かったがとても美味かった。


 美味しかった事を伝えると、フェンミィはとても喜んだ。

 彼女の手料理だそうだ。

 俺は気になっていた事を尋ねる。


 「もしかしてこの広い建物に、俺達二人しか居ないのか?」

 「はい、今は二人だけです」


 人員少ないなっ!

 これがなにかの策略だとしたら、あまりに小規模すぎると思えた。



 ◇



 食事を済ませ、お茶を一服した後に外へ出た。


「過ごしやすい陽気だな」

「はい、四月……ええと、春なので、暖かく良い季節になりました」


 なぜ言い直したんだ? しかも異世界なのに四月で春か。


 俺の体内時計ではまだ八時前なのに、太陽はかなり高い位置にある。

 時差がありそうだ、日本ではないのかもしれない。

 そんな事を考えながら俺は振り返り、今しがたその中から出てきたばかりの建物を見る。


 そこには、長い歴史を感じさせる石造りのとても立派な城が有った。

 いや待て、大きいとは思っていたが、それにしても立派過ぎるだろ。

 東京ドームの四倍くらいの広さがありそうだ。


「でかい城だな」

「はい、大魔王城はこの世界最大のお城です」


 大魔王の城だから大魔王城ね、なんの捻りもないな。

 見渡せば、大魔王城を中心に石造りの城下町が広がっている。


 「街の方もすごい規模だな、万単位で人が住めるんじゃないのか……」


 だが、人の気配は皆無だった。 

 どこだここ? やはり日本国内じゃ無いらしいが……。


 ここがどこの国であっても、こんな建造物が残っているのなら観光名所として有名になっていないのはおかしい……。

 だが少なくとも俺の記憶にこんな見事な城の記憶は無く、

観光客の一人も訪れていない。


「はい、でも今は無人になってます」

「それはもったいないな」


 莫大な観光収入が得られるだろう。ここがつい最近造られた、なにかの偽装施設でなければだが。


「大丈夫です。大魔王様が再降臨なされたので、すぐに活気溢れる街になると思います」

「そうなんだ……」


 笑顔で答えるフェンミィに適当な相槌を打ちながら俺は、周辺の電波を観測する。


「むうっ」


 思わず口から落胆の声が漏れる。

 人工の電波をとらえる事は出来なかった。

 観測出来たのは、宇宙から降るノイズだけだ。


 俺達の地球は人が利用する電波で満ちている。

 過疎地であってもGPSを初めとする様々な衛星、短波等、うるさいくらいに飛び交っているのが普通だ。

 だがここには、何一つとして人工の電波が存在しない。

 これは異常だ。

 

 例えば、今や世界の支配者となったゴッドダークでさえも、全世界的な停波を行うのは現実的な選択じゃない。

 世界が大混乱してしまう。

 もちろん、やってやれない事は無いだろうが、そうまでして俺を騙す理由が皆無だ。


 俺はしばし熟考する。


 そして導き出された結論は、フェンミィの言うことが正しいというものだった。

 不本意だがとりあえず認めよう。



 ここは異世界らしい。少なくとも俺のよく知ってる地球じゃない。



 時空破砕爆弾の所為で異世界へ飛ばされた?


 たしか量子力学的には、パラレルワールドが実在する可能性があるとかなんとか……。

 例えばここが、どこかで分岐した平行世界なら、似たような生態系も納得がいく……のかもしれない。


「フェンミィ、とりあえず君を信じる。疑って悪かった」


 現実感のかけらもないが、そうするのが一番合理的だと思った。


「え? なんで今? ……いきなり?」


 あっけにとられた顔で驚くフェンミィ。

 そうだな、彼女には俺が唐突に心変わりしたように見えただろう。


「あ……いえ、

 や……やった? ……お父さんお母さん私やりました!」 

 そして彼女の表情が明るくなり、握りこぶしを天に振り上げて喜ぶ。

 なんて大げさな……だが本当に嬉しそうだ。


「あ……すいません」


 俺がそんなフェンミィを観察していると、彼女は頬を染めて恥ずかしそうにうつむいた。

 だが、すぐに顔を上げ、


「では大魔王様として、この世界に君臨してくださるんですね?」

 

 意気揚々とそう言った。


「いや、それとこれとは話が別というか、その大魔王ってのがよく分からないんだが……。

 なんの王なんだ? どうして俺なんだ? わざわざ異世界から召喚するのはなぜだ?」


 先程の説明ではまったく要領を得なかったので、俺はフェンミィにもう一度聞き返す。


「ええと……では、まず先代の大魔王様のお話を……。

 今から四百年前程昔の出来事なんですが……」


 『年』か、単位や単語が意訳されているとして、俺の知っている一年と長さは同じなのだろうか?

 そんな事を考えながら話の続きを聞く。


「私達魔族が……」

「え?」

「え?」


 疑問の声を発した俺にフェンミィが反応する。

 今、変な単語が……。


「ちょっと待ってくれ、魔族?」

「はい」


 彼女は当たり前のことをなぜ? という顔だ。

 そりゃそうか、大魔王だもんな。


「他に人間族とか居たりする?」

「はい、おりますが……」

「仲悪い?」

「はあ……もちろん、敵ですから……」


 う~ん……そうかぁ、その対立には関わり合いたく無いなぁ……。


「四百年前に、魔族は人族に追い詰められ苦境に立ちました。

 そこで森の賢者だった私の祖先が、異世界から強大な力を持つ存在を召喚して魔族を助けたのが始まりです」


 フェンミィは、どこか誇らしそうに話を続ける。


「召喚された存在は大魔王を名乗り、魔族をまとめ、率い、人族を押し返し、逆に追い詰めました。

 あと一歩だったんです、魔族が勝利するまで」


 なんだか見てきたようなことを言っているが、まさかこの子四百歳以上じゃないだろうな?


「けれど人族側にも勇者が現れて、大魔王様と相打ちになりました」


 やっぱり居るんだ、勇者も……。


「その後も戦争は続き、今度は魔族が有利に進めたのですが、獲得した領地の分配でもめまして……。

 特にダンジョンの権利をめぐって、魔族同士で争いが起きました」


 有るんだダンジョン。でもなんでそんな権利が大事なんだ? まあいいか……。


「そして未だに魔族同士の争いが納まってません」


 長いな! 四百年も仲間割れし続けてるのか。


「先代の大魔王様は、もし自分が死んだら必ずまた次の大魔王が現れるので、毎日召喚し続けろと言い残されました。

 私の一族は先祖代々言いつけを守り続けて、そして、昨日やっと……ああ、お父さん、お母さん……」


 フェンミィの目に、感極まったのかうっすらと涙が浮かぶ。

 まあ、先祖代々四百年間も毎日毎日、馬鹿正直に続けてきたのなら気持は分からないでもない。


「大魔王様、早速また魔族を一つにまとめてください」

「え?」


 なにやらフェンミィが張り切りだした。


「まずは、諸国に触れをだします。

 大魔王様は準備を……あ、各国の王が列席すると思いますので、そこで話される内容などをお考えください」

「いやいやいや、待って、どうしてそうなる?」

「大魔王様は魔族を統べるお立場なのですから当然です。

 再び、超越者たる大魔王様の元に、皆が一つになるの時が来たのです」


 さも当然といった顔でフェンミィが答える。

 渋い顔をした俺に、


「心配要りません。大魔王様復活の時には無条件で従うと、全ての王と不変の約定が結ばれています」


 自信たっぷりにそう言った。

 俺は頭を抱え、


「やらない」

「え?」

「大魔王にはならない」


 そう言った。


「そんなっ、どうして?」

「いや背負えないから、そんなの部外者の俺には無理だよ」

「出来ますよ。そういう運命なんです。

 それに世界の王になれるんですよ?

 大魔王様は、この世を思い通りに出来るんです」


 世界を支配とか征服とか、もう沢山だった。


「世界なんか欲しくないよ」

「ええええ……」

「だいたい、なんでそんなに熱心なんだ?

 四百年も過ぎて、今更大魔王が現れても混乱するだけだろう?」


 俺がそう言うと、フェンミィは一呼吸置き、真剣な表情で言う。


「いいえ、今のこの世界こそ、秩序を失った混乱状態にあります。

 大魔王様に支配していただいて、正さねばなりません。

 戦争も犯罪も起こらない、誰も理不尽に殺されたりしない、全ての人々が苦しまず幸せに暮らせる世界を作ってください」

「なっ?」


 俺は絶句する。

 ワイヤーウルフがよく語っていた理想を、フェンミィが口にしていた。


 だがそれは、ゴッドダークが俺達を利用する為に用意したお題目だ。

 単なるニンジンに過ぎない。



 あ……待てよ、ゴッドダーク?


 そうか、奴はこの世界には居ないのか……。

 だとすると俺の生きる理由となった復讐は?

 …………あれ?


 まいったな、生きる理由が消えた。どうしよう?


 ……けれど、

 いつの間にか、死にたいとすら思っていた大切な人を失った悲しみが、随分と楽になっていた。

 復讐心などに頼らなくても生きていけそうだ。


 異世界に転移するなんて衝撃的な事件が起きたから…………。

 いや、違うな。


 フェンミィだ。

 まるでワイヤーウルフが生き返ったかのようなこの子のおかげで、癒されているのだろう。


 代替が居るからそれで満足か? 薄情な奴だな……そんな声が心の中で聞こえる。


 違う! 別にフェンミィに代わりを求めているわけじゃない。

 それにワイヤーウルフだって、俺が一生ふさぎこみ続けることを望まないと思う。

 そう思いたい。


 それは自分に都合のいい妄想だ…………そんな風に俺を責める心の声は、無理やりにでも無視する。


 俺はフェンミィと出会えた事に感謝すべきなのだろう、けれど、 


 「俺は大魔王じゃない、世界を支配したりしない」


 そこだけは、はっきり断っておく。

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