第四話 ようこそ異世界へ
真っ白な世界の中で、俺の全身に切り刻まれるような痛みが走る。
だが直ぐに体内の保護機構が働き激痛は遮断される。
そして落下する感覚の後、俺は固い床の上に落ちた。
何が起きたんだ?
辺りの風景が一変していた。
俺は、ランプの明かりが灯る石造りの部屋の中に居た。
薄暗いが暗視可能な俺の視力にはなんの障害にもならない。
かなり広いぞ、小さな体育館くらいあるだろうか?
俺の戦闘形態は解け、人型に戻っていた。
ここはどこなんだ? 爆発はどうなった?
俺は生きているのか? 死んでいるのか?
もしかして、ここは死後の世界なのだろうか?
見回した先に一人の少女が居た。
「ワイヤーウルフ!」
ああ生きていた! 彼女が無事だった!
俺は彼女に駆け寄り抱きしめる。
「良かった、本当に良かった」
「エエエエ……エル、ヴァ、カオズフェン、ライヌスナルヴァ、
ガドサイタームッ! キ……キキキキキ、キニャルトヒスヴァッ!」
ドンッ
ワイヤーウルフが呪文のような訳の分からない言葉を羅列した後、俺を突き飛ばした。
なかなかの怪力だ、その勢いで俺は三メートル程後ろに転がった。
「なにを? どうしてそんな……」
そこで気がついた。
違う。
ワイヤーウルフじゃない。
目の前で頬を真っ赤に染めて驚いている少女は、よく似ているが別人だ。
髪は同じ茶色でラフな髪型をしているが少し長い。
年は同じくらいに見えるが、少々あどけない感じがする。
よく似た姉妹だと言われれば納得出来る程で、必然的に美少女だ。化粧っけのない所もそっくりだった。
……そうだ、生きている筈が無いのだ。
俺が……俺が、彼女を殺してしまったのだから……。
落胆した俺の身体から力が抜け、その場に横たわる。
顔を真っ赤にしていた少女が、今度は真っ青になって俺に駆け寄って来る。
その姿を目で追いながら俺は意識を失った……。
◇
意識が深い暗闇から浮上する。
目覚めた俺は知らない部屋に居た。
ここはどこだ?
俺は、天蓋付きの大きく立派なベッドに裸で寝かされていた。
シーツは清潔で、ふかふかと寝心地は良かった。
遮光カーテンらしき布の隙間から光が漏れ、部屋を照らしている。
どうやら夜は明けているようだ。
自分に内蔵されている時計を確認すると、午前六時を回ったところだった。
寝室だとすれば破格の広さを持つ室内には、
ベッドから上半身を起こすと、軽い貧血のような感覚がしてふらついた。
改造人間の身体には珍しい事だ。
俺は自己診断プログラムを走らせる。
真っ赤だ。
視界に投影される俺の身体状況は、動いているのが不思議なくらいに損傷していた。
かろうじて無傷なのは脳と付随するコンピューター、及びセンサー類だけだ。
あの爆弾の所為だろうか?
再生修復機能のほとんどが欠損している所為で、修復が遅々として進んでいない。
僅かに残ったリソースを総動員して、まず修復系の修理をしているようだった。
しかし酷いな。
三つ有った魔法炉も全滅……いや、見慣れない小さな四つ目の魔法炉が動いていた。
自らも機能停止寸前まで損傷しているというのに、懸命に働いてかろうじて俺を支えてくれている。
これは取り込んだワイヤーウルフの魔法炉だ。
ズキリと胸が痛む。
彼女はまだ俺を助けてくれているんだ……こんなになってまで。
俺が殺してしまったのに……。
ワイヤーウルフだけじゃない。
俺は操られていたとはいえ沢山の人を殺してきた。
俺の両手は血まみれだ。
俺は死ぬべきなんじゃないだろうか?
そんな脅迫にも似た自責の感情が胸を締め付ける。
けれど……、
『生きてくださいね万物王様』
彼女の言葉がまだ耳に残っている。
俺の自殺は、少なくとも彼女の献身をドブに捨てるような行為だ。
そう思うと自ら死を選ぶ気にはなれなかった。
「ワイヤーウルフ……」
彼女の名を呼ぶ……。
いや違う。それは本当の名前じゃない。
思えば俺達はお互いの本名すら知らなかったんだな……あれ?
俺は不意に気が付いた、自分の名前が思い出せない……。
改造前の記憶がとても曖昧だ。
脳を半分吹き飛ばされた影響だろうか?
確か平凡な二流私大生だった筈だ。
名前を思い出そうとして、浮かぶのは万物王という名だけだった。
万物王か……憎いゴッドダークがつけた名前だし、本来なら
『万物王様』
愛らしいその声を思い出す。
彼女にそう呼ばれるのは嫌いじゃなかった。
そして俺は、ゴッドダークに対する暗い憎悪を思いだす。
絶対に奴だけは許さない。
奴への復讐心が俺に生きる理由を与えてくれる。
ドアの外に人の気配がした。
気配はこの部屋に近づいて来る。ドアの向こう側は廊下になっているようだ。
コンコンコン
しばらくするとノックが響いた。
「どうぞ」
俺がそう答えると、ドアを開けてワイヤーウルフ似の少女が入ってきた。
茶色いエプロンドレスを着て、茶色い皮製の編み上げロングブーツを履いている。
全体的に茶色いな。
たしか昨日は、薄汚れて継ぎのあたったジャンプスーツを着ていたと思ったけど、今日の衣装はメイド服に似ていて可愛らしい……いや、メイド服なのか?
「あの、ご気分はいかがでしょうか? 大魔王様」
彼女が話しかけている…………誰に? 大魔王様?
思わず俺は自分の背後を見る。
…………誰も居ない。
「大魔王様?」
「…………あ! えっ? 俺の事?」
「はい」
どうやら俺に話しかけていたらしい。
いや万物王とは呼ばれていたけど……。
「大魔王って俺の事?」
「はい」
「言葉が通じてるけど、確か昨日は……」
「あ、そのペンダントに翻訳の魔法がかかってます」
そう言われて気が付いた。おれの首には銀色のペンダントがつけられていた。
「魔法だと……」
魔法科学はゴッドダークが生み出した全く新しい技術だ。
ジャッジ、あるいはそれを研究した人類の対抗組織のみが保有している。
そして、その両方共にゴッドダークの支配下にあった。
「君はジャッジの人間か?」
「ジャ……ジ? なんですか? 翻訳のミスでしょうか?」
少女が小首をかしげる。
とぼけているのだろうか?
だとすればかなりの役者っぷりだ。
だが、尋ねなければなにも分からない。かまわず俺は質問を続ける。
「ここはどこだ?」
「あ、そうか、最初にお話しすべきでした」
少女がうっかりしていたという表情になって、
「ここは大魔王様にとっては異世界になります」
笑顔でそう言った。
◇
「君の話は信じられない」
一通り彼女の説明を聞いた後、俺はそう答えた。
「ええええっ! どうしてですか? 大魔王様」
彼女が心の底から意外そうに驚く。どうやら俺がすんなり受け入れると思っていたらしい。
彼女の話を要約しよう。
どうやら俺は、彼女の行った儀式によって異世界から召喚された世界の支配者、『大魔王』なのだそうだ。
…………いや全く意味が分からない。
だいたい、ここはまるで異世界という感じがしない。
部屋は古い洋風建築物……そう、例えば古城のような……だし、目の前の少女も普通の人間にしか見えない。
異世界というからには、異星よりも独特の生態系があるべきだろうにと思う。
たぶんこの少女の言ってることは嘘だ。
ワイヤーウルフにそっくりなのも、俺を懐柔しやすくする為の擬装ではないのか?
いや待て……それならクローンをつくれば、あるいは整形で簡単に同じ容姿になるはずだ。
更に目的も不明だ。
俺を騙してなんの得がある?
ゴッドダークなら寝ている間に処分するか脳改造していた筈だ。
ワイヤーウルフの偽物などという周りくどい事をしなくても容易く俺を操れる。
ゴッドダークじゃない?
だとしたら誰だ? 目的は? 背後関係は?
いや、そもそも本当に魔法科学を保有してるのか?
ペンダントだって魔法と言い張ってるだけかもしれない。
確かめる方法はある。
「このペンダントをもらっても構わないか?」
「はい、元々大魔王様の物ですから」
許可を貰い、俺はペンダントを体内に取り込む。
まるで沼に沈むように銀の装飾品が俺の体内へと消えた。
ボロボロの身体にも関わらず、改造人間の基本的な機能は何の問題も無く稼動したようだ。
確かに魔法による翻訳機だ。
見慣れない術式のようだが、新型なのか?
ともかく魔法を保有していることは確定した。
では、いったい誰が……。
俺はしばらく無言で考え込んだ。
「あ……あの、き……昨日は申し訳ありありませんでした」
長い沈黙に耐えかねた様に彼女がしゃべりだす。
「え?」
「その、恐れ多くも大魔王様を突き飛ばしてしまいました。
その、いきなり裸で抱きつかれたので、焦りまして…………どんな罰でも受けますから……」
そこで言葉を切った彼女の顔が赤く染まる。
「わ……私の身体をご所望なら……その、おおお、お望みと有れば、夜伽も辞さぬ覚悟な所存でありまするっ!」
「いや、要らないから」
「……ほっ」
彼女の先走った提案を即座に拒否すると、明らかに安堵の表情になった。
あれは別にそういう事を求めた訳じゃない。
そういえば俺って生殖能力はあるのだろうか?
人型擬装形態は、普通の人間と比べて強度は増しているが大半は同じ構造をしていて、男性器も付いているし勃起も可能だ。
だが、この身体になってからは一人でしたことすら無かった。
たしか改造された直後に、人間に出来ることなら全て可能だと説明された気もするが…………。
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