第七話 獣人村の悲しい過去

「目隠しを外しますね」


 獣人族の村に着き、俺を地面に降ろしたフェンミィがそう言った。

 

 村を見回すと、凝ったログハウスといった感じの木造家屋が五十軒程連なっている。

 そして、その周囲を堅牢けんろうそうな石積みの壁がぐるりと取り囲んでいた。


 村の規模からすると、この外壁は大げさ過ぎるように思えた。

 更にわざわざ見張りを置き、村の存在を隠そうともしていた。

 なにか具体的な外敵が存在するのかもしれない。 


 村は静かで人の気配は少なかったが、それでも子供が四名こちらに駆け寄って来た。


「あ~フェンミィだ、遅~い」

「みんな狩りに出かけたよ、サボりだサボり」


 男女二名づつの、十歳にも満たないと思われる幼い子供達がフェンミィに話しかける。


「ちゃんと用事があったの! ウミャウおばさんも狩り?」

「ううん、東の石垣を直してるよ」

「そう、ありがとコガルゥ」


 フェンミィがそう言って、コガルゥという名前らしい少年の頭を撫でる。


「ねえフェンミィ、これ誰?」


 別の少女が俺を指差し、そう尋ねる。


「失礼だから『これ』とか言わない! 指差さない!

 いい? よく聞きなさい、このお方こそ偉大なる大魔王様よ。ついにご降臨されたんだから」


 怪訝けげんな顔をする子供達。


「大魔王様。私はウミャウおばさ……村長を呼んで来ます。

 ここでしばらくお待ちください」

「あ……ああ」


 フェンミィが放たれた矢のような勢いで飛び出し、その場から消えた後、


「なあ、おい、お前……」


 コガルゥが俺に話しかけてきた。


「フェンミィと抱き合ってただろ、どういう関係だ?」


 抱き合う? ……ああそうか、お姫様抱っこで運ばれて来たな、俺は。


「関係と言われてもな……なんだろう?」

「まさかチューしたんじゃないだろうな」

「お?」


 もしかしてこの子は……。


「あれは俺のなんだからな、手えだすなよ。俺がつがいになるんだ」


 ああ、やっぱりそうなのか、なんか微笑ましいな。


「だいたい大魔王ってなんだよ?」

「いや……俺が聞きたいくらいだが……」


「強いのか?」

「弱そうだよね」

「ひょろ~い」

「弱そう、弱そう」


 子供達が、俺に対して厳しい評価を下す。

 なかなか鋭いな、正解だ。


「よし、俺が確かめてやる」


 コガルゥがそう言った。



 ◇



「戻りました、大魔王様ぁ~」


 遠くから叫ぶフェンミィの声が聞こえる。


「ウミャウおばさん、こちらが大魔王様です。

 これでもう新月に怯えて暮らさなくても大丈夫です」


 二人が俺の側までやってきた。


「あたしには、とてもそんな風に見えないけどねぇ……」


 そこには、一番年下っぽい少女一人に押さえつけられて身動き一つとれない俺が居た。

 がっちり固められ、ひたすらギブギブとうめいている。


 強いぞ獣人族。

 五歳くらいの子供に手も足も出ない。

 今の俺でも普通の人間と比べれば倍以上の力がある筈なんだが……。

 それでも話しにならないくらい歴然とした力の差が有った。

 動きも速く、今の俺では反応しきれない程だ。


「なっ、なにしてるんですか! 子供達と遊んでないで立ち上がって下さい!」

「いや、立てないんだなこれが。動けない、助けてくれ。」


「こいつすっごく弱いよ、ミニャニャにすらこうなんだぜ」


 コガルゥが心底呆れたように言う。

 俺は子供四人と連戦して全敗、一番弱いらしいこの子にもこのざまだった。


「よわーい、あーはははっ」


 ミニャニャと呼ばれた少女はとても楽しそうだ。


「え? 嘘ですよね? 手加減して遊んであげてるんですよね? 大魔王様?」


 目の前の出来事が受け入れられずに、繰り返し俺に尋ねるフェンミィ。

 だが俺は、容赦なく現実を突きつける。


「いいや、マジで敵わない、全然、まったく」

「………………そんな、大魔王様が……嘘よ……」


 愕然としたフェンミィがよろよろと後ずさる。

 お、崩れ落ちるように膝をついたぞ、これは納得してもらえたんじゃないか?

 そもそも大魔王なんて出来やしないと。


「な? やるやらない以前に俺には無理そうだろ?」

「むうっ大魔王様、なんでドヤ顔なんですか?」


 フェンミィが半目で俺を睨む。


「わざと負けてませんか? やりたくないからって」

「いや本気だよ……これが俺の精一杯だ」


 実は今の俺でも、この状態からなら逆転する方法が一つだけある。

 だが、それを子供に使うことなど絶対に無いだろう。



 ◇



「もう一度確認するけど、あんたがフェンミィに召喚された大魔王でいいんだね?」


 村長ことウミャウおばさんが、子供から解放された俺にそう言った。

 

「ええまあ、召喚されたのは間違いないんで……でかいな」


 年上っぽいので丁寧になっていた俺の言葉遣いが、驚愕で台無しになる程の大きさだ。


 ウミャウおばさんは巨大な筋肉の塊だった。

 身長は二メートルを軽く超え、横幅も大型冷蔵庫並みで、二の腕は俺の胴より太い。

 元の世界のビルダーやレスラーでもこんな規模の肉体はしていないだろう。戦闘形態の俺よりでかいぞ。

 そしてガタイのわりに名前かわいいなっ!


「あんたは枯れ枝みたいに細いねぇ、ちゃんと食えてるのかい?」


 そう言ったウミャウおばさんが手に持っていたなにかを地面に置く。


 ずしぃんっ


 地響きがした。

 あまりに自然な動作で軽々と持っていたから気が付かなかったが、それは岩だった。

 ウミャウおばさんは軽く二トンを超えそうな岩を、まるで空のダンボールみたいに扱っていた。


「いいかい?なによりも基本は筋肉だ、ふんっ」


 華麗なポージングだ、日に焼けた肌と相まって鋼鉄で出来た巨大な彫像のようだった。


「ほら、この美しい筋肉を見なっ!

 あたしはね、趣味は筋トレ、好きな言葉は筋肉、好きな食事はタンパク質なんだ」


 栄養素の概念あるんだ、この世界にも……。


「ウミャウおばさんの筋肉自慢は、真面目に聞くような話じゃないですよ、大魔王様」


 いつの間にか立ち直ったフェンミィが俺の横でそう言った。


「とりあえず、あたしの家で話をしようか。ついておいで偽大魔王」

「……はあ」

「本物だってば、もうっ」


 ウミャウおばさんの後について歩き出す、俺とフェンミィ。だが、


「おっと、フェンミィ。あんたはあたしの代わりに東の石垣を直して来るんだ」

「え? でも、私は大魔王様の筆頭書記官……」

「村長命令!」

「あうっ」


 肩を落とし、とぼとぼとフェンミィが村の出口へと向かう。

 大魔王の筆頭書記官とやらより村長の方が役職は上なんだ……。



 ◇



 村長宅は特別豪華とかではなく、他の家と同じ質実剛健なものだった。


 「さてと、あんたはどこの浮浪者だい? どこから来た?」


 居間の特別製らしき頑丈な椅子に座ったウミャウおばさんが俺の素性を探る。


「いや……ですから異世界……」

「あの子の話に適当に合わせたね?」


 そういう訳じゃ無いんだが…………どう説明したものかなぁ?


「名前は?」

「バン……ですかね?」


 俺は昨日思いついた名前を答える。


「そうかい、バン。

 子供らにあんなことされてもニコニコしてるんだ、まあ悪い奴じゃなさそうだね」

「いや、その程度で? 簡単に安心しすぎでは?」


 無防備すぎてこっちが不安になるな。


「人を見る目は確かなつもりだ。それに狡賢い奴だったとしても、子供にのされる程度なら危険は無いだろ?」

「はあ、まあ、弱いのは間違いないんですが……」


 なんか力を隠して騙すみたいで気が引けるな。


「なに、そんな気を落とすもんじゃないさ。

 ここいら一帯、旧大魔王領はどこのダンジョンからも遠い魔力空白地なんだ、仕方ないだろう。

 普通の魔族はろくに戦えないよ」


 なぜいきなりダンジョンの話に?

 そういえば、フェンミィもなんか言ってたな…………・、


『特にダンジョンの権利をめぐって、魔族同士で争いが起きました』


 ああそうだ、仲間割れの原因か。


「ダンジョンから遠いと、なにか問題あるんですか?」

「……なんだって?」


 俺が質問すると、ウミャウおばさんの表情が険しくなる。


 「待ちな、あんたただの魔族じゃないのかい? いったい何者なんだい?」


 どうやら常識を知らなかったことで不審がられたようだ。俺は正直に答える。


「いえ、だから異世界から……」

「ああ、そういう設定なんだろ。もういいから」


 どうやら本当に異世界から来たとは夢にも思わないようだ。

 この世界でも稀有な事なのかもしれない。ただの騙りだと決め付けられている。

 まあ、あえて訂正はしないでおこう。


「本当に分からないんですが……」

「なんだい、その芝居は続けるつもりなのかい? ああもうっ、面倒な奴だね」


 ウミャウおばさんは、俺がロールプレイをしていると思っているようだ。


「ダンジョンの奥にあるコアは、辺り一帯に魔力を放出しているだろう?

 大半の魔族はそこから供給される魔力を利用して大きな魔法を使うんだよ。

 だから、ダンジョンから近いほど強い力を使える」


 なるほど、この世界の主な魔力エネルギーの発生源がダンジョンなのか。

 だから国家がダンジョンを奪いあう。


「あたしら獣人はダンジョンの魔力を利用できない代わりに、月から供給される魔力が利用できる。

 ただやっかいな事に月の魔力は一定じゃないんだ。

 獣人は満月に絶好調、新月は今のあんた並みに弱くなる。

 ここまではいいかい?」

「ええ」


「それでだ、あたし達が隠れ住む理由もそこにある。

 獣人族は新月前後に、この世界でも最弱クラスの種族になるんだ。

 襲われると簡単に滅ぶ」


 なるほど、見張りと石壁の理由はそれか。


「だから、ダンジョン魔力の空白地である昔の大魔王領に住んでいる。

 ここは普通の魔族にとっては、まともに魔法を使えない場所で、新月のあたしらと条件が同じになるからね。

 それ故にこの土地はどこの国も欲しがらず、未だに緩衝地帯として放置されているくらいだ」


 ん? それなら隠れ住む必要もないんじゃ……。

 俺の疑問は、続くウミャウおばさんの話で解決する。


「けど、ダンジョンの影響を受けない、あるいは受けにくい種族ってのは他にも居る。

 そのうちの一つがリザードマン。

 ダンジョンから魔力を受け取る効率が悪い代わりに、やつらは自分の身体が生む魔力が多いんだ」


 おお、居るんだリザードマン。ちゃんとトカゲなのだろうか?


「この村は、七年前の新月にリザードマンの盗賊に襲われた。

 僅かな蓄えを全て奪われ、村人の半数が殺されたよ。

 その中にはフェンミィの両親も含まれている。

 八歳の子供が目の前で両親を嬲り殺しにされた」

「なっ……」


 俺は絶句する。

 ウミャウおばさんが沈痛な面持ちで話す、衝撃的な事件。

 フェンミィにそんな過去が有ったのか…………。


「それから村は場所を移動し、住人は息を潜め隠れて生きてる。

 フェンミィだって、襲撃以前はあんなに大魔王、大魔王と固執してはいなかったんだよ。

 まあ、両親は大魔王復活に熱心だったから、その影響は受けていたけどね」


 ウミャウおばさんは悲しそうに続ける。


「あの子は大魔王さえ復活すれば全てが上手く行くと信じているのさ。

 だけどね、そんなのは伝説だ。

 居ないんだよ、そんな都合のいい存在なんか。

 自分達の身は自分達で守るしかないんだ」


 ウミャウおばさんの瞳に、強い意思の光が宿っていた。


「もうあれから七年だ。 

 あの子もそろそろ現実と向き合う頃合だろう。

 良い機会だから呪縛から解放するのを手伝っておくれ」


 なるほど、彼女が大魔王に執着しゅうちゃくする理由は分かった。

 彼女は村を、仲間を守りたいのだろう。

 二度と悲劇を繰り返したくないから大魔王を求めるのだ。

 だが、この村を守るだけなら大魔王の復活が必須という訳でもない。


 俺の身体が治れば力になれるかもしれない。

 改造人間の戦闘力がこの世界でどれだけ通じるか未知数だが、それでも今聞いた新月の獣人よりはずっとマシな筈だ。

 この世の支配者などという忌まわしい存在を目指す必要は無いのだ。


「とりあえず話は終わりだ。

 それと、あんたが真面目に働くつもりなら、この村に置いてやっても良いよ。よく考えな」


 ウミャウおばさんはそう言って、笑った。

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