第八話 十六夜の宴
「四番、ウミャウ。ベアハッグで岩を割るよっ」
「おおおおお」「でたあ」「よっマッスルボディ!」「マッスルボディ!」
月が雲に隠れた宵の口、獣人村の広場で焚き火に照らし出される
村長ウミャウおばさんの豪快な宴会芸が炸裂する。
ウミャウおばさんが、昼間運んでいた二トンはあろうかという巨石を軽々と持ち上げホールドした。
「ふんっ」
軽い気合いと共に巨石にビシビシとひびが入り、
バガゴッ……ズズーン
いとも簡単に二分された。
「うおおおおお」「よっマッシブクイーン」「やんややんや」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち
「筋肉!」
ウミャウおばさんが満場の拍手にポージングで答える。
凄いなおい、平均的な改造人間の戦闘形態に匹敵するパワーだ。
『今日は大猟だったからね、宴をひらく。あんたも参加していきな』
ウミャウおばさんにそう言われて、俺とフェンミィは獣人達の宴会に参加していた。
「よう、偽大魔王。まあ飲め」
年かさの獣人男性が俺の杯に酒を注ぎながらそう言った。
宴の始まりに俺は村長から『偽大魔王』と紹介され、その呼び名が定着していた。
「ありがとうございます、おっとっと」
「どうだ? 美味いか?」
「はい、とても」
この村で作った地酒だそうだ。
改造人間である俺は食事の必要はないが飲食自体は可能で味もわかる。
酔うかどうかも自分で選べるし、一瞬で酔いを醒ますことも可能という便利っぷりだ。
「そうだろう、そうだろう」
獣人男性は嬉しそうにバンバンと俺の背中を叩く。
「げほげほっ」
この村の住人は驚くほど余所者の俺に好意的だった。
隠れ住んでいる小さな村なのに警戒心が無さ過ぎじゃないか?
ウミャウおばさんの話を聞いた後だと心配になる。
例えば俺が、村の場所を探るスパイだったらどうする気なんだろう?
「ほら、飲んだら食え、食え」
別の獣人男性が俺に料理を勧めてくれる。
並んだ食べ物は種類も多く、調味料もふんだんに使われていて美味かった。
どうやら食糧事情は良いようだ。
「にせだいまおーっ」
どんっと音を立てて小さな子供が俺の背中に飛びついて来た。
それは昼間会った子供達の中で、一番幼い少女のミニャニャだった。
「よう、これ俺が採って来たんだぜ、食ってみろよ」
ミニャニャに続くように、同じく昼間会った子供のコガルゥが他の二人を引き連れてやってきた。
四人の子供達は俺の周りに腰を下ろして騒ぎ始める。
なぜか懐かれてしまっていた。
そういえば、ちょうど良い機会なので疑問に思っていた事を尋ねてみる。
「なあ、みんな自分達で魔族って言ってるよな? それって悪いイメージないのか?」
「なに言ってるの?」
「全然。かっこいいよ」
「うんうん」
「はぐはぐ」
「なら人族は?」
「悪いね」
「うん、イメージ悪い」
「悪い悪い」
「ばりぼり」
「君達は獣人族だよね?」
「「「うん」」」
「むしゃむしゃ」
「獣人族にも人族って単語が入ってるよね? イメージ悪くないの?」
「え? どういうこと?」
「ヒトゾ……なに?」
「なになに?」
「ごっくん」
なるほど、これはかなり意訳されているんだな。
魔族も人族も獣人族も、まるで違う単語なんだ。
それでも普段は違和感皆無なのが凄い。
俺の内臓翻訳プログラムより優秀だ。
「聞いているのかフェンミィ!
大魔王召喚は、村の仕事の妨げにならない事が条件だったろう」
突然響いた怒声は、見張りをしていたウルバウという男性の物だった。
「大魔王様が現れたんですよ、そんなこと言ってる場合じゃ……」
「決まりは決まりだ。今日の狩りをサボったろ?」
フェンミィと口論になっていた。
「そ……それは謝るけど……。
でも、大魔王様をなによりも優先すべきでしょう?」
「と言っても偽物じゃあなぁ」
「そうそう、大魔王とかもういいかげん諦めな」
周りの獣人が口々にそう言った。
「違います! 本物です!
大魔王様が、こんな風に隠れて生きなくても良い世界にしてくれます。
新月の度に怯えて暮らすことも無くなるんですよ!」
フェンミィが立ち上がり、村人全てに大声で訴えた。
「アレがかぁ?」
「あんな偽大魔王になにが出来るんだよ?」
村人達に注目された俺は、苦笑いで答える。
「偽じゃありません!
大魔王様もちゃんと言い返してくださいっ!」
そう言われても俺は大魔王じゃないし、大魔王になる気も無いのだ。
だが、フェンミィがこうして袋叩きにされているのを見るのも辛い。
困ったな、どうしたらいいんだろう?
ふと昼間会ったナイスバディの獣人、ガールルと目が合った。
彼女がまた助け舟を出してくれないだろうか?
そう思ったが彼女にはその気が無いようだ。
「子供にやられてたんだろ? どんな大魔王様だよ」
「あれが大魔王なら俺は神様になれるね」
「あははは」
「はははははは」
「そっそれでもっ…………くっ、ううううっ」
フェンミィはうつむいて黙った。
「もういいっ!」
そして、皆の視線に耐え切れなくなったかのようにその場から走り去る。
フェンミィ……。
皆少し言い過ぎじゃないのか?
いや、俺が言うのもなんだが……。
などと考えていると、
ガールルが近づいてきた。
「偽大魔王様、出番じゃないかな?」
そして、少し遅れてウルバウも俺の側にやってくる。
「言い過ぎた。
偽大魔王、すまないがフォローを頼む」
そう言ったウルバウが、衣をつけて揚げた大きな鳥モモ肉を二本手渡してきた
要するにでっかいフライドチキンだ。
鶏じゃないけど……。
◇
フェンミィは村を囲む壁の外側で、石壁に寄りかかって立っていた。
俺はゆっくりと近づきながら声をかける。
「なんか、ごめんな、俺が情けないばっかりに…………あれ?泣いてた?」
「な、泣いてません」
フェンミィは、エプロンドレスの大きなポケットから取り出したタオルで顔を拭った。
「ほらっ、食えよ」
俺が大きいフライドチキンを差し出すと、
「ううう……」
しばらくそれを睨んでから、
「あ~もうっ」
俺の手から一本をひったくるように奪い、ガツガツと勢い良く食べだした。
そんなフェンミィの顔が赤いのは泣いていた所為だろうか? それとも……、
「もしかして、もぐもぐ、酒を飲んでるのか?」
俺もフライドチキンを食べながら話しかける。
「はい、もぐもぐ、ごっくん。でも私十五歳なので成人してますよ」
この世界にも未成年の飲酒を禁ずる決まりがあるんだな。
場の空気が緩んだので、俺は本題を切り出す。
「ここは良い村だな。
なあ、大魔王とか世界の支配とか本当に必要か?
この村で平和に暮らしていくだけじゃ駄目なのか?」
「この村、全然平和じゃありませんよ」
フェンミィがガジガジと鳥の骨をかじりながら、俺を半目で恨めしそうに睨む。
「村長に話は聞いたよ。
村の安全についてはなにか考える必要が有るとは思う。
俺が役に立てる事もあるかもしれない」
俺も修復が終われば、それなりに戦える。
「だから……」
「……本当に、この村だけが平和ならそれで良いんでしょうか?」
フェンミィが遠くに視線を移してそう言った。
「あまり大きな事を望みすぎても上手くはいかないと思う。
世界平和とか手に余るよ。
もっと身の丈に合った平和で良いじゃないか」
「でも大魔王様」
フェンミィが改めて俺の目を真っ直ぐに見て話しだす。
「リザードマンの盗賊を撃退出来るだけの武力を得て、私達の村だけが安全になったとしても、いつかまた危険になると思うんです」
「ん?」
「世界が荒れていると、村の危険度も上がると思います」
「例えば、外の世界で盗賊が増えていくと、いつかは勝てない強大な盗賊団が来るかもしれない。
戦争が頻発する世界から軍隊が襲ってきたら、どんなに頑張っても今の私達は生き残れない」
「結局、もっと大きな世界全体が平和にならないと、村も本当の意味で安全にはなれないと思います」
……驚いたな、随分と広い視野を持っているんだ。
ネットやマスメディアが発達している世界ならともかく、この情報が乏しそうな世界でどうやって?
同じ世界征服でも脳改造で踊らされていただけの俺とは見えている物が違うな。
「ごめん、俺は君を見くびっていたみたいだ。
ご両親の影響なのかな? 正しい考え方だと思うよ」
「やっぱり大魔王様は分かってくれるんですね。
村の人に話しても、誰一人理解してくれませんでした」
ここの暮らしではそうだろうなぁ……。自分の周りのことしか実感できないだろう。
「それに、
やっぱり私は、自分みたいに理不尽な暴力で泣かされる人が、この世から居なくなれば良いと思ってます。
もちろん身近な人の安全が最優先ですが」
フェンミィの言葉に熱がこもる。
「全てを救う手段があるのに、やらないのは間違いではないでしょうか?
弱くて苦しむ人が沢山居るのに、見捨てるのは辛くないですか?
彼らだって、私達と変わらずに必死で生きている筈なのに。
大魔王様がその気になるだけで万事解決するんですよ?」
俺は、彼女の真っ直ぐな瞳に後ろめたさを感じる。
彼女の言うことは理解できる。でも、それでもやる気にはなれなかった。
俺は耐え切れず目をそらす。
「では、逆に聞かせてください」
そんな俺にフェンミィが問う。
「どうして嫌なんですか?
世界の支配者ですよ?
どんなことでも思うがままですよ?」
俺は素直な気持を答えていく。
「まず俺には無理だ。実力が足りない。手に余るよ」
「大丈夫です。各国の王が支えてくれますよ」
「それに、支配者や王なんて居ない世界の方が良いに決まっている」
「そんな事ありません。賢王をみな望んでいます」
「そしてなにより…………もう懲りた」
「懲りた?」
「ああ、世界征服とか、支配とか、本当に……もう嫌だ。」
大切な人を失ってまで……もう沢山だ、あんな……。
「大魔王様?」
その時、十六夜の月が雲の中から現れ、辺りを幻想的な光で照らしていく。
ぴょこんっ…………もっさり
「あっ」
フェンミィの頭に狼の耳が生え、スカートの中からフサフサの尻尾が飛び出す。
「すいません。満月期の月を見ると、どうしても感情が高ぶって……」
俺の心に突き刺さるような既視感。
いや、これは昨日、確かに見た筈の光景だ。
「ああもうっ、ひっこめ~、ひっこめ~」
顔を真っ赤にしたフェンミィが耳を抑えてぴょんぴょん飛び跳ね、その度にふさふさした尻尾が左右に揺れている。
少女の甘い髪の香りが辺りに漂う。
もう遠き昔にすら思える、あの最終決戦直前の再現だった。
どうしてこの娘はこれ程までワイヤーウルフに似ているのだろうか。
だが、それでも違う人物だ。
ワイヤーウルフは死んでしまって、もう二度と会えないのだから……。
押し込めていた気持ちが、心の奥から溢れだす。
胸を切り刻むような喪失感が蘇り、おれはいつの間にかその場に膝をついていた。
「どうして泣いているんですか? 大魔王様」
俺の様子に気がついたフェンミィが慌てる。
俺は泣いているのか……。
自分の頬に触れると、思ったより大量の涙が流れていた。
「そっか……なにか悲しいことがあったんですね。
気がついてますか?
大魔王様は時々、私を見て、とても悲しそうな顔をしますよ。
もしかして大魔王様も誰か大切な人を?」
優しく穏やかな口調でフェンミィがそう尋ねてくる。
俺は答えられずに黙ったままだったが、彼女は察したようだ。
「私と同じですね」
そう言って悲しそうに笑ったフェンミィが、俺との距離を詰める。
「ごめんなさい。私、身勝手でした。
自分の都合ばかり押し付けて、大魔王様の気持を考えてなかった……」
そう言って、その胸に俺の頭を優しく抱(いだ)く。
俺は驚き、思わず身体を離そうとした、だが、
「逃げないでください。少しだけそのままで……」
フェンミィにそう言われて動きが止まる。
遠くに宴会の喧騒が聞こえる。
彼女の鼓動が心地良い。
そこは、ひたすら柔らかく甘い空間だった。
◇
どのくらいそうしていただろうか?
「落ち着いたよ、ありがとう」
俺はそう言ってフェンミィから離れ、立ち上がる。
慰めるつもりで来たのに逆に慰められてしまった。
照れくさい、年下の少女に俺はなにをしているんだ。
まともに彼女の顔が見れない。
「このくらいお安い御用です。いつでもどうぞ」
おどけるようにそう言った後、真剣な表情になったフェンミィが言う。
「大魔王様の気持ちは分かりました」
そうか……なら、もう大魔王は終わりだな。
「でも、諦めません」
「え?」
「大魔王様の気持ちを無視して無理強いはしません。
けれど、必ずその気にさせてみせます」
フェンミィが、自信たっぷりにそう言いきった。
「いや、フェンミィさん?」
「だってあの時、初めて魔方陣から現れた貴方を見た瞬間、一目で確信しました。
これが運命の出会いだと。
私の中のなにかが……そう魂とか、そんな部分が知っていたんです。
この人は必ず素晴らしい大魔王様になると、なぜか分かりました」
なんの根拠にもなってない事を、決定的な証拠のようにフェンミィが語る。
胸を張ったその姿には、なぜか不思議な説得力があった。
なにか盛り上がる宴会芸でも行われたのか、一際大きな歓声が遠くで上がる。
「それって、俺に一目惚れしたって事?」
俺はつい茶化してそう言った。
「違いますぅ」
フェンミィはそう言って、俺に向けて笑顔であかんべえの様に舌を出した後、幻想的な月の光の中で踊るようにくるりと回った。
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