第九話 盗賊死すべし慈悲は皆無
「うおっ! この野菜美味いな」
「
フェンミィが自慢げに胸を張る。
獣人村で行われた宴会の翌々日、早朝。
俺達は大魔王城の裏庭にある畑に来ていた。
「大魔王領は基本的に土地が痩せていて作物が育ちにくいんです。
ダンジョンからの魔力が供給されないので、魔法で成長促進することも出きません」
フェンミィの説明を聞いて、俺はウミャウおばさんの言っていた事を思い出す。
『それ故にこの土地はどこの国も欲しがらず、未だに緩衝地帯として放置されているくらいだ』
あれはダンジョン魔力についての話だったが、農耕地に適さないという事実もこの土地の価値を下げているのだろう。
「けれど、この裏庭の菜園だけは別で何故か作物が良く育ちます。不思議です。
ここは村の貴重な野菜供給源になってます」
獣人も野菜食べるんだ……いや、食べてたな、宴会で。
まあベースは人間っぽいから当然か。
五十メートル四方もあるだろうか?
結構広いこの菜園は、フェンミィが一人で管理しているとの事。
これで狩りとか村の仕事もしてるのか、働き者だなぁ……。
今日のフェンミィはいかにも作業着といった感じの、継ぎの当たったジャンプスーツを着ていた。
最初に出会った時に着ていたのもこの服だったな。
「ここで一生、畑仕事をして暮らすのも悪くないかな……」
「私は困りますよ?」
俺のつぶやきにフェンミィが満面の笑顔でそう答える。
なぜか少しドスがきいていた。
「やはり諸国に触れを出そうかと思うんですが……」
「止めたんじゃないのか? それ」
てっきり諦めてくれたのかと思っていた。
「大魔王様の復活を知らせるのと同時に乗り気ではない事を伝えて、その気にさせるのを手伝ってもらおうかと……。
皆が待望していることを知れば、大魔王様のお気持も変わるかもしれないですよね?」
「いや、変わらないと思うけど……」
俺の気持ちを考えてくれるようになったのは間違い無いと思うが、それでも押しの強さは相変わらずだった。
「だいたい皆待ってないんじゃないか? 四百年だろ……」
「そんな事ありません」
長すぎる年月だ、俺なら忘れてる。
「それに、いくら待望されていたとしても、俺がこんなにか弱いと知ったら大魔王とは認めないんじゃないか?」
俺がそう指摘すると、フェンミィは少し困ったような顔になる。
「こ……これからなにか不思議な力とかで強く……」
「ならないな」
「お……王に必要なのは知恵です、知恵で収めるタイプの……」
「それもないよ」
往生際が悪いな、フェンミィ。
「それでも絶対になにか有る筈です!
大魔王様なら出来る筈なんです!
やれば出来る子なんです!」
駄目な子を励ます親か!
「それに、たとえ無力でも皆が盛り立ててくれますよ。
大魔王様の存在そのものが魔族の世界に安定をもたらすのです」
「そんなに上手く行くもんか?」
「行きますよ」
フェンミィはきっぱりと言い切った。
◇
「これから私は村で作られた革細工を売りに、ナーヴァの街へ行こうと思います。
ついでにシャムティア国王に協力を要請する手紙を、ナーヴァの地方領主に預けてきます」
二人で朝食をとった後、フェンミィがそう言った。
「ナーヴァの街? シャムティア国王?」
「はい、大魔王領の南には、魔族の大国シャムティアがあります。
その地方都市がナーヴァです」
いきなり地名が出てきたな、覚えるのが大変そうだ。
たぶん、この世界の方位もちゃんと意訳されているんだろう。
「シャムティア王国は唯一、大魔王領に納税を続けている親大魔王国家なんですよ。
ランプの明かり等の予算はそこから出てるんです。
村とは別会計で」
へえ、四百年間大魔王を支持している国もあるのか。
「大魔王様はどうなされますか? 午後には帰ってくる予定ですが……」
午後……か。
この世界にも時刻の概念はあり、フェンミィは魔法で動く時計を持っていた。
時間の単位は翻訳されており、俺の体内時計もそれに合わせて修正済みである。
驚いた事にと言うべきか、案の定と言うべきか、一日の長さは元の世界とほぼ一緒だった。
その地方都市とやらまで、ここからどのくらい距離があるのか知らないが、相変わらず高速で移動するんだろうなぁ……と考えつつ、俺は返事をする。
「そうだなぁ、街が有るなら見てみたい」
「なら一緒に行きましょう、私が運びますね」
フェンミィは嬉しそうだ。
またお姫様抱っこかぁ……。
◇
「そろそろ大魔王領から出ます」
よそ行きの一張羅である茶色いエプロンドレスに着替えたフェンミィが、時速約百三十キロメートルで走りながら言う。
もちろん俺はお姫様抱っこされており、更にフェンミィはリュックを背負っていた。
ここまで進んで来た大魔王領の街道だが、なんと舗装されていた。
それは灰色をしたコンクリっぽいなにかで、僅かな弾力が有る謎素材で出来ていた。
四百年補修要らずの道路とか、現代文明をかるく
そこからしばらく進むと足下の舗装は途切れ、土がむき出す道路へ変化する。
「シャムティア王国の領土に入りました。
と言っても国境はわりと曖昧です。
どうせ大魔王様の復活で同じ国になりますから」
そこからしばらく走った後、フェンミィが急に速度を緩め、そして停止する。
「なにか、へんな匂いがします」
「え? 俺?」
三十分以上、彼女とこうして密着している。
絶妙なふくらみを相変わらずわき腹あたりに感じる。
正直、少しだけエッチな気分にはなっていた。
「違います。これって…………」
くんくんとフェンミィが目を閉じ、空を仰ぐようにして匂いを嗅ぐ。
「木が焼ける匂いと……
彼女の顔色が変わった。
「風上に魔族の村があります。
私が様子を見てくるので、大魔王様はここで待っていてください」
「あ、ああ」
真剣なその表情に気圧された俺は、素直に従う。
俺を地面に立たせた後、フェンミィは脱兎のごとくその場から走り去った。
「木が焼ける匂いと、微かな血の匂いか……」
不穏な単語だ。
何事もなければ良いが…………。
だが俺のその思いは、最悪に近い形で裏切られる。
一人になって十分程経過しただろうか?
なんとなく不安を感じ、周囲を念入りに探索した俺のセンサーに対人反応があった。
木々の所為でまだ直接は見えないが、人らしき存在が三名、距離にして二キロ程度の位置に居る。
フェンミィが向かったのとは逆方向から、まっすぐここに接近して来る。
嫌な予感しかしない。
俺は
行き先はフェンミィの進んだ方向だ。
情け無いとは思ったが、今の俺には戦闘力が皆無なのだ。
最悪、三対一の戦闘にフェンミィを巻き込む事になる。
接近者の戦闘力は不明、更にフェンミィが戦えるのかも不明だ。
だが、満月が過ぎたばかりの獣人とダンジョン魔力の薄い土地での他種族だ、彼女が本気で逃げればそう簡単に追いつかれる事はないだろうと判断した。
少なくとも、ここで俺が諦めて簡単に死ぬことをフェンミィは望まない筈だ。
だが走り出した直後、俺は派手に転倒する。
なんだ?
仰向けに倒れた俺は起き上がろうとしたが、身体が全く動かなかった。
なにが起こってるんだ?
自己診断プログラムを起動するが、特に損傷が悪化した形跡は無い。
なぜ動けないのか分からないがこれはマズい。
接近する三名が速度を上げていた。
◇
「おいおい、なんだこいつ? 俺の長距離スタンの魔法が効いちゃったよ」
「小動物にすらレジストされるのにな」
「普通の魔族みたいだが、精神操作系の魔法抵抗力が皆無だな。もしかして魔法が苦手な別の種族とかか?」
俺の目の前に現れた接近者三名が、そんな会話をしている
長距離で魔法の攻撃を受けたようだ。
どうやら俺は、精神操作系とやらの魔法に対する抵抗力が無いらしい。
困ったな、致命的な弱点が発覚したようだ。
修復さえ済めばそこそこ戦えると思っていたが、ガチで最弱の役立たずかもしれない……。
彼らは三人とも無精髭を生やし薄汚れた成人男性で、外見は人間と変わらない。
これが一般的な魔族なのだろうか?
革の鎧と剣や斧で武装している。
「しかし男かぁ……売れなくもねえが、面倒だな。殺すか?」
「ああ」
ナチュラルに、なんら感情を表さずに剣を振りかぶる正体不明の男。
まるで野菜でも調理するかのごとく、俺の首に剣を振り下ろそうとしている。
俺の身体はこの状態でも普通の人間よりは遥かに丈夫だが、魔法が存在するこの世界の剣はどうだろう?
簡単に首を切り落とされるかもしれない。
だが、俺は自分の心配などしていなかった。
一陣の疾風と共に鋭い一撃が
ドンッ
剣を振りかぶったままで男の首が飛んでいた。
現れたのは狼の耳と尻尾を持つ少女、フェンミィだ。
彼女の接近を俺のセンサーは捕らえていた。
俺に先んじて長距離で目標を探知できた三人組が、気がつかなかったのが不思議だった。
「お前らぁっ!」
怒りを全身にみなぎらせたフェンミイ。
彼女は耳と尻尾だけでなく、両手を大きな狼のものに変えていた。
瞬く間に二人目も瞬殺する。
速い、超加速状態なのかと疑うほどだ。
そして強い。
接近してくるフェンミィに気がついた時、俺は自分より彼女の身を心配していたのだが、どうやら
しかし…………。
人殺しに
俺は自分の命が危険だったというのに、そんな事を気にしていた。
三人目がフェンミィの攻撃をかろうじて防御したが、握っていた武器を手から飛ばされてしまった。
「ま、待ってくれ!
このとおりだっ、謝るっ!もうしないっ!
だから……」
あまりにも違う戦闘力に戦意を喪失した三人目が、地に伏せ許しを請う。
ザブッ
だが、フェンミィは容赦なく男の首をはねた。
無抵抗になった相手もか……。
信じられなかった。
目の前の可愛らしい少女がこれ程容易く人を殺せる事が……。
一瞬フェンミィがまるで初めて会う別人のように遠く感じた。
けれど、
「大丈夫ですか? 大魔王様、お怪我は?」
俺を本気で心配するその声は、この数日慣れ親しんだ優しいものだった。
俺の知っているフェンミィが戻って来ていた。
「村は盗賊団に襲われてました。
こいつらも仲間だと思います。
すいません、ちゃんと周りを警戒してからお一人にすべきでした」
俺は彼女に返事をしたかったが、声を出すことも出来ない。
とりあえず瞬きで応じてみる、通じたか?
「魔法でなにかされたみたいですね。私じゃ分からないので対処できる場所に運びます」
少し焦ったような声でそう言ったフェンミィは、背負っていたリュックをその場に投げ捨てた。
そして俺を背負うと一目散に走り出す。
速い、時速二百キロを超えているだろう。
彼女の服が千切れんばかりにバタバタとなびいていた。
フェンミィは街道を疾走し、一時間とかからずに目的の街へと到達した。
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