第十話 ロリっ子のぬいぐるみ
「この者が大魔王だと言うのか? フェンミィ」
小麦色の肌に燃えるような赤い目、輝く金色の髪にはヤギか羊の様な角が生えた、フェンミィと同世代に見える美しく凛々しい少女がそう言った。
その背中には黒い翼があり、腰の後ろからは蛇のように長く先の尖った真っ黒な尻尾が生えていた。
俺の元居た世界での、いわゆる悪魔や魔族といわれる存在のイメージにピッタリだ。
もしかして、この子みたいなのが普通の魔族ってヤツなのか?
ならさっき、村の近くで見た盗賊は?
ここナーヴァの街へ着いてから見た住人も、ほとんどが俺や盗賊と同じ普通の人型だったのだが。
「うん、ワルちゃん、それで治療をお願いしたいんだけど」
フェンミィはこの黒翼少女と、とても親しそうだ。
「ああ、今、当家の魔法治療師が来る。
簡単な精神阻害系魔法のようだし、心配は要らないだろう」
「……良かった」
フェンミィが目に見えて分かるほどに安堵した。
俺は今、地方領主宅の来客用寝室で豪華なベッドに寝かされている。
ワルちゃんと呼ばれた少女はその地方領主の娘らしい。
「それでフェンミィ、盗賊団の話だが……」
「数は五十程で、かなり強そうな奴も数名居たから私も行くよ」
どうやら地方領主は盗賊の討伐隊を出すようだ。
まあ、当然の事か。
しかし、参加するのかフェンミィ……。
「助かる。魔力の薄い場所だからな、今の貴公なら百人力だ」
「うん、頑張るよ」
領主の娘がフェンミィを戦力として当てにしている。
無理もない。
俺は先ほどの一方的な戦闘を思い出していた。
このあどけない少女が簡単に人を……。
「行って来ます、大魔王様。
その間に治療を受けてくださいね」
フェンミィがそう言って、領主の娘の後を追うように部屋から出て行った。
◇
「いかがですかな?」
黒いコートを来た初老の紳士、魔法治療師が俺にそう聞いた。
「まったく元通りです。ありがとうございました」
俺の身体は魔法治療師が呪文を一つ唱えただけで、いとも簡単に直った。
本当にたいした事の無い魔法だったんだな。
そして、それに容易く無力化されてしまった俺。
これは先が思いやられる。
「では、お大事に」
そう言って魔法治療師が部屋から出て行き、俺は一人ベッドの上に取り残される。
◇
…………うん、なにもする事が無い。
フェンミィ達が盗賊退治から戻るまで、ここにただ座っているのは退屈だな。
退屈だ、退屈だ、時間の流れが遅い。
ああ……これは苦痛だな。
改めて部屋を見渡す。
なにか暇を潰せそうな物はないだろうか?
かなり豪華で高そうな調度品が置いてある。
この街の他の建物と同じで、昔の洋風建築……中世ヨーロッパ風でいいのかな?
フィクション以外で中世ヨーロッパの街並みなど見たことが無いので、適当な判断になってしまった。間違っているかもしれない。
だがやはり特に俺の興味を引く物は無かった。
この部屋から出てうろうろしたら怒られるだろうか?
俺が時間を持て余しまくっていると、
ガチャッ
ノックも無くドアが薄く開き、小さな人影が部屋を覗き込んでいた。
恐る恐るといった感じで俺を見たその人影は、幼い少女だった。
誰だろう? この子も領主の娘だろうか?
「おはよう、中へどうぞ」
俺が招くと幼女は少しだけ不安が和らいだようで、おずおずと部屋の中へと入り、俺に尋ねる。
「ね? お兄さんだぁれ?」
幼女の年齢は五~六歳くらいだろうか?
白い肌、赤い大きな目、ウェーブのかかった長い金髪には小さな角らしきものが覗いており、驚くほど愛らしい顔立ちをしていた。
そして背中に黒い小さな翼、お尻には黒く長い尻尾が生えている。
これはもうワルちゃんの妹で確定かな。
「ええと、俺の名前はバンだ。君は?」
「……サティ」
サティと名乗った幼女は、着ている黒いゴスロリ風の衣装の裾をつまみ、もじもじしながら答える。
可愛い仕草だった。人見知りなのかな?
そして、一度うつむいて少し黙った後、ありったけの勇気を振り絞ったという表情で顔を上げて俺に尋ねる。
「あの……あのね、バンお兄ちゃんはサティのこと怖くない?」
なぜ突然そんな事を?
この小さな美少女に恐怖を感じる要素など皆無だったので、俺は素直に返事をする。
「ああ、全然怖く無いよ」
「なら……ならっ、お友達になってくれる?」
まるで追い詰められた小動物のような必死さで、サティが俺に尋ねる。
そうか、友達が欲しいのか……。
まあ領主の娘なんて色々と大変そうだよな。
「おやすい御用だ。友達になろうサティちゃん」
俺は満面の笑顔を作り
「あ……」
不安そうだったサティの表情がみるみる明るくなり、全身で喜びを表現する。
「えへへ、やった」
サティがとても嬉しそうに俺の座っているベッドへ飛び乗って来た。
俺の正面にぺたりと座る。
こうして一気に距離が縮むのも子供らしいかな。
「いっしょに遊んで、バンお兄ちゃん」
「分かった、なにして遊ぶ?」
「お人形さん遊びが良いな、駄目?」
「いいよ」
サティの要求を俺は快諾する。
どうせ暇なんだ、子供の人形遊びに付き合ってやろう。
「ありがとうお兄ちゃん。えへへへ、うれしいな」
「あれ? でもお人形が無いけど……」
「だいじょぶ」
サティがそう言った直後、俺は軽い目眩を感じ目を閉じる。
なんだ?
そしてすぐに目を開けると、辺りの様子が一変していた。
あれ? どこだここ?
いや、待てよ? 座っているベッドの感触は同じだ。
だが、急に部屋が広くなり、目の前には巨大な…………、
巨大な幼女が居た。
「きゅー? きゅううう?(ええー? なんだこれ?)」
俺の叫びは言葉にならなかった。嘘だろ? しゃべれない。
「うん、すっごくかわいい」
そういって嬉しそうに笑った巨大幼女……巨大サティちゃんが、俺に向かってその両手を伸ばす。
思わず逃げ出そうとするが、全身に違和感が有って上手く動けない。
俺はサティに軽々と抱きかかえられてしまった。
すごい力だ、まるで抗えない。
「きゅーきゅきゅきゅきゅ? (どうなってるんだこれ?)
きゅっきゅ? (サティちゃん?)
きゅきゅきゅきゅーきゅきゅきゅ? (まさか君の所為なのか?)」
ひたすら異音を発する俺を抱いたままサティがベッドから降り、部屋に置いてあった鏡の前に移動する。
「ほら見て、バンお兄ちゃん」
そこには巨大な幼女に抱かれた、三十センチ弱の小さなクマのぬいぐるみが居た。
「すっごくかわいいよ」
俺は片手を上げてみる。
鏡の中で幼女に抱かれたぬいぐるみが、同じ様に手を上げていた。
「きゅきゅきゅきゅーっ! (俺クマだこれーっ!)」
人形遊びって俺が人形になるのかよ!
正確に言うとクマのぬいぐるみは人形じゃないと思うが、そんな事はこの際どうでも良い。
これこの子がやったのか? 魔法で? こんな小さな子供がこんな凄い魔法を使えるのか?
というか魔法なんでもアリか!
ジャッジの魔法科学も既存の物理学を超越した
「きゅきゅきくーんきゅきゅきゅ(ともかく元に戻してくれ)」
俺はそう言ってサティの手から逃れようとする。
「こおら、じたばたしない……めっ!」
ぎゅうううう
「うみゅううううう(苦しいいいいい)」
サティが暴れた俺を力いっぱい抱きしめる。
すごい圧力で痛いし苦しい。内蔵がとび出るかと思った。
いや、今の俺だと出るのは詰め物かもしれないが……。
幼女の腕から逃れられない。
身体の大きさ相応に力が弱くなってるみたいだ。
サティの身体から、なにやら甘い匂いがする。
この身体にもちゃんと五感があるようだ。
だが、ぬいぐるみに相応の感覚になっている所為か、ものすごい違和感がある。
「これでずっといっしょに居られるよ、えへへ」
俺を愛しげに抱きしめ、サティは客用の寝室から出て廊下を歩いていく。
「サティのお部屋へ行きましょう。お姉さんが遊んであげますからねぇ、バン」
いつの間にか俺のことは呼び捨てで、一人称がお姉さんになっていた。
◇
「ようこそ私のお部屋へ。えへへへ、お友達が来るなんて初めて」
サティの部屋は母屋から距離の有る離れに有った。
離れは母屋よりずっと高い八階建ての塔のような建物だった。
この世界に来てから見た建物の中では一番高い。
高さだけなら大魔王城の塔よりも上だった。
優れた建築技術の産物だと思うが、なぜかまるで人の気配がしない。
彼女の部屋は最上階にあり、三十~四十畳はあろうかという広いものだった。
高額そうながらも可愛らしい家具が置かれており、テーブルの上にお菓子とティーセット、そしてそれ以外の家具には所狭しとぬいぐるみや人形が置かれている。
まさかこの人形って全部元は人間なのか?
だとしたら、もう完全にホラーの世界だ。
だがなぜだろう、この子を怖いとは感じなかった。
ジャッジ時代にもっと陰惨な物を沢山見てきたからだろうか?
「さっ、なにして遊ぼっか?」
サティが嬉しそうに笑った。
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