第十一話 初めての友達

「まずは玉乗りをしましょう、ほら」


 部屋の中央あたりの床、毛足の長い絨毯に座ったサティが俺の前にボールを置きながら言う。

 これに乗れと?


「きゅー、きゅきゅー、きゅきゅきゅきゅーきゅ(いや、そうじゃなくて、元に戻して欲しいんだ)」

「こら、ちゃんと言うことをきかないと、めっですよ」


 素直に従わなかった俺を、正座に座りなおしたサティがその膝の上にうつ伏せで寝かせる。

 そして、

 

 バシーンッ


「うきゅっ!」 


 俺の尻をダイニングテーブル並みに巨大な掌が叩いた。

 かなり痛い。

 改造人間である俺は本来なら自由に痛覚を遮断できるのだが、この身体では不可能なようだ。


「いけない子ですね、めっ、めっ」


 バシーンッ バシーンッ


 とはいえ耐えられない程の痛みでは無いのだが……なんだ?

 幼女の膝に乗せられ尻を叩かれるたびに、なにか変な感情が湧き上がる。

 いや、Mに目覚めたとかそういう事じゃなくて…………これって自責の念か?


「ごめんなさいでしょ? ごめんなさいは?」


 バシーンッ バシーンッ


 あ……う……ご……ごめんなさい、あれ?

 これも……魔法の所為なのか?

 う……これはマズい……くっ……。

 

「ごめんなさいは?」


「きゅ……きゅーん(ご……ごめんなさい)」

「きゅーん(ごめんなさい)」


「よしよし、ちゃんとごめんなさいできましたね。いい子、いい子」


 サティが俺を優しく抱きしめて頭をなでた。

 いけない、なにかまた精神操作系の魔法を使われている。

 この世界の魔法に対する対抗策が無いのは致命的な弱点だな。

 これを繰り返されるのはヤバい気がする。

 せめてお仕置きは回避しよう。素直に言うことを聞くか。


 幼女の要求に対し、よく躾けられたペットのように従う。

 玉乗り。サティが両手で持った紐の上を綱渡り。同じくその両手からつり下がったブランコ遊び。

 あ、これサーカスごっこなのか。


「いい子だね、よくできました。よしよし」


 サティは俺が言うことを聞く度に甘いお菓子をくれる。

 不思議な事に、この姿でもそれを食べることが出来た。

 そして満面の笑顔でほめ、大きな胸に抱き優しく撫でてくれる。

 なんだろう? この餌付けは…………。

 今の俺より遥かに巨大とはいえ、相手は小さな子供なのだ。

 なんとも情けなく恥ずかしい気持になる。

 だが同時にどこか心地良くもあった。



 ◇



 俺と……いや、俺でたっぷりと遊んだ後、サティはベッドに入り昼寝を始めた。

 今俺は、仰向けに寝る幼女の胸に抱かれている。

 少し高めの体温をした真っ平らな巨胸が、俺を乗せたまま呼吸で上下しており、抱きしめる腕の力は弱い。

 よし、逃げるなら今だな。

 俺は彼女を起こさないように気をつけながらベッドから脱出する


 床に下りた俺は巨大なドアの前へと移動する。

 どうやって開けたら良いんだ? これ……。

 ドアノブは遥か上空にあり、ジャンプしても届きそうもない。

 なにか手はないかと辺りを見回す。

 ドアの横には洒落たキャビネットが置いてあり、どうやら登れそうだ。


 俺は苦労してキャビネットをよじ登り、ドアのノブを目掛けてダッシュからのダイブを敢行かんこうする。

 俺のキックがベストの角度でドアノブをとらえた。


 ガチャッ……ドサッ


 どうだ?


 床に落ちた俺は状況をを確認する。

 ドアは薄く開いていた。 


 よし、やった。


 俺は渾身の力を込めてドアを大きく押し開く。

 これで逃げられる。


「や……やだ、行っちゃやだ……」


 俺が部屋から出ようとした時、サティがそう言った。


 目を覚ましたのか?

 俺は振り向いてベッドの上を確認したが、どうやら寝言のようだ。

 なら問題ない、とっとと逃げ出そう。


「いや……もう一人は嫌だ……よ……行かな……で……」


 随分と状況に合った寝言だな。

 実は起きているんじゃないかとも思ったが、その気配は全く無い。


「やだ……やだよ……」


 しかし、なんとも悲しげな……。

 ああそうか、こんな事をされてもこの子が全然怖く思えない理由が分かった。


 とても寂しそうなのだ。

 この小さな子供が、必死に温もりを求めているように見えたからだ。


「おか……お母さん……」


 ったく、この子の親はなにをしてるんだ……。

 これほど懸命にSOSのサインを発信してるじゃないか。

 人気の無い建物に一人で放置とか、ネグレクトだろ。

 まるで牢獄に閉じ込めているみたいだ。


「……おねがい……誰か……」


 くそ……仕方ないな。

 すっかり逃げる気は無くなっていた。

 俺は巨大なベッドへと戻る。


「置いてか……ないで……もう……もう……」

 

 俺はボアで出来た腕でサティの目元を拭う。

 悲しみの涙は、ふわふわの生地にしみこんで消えた。


 まあいいか、もう少し付き合おう。どうせ暇だしな。

 幼女の巨体に寄り添うようにして寝ると、とたんに抱き寄せられた。


「んんっ」


 俺を抱きしめるとサティの不安そうな寝言は止んだ。

 サティの腕の中は焼き菓子とミルクの甘い匂いがした。



  ◇



 心地良い温もりから引き剥がされる感覚に目が覚める。

 いつの間にか俺も寝ていたみたいだ。

 サティがベッドに寝たまま、俺を両手で持ち上げ見つめている。


「よかった、バンが居る。夢じゃなかった……」


 サティはとても嬉しそうだ。少し涙ぐんでいる。

 そして改めて俺を抱きしめ直し、ほお擦りをした。

 俺は逃げずに残って良かったと思った。


「あれ? ドアが開いてる」


 俺を抱いたまま上半身を起こしたサティが、開け放たれた扉に気づいた。

 あ……閉めるの忘れてたな。

 いや、どのみち今の俺にあのドアを内側から閉めるのは無理そうだけどさ。


「バンが開けたの?」

「きゅーきゅーきゅ……(いや、その、ええと……)」


 いかん、これはまた怒られるかな?

 尻叩きは俺のなけなしの尊厳が傷つくので勘弁して欲しいんだが……。


「逃げようとしたの? どうして逃げなかったの?」

「きゅ、きゅ~(ま、まあその~)」


 だが、サティは怒るどころかとても嬉しそうな顔になり、


「サティを選んでくれたのねっ!」


 そう言って俺を強く抱きしめた。


「ぎゅっ、ぎゅぅぅぅぅぅぅ~(うぐっ、まあしばらくはな)」


「大好き! ずっと一緒だよ! ずっと、いつまでも」

「きゅ~きゅきゅきゅ……(いや~それは困るかなぁ……)」


 俺がサティの熱烈な抱擁ほうように押し潰されていると、


「やはりここも封印が解けているか」


 いきなり部屋の外から緊張した女性の声が飛び込んできた。


「入るぞ、サティ」


 そう言って部屋の中へ足を踏み入れてきたのは、領主の娘ワルちゃんだった。

 盗賊退治は終わったのだろうか?


 ワルちゃんは銀色の金属製の鎧を着ていて、所々に赤黒いシミが……あれって血じゃないのか?

 怪我している様子はないので返り血なのだろう。


 しかしなんだ? やけに警戒しているように見えた。

 まるで猛獣の巣にでも立ち入ったかのようで、今にも腰の剣を抜きそうだ。

 いったいなにをそんなに警戒しているのだろう?


「聞きたいことがあるんだが、構わないか?」


 部屋に一歩踏み込んだ位置で止まり、ワルちゃんがサティに話しかける。

 サティは俺を抱いたまま身を強張らせる。


「…………なに?」


「この部屋から外へ出てないか?」

「で……出てないよ」


 会話もぎこちない。なんだこの緊張感?

 この二人は姉妹じゃないのか?


 ……まあ考えても仕方ない。

 とりあえず俺がここに居ることだけは知っておいてもらおう。

 フェンミィが心配しているかもしれないし、一生このままなのはさすがに困る。


「きゅーい、きゅきゅ、きゅきゅきゅー(おーい、俺だ、ここに居るぞー)」


 俺はジタバタと手足を振ってワルちゃんに訴える。


「母屋に居た客人の行方を知らないか?」

「知らない……」

「きゅっきゅっきゅっきゅー」


「本当だな? 嘘ではないだろうな?」

「知らない……」

「きゅきゅ?」


「…………」

「…………」

「きゅっきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ、きゅきゅっきゅきゅー」


「そうか、邪魔したな」


 なに? 俺に気がつかないだと? 意外と鈍いなワルちゃん。

 いかん帰ってしまう、どうしよう?

 

「待って、ワルちゃん」


 突然聞こえたのはフェンミィの声だ。

 気がつけばワルちゃんの後ろにフェンミィが居た。

 フェンミィがワルちゃんより前へ出て、サティへと近づく。


「駄目だフェンミィ! 言ったとおりこの子は危険なんだ」

「大丈夫だよワルちゃん、任せて」


 フェンミィはベッドに座るサティの横に移動し、しゃがんだ。

 そしてその腕に抱えられた俺へ顔を近づける。

 サティが更に身を強張らせ、俺を抱く腕に力をこめる。


 巨人となったフェンミィの大迫力の顔が間近で俺を見つめている。

 うん、こんなに大きくなっても美少女だな。

 澄んだ大きな瞳、小さく可愛らしい鼻、桜色の瑞々しい唇。

 あれ? なんだかドキドキしてきた。


 ……あ、いや、そうじゃない。俺だと訴えなければ。

 だが俺が行動する前に、フェンミィは一度くんっと鼻を鳴らし、


「大魔王様ですね」


 と言った。


「え?

 まさか……いや、待てサティ、お前……」


 ワルちゃんが驚き、表情を更に険しくする。


「ち……違う」

「違わないよね」


 サティが力なく否定するも、フェンミィは迷わず断言する。

 俺を抱きしめる幼女の腕が微かに震え、


「う……ううう……うああああん、わああああ」


 泣き出した。


「お友達なの、やっと……やっと、サティのお友達がぁ……

 えぐっ、ずっと……一人で……誰も、ひくっ……

 私の、えぐっ、こ……とっ……だからっ……」


「こわっ……怖い夢を……みるっの、えぐっ、起きっても……ひくっ、一人なの……。

 夢より……ううっ、もっとっ怖くなるの……ひっく」


「おかっ……お母さんが居たのに……うううっ

 えぐっ……も……もう、いないのっ」


 小さな子供が泣きながら懸命に訴える。

 それは孤独に怯え、必死に絆を求める声だった。


「サティ…………」


 ワルちゃんの表情から険しさが消え、泣きじゃくるサティを呆然と見つめていた。

 

「もう……やっ、なの…………ひとりは……

 誰も……誰も……ぐすっ

 大事な……の……ともだち……ぐずっ

 盗らないで、お願い……だからぁ………………」


 フェンミィはしゃがんだままサティと同じ高さの目線を合わせ、途中で遮ることも無く、辛抱強くその言葉を聞いていた。

 そして、サティの独白が終わったのを見計らってから声をかける。


「そうなんだ。大魔王様と友達になってくれたのね。

 大丈夫、安心して。盗らないよサティちゃん」


 ポンポンとサティの頭を撫でるフェンミィ。


「でもね、お姉ちゃんにとっても大切なお友達なの。とても とても大切な……」


 フェンミィの声音はあくまで優しげだ。


「だから、私からも盗らないでサティちゃん」


「うっ……えぐっ……ひっく、サティが……お姉ちゃんのお友達を盗ったの?」

「うん」

「…………」


 サティが俺を一度強く抱きしめた。そして、


「ううう……あ、あの……ぐずっ、ごめんなさい」


 おずおずとフェンミィに向けて差し出す。


「ありがとう、良い子ね」


 フェンミィが俺を受け取り、その大きな胸の中へと抱く。


「良かった……大魔王様……」


 盗賊退治で身体を動かしたからだろうか? それとも俺を懸命に探してくれたからか?

 フェンミィの身体は汗ばんでいて、服も湿っぽかった。


 相対的に巨大なその身体は、むっとする程に大量な汗の匂いをまとっていた。

 だがそれは不快なものではなく、ふわっと柔らかく甘い匂いで、不思議なことにどこか懐かしいような感じがする。


 そして、体格差の所為で圧倒的に巨大になった双丘の天国のような心地良さよ。

 このままずっと抱かれていたい気分だ。


「そう言えば初めて話をしたよね、サティちゃんとは」


 俺を優しく撫でながらフェンミィが言う。


「ね、私ともお友達になってくれる?」


 その言葉に、うつむいていたサティが顔を上げる。


「本当に?」


 サティの顔には信じられないといった驚きの表情と、自分を受け入れてもらえるかもしれないという期待の表情が入り混じっていた。


「うん」

「嬉しい……」


 フェンミィが笑顔でうなずくと、サティの表情がみるみる明るくなった。


「でもすごいね、サティちゃんの魔法」

「えへへ、可愛いでしょ?」


 鳴いたカラスならぬ、泣いた黒翼少女が笑う。


「ええ、とても。でもこのままじゃ困るから元に……」


 そう言って腕の中の俺を見つめたフェンミィの動きが止まる。


「う……あ、でも、これはこれでアリかも……。

 待って……そうよ、可愛らしさで支配する大魔王様とか……」


 俺を抱きしめたまま、なにやらブツブツと考え込んだ。


「おい、フェンミィ?」


 独り言をつぶやき続けるフェンミィを、いぶかしんだワルちゃんが声をかける。


「え? 大丈夫、この子は私が立派に育てるから……」


「なにを言ってるんだ、しっかりしてくれフェンミィ」


「はっ! え? あ! 私ってば何を……」


 ワルちゃんの突っ込みでフェンミィが我に返った。

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