第八十一話 血まみれの狼

*今回はフェンミィ視点です


 獣化している私は、大魔王城の廊下を走りながら、さっき、大ホールの隅でゼロノさんから貰ったポーションを飲み干した。


 万が一の保険で、ベルトが消えた後の強い苦痛を遮断してくれる。

 その上、魔法抵抗力も上げてくれるそうだ。

 副作用が酷いから、いざという時だけ使えと言われたが、最初からギリギリの危機なのだ。

 

 大魔王城の正面玄関が見えた。

 玄関ホールには守備部隊が配備されていたのだが、その中にアムリータ王女様が居る。


 どうしてこんな所に?

 地下に避難してると聞いていたんだけど……ううん、分かる、大魔王国を守る為だ。

 動機は分からないけど、この人はこの国の為に一生懸命なんだ。


 なら言うべき言葉は決まっている。

 私は一瞬だけ速度を落とし、その横を走り抜けながら言う。


「行って来ます。ここを頼みます」

「この身にかえましても。ご武運をお祈りいたしますわ」


 返って来たのは覚悟を秘めた言葉だった。

 この王女様の印象が、私の中でまた一つ良くなった。


「臨戦」


 私は城の外へ出る直前でベルトを起動する。

 お腹から爆発するように大量の魔力が発生し、私の両手が白く大きな甲殻に覆われる。


 ベルトの使い方はゼロノさんに教わっていた。


 なにか言葉を発した方が扱いやすいと言われ、私は迷わずに大魔王様と同じ言葉を選んでいた。


「石火」


 すぐに石火も開始する。

 最初から時間との勝負だ。


 魔力で加速し高度を上げて、一番近い敵の馬車が密集している場所に向かう。

 見下ろせば、城下町でオートマタと共に、超加速状態で奮戦するオルガノンさんが居た。


 彼女の周りには多くの味方だった兵士が倒れている。

 どうやら、彼らを殺さずに戦っているみたいだ。

 ありがたい。


 未だに大魔王城が無事なのは、オルガノンさんが頑張っているおかげなのだろう。

 私は速度を落とさず、石火のままその上を通り過ぎる。


 一度だけ目が合って、お互いにうなずいた。


 城下町の外へ飛び出すと、視界が歪んで見えるほど高密度な敵魔力が充満していた。

 それでも今の私にはなんの影響も無い。

 このベルトは本当にすごい。


 一番近い馬車に接近して殴る。

 つながっている人に被害が出るかもしれないけど、配慮する余裕はない。

 ごめんなさい。 

 相変わらず見かける敵には、全て奴隷の首輪がついている。


 その場に少し留まり観察し、発生していた魔力が止まった事を確認した。

 よし、このやり方でいいみたいだ。


 私は手近な馬車から順々に殴り壊していく。

 ゼロノさんによると、私の身体はまだベルトに対応できておらず、稼働できる時間には限界があるだろうとの話だった。

 一瞬も無駄にできない。



 ◇



――助けてぇ、獣人のお姉ちゃん――

――がはははっ、待てガキ共、死ねぇ――


 私が馬車を壊し続けていると、頭の中に声が響いた。

 昨日の下品な男の時と同じだ。

 今回の敵は、サティちゃんが行っていたこの会話を、全員が普通に使えるという事なのだろうか?


 周囲を見回すと、石火に対応した速度で、魔族の子供達がこちらへ逃げてくる。


 あんな小さな子供達が、これ程の速度で動けるとは驚きだ。

 しかも人数が多い、百名以上いるのではないだろうか?

 全員に奴隷の首輪がついているようだ。


 そして人相の悪い兵士が、子供達を追っていた。

 この兵士には、めずらしく首輪がついていない。


――獣人のお姉ちゃん、助けてぇ――


 子供達が私に手を伸ばし、助けを求めて近づいて来る。

 私は警戒し、回り込むように回避する。

 どう見ても不自然だ。


――ちっ、見かけより利口じゃねーか。ならこうだ、ガキ共攻撃開始――


 人相の悪い兵士がそう言うと、バラバラに動いていた子供達が統率のとれた行動を行う。

 そして、両手から小さな塊を大量にまき始める。

 よく見るとその手には穴が開いていて、そこから塊を撃ち出していた。

 これも昨日の下品な男が使ったのと同じ、回避できる場所を無くしてから攻撃する武器だ。


 敵の数が多すぎる。

 モタモタしていたら、今の私でもやられてしまうだろう。


 私は子供の配置が遅れたところを狙って、突破を試みる。

 狙いはその奥に居る、人相の悪い兵士だ。

 まずは指揮者を潰す。


――私は操られているだけなの、殺さないで、お姉ちゃん――


 突破しようとした場所に居る女の子がそう言った。

 ミニャニャに似ている。


 私はその子が放った塊をなぎ払い、進路をふさごうとするその身体を殴り壊す。

 心が上げる悲鳴を、無理やり抑え込んで進む。


――容赦ねえな、ちっ――


 兵士は忌々しそうにそう言った。

 子供をこんな風に扱う、こいつは絶対にここで殺しておかなきゃいけない。

 もし大魔王様が遭遇すれば、あの優しい心が大きな傷を負うからだ。


 子供達を振り切り、放たれた塊を防ぎながら兵士を追う。

 私の機動力の方が上で、距離が徐々につまる。


――待て、ガキ共の命令を取り消す、ガキ共、命令は取り消しだ――


 兵士がそう言うと、子供達の動きが止まった。

 助かる、皆殺しにしなきゃならない可能性もあった。


――だから――


 続く言葉は命乞いだろう。

 でも、それはこいつを見逃す理由にはならない。

 私は容赦無く、兵士の上半身に拳を叩き込んだ。


 敵がゆっくりと爆散し、完全に死んだのを確認した後、私は振り向いて、子供達に頭の中で話しかけてみる。


――みんな、聞こえてる?――

――うん――


 どうやら通じるみたいだ。


――ごめんね、しばらく目立たないようにして待っていて欲しいの――


 ごめんなさい。

 でも、今は馬車の破壊が優先だ。


――嫌だよ、怖いよ――

――助けてよ、お姉ちゃん――

――見捨てないで――


 子供達が私の側に集まり、すがりつこうとする。


――さわっちゃ駄目よ、大けがをするから――

――あ、うん――

――ごめんなさい――


 私が注意すると子供達は言う事を聞いてくれて、体が触れない距離で止まった。

 それでも不安なのか、私の周りにどんどん集まって来る。

 まるで私を囲むように……。


 あれ? なんだろう? 変な感じがする。

 どうしてこの魔族の子供達は今の私を、獣化した獣人を怖がりもせずに頼るのだろうか?


――はい、包囲完了。しょせん犬は馬鹿だな――


 子供達の中で一人だけ、私から離れた場所に居る男の子がそう言った。

 しまった、この子が本当の『主人』だったのか。

 逃げなきゃ。


――無駄だよ、撃て――


 約百人の子供達が、取り囲んだ私に向けて塊を放つ。

 私は両手で防ぎながら包囲からの脱出を試みるが、全周から降り注ぐ塊を処理しきれない。

 両手以外の場所に塊が当たり、その部分は砂のように崩れた。


 直後にベルトから魔力が溢れ出し、凄い速度で私の身体は再生していく。

 石火の状態なのに、まるで時間を逆に巻き戻すみたいだった。

 このベルトには、こんな力もあるんだ! 

 なんとかなるかもしれない。


――おいおい、なんだよ、そのむちゃくちゃな再生は。

 その硬い両手といい何者だ? お前?

 そもそも、なんでこの魔法攻撃の中で、奴隷の首輪が生まれずに動けるんだ?

 おい、無視すんなよ――


 奴隷の主人である男の子供がそう言った。

 あなたに答える言葉なんか持ってない。

 私は子供をかき分け殺しながら、包囲を掘り進む。


――それにしても容赦ないね。罪悪感とか感じないの? その子達は、無理やり僕に操られてるだけの無垢な子供だよ?――


 お前が言うな。

 感じているに決まってる。それでも、これを大魔王様がするよりかよっぽどマシだ。

 その為なら、私はどれだけ呪われても構わない。


――お、でも、さすがに効いてきたか?――


 味方をも容赦なく巻き込みながら降り注ぐ塊は、私の身体を何度も何度もボロボロに破壊した。

 その度にベルトの力が修復するのだが、その速度が落ちてきた。

 再生に魔力を使いすぎた所為だろうか? もう限界が近いのかもしれない。


 私はなんとか包囲を突破した。

 けれど、両手を肩から失って再生できていない。

 身体もあちこちに傷が残り、片足がもげたままだ。


 駄目だ石火が維持できない。


 超加速状態が解けて、普通の時間へと戻る。

 私は全力で減速しながら、草が生える地面へと墜落した。


 派手な落下の衝撃で、更に私の身体は傷ついた。

 ポーションの所為だろうか? 痛みは感じない。

 ベルトはかろうじて健在だが、魔力はとぎれがちで今にも停止しそうだった。


 もう周囲に満ちる、敵の魔力に抵抗するのが精いっぱいだった。

 身体は再生しないし、仰向けに倒れたままほとんど動けない。

 かろうじて止血だけはされてるようだ。


「ははは、驚いたな、まだ生きてるんだ」


 奴隷の主人である男の子も、石火を解除して私の側へゆっくり降りてくる。


「いいね、欲しいな。

 僕が飼ってやるよ、犬として犬小屋で。はははっ」


 そう言って男の子が、背負っていたバッグから赤い首輪を取り出した。


「これも奴隷の首輪なんだけど新型でさ、黒いヤツよりずっと頑丈で強力なんだよね。

 簡単に取り付けられて、つけた相手に盲目的に服従するんだ。

 取り外すのも難しくなってるよ。

 おっと、僕が今つけてる首輪はフェイクね」


 そう言って男の子は自分の首輪を取り外した。

 そして私の首に赤い首輪を押し付けようとする。


 それは駄目! 最悪だ! 死ぬより悪い!

 自由を奪う奴隷の首輪。

 そんな物、絶対につけられる訳にはいかない。


 私が奴隷になった事を大魔王様に知られたら? 人質に使われたら? それどころか、もし大魔王様と敵対させられたら?

 怖い、怖い、怖い、自分がどうにかなる事より、自分があの人を傷つけるのがなによりも怖い。

 私は不自由な体で懸命に逃げようとする。


「ははっ、芋虫みたいだよ」

 ガッ

「うっ」


 だが、顔を踏みつけられて動けなくなってしまった。

 子供の体重とは思えない重さだ。

 噛みついてやりたいけど、その力が出ない。


 奴隷の首輪が近づいてくる。

 嫌だ! 嫌だ! どうすれば? どうしたら?

 だが、どうにもならなかった。

 首輪が私の喉に押し付けられる。くうっ、恐怖で身体が硬くなる。


「あれ?」


 男の子が不思議そうな声を出す。

 良かった、どうやら奴隷の首輪が装着できなかったみたいだ。


「これさぁ、心が折れてないと付けられないんだけど、まだ絶望してないの? この状況で?

 信じられないなぁ、魔法攻撃による恐怖が効かない事と関係があるのか? まあいいや。

 今からお前の身体を壊していくから、早めに折れた方が楽だよ」


 え? 壊していく?


 ガシュンッ


 男の子はその手から、私の身体に小さな塊を放った。


 ガシュガシュガシュガシュガシュッ


 撃ち込まれた塊で残っていた片足がもげた、そして私の胴体にいくつもの穴が開く。


「どこで心が折れるかなぁ? 加減が難しいや、ま、殺しちゃったらそれでもいいかぁ」


 身体を壊されて、ベルトの力は更に低下したようだ。

 駄目だ、敵の魔力に心が押されてきた。


 ガシュンッ ガシュンッ


「ははっ、どうだ? まだ死ぬなよ?」


 痛みは無いけど、自分の身体を徐々に壊されていくのは凄く怖い。

 う……怖い、怖い、怖い……怖いよ、大魔王様……。


 あの頼もしい笑顔が心に浮かぶ。

 会いたいな……もうずっと会ってない。

 凄く怖いよ、助けて……。


 なんて勝手な事を……私には、救いを求める資格なんか無いのに。

 平穏に暮らしたがっていた優しいあの人を、最悪で凄惨な道へと引きずり込んだのだから。

 それなのに、なんて浅ましいんだろう、私は……。


 ガシュンッ


「このくらいかな?

 お、けっこういけそうじゃん、黒い霧が出てきたな」


 くうっ、駄目だ、その首輪だけは、絶対にだめだ、それならいっそ……


「や、止めて……こ、殺して……」


 そうだ、いっそ殺してほしい。

 私が死んだ事が分からなくなるくらい跡形もなく。

 大魔王様が気づかないくらいに、なんの痕跡も残さずに。


「駄目だね、今からお前は僕の奴隷に、玩具ぺっとに生まれ変わるんだ」


 私の首へ奴隷の首輪が迫る。


 ああ……大魔王様、 


 ごめんなさい、私……もう……。


 絶望の中で目を閉じる。










「なにを……してんだこの野郎」









 あ……あああ


 その声を聴いた瞬間、


 まるで雷につらぬかれたような気がした。


 あれ程までに恐ろしかった気持ちは、たった一言で跡形も無く吹き飛び、とても暖かな気分になった。


 閉じた目を開くと、そこに大魔王様が居た。


 なぜかお姿が変わっていたけれど、私の涙でぼやけているけれど、間違えようもない大魔王様だ。


 私を踏みつけていた男の子の手首を、片手で掴んで持ち上げている。


 やっと会えた。


 私を助けに来てくれた。


 嬉しくて涙が止まらない。

 私はなんて身勝手なんだろう……。

 それでも溢れ出す喜びで身体が震える、心が躍る。


 大魔王様の側に居るだけで、私の全身に力が満ちる。

 不思議とベルトからの魔力も増えているようだった。


 もう大丈夫だとしか思えない。

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