第八十話 変身 ドラゴンフォーム

*主人公、大魔王視点となります。


「おはようお兄さん、昨日は来れなくてごめんね。

 パンとお水を持ってきたよ」


 ポチルが俺の寝ている狭い部屋にやって来た。

 粗末な木の椀と黒いパンを持っている。


「無事だったのか、ポチル、良かった……本当に」


 この子は昨日出荷される予定だったのだ。


「うん、昨日の朝から今朝まで、ずっと森の中に隠れていたんだ。

 これがあるから、そんな事しても見つかっちゃう筈なんだけど……」


 ポチルはそう言って、耳につけられたピアスを触る。

 それ、オシャレじゃなくて発信器がついた管理用のタグなのか。


「だからって、無理に外すと死んじゃうらしいから、取れないんだよ」

「そうか……」


 まさに家畜って感じだ。

 なんだかやるせない気分になった。


「でね、今日戻ってきたら、畜産場がおかしいんだ」

「おかしい?」


 そういえば今日は、やけに静かだった。

 いつもなら早朝から聞こえる喧騒が全く聞こえない。


「お兄さん以外、畜産場には誰も居ないんだ、こんな事初めてだよ。

 みんなどこへ行ったんだろう?

 まさか、出荷されたんじゃないよね?」


 残念ながら、俺に聞かれても答えられない。


 ベキベキベキ


 返答に困っていると、突如部屋の天井と壁が破壊され、まぶしい光が差し込んだ。

 そして、光の中には巨大なトカゲの顔、リザードマンが居た。


「ちっ」


 くそっ、ついに見つかったか!


「あ、嫌だ! 放して! 放してよぉ」

「くっ」


 リザードマンはポチルをその大きな手で捕まえ、動けない俺を肩に担いだ。

 そして、どこかへ運ぼうと歩き出す。

 無言で淡々と作業をこなすリザードマンには、奴隷の首輪がついていた。


 まずい!


 このままでは二人共食肉にされてしまう。

 俺の脳裏に、大魔王城で待っている皆の顔が浮かぶ。

 ここで終れるものか、戻らねばならない場所があるのだ。


「助けて、やだ、やだよぅ」


 そして、この優しい人獣族の少年を殺させたくない。


「臨戦!」


 俺は力を求めて叫ぶ。

 だが、身体は痺れたままで、なんの反応も返さない。

 戦闘形態に変わるのは不可能だ。

 なにか他に手はないのか?

 この危機を脱する名案は?


 ……無い。


 いくら考えてもそんな都合の良いものは浮かばなかった。


 ……それでも、

 だからといって諦められるかよ。 


 俺は渾身の力を込めて、なんとか右手を動かす。

 目だ、こいつの目に指を入れてやる。


 だが、ゆっくりとしか動かせない俺の手は簡単に避けられ、リザードマンに抱えなおされた。

 もう手は届かない。


 だったら……


 ペチ、ペチ、ペチ


 俺は膝でリーザードマンの背中を蹴る。


 ペチ、ペチ、ペチ


 こんな事をしても役にはたたない、分かってる、だが……


 ペチ、ペチ、ペチ


 ここで終わる訳にはいかないんだ。


 ペチ、ペチ、ペチ


 畜生ぉ……


「バンお兄ちゃんを放せぇぇっ!」


 突如響いた叫び声と共に、リザードマンが意識を失い地面へと崩れ落ちる。

 軽い落下の感覚がしたが地面に叩き付けられる事は無く、俺とポチルは空中に浮いていた。


「バンお兄ちゃん!」


 俺に駆け寄ってきて飛びついたのは、黒い翼を持つ小さな天才少女。

 懐かしのサティだった。


 良かった、来てくれたんだ……。

 彼女のぬくもりを感じる。

 危機一髪だったよ、助かった、俺は心の底からほっとしていた。

 なんて頼りになるんだろうな、この小さな救いの女神さまは。


「う……ううう、う、うわぁぁぁん、バカ、バカぁぁ……」


 俺の小さな女神さまが泣き出した。

 ガン泣きだ。

 俺にしがみついたまま、小さな肩を震わせる。


「馬鹿 馬鹿 馬鹿ぁ」


 そして、心から俺を心配する声を上げてくれる。

 ああ、とても温かい気持ちになるな……。


「ごめんな。

 来てくれて、心配してくれてありがとう、サティ」

「えぐえぐ、あいた、会いたかったよぉ……うっ、ぐずっ」


 俺はなんとか右手を動かして、彼女の頭をなでる。

 しかし、彼女一人で来たのだろうか?

 ここは敵国だろうに、皆はどうしたんだ?


「ううっ苦しいのじゃ潰れてしまうのじゃ。

 それにサティ、急がないと城が……」


 サティはアルタイ師匠を抱いていた。

 城が?


「あ……うん、ぐずっ、ぐずっ、ひくっ、んっ」


 サティが頑張って泣き止んだ。


「大魔王城がどうかしたのか?」

未曽有みぞうの大軍に襲われておる、大ピンチなのじゃ、」


 俺の質問にアルタイ師匠が答えてくれる。

 なんだと?


「大魔王、お主がなんとかせねば皆死ぬぞ!」


 そこまで追い詰められているのか!


「だが俺の身体は……」

「事情は人獣族から聞いておるのじゃ。

 解決できるとすればサティ、お主だけなのじゃ」

「うん。ぐすっ」


 アルタイの言葉にサティがうなずく。


「いくらなんでも無茶じゃ……いや、待てよ」


 俺は魔術の修行を思い出す。


「そうじゃ、この子はお主より、お主の身体に詳しいのじゃ。

 その上、問答無用でその在り方を変えられるぞ。

 さあサティ、やるのじゃ!」


「うん、がんばる!」


 サティが浮いていた俺の身体を、地面へ仰向けに下ろす。

 同時に地面へと下ろされたポチルが、怯えた声で言う。


「お兄さん、これなに? 誰?」

「大丈夫だポチル、俺の仲間だ。少しそこで見ていてくれ」

「う……うん」


 サティが抱いていたアルタイも地面に下ろして、裸の俺を両手でペタペタと触る。


「あ……すっごくこんがらがってるよ……う~ん、う~ん……」


 サティが苦戦をしているようだ。

 何度も何度も俺の身体を触り、眉間にしわを寄せ、額に汗をにじませる。

 頑張ってくれ、頼む。


「あ?」


 お、難しい顔をしていたサティが、何かをひらめいたようだ。


「そっか、これでいいのかも? えい」


 ボンッ


 サティがそう言った後、俺はいつもの小さなクマのぬいぐるみに変わっていた。

 おお、動くぞ、体が自由になる。

 でもなんだ? この違和感? 左半身が引っ張られるような気がする。


 俺が左を向くと、そこには今の俺より一回り大きな竜のぬいぐるみが有った。

 意識はこっちに有るが、このぬいぐるみ竜も俺なんだと分かる。


「もしかして、竜の力を分離したのか?」


 今回も、ぬいぐるみ状態の俺はしゃべる事ができた。


「うん、後はもっかいちゃんと一緒にするだけだと思うけど……でも、もう一つなんかあるよ?」


 サティがそう言って、難しい顔で首をかしげる。


「もう一つ?」

「バンお兄ちゃんの中に、なんか、すっごくとっても大きい何かが有るんだよ。

 でも今はつながってなくて……あれ? これなんだろう?」


 俺には全く心当たりが無く、理解もできない話だった。

 どういう事だろう?


「サティ、それは今やらんと駄目なのか?

 違うなら放っておくのじゃ、皆が死んでしまうぞ」


「……うん、分かった」


 ガシッ


 アルタイ師匠の言葉にうなずいたサティが、俺と竜のぬいぐるみを無造作につかんだ。

 そして二つをまとめて、大きなおにぎりでも握るように両手で押しつぶす。


 うわ、なんだこれ?


 サティの手の中で、俺の身体はどんどん縮み、竜のぬいぐるみと溶けあっていく。

 今まで味わったことのない不思議な感覚だが、決して不快では無かった。

 そして、俺の何もかもが、その小さな両手の中に納まった。


「えいっ」

 ボンッ


 サティの掛け声と共に、その両手の中から放たれた俺は、人の姿を取り戻していた。


「お、治った、治ったぞサティ」


 人型の身体から麻痺が消えていた。

 後は……俺はサティ達から少し離れる。


「臨戦」


 俺の背後に現れた魔法陣が眩い光を発し、俺を一瞬で戦う姿へと変化させる。


――トランスフォーメーション コンプリート――


 脳内で馴染んだ機械音声が響く。

 戦闘形態は暴走せず、以前と同じ状態で安定していた。

 よし、凄いぞサティ。


「ありがとう……ん?」


 いや、以前と同じじゃない。

 魔法炉から送られる魔力が、以前とは比べ物にならない程に増えていた。

 大量の魔力を消費する戦闘形態が持て余す程の量だった。

 相応に、様々な性能が上がっているようだ。


「うむ、成功じゃな」


 アルタイ師匠が満足そうにうなずいた。


「バンお兄ちゃん、竜の力も一緒に使えるよ。

 ギュッて別にまとめてあるから、そっちも使ってみて」


「別にまとめた?」


 今ひとつ要領を得ない説明だった。

 どういう事だ? 使ってみろと言われても……いや、待て、分かるぞ。

 もう一つ、別に形態が存在するのが分かる。

 人型擬装形態、戦闘形態、そしてもう一つ。

 そう、呼び名をつけるなら……。


「竜形態?」


 そう口にした瞬間、俺の背後だけでなく、周囲にも魔法陣が浮かび、眩い光を発する。


――トランスフォーメーション ドラゴンフォーム コンプリート――


 脳内でやけに臨機応変な適応をした機械音声が響き、一ミリ秒すらかからず、瞬時に自分の姿が変化する。


 鏡も無いのに自分の姿が分かる。

 大きな翼が生えて竜に似てはいるが、相変わらず色々な動物や機械が混じる恐ろしい姿だった。

 あれ? なぜ分かるんだ?


「うっ」


 竜形態に変わった瞬間から、妙な感覚がしていた。

 まるで自分を、自分が俯瞰ふかんしているような感じがする。

 だが二人いる訳ではなく、両方の意識は同一なのだ……なんだこれ?


「どうしたのじゃ? なにか問題が?」


 思わずうめいた俺を、アルタイ師匠が心配する。


「なんて言うか、視点が二つ存在するような感じがするんだ。

 もうひとつはこの辺りを上から……いや、なんだろう? 裏側から見ているような?」


 ああ、言葉では説明しにくい。


「それは上位次元への扉を開いたのじゃな」

「え? 上位次元?」


 アルタイが俺の違和感について教えてくれる。


「ワシらが住む次元より、ずっと高位の次元じゃ。

 魔力の根源、神の住む世界とか言われておるのじゃ。

 サティはしょっちゅう、つながっておるじゃろう」

「うん」


 え? そうなのか? 初めて知ったんだが……。


「ワシが転生前に、生涯をかけてたどり着いた究極の場所じゃ。  

 詳しく調べる前に、こんな姿となってしまったがの」


 魔力の根源、神の住む世界ねぇ……なんとも胡散臭うさんくさい。

 だが、この違和感は本物だ。

 それに体内から魔法炉の反応が消えていた。

 戦闘形態よりも、遥かに潤沢な魔力が全身に満ちているのにだ。

 魔力の出所が不明だった。


 他にはインフルエンザウィルスのプラントみたいな、からめ手に使う機能が使用不能となっていた。

 これはサティの調整によるものだろう。


「ドラゴンは、上位次元へつながる器官を生まれながらに持っているのじゃ。

 年老いた竜は、魔力の根源に至るともいわれておる」


 あんなガキみたいな竜を見た後では、信じがたい話だった。

 俺のそんな表情を読んだのか、アルタイが話を続ける。


「未熟そうな若い竜だったからの、お主の方がはるかに上手く使えておるのじゃろう。

 お主は筋の良い天才じゃ、ぶっつけ本番でもなんとか使いこなせるようになるじゃろう。

 さあ大魔王、城で皆が待っておる。早く行くのじゃ」


「でも師匠達を、ここに置いて行って大丈夫なのか?」

「ワシらがどうやって、ここへ来たと思っておるのじゃ。

 もちろん大丈夫じゃ。

 瞬間移動に高速移動、幻覚による不可視。

 ドラゴンや数千人規模の軍隊でもない限り、今のサティを害せる者などおらぬのじゃ。

 もう、一対一でゼロノに勝てるやもしれぬぞ」


「えっへん」


 アルタイの言葉にサティが胸を張る。

 どうやら一月の間に、大きく成長したらしい。


「それに、なぜか来る時には人気がほとんど無かったのじゃ。

 帰るなど楽勝じゃろう」

「分かった。

 サティ、ポチルも頼めるか? 俺の恩人なんだ」

「うん、任せて」


 俺の願いをサティが快く聞いてくれた。


「じゃあ頼む、気をつけてな」

「頑張れ! バンお兄ちゃん、あいつらやっつけちゃえ!」


 両手をぐーにして胸元に構えたサティが、俺を応援してくれる。


「おう」


 任せてくれ。

 君が救ってくれたこの体で、必ず期待に答えて見せるから。


 俺は上空へと舞い上がり、大魔王城へ向かい加速する。

 次の瞬間、俺の意識は大魔王城の上空に居た。

 そしてワンテンポ遅れて身体がいきなり現れる。


 なに?

 なんだ今の?

 サティと同じ瞬間移動か?

 そんな事も出来るのか、この形態は。


 いや、いい、今はそれどころじゃない。


 大魔王城は、信じられない程の大軍に囲まれていた。

 眼下を埋め尽くすのは人の海だ。

 なんて事だ。

 みんなは無事だろうか?

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