第七十九話 絶望に屈しない希望
*今回もワルナ視点となります
「ワルちゃん、お城の中まで押されてるけど大丈夫なの?」
司令部から廊下へ出ると、フェンミィを始めとした獣人村人達がやってきた。
全員獣化している。
「良かった、皆は無事だったか」
「うん、丁度ご飯を食べにお城へ戻ってたから」
それはなによりだ。
さすが満月期の獣人達は魔力攻撃に強く、全員が平気な顔をしていた。
「城内の魔術師を確認する、ついて来てくれ」
「分かった」
◇
「うわあぁぁああ、もう駄目だぁぁ」
「ごめんなさい、スリープ」
一番近い大ホールへ入ると、その一部がざわついていた。
「状況を教えてくれ」
私は大ホールの指揮を任せていた機動部隊の士官に尋ねた。
「敵魔法の影響により、恐怖に耐えられぬ者が出ております。
幸い満月が近く、人獣族の魔法に対する耐久力が高いので、彼らによる監視部隊を作り、取り乱した者に対して睡眠の魔法をかける対応をしております」
「適切な判断だ、この通信途絶下でよくやってくれた」
私は士官をねぎらう。
だが、この厳しい状況で魔術師の数を減らす事になる。
見渡せば、特に元シャムティア奴隷兵士達の動揺が酷い。既にかなりの数が眠らせられていた。
機動部隊の兵士にも恐怖は広がっているようで、きっかけ次第では総崩れもありうる。
「ケツの青い小僧どもめ、だらしのない事だ」
「まったくですな」
予備役のベテラン兵士達がそう言って、怯えが見て取れる魔術師達の元へ向かった。
そして、おもむろにその肩を抱いて話し出す。
「よく聞け、こんなものは恐怖とは言わんのだ。
温い温い。
今からワシが本当の恐怖について話してやる。
それはガガギドラの捕虜となった時の話だ……」
予備役の老兵士は、なにやら恐ろしい話を語りだした。
鎧を脱ぎ、年に似合わぬがっしりとした、傷だらけの身体を見せつけた。
そしてその傷を指さしながら、なんとも陰惨な体験を話す。
それは逆効果ではないのか?
だが、怯えていた魔術師たちの目には意思の光が戻っていく。
「なんだい、そんなので良いのかい。
よし、あたしらの身の上話も聞かしてやろうじゃないか」
「子供の前で、親がゆっくり食べられた話とかで良いのよね?」
「よっしゃ」
ウミャウ殿やガールル殿、そして他の獣人達もベテランの老兵士に続いた。
獣化した獣人に肩を抱かれて委縮した兵達も、話をするうちに落ち着いていくようだ
不思議な現象だがありがたい。
「ねえ、総司令さん、旗色が悪そうね」
大ホールにゼロノ殿がやって来た。
私の耳に口を寄せ、声を落として話かける。
「地下のあれは? 使う気なら私も誘ってね」
大魔王城の地下施設には、脱出用の『リニア』という通路が存在するそうだ。
使用すれば、数分で国境付近の脱出口へと移動できるらしい。
地下への『エレベーター』という移動装置と一緒に、オルガノン殿によって、私やフェンミィ、サティ、アムリータ王女にも使えるように設定が変更されている。
「いや、私は脱出するつもりはない。
だが、地下にはアムリータ王女殿下が避難している。
いよいよとなったら、ゼロノ殿は共に逃げてくれ」
「分かったわ、ついでに王女様が安全になるまで面倒を見てあげるわよ」
それはありがたい。
「礼を言う、ありがとう」
「いいのよ王女様達にも感謝されて、名前を憶えてもらうから。
でも、この子達が死ぬのは惜しいのよね」
ゼロノ殿が人獣族を見てそう言った。
私も同じ気持ちだ。
彼らは過酷な環境から解放され、バンの優しさを知り、心の底から感謝しているようだった。
勤勉で誠実、大魔王国の良き国民となるだろう。
「このまま負けるわけにはいかぬな」
「負けそうなの? ワルちゃん」
私の言葉にフェンミィが反応した。
ごまかしても意味などないだろう。
私は周囲に聞こえぬように、小声で正確な状況を伝える。
「残念ながらかなり厳しい状況だ」
「私になんとか出来るかもしれない。
あの馬車を全部壊せばいいんだよね?」
フェンミィがいきなり無茶な事を言い出した。
「その通りだが、あれはどうにもならぬだろう?」
「ううん、今の私なら壊せると思うよ」
いや、いくら成長したフェンミィでもそれは不可能だろう。
おそらく大魔王たるバンにすら無理な仕事だ。
彼女は決して虚勢を張ったりしないのだが、いきなりどうして?
「ちょっと、なに言ってるのよ。
こっちへ来なさい」
ゼロノ殿がフェンミィの腕を掴んで、ホールの隅まで連れていく。
そして、なにやら小声でボソボソと話している。
ずいぶんと仲良くなったものだな。
昨日から共に行動する機会が多かったようだが、やはり戦友となれば特別という事であろう。
いつの間にか大ホールには、魔族国家ならどこでも聞くことが出来る、有名な歌が響いていた。
遠征の兵士が故郷をしのぶという歌詞で、それをこの場に居る多くの兵が口ずさんでいる。
驚いたことに人獣族の中にまで歌いだした者が居る。
本当に有名な歌なのだな。
しかし、歌いながら魔法に集中出来るものだろうか?
もうこの場で恐怖に負ける者は居なくなっていた。
「姫様、あたしらは他のホールへも行くよ。
魔術師達を元気づければいいんだろ?」
村長ウミャウ殿がそう言った。
「助かる」
私は地図で魔術師の居る場所を示した。
◇
「私が馬車を壊しに行くよ、ワルちゃん」
フェンミィが決意を込めてそう言った。
私はその隣で、呆れたような顔をしているゼロノ殿に尋ねる。
「貴公も、フェンミィにそれが可能だと言うのか?」
「敵しだいだけど、決して不可能じゃないわ」
とても信じられぬ事だが、二人とも真剣な表情だ。
特にフェンミィは覚悟を決めている。
「分かった、信じよう。
それが出来れば、まだ戦いようもある」
「うん、行ってくる」
心配だ、彼女の身にもしもの事が有ったら、そう思うととても恐ろしい。
だが、それは決して口に出してはいけない。
全軍の命を預かる司令官として、そして対等の友人としてもだ。
「武運を祈る。生きて帰れフェンミィ」
「ありがとうワルちゃん」
「ちょっと待ちなさいよ!」
背を向けて大ホールから出ようとしたフェンミィを、ゼロノ殿が呼び止める。
「行く前に悪あがきをしなさい、全然違うんだから」
そう言ったゼロノ殿が、恐怖を克服した大ホールの兵士達に告げる。
「今からこの子、獣人族のフェンミィが敵陣に一人で切り込むわ!
皆の命運がかかった特別な任務で、一か八かの大作戦よ!
命がけなのよ、応援してあげて!
そして名前を憶えてあげて!」
名前を覚える?
ゼロノ殿が同じ事をよくやるのは知っていたが、今度はフェンミィの名前をだと?
「皆の希望よ、英雄よ、名前はフェンミィ!
フェンミィ、フェンミィよ、フェンミィをよろしく!」
大ホールの兵士達が、ざわめきながらもフェンミィの名を口にする。
それを見てフェンミィはにっこりと笑い、
「ありがとうゼロノさん、行ってくるね」
大ホールを飛び出した。
◇
「あ、お姉ちゃんだ」
別の大ホールを訪れた私を、目ざとく気が付いたサティが迎える。
私は妹に微笑んで手を振った後、ここの指揮を任せていた機動部隊の士官に質問する。
「状況はどうか?」
「はっ、敵の魔法攻撃を受けておりますが、特に問題ありませんな。
これも総司令の妹君のおかげでありましょう」
そう言われて気が付いたが、この大ホールは他の場所より敵魔法の圧力が弱い。
「部屋の天井と壁に、防御と増幅を兼ねる術式を構築しおったのじゃ。
攻撃を受けた直後に一瞬でじゃぞ?
もうワシの手に負えないのじゃ、末恐ろしいのじゃ」
サティの腕に抱かれたスクナ族のアルタイがそう言った。
「それと、侍女であるココさんの力も大きいでしょうなぁ」
指揮を任せた士官がそう言って、魔術師部隊を見る。
彼の視線を追うと、そこには飲み物を配るココが居た。
時に一声をかけ、あるいは手を握って励ましたりもしている。
「あの
「なるほどな」
改めて思う、ココは我が家が手に入れた
二人が居ればここは大丈夫だろう。
「よし、後を頼む、サティもな」
「はっ」
「うん、お姉ちゃんもがんばて」
次の目的地へ向かおう。
サティに手を振り、私が
そして、私に向けて叫ぶ。
「ワルナ様! 娘が大魔王様の居場所を知ってます!」
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