第七十八話 人海戦術

*ワルナ視点となります。


「想定以上に一方的ですな、ワルナ総司令」


 シャムティア機動部隊の軍団長がそう言った。

 ここは大魔王城の一階、大ホールに近い部屋に作られた作戦司令部だ。

 

「オルガノン殿のおかげだな、この魔法は戦争の常識をくつがえすだろう」

「同感ですな、早速シャムティアでも研究するよう進言しましょう」


 私の言葉に軍団長が同意する。

 作戦司令部の中央には大きなテーブルが置かれているのだが、その上には魔法で作られた城下町の立体的な地図が有った。

 更にその立体図には、敵味方双方の兵士がリアルタイムで表示されている。


 似たような事は、地図と駒を使って昔から行われていたが、状況把握、及びそれに対する対応の早さと正確さにおいて比べ物にならない程に優れていた。

 軍を自分の手足がごとく操ることが可能で、指揮官にとっては理想を体現したような魔法だ。


「しかもそのうえ、敵の探知をあざむけるのですからなぁ」


 機動部隊の軍団長が言う通り、城下町では敵の探知魔法に偽の情報を返すことができた。

 サティの幻覚も加わり、視覚すら偽ることが可能だった。

 そのおかげで、目隠しした敵を一方的に叩くような状況になっている。


「我が軍は、この短時間で四千人以上の敵兵を殲滅せんめつしています。

 それなのに敵は、正確な情報が把握できずに続々と進軍を続けてくるとは。

 まるで屠殺場に向かう豚ですな。

 もはや勝敗は明らかでしょう」


「油断は禁物だ。勝ちが見えた時こそ一番危ないものだ」


 機動部隊の軍団長に、予備役のベテラン老兵士が苦言を呈する。


「ごもっともです。ふむ、そうなると気がかりは敵の増援ですな。

 とはいえ、想定の範囲ではありますが」


 軍団長の言う通り、増援は織り込み済みだ。

 敵軍事同盟の総兵力は、シャムティア情報部により把握されており、その数は奴隷兵士を含めて約百五万人。

 うち魔術師は約三十二万人程おり、ガガギドラ以外はほとんどが魔族で、兵質はあまり高くない。


 その全てが投入されたとしても、大魔王城はもちろん、城下町ですら魔力的な優位が保てる計算になっている。

 世界最強の城に偽りはなく、オルガノン殿の仕事も万全だった。


 兵士というのは魔力を扱う高度な専門職で、そう簡単には増やせない。

 その辺の民間人を少し訓練した程度では使い物にならず、敵兵力が想定を超える事は無いだろう。


 だがそれでも増援が来ないに越したことは無い。


 設営された後方のテントに、例の転移ゲートが配備される可能性は高い。

 今のうちに潰したいな、上空からの攻撃でなんとかならないだろうか?


 報告によれば敵軍の魔術師はほとんど魔族だった。

 こちらの獣人や人獣で石火を使える者が、上空から攻撃する事は可能だろう。


『状況の急激な変化を報告します』


 司令部の壁際に立っていた、緑色の猿型オートマタからオルガノン殿の声が聞こえた。

 彼女は城下町で戦闘用のオートマタを指揮しており、我々の魔道具に依存いぞんしない通信を行っている。


『敵魔力の想定外な増加を感知しました。

 種類も異質な模様です』


「想定外な魔力? どういうことだ?」


 私の質問にオルガノン殿が答えてくれる。


『敵魔術師約四万名に匹敵する魔力が、設営されたテント周辺から発生した模様。

 発生源の映像を送信します』


 大きなテーブルの上に映し出されたのは、妙な形をした馬車で、大勢の人間がつながれてる。

 台数もかなり多く、二千台は近くはあるだろうか?


「先ほどフェンミィが見たという正体不明の馬車か。

 これが魔力を発生しているというのか?」

『肯定します』


 報告より数が増えているようだ、転移ゲートはもう稼働しているのだろうか?

 サティが幻覚の準備で忙しく、調査できなかった事が悔やまれるな。

 おそらく魔力の増幅装置かなにかだろう。


「種類が違うというのは?」

『ダンジョンの魔力に依存してません』


 なんだと?

 つながれている者が魔族では無いというのか?

 あるいは馬車が魔力を生んでいる?


「上空からの攻撃が出来ると思うか?」

『否定します。上空にも敵魔力は充満し、現有の戦力では困難と判断します』


 良くないな。

 想定外の事態で、敵の魔力が予想を超える可能性が出てきた。

 厄介な馬車の映像を見つめていると突然、真っ黒な画面になった。


「オルガノン殿? 映像が途切れたようだ」

『否定します。ズームアウトを実行』


 映像が引いていくと城下町の壁が映り、その外側が真っ黒になっていた。

 どうやら城下町の外側をぐるりと囲む、魔法による黒く高い壁が作られたようだ。

 何のために? 目隠しだろうか?


「壁の外側を見ることは出来ないか? あるいは壁を取り払う事は?」

『どちらも不可能と返答します』


 むう、実に嫌な感じだ。

 だが対処のしようがない。


「ありがとう。引き続き観測を続け、逐次報告をしてくれ」

『了解』


 オルガノン殿と通信を終えた私は、各部隊へ命令を出す。


「いつでも城へ戻れるように後退して布陣しろ。敵魔力の急激な増大に備えるんだ」



 ◇



「なんて数だ……」


 そう口にしたのは機動部隊の軍団長だった。


 翌日の早朝。

 我々の視界を塞いでいた黒い魔法の壁は、朝日と共に消え失せていた。

 それにより、作戦本部のテーブルに映し出された、城下町周辺の映像は衝撃的なものだった。


 朝日に照らされた城下町の周囲は、地平線に至るまで、見渡す限り敵の兵士で埋め尽くされていた。


 その数は百万を軽く超えているだろう。そして更に続々と増え続けているようだ。


 数え切れぬ程多くのテントも設営されており、人の海に浮かぶ大量の船を思わせる。

 しかし、この馬鹿げた数の兵を運用できるものなのか?

 指揮は? 兵站はどうなっている?

 転移ゲートの脅威度を見誤ったという事か?


 だがそれでも、敵兵士の数は有限だった筈だ

 どうやって増やしたのだ?

 同盟に参加する国が増えたと考えるのが妥当だろうか。


 例の馬車も、数えるのがバカバカしくなるほどの数多あまたが見受けられた。

 この数を製造するのに、どのくらいの時間がかかるというのだ?

 いや、今考えるべきはそこじゃない。


「いかん、城下町の全軍に通達だ! 直ちに城内へと帰還しろ!」


 だが、私の命令は手遅れだった。


ズシンッ


「うおっ」

「これはっ」

「むぅ」


 命令の直後だった、司令部に居た全員へ、敵魔力による強い圧力がかかる。

 それは恐怖の感情を煽るものだった。

 気を抜くと心を潰されそうだ。


「みんな大丈夫か?」

「ええ、なんとか、しかしこれはマズい事になりましたな」


 私の質問に軍団長が答えた。

 その通りだ。

 最も防衛力の高い城の中でこの有り様なのだ。


「城下町はどうなった?」

「つ、通信途絶」


 私の確認に担当の兵士が応答する。

 彼はかなり辛そうだ。


『報告します。城下町に配備された大魔王国前衛の兵士全員に奴隷の首輪が装着された模様』


 オルガノン殿からの連絡を、緑の猿が告げた。

 こちらは途絶していないようだ。


「どういうことだ? 首輪がいきなり現れたとでも言うのか?」

『肯定します。敵魔力に精神を損耗そんもうさせられると出現する模様』


 そのように奴隷の首輪をつける魔法など聞いたこともない。

 敵の新兵器か?


「つまり敵の魔法に心を折られると、奴隷の首輪が出現するというわけか?」

『肯定します』


「オルガノン殿は大丈夫なのか?」

『本機、及びオートマタは正常に稼働中です』


 さすがと言うべきなのだろう、この状況では実にありがたい。


 『大魔王国前衛兵士は、首輪の強制力で敵国の先方と転身した模様。

 本機は足止めを試行します』


 なるほど、敵兵がいきなり寝返る魔法という訳か。

 これはやっかいだぞ。

 我が軍は前衛のほとんどを失ってしまった。


「城内の魔術師部隊はどうなっているか?」


 後衛の魔術師部隊は、大魔王城の大ホールを始めとする広い部屋に分散して配置されている。

 彼らに首輪がつくような事があれば、一気に崩壊するだろう。


「つ、通信途絶」


 辛そうな担当兵士の答えは同じだった。

 城内もか、深刻だな。


「城内の地図を寄こせ」

「はっ」


 私は機動部隊の兵士から、部隊の配置が記された城内地図の複製を受け取る。


「私は後衛の魔術師部隊を確認して回る、誰か城の出入口を守る部隊を確認してくれ」

「では自分が」


 機動部隊の兵士数名が志願してくれた。


「頼む。部隊が敵魔法に屈しそうであれば、なんとか鼓舞してくれ」

「はっ」


 よし、行こう。


「ここを頼む」

「了解しました」


 私は機動部隊の軍団長に、その場を頼んで部屋から出る。

 司令部は機能をほぼ失っていた。

 直接確認して回るしかない。


「総司令、ワシ等も行こう」


 司令部に居た、予備役のベテラン老兵士六名がついてきた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


*ここからは、第十三畜産場に居た猫人獣族ミーコネ視点となります。


「ミーコネ、ミーコネ」


 右手に柔らかく温かい感触がして、とても懐かしい声が聞こえた。

 私は目を覚ます。


「ミーコネ! 気が付いたのね!」


 そこには夢にまで見たお母さんが居た。


「お、おかっ、おかあさぁん」


 私は床に置かれたマットの上に、仰向けで横たわっていた。

 上半身を起こして、座っているお母さんに抱きつく。

 ああ、会えた、お母さんの匂いだ、うれしいよぉう。


「ミーコネ、あなたが無事でよかった、出荷されてなくて……ううっ、ぐすっ」

「あいっ、あいたか……た、ぐすっ、おかぁっ、ひっく」


 私とお母さんは、抱き合ってお互いの無事を喜び、しばらく泣いていた。



 ◇



「そろそろ日が昇る頃じゃないかしら。

 ここは大魔王城のホールよ、今は病院になってるの。

 あなた昨日、馬車から放り出されて大ケガをしたのよ」


 お母さんが私に色々と教えてくれる。

 私は自分の身体を調べてみた。

 痺れた感じは無くなっていて、普通に立ち上がれそうだ。


「大ケガしたのに治してもらえたんだ、私」


 魔法の治療はとても貴重な事だと聞いていた。

 ガガギドラでは、大ケガした奴隷は治してなんかもらえず、すぐに食用として出荷される。


「そうよ、ここの王様はとてもお優しい方なの。

 お母さんをね、奴隷なんかじゃなく普通の国民として迎えてくれたのよ」

「コクミン?」


「そうよ、ほら、もう首輪がついてないでしょう?」


 お母さんはそう言って笑った。

 よく分からないけど、奴隷だった時よりずっと幸せそうだ。

 良かった……私がそう思った時、またあの感じがやって来た。


「うっ」


 なんか怖い、これは馬車でお城に近づいた時に感じた気持ちと同じだ。


「敵の攻撃みたいね。よく聞いてミーコネ、お母さん行かなくちゃならないの」

「え? どこへ? やだよ」


 せっかく会えたのだ。もう二度と離れたくないよ。


「この国はね、大軍と戦っているの。

 お母さんも魔術師として頑張ってるんだから。

 今は、ミーコネの目が覚めそうだからって、特別にここへ来ることを許してもらえたのよ」

「じゃあずっとここに居よ?」


 私がそう言ったのに、お母さんは首を横に振る。


「この国の力になりたいの。

 お母さんはね、国という物に、こんなに優しくして貰ったのは初めてよ。

 だから守りたいの、この国を、この場所を、そしてあのお優しい大魔王様を」


 大魔王様? そうだ、私、大事な事を頼まれたんだ。


「お母さん! 私その大魔王様に会ったよ! 誰か偉い人に伝えなきゃ!」

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