第八十二話 比翼

*主人公、大魔王視点に戻ります。


 まさに危機一髪だった。

 急速に使いこなせつつある、この世界を俯瞰ふかんできる視点と、瞬間移動の能力が無ければ間に合わなかっただろう。


 俺は城下町の外で、赤い首輪を持った子供の手を掴み、持ち上げていた。

 フェンミィの首に押し付けられていたこれは、色違いだが奴隷の首輪なのだろう。

 

 そしてこの子供が、フェンミィをこんな姿にしたのだ。

 無残の一言に尽きる。

 両手両足がもげていて、胴体にも弾痕がある。

 生きているのが不思議なくらいだ。


 満月期で本当に良かった。獣人の頑丈さに感謝する。

 ともかく城で治療を受けさせないといけない。


「痛てえな、放せよ」


 俺が持ち上げている子供が、クソみたいな言葉を吐いた。


「口の聞き方に気をつけろ」


 俺は冷静に言ったつもりだったが、掴んでいた手首を握りつぶしてしまった。

 ああ駄目だ、怒りが抑えられない。


「ちっ」


 手首を潰された子供は、俺の身体を蹴ってかろうじて繋がっていた腕をちぎり、距離をとった。

 俺は手の中に残った、赤い首輪を掴んだ子供の手を無造作に投げ捨てる。


「お前いったいどこから現れたんだ? いきなり現れたぞ? 幻覚で姿を隠してたのか? 何者なんだよ?

 どうしてもお前も、この高密度な魔法攻撃の中で、首輪が生まれずに平然としてるんだ?」


 子供がなにか言っているが知った事か。

 俺はしゃがんで、竜形態のごつい手でフェンミィを抱き上げようとする。


「フェンミィ、頑張れ、いま城へ連れて行くからな」


 彼女は姿の変わった俺を、なんの疑問も無く受け入れているようだ。


「いいえ大魔王様、私は平気です。だから敵に気を付けてください、そいつ危険です」


 そう言ったフェンミィの身体は、ゆっくりとだが再生していく。

 満月期の獣人だからか?

 いや、それでも不自然な……あれ?


「君のお腹にベルトが……このベルトって、あの時の?」

「はい、これが私に力をくれます。だから平気です」


 どういう事だ?

 聞きたい事は沢山あるが、後にした方が良いだろう。


 とりあえず命に別状はないようだ。

 なら、先に敵を片付けておくべきだろうか?

 俺は子供に対して向き直る。


「これはお前がやったんだな?」


 一応確認はしてやる。


「そうだけど? なに? 怒ったの? ははっ、いいねぇその目」

「怒っている。たとえ子供でも容赦できない」


 あくまで舐めた態度の子供に、俺は理性を総動員して平静を保つ。


「子供の姿は相手を油断させる為のもので、中身はちゃんと大人だよ。

 余計な心配は……あ! そうか、お前が大魔王なのか」


「……だったら?」


 そうか子供じゃないのか、ほんの少しだけ楽になったよ。


「なんだ、生きていたんだ。

 まあ、ちょっと驚いたけど、所詮は旧式の改造人間だろ?

 最新型である僕の敵じゃないね、ははっ」


 なんだと?


 子供が言ったその言葉で、俺は怒りを忘れる程に驚いた。


 俺が改造人間だと知っている者は少なくない。

 何度も周りにそう言ったからだ。


 だが、その本質を理解してる者となると、俺以外ではこの世界に一人しか居ない筈だ。

 それを旧式だと?

 そして最新型だと?


「お前、まさか……」


「そうだよ、臨戦」


 子供がそう言うと、奴の背後に現れた魔法陣が眩い光を発し、瞬時にその姿を人型から戦闘形態へと変化させる。


 俺と同じくらいの大きさをした人型バッファローの様な姿が出現し、その両手及び胸部には電磁投射機が埋め込まれていた。


 なぜこの世界に存在するんだ?


 それは懐かしさすら感じる、悪の秘密結社ジャッジの改造人間そのものだった。


 俺に内臓されたセンサーも同胞どうほうだと識別している。


「僕は、お前なんかよりずっと新しい改造人間なんだぞ。

 魔法炉の出力は上がり、人型でも旧式と同等の戦闘力を持っているんだ。

 更にこうして戦闘形態になれば、その出力は数十倍に跳ね上がる。

 お前みたいなポンコツ、すぐぶっ壊してやるからな」


 なぜこの世界に、ジャッジの改造人間が居るんだ?

 ありえない事が起こっていた。


「お前はジャッジの改造人間なのか?

 ゴッドダークという名に聞き覚えはあるか?」


「ジャ……ジ? ゴッド……なんだって?」


 俺の質問に、バッファロー改造人間は心当たりが無いようだった。

 とぼけているのか?

 いや、だとしたら、わざわざ改造人間を見せつける理由が分からない。


「僕は、栄光ある『奴隷商人ギルド』の大幹部だよ。

 改造人間は、奴隷商人ギルドが生んだ戦士じゃないか。

 おまえも元はそうなんだろ?

 この世界は、偉大なる我ら奴隷商人ギルドが征服するんだ」


 奴隷商人ギルドだと?


 この大魔王城の周囲を埋め尽くす人の海、どれくらい居るのか考える事すら馬鹿々々しくなる程の大軍は、奴隷商人ギルドの私兵だとでもいうのか?


「おかしいな、俺達はガガギドラと戦っていた筈なんだが?」


 だが敵兵はほぼ魔族で、リザードマンは見当たらない。


「ガガギドラは僕らに踊らされていただけだし、今はもう奴隷商人ギルドが征服ずみだよ。

 更に北の魔族国家を十か国ほど征服した。

 ここに居るのは北の十二か国から集めた魔族だよ。


 おっと、計算を間違えた訳じゃないよ、奴隷商人ギルドはそもそも国を一つ掌握していたんだ」


 掌握? 征服? 国を? 大地を埋め尽くすような大軍を?

 そういえば兵士は奴隷の首輪をつけた者ばかりだった。 


「たかが商人のギルドが、大きく出たもんじゃないか」


「ははは、我ら奴隷商人ギルドは世界で最も進んだ技術、魔法と科学を融合した『魔法科学』を持っている。

 お前だってその産物じゃないか。

 敵を全て奴隷にしてしまう兵器にかかれば、国を征服するなんて容易い事だ」


 今度は魔法科学ときたか。


 奴隷商人ギルドとはなんだ?

 ジャッジとの関係は?

 この世界と元の世界には、いったいどんなつながりがあるのだろうか?


「お前には、更に聞きたいことが沢山できたぞ」


 俺はバッファロー改造人間にそう言った。

 こいつは殺さずに生け捕りにすべきだ。


「もう沢山答えただろ? そろそろ殺してもいいかな?」


「こいつと戦ってはいけません、大魔王様」


 俺達が戦闘に入ろうとしたその時、フェンミィがそう言った。


「こいつは子供を盾に使います。大魔王様が戦ってはいけない相手です」


 周囲に、五~六十人程の子供が浮かんでいるのは気が付いていた。

 なるほど、そういう事か。


「そうそう、この子供達は全員改造人間で、僕の手足で盾でもあるんだ。

 甘ちゃんには効果抜群なんだけどね。

 その犬は冷血な奴で、いくら殺してもなにも感じないみたいだったけどさ」


 見渡せば、あちこちに子供の破片が飛び散り、激戦の様子がみてとれる。


 これでフェンミィがなにも感じないだと?

 そんな訳があるか、この子がどんな気持ちだったかを考えると胸が締め付けられる。


 クソ野郎が、人の心を弄びやがって。


「わ、私が戦います」


 手足の再生が終わっていないフェンミィがそう言って、無理やり立ち上がろうとする。


「いくらなんでも無理だ、俺に任せてくれ」


 どう見ても戦えそうにない。なぜこんな無茶を?


「そんなの駄目です! 子供ですよ?

 大魔王様がまた、とても苦しい思いをします!」


 え?


 彼女の口から飛び出したのは、思ってもみなかった言葉だった。


「だから私が代わりに戦うんだ。

 だって、だって、私の所為で、大魔王様にこんな酷い重荷を背負わせてしまったから。

 血まみれのむごい道へ、優しいあなたを引きずり込んだから」


 心の底から絞り出すような声で、本当に苦しそうな顔で、ろくに動けない体で、フェンミィが必死に訴える。


「だから私が戦います。

 こういうのは全部、私が戦うんだ!

 そうしなくちゃいけないんだ!」


 悲壮な決意をみなぎらせたその瞳には、うっすらと涙がにじんでいた。


 ああ……畜生。


 俺の間抜けめ、いつだ? いつからだ?


 思い出す。

 大魔王城を奇襲された後か?

 そうだ、その後だ、彼女が強くなりたいと言い出したのは。


 思えば態度にでていた。

 イライラと当たり散らすように行動した。

 それがこの子を追い詰めていたんだ。

 

 自分の事に手一杯で気が付かなかった。

 俺はなんて自分本位で愚鈍な男なんだ。


 君がそんな風に苦しむ必要なはない、そう伝えなくては。


 俺は敵に背を向けて、懸命にあがくフェンミィを、ごつく硬い身体で精いっぱい優しく抱きかかえる。


「だ、大魔王様?」

「フェンミィ、よく聞いてくれ、覚悟は俺にもある。

 これは俺が自分の意志で始めた事だ、だから……」


 君の所為じゃない……この言葉は届くだろうか?

 俺の所為で、俺の為に、これ程までに手を汚した彼女に……。



 届くわけがない。


 二人とも、もうとっくに戻れない場所にいるのだ。

 それならば……


「なあフェンミィ、俺が前に居た世界では、悪い事を沢山すると死んだ後に地獄という場所に落ちると言われていた」


 この世界の魔族には、宗教がほとんど存在しない。 

 だが、土着のぼんやりとした死生観はあるみたいだし、魂の概念は存在する。


「そこでは厳しい罰を受けるそうだ。

 死んだ方がマシだと思うような責め苦を延々とな。

 それでも……」


 俺はフェンミィの目を見つめて、竜形態の恐ろしい顔で頑張って優しく笑う。



「これからは二人で一緒に罪を犯そう。

 フェンミィ、俺と地獄まで付き合ってくれるかい?」



「……あ、あああ」


 フェンミィの目から大粒の涙が溢れ出した。


「はい、はい、喜んで。どこまでも、ずっと一緒にいさせてください」


 そう言って泣き出したフェンミィの顔には、もう悲壮感など微塵も残っていなかった。

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