第八十三話 旧型と最新型

「あはは、なに言ってんの? 面白いよ、なにそれ? 

 でも、もたもたしてるからすっかり囲んじゃったよ?

 それに、それを抱えてちゃ思考加速状態で動けないだろ?

 馬鹿なの?」


 俺達を上空で包囲する子供達、そして更にその上空に移動していたバッファロー改造人間があざ笑う。

 なるほど、まさに子供の盾だな。


「死ねよ大魔王、加速」


――アラート タイガー オーバークロッキン――


 俺の脳内で、無機質な機械音声がそう告げる。

 

 敵が思考加速装置を起動したので、俺の自動防御システムが反応して超加速状態になっていた。


 おそらく石火を習得しているであろうフェンミィだが、傷ついている所為か加速できていない。

 このまま俺が動けば彼女を壊してしまうし、置き去りにすれば敵に狙われて殺されるだろう。


――ははっ、ガキ共、撃て撃て――


 バッファロー改造人間の声が俺の脳内に聞こえる。

 取り囲んだ子供達から、電磁投射機で加速された散弾が撃ち出される。

 逃げ場はどこにも無いようだ。


 だが、俺はまったく焦っていなかった。


 俺はこの世界を俯瞰ふかんする視点で大魔王城を見る。


 この視点の使い方にはだいぶ慣れた……というより思い出したという感じがした。

 なぜかはよく分からないのだが、そう表現するのが一番しっくりくる。

 遠い昔に忘れた記憶を思い出すような感じで、使い方が理解できるのだ。


 いや、知らないことを思い出すのはおかしい。それは分かっている。

 だが、なぜかそう感じるのだ。


 俺の俯瞰ふかんした視線は、一瞬で大魔王城のホールに作られた臨時の病院らしき場所を見つける。


 俯瞰といっても、ただ上から見ているのとは違う。

 なんと言ったらいいのか、とても言葉にしにくいモノだ。


 例えば今までの自分はチェス盤の駒で、盤上の一部しか見えなかったとする、ならばこの俯瞰した視点は、チェスプレーヤーの見る世界という感じだ。

 その気になれば、チェス盤をひっくり返す事すら出来る。


 俺はフェンミィを抱いたまま、臨時の病院らしき大魔王城ホールの片隅へと瞬間移動する。

 この力も、同じ様に思い出して自在に使えるようになっていた。


 瞬間移動は、目的地の空間と自分の周りの空間を瞬時に入れ替えるものだった。


 思考加速状態で使っても動作はまったく同じで、超加速移動のような負担はかからない。

 範囲も自由に調整出来て、俺だけで、あるいは持っている物も一緒に、そして更には周囲数十メートルの空間までも思い通りの形に調整して選ぶことが出来た。


 病院として使われているホールの片隅でフェンミィだけを置き去りにし、俺だけ瞬間移動でバッファロー改造人間の正面へと戻る。


 乱暴なやり方で、この後のフェンミィは抱き上げた高さから落下するだろう。

 出来れば思考加速を解いて優しく下ろしてやりたかったが、その間にバッファロー改造人間が逃げるのはマズい。

 ごめんフェンミィ。



――おい、どこを見てる? ここだ――


 俺はバッファロー改造人間の正面、手を伸ばせば届く距離から声をかける。


――な、なに?――


 子供達の作る包囲の上、安全な場所から俺達を見下ろしていた筈のバッファロー改造人間は、その眼前にいきなり現れた俺をすぐに認識できなかったようだ。


 慌てて俺を見た敵の両足を、ローキックで粉砕する。

 最新型らしいその身体は砂糖菓子のごとく脆く崩れて、俺の足は無傷だ。


 仮面アベンジャーやドラゴンが行っていたのは、装甲強化などという生易しい事では無かった。

 それは自分の身体を上位の次元へとシフトさせ、その影響だけを下位の次元へ及ぼすという魔法だ。


 どんな高熱も、莫大な運動エネルギーも、上位の次元へ届かない限り、全く影響を受ける事のない無敵の魔法だった。


――う、嘘だ? なんでっ、どうして?――


 両足を失ったバッファロー改造人間が、情けない声を上げた。

 初めての体験か?

 驚くよなぁ? 理不尽だと思うよなぁ? 気持ちはよく分かるぜ、俺も奴に同じことをされた時は驚いたよ。


――うっ、うわぁぁ――


 バッファロー改造人間は胸部と両手から散弾を撃ち出し、俺から遠ざかるために後ろへ加速する。


 なるほど、自慢するだけのことはあるな。

 電磁投射機の初速は俺のそれよりもかなり速く、本体の加速度や、一気圧下の最高到達速度も俺の旧戦闘形態を大幅に上回っている。


 だが、それすらも俺の竜形態は完全に凌駕りょうがしていた。


 あえて散弾を受けながら、簡単に追いついて見せる。

 とりあえずこいつの戦意を喪失させたい。


――ひっ、子供達、盾になれっ――


 バッファロー改造人間はそう命じたが、すでに俺達二人は子供達から遠ざかりつつあり、彼らの加速力では追いつく事は不可能だった。


――嘘だ、こんなのっ、僕の方がずっと新型なのにっ――


 俺は無言でバッファロー改造人間の両腕を潰し、胸の電磁投射機を軽く手で払って壊す。


――やめっ、止めてくれ――


 こいつを殺すのは簡単だが、情報が欲しい。

 俺は無言のまま、両手両足を失ったバッファロー改造人間の身体を少しずつ削り取る。

 これなら、痛みを遮断できる改造人間でも恐怖を感じるだろう。


――そ、そんなっ、死んじゃう、こ、殺さないでっ――


 狙い通り、バッファロー改造人間はかなり怯えているようだ。

 そろそろ良いだろう。

 俺は要求を突きつける。


――子供達の思考加速を解除して待機させろ。

 変な動きを見せたらお前を殺す――

――わ、分かった、た、待機だ、お前ら、思考加速を停止して待機っ―― 


 よし、これで子供達を殺さずに済む。

 後はこいつを瀕死にしておこう。

 

 俺はバッファロー改造人間の身体を、両手で一気に削る。


――やっ、止めてくれっ、言う事を聞いたじゃないかっ、やめてっ――


 悲鳴を上げる人型のバッファロー、だが容赦をする気はない。


――安心しろ、ぎりぎりで殺さないから。俺は改造人間の身体には詳しいんだ――

――そんな、ひど……――


 下半身を全て削り取ると、損傷で思考加速が維持出来なくなり、バッファロー改造人間が止まった。


 とりあえず、このくらいで良いだろう。


『定速』


――リターン トゥザ レイテッド――


 機械音声と共に周りの景色が動き出す。


 俺は普通の時間へ戻り、頭と上半身だけの持ちやすい姿となったバッファロー改造人間の角を掴んだ。


「ひっ」


 俺は、怯えた人型のバッファローを持ったまま地上へと降りる。

 その途中で、草陰に落ちている赤い首輪が目に入った。

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