第八十四話 奴隷商人ギルドの馬車

「い、嫌だ、その首輪は嫌だっ」


 通常の時間へ戻った後、俺は赤い奴隷の首輪を見つけた。

 流れ弾に当たる事もなく無事だったそれの使用法を、バッファロー改造人間に聞いた俺は、さっそく有効利用する事に決めた。


「悪いな、俺も大嫌いだがこの際仕方ない。持ち歩いた自分を恨め」

「そ、そんな、馬鹿な……」


 さすがは最新型の改造人間で、未だに戦闘形態を維持し、再生も始まっているバッファロー改造人間の首に、俺は赤い首輪を押し当てる。

 奴隷の首輪は、何の抵抗も無く喉をすり抜けて装着された。

 これでいいのか?


「大魔王陛下! この度はこのロサキめを奴隷にしていただき光栄の極みです」


 名前はロサキというらしいバッファロー風改造人間が、キラッキラした純粋な眼差しでそう言った。

 なんだこれ?

 ああそうか、たしか盲目的に服従するとか言ってたな。 

 正直気持ちは悪いが、便利ではある。


「聞きたい事は山ほども有るが、まずは子供の主人を俺に移譲しろ」

「はい」


 バッファロー改造人間あらためロサキが俺の命令に従った。


 よし本題だ、敵の大軍をなんとかしなければならない。

 今の俺なら皆殺しも可能かもしれないが、他に良い手があるならしたくない。

 俺より事情に詳しいであろうロサキに質問をする。


「大魔王国を勝たせたい。どうすればいい?」


 フェンミィを助ける前に、俯瞰ふかんした視点で戦況は確認している。

 改めてもう一度確認したが、大きな変化は無いようだ。


 圧倒的な魔法攻撃にさらされてはいるが、大魔王城にはまだ敵の侵入は無く、城下町でオルガノンが奮戦している。

 千をかるく超える多くのオートマタを従え、現状は安定して防衛出来ているようだ。

 だが今後は分からない。急がなくては。


「奴隷商人ギルドの主戦力は『馬車型改造人間』なので、それを停止するのが一番だと思います」


 俺の質問にバッファロー改造人間ロサキが答えた。

 待て、今なんて言った? 


「大量に停めてある変な馬車は改造人間なのか?」


 なにかのケーブルで人をつないだ妙な馬車から、魔力が発生しているのは感じていた。

 だがまさか、あれが改造人間だとは思わなかった。


「はい、奴隷商人ギルドの誇る最強の兵器であります。

 自走が可能で、奴隷化した一般人を管理する主人でもあり、その生命力を魔力に変えて攻撃を行います」


 俯瞰ふかんした意識を馬車に向けると、たしかに人間の脳がその中に有った。

 げんなりだ……いやダメだ、こういうのに動じないよう心がけよう。

 またフェンミィが心配する。

 だが、もう一つ気になる言葉があった。


「今、生命力を魔力に変えるとか言ってなかったか?」


「はい、つながれた奴隷から生命力を吸い取ります。

 奴隷には、特に魔法の才能が無い一般人を使用でき、ダンジョンからの魔力が必要ありません。

 これには様々な利点が有り、人族との戦争にすら使用可能です。


 ちなみに、奴隷は一日前後の使用で死亡するので、テントの中にある転移ゲートを使い補充を行います」


 うわぁ……奴隷の首輪をつけた一般人を消耗品として大量に使い捨てるのか。

 頭痛と吐き気がする、これを聞いて平然としているのは難しいなぁ……。

 くそ、気持ちを切り替えろ。


「とにかく全部壊せばいいんだな? 馬車は何台あるんだ?」


「約五万台です陛下。

 ゴーレムの自動生産ラインによる大量生産、転移ゲートを使用した物流の管理が成し遂げた数字です。


 馬車そのものも、転移ゲートでどこへでも大量に投入が可能という即応性。

 我々が十年以上の歳月をかけて臨んだ、完璧な世界征服計画が今こそ……」


「もういいよ、全部壊すから」


 俺は、まだ話し続けるバッファロー改造人間あらためロサキをさえぎってそう言った。

 説明したがりだなこいつ。


僭越せんえつながら陛下、提案がございます。

 全ての馬車は魔法の無線ネットワークでつながれており、中間管理馬車を経て一か所で集中管理しているのです。

 そこを乗っ取る方が速いと思います」


 それは悪くない提案だ。

 速度はともかく戦死者が減るかもしれない。


「そんなに簡単に乗っ取れるのか?」


「はい、僕が三番目の優先指揮権を持ってます。

 一番の優先指揮権を持つ者は作戦に不参加なので、管理テントに居る二番目の優先指揮権を持った者を処理すれば可能です。


 管理テントには百名を超える改造人間の護衛が居たのですが、どうやら城下町の攻略部隊に再編成されたようです。

 今なら護衛も数名でしょう。

 全員が僕と同じ最新型の改造人間ですが、陛下ならものの数ではないと思われます」


 改造人間による城下町の攻略部隊だと?

 オルガノンが心配だな。

 今のところ大丈夫のようだが、周囲の動きを警戒しておこう。


「今、護衛を攻略部隊に再編成と言ったな?

 もしかして奴隷商人ギルドは戦力が不足しているのか?」


 これ程の大軍なのに、とは思う。


「奴隷商人ギルドの戦術は、馬車型改造人間による敵の奴隷化です。

 配備するまでの時間をかせぐ先行部隊以外は、前衛を必要としません。


 現状は不測の事態であり、護衛の改造人間をかき集めて打開をはかっているのだと思います。


 ただ油断は禁物です。

 改造人間は全員が強力で、その戦闘力は大国の前衛をもかるく凌駕りょうがするでしょう」


 てことは馬車をなんとかして、城下町の攻略部隊を撃退すれば俺達の勝ちか。


「よし、馬車の指揮を乗っ取ろう、急ぐぞ」



 ◇



「管理システム、僕の持っている優先指揮権を、ここにおわす大魔王陛下へ献上せよ」

『パスワードをどうぞ』


「奴隷商人ギルドに栄光あれっ!」

『確認しました、大魔王陛下、ご命令を』


 二番目の指揮権を持つという男と護衛を素早く片付けた後、俺達は巨大なテントの中で、馬車の集中管理システムとやらの前に居た。

 それは大魔王城の地下で見た、機械らしき物に似た改造人間で、馬車と同じように人間の脳が内蔵されている。

 ただ、脳の数は一つではなく複数だったが。


 そして、バッファロー改造人間改めロサキが、俺に馬車の指揮権を委譲した。

 駄目な見本のようなパスワードだが、突っ込む時間も惜しい。

 俺が乱暴に角を掴んで運んでいるロサキは、胴体の再生を終えて手足の再生を始めていた。


「馬車による魔法攻撃をやめろ、今すぐだ、急げ」


 俺は集中管理システムに命じる。

 

『了解、攻撃停止命令を発信……停止を確認しました』


 集中管理システムがそう言うのと同時に、辺りに満ちていた高密度の敵魔力が消えた。

 これで大魔王軍が有利になっただろうか?

 いや、まだ残ってるな。


「完全に止まってないぞ」

『継続している魔法攻撃は、馬車に依存しない先行部隊によるものと思われます。

 システムの管轄外です』


 そういえば、馬車につながってない兵隊も居たな、やはり全員が奴隷みたいだったが。


「馬車につながれた一般人を解放しろ、転移ゲートで元の場所へ帰せるか?

 その場合、彼らの生命は安全か?」

『既に死亡した者、及び衰弱の酷い者以外は可能で安全です』

「それで良い、やってくれ」

『了解』


 城下町の攻略部隊とやらはまだ動いておらず、オルガノンは無事だ。

 間に合ったな。 


「ロサキ、お前はここで一般人の帰還を守れ、死守だ」

「はい大魔王陛下」


 俺は全体の状況を確認する為に俯瞰ふかんした視線を使う。

 大魔王城はまだ敵の侵入を許していないようで、正面玄関付近で小規模な戦闘が起こっているだけだ。

 む、警戒していた城下町で、約三百名の敵による超加速状態の反応があった。


「加速」


――オーバークロッキン スタートアップ――


 俺は瞬間移動を使い、城下町で奮闘するオルガノンの元へ飛んだ。

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