第八十五話 オルガノン
俺が瞬間移動した先は城下町の戦場で、オルガノンを背に庇う位置だ。
彼女は三百人からの改造人間と交戦中だった。
――……!――
俺の後ろで、オルガノンが息をのむ音が聞こえたような気がする。
超加速状態では呼吸など出来ず耳も聞こえないので、あくまで気がするだけだが。
苦戦中らしく彼女は左腕を失っている。
低空で静止しているオルガノンの上空には、包囲を整えた敵の改造人間が居た。
こちらに向けて散弾の雨を降らせている。
それに対しオルガノンは、配下のオートマタを正面から突っ込ませていく。
それは小型の戦闘機ほどの大きさを持つ赤い鳥で、改造人間に匹敵する機動力を発揮し、超高速戦闘に対応していた。
だがなぜこんな戦い方をしているんだ?
オートマタは、まるで自ら散弾へ当たりに行っている様に見えた。
みるみるうちに数を減らしていく。
――オルガノン、オートマタに回避をさせないと――
――警告、本機及びオートマタが回避行動を実行すると、敵攻撃目標が行動不能中の自軍へと変更されます――
そう言われて地面を見ると、そこには意識不明で倒れている大魔王国側の兵士が大勢いた。
全員に奴隷の首輪がついている。
なるほど、これを人質にとられているのか。
オルガノンが左腕を失っているのも、兵士をかばっての事だろう。
――分かった、もう少しだけ頼む――
――イエス、マスター――
俺は瞬間移動で敵の上空へと移動した。
しかし、こうして見ると
人型の生物と兵器を組み合わせたような勇ましい姿が空を埋めていた。
三百人からなる改造人間の戦闘形態部隊だ。
そして、この一人一人が、以前の俺より強いというのだ。
ともかく注意をこちらに向けよう。
俺は頭の中で、出来る限りの大声をイメージして言葉を念じる。
――余の留守に、土足で上がり込んでくれたな
俺が脳内で発した一言で、三百人の敵改造人間が一人残らずびくりと身体を震わせ攻撃の手を止めた。
慌てて上空の俺へ振り向く。
お、思ったより上手くいったな。
――マスター、その思考波による無差別攻撃は、意識不明中の味方前衛に深刻な脳障害を発生させる危険があると警告します――
オルガノンが俺の脳内にそう言った。
え? 無差別攻撃? そんなつもりは無かったんだが……。
――す、すいません――
――謝罪を要求するものでは無いと応答します――
と、ともかく、もう少し小さな大声をイメージしよう。
――空き巣共め! 大魔王の怒りに触れたと知れ!――
――くっ、大魔王だと――
――生きていたのか?――
――うろたえるな! 所詮は旧式の改造人間だ――
――ええい体制を整えろ、たった一人だ、大量の散弾で押しつぶすぞ――
三百人の敵改造人間が、オルガノンに対する包囲を崩し俺と向き合う。
よしよし、良い感じだ。
俺は敵陣を目指して加速する。
――来るぞ!――
――撃て撃てっ――
敵改造人間が乱れた陣形のまま、それでも大量の散弾を射出する。
自身の加速度を上乗せしきれず弾速は遅かったが、それでも三百人近い改造人間が撃ち出す、大量の散弾は圧倒的だった。
その密度で視界すら奪う、滝のような豪雨だ。
俺の接近を阻止するだけでなく回避場所もちゃんと潰してあり、それなりの練度をうかがわせた。
以前の俺なら絶体絶命だったな。
俺はその散弾の流れに正面から突っ込んだ。
大丈夫だと分かってはいるが少し怖い。慣れないとな。
――なに? なんだこいつ?――
――馬鹿な、そんなっ――
散弾の分厚い幕を突き破り現れた俺に、敵改造人間が驚く。
俺はそこへ散弾を叩き込み、別の敵兵へと向かう。
――ひっ、あっ――
そいつは距離が近かったので直接殴った。
その奥に居た敵には散弾を撃つ……これを三百人は効率が悪いな。
どうにかできないか?
少し考えて、俺は自分の背中に生えている竜の翼に思いが至る。
これが使えそうだ。
バッサァ
俺は翼を大きく開く。
翼開長は約十メートルとかなり大きなものだったが、更に好きな形へ変形できそうだ。
俺が細い紐のような形をイメージすると、その通りに変形し長さが五倍以上に伸びた。
よし、これを振り回そう。
俺はそのままきりもみ回転をし、敵集団の中を暴れまわる。
想像を絶する膨大な遠心力がかかるが、上位の次元に存在する身体はダメージを受けない。
――うわあぁ、なっ――
――なんだこれ――
――やめっうわっ――
本来は強固な防御力を誇る改造人間の身体を、俺の翼が豆腐のように切り刻んでいく。
以前の俺よりも強い改造人間が三百名という、場合によってはこの世界の軍事バランスを崩せる存在が、まるでミキサーにかけられた野菜の様だった。
――に、逃げろっ――
――散開、散開だっ――
敵集団が敗北を悟り、撤退を試みる。
だが無駄だ。
俺は瞬間移動で回り込み、三百人近い敵改造人間を全てコマ切れにした。
これで今回の敵、奴隷商人ギルドの戦力はほとんど残って居ない筈だ。
勝敗は決したと言っていいだろう。
落下した破片や流れ弾は、オルガノンと残ったオートマタが上手く処理してくれて、地上で眠る自軍の兵士には当たっていなかった。
良い判断だ、俺では気が回らなかった。
◇
――ありがとう、大丈夫かい? オルガノン――
オルガノンの前に瞬間移動した俺はそう言った。
だが彼女は、眉間にシワを沢山作ってジト目を返すだけで返事が無い。
あ、怒ってますか? そうですか……なぜだろう?
バツが悪くてなんとなく周囲を
物凄い数のオートマタが
今回の戦闘によるものより遥かに多い。
つまりオートマタの総数は、千どころじゃなかったのだろう。
俺はもう一度オルガノンと、その背後に控えるオートマタを見る。
残っているオートマタは百にも満たない。
オルガノンは左腕を失った上に全身傷だらけで、背後のオートマタもほとんどが損傷を抱えていた。
ここが最前線だったのだ。
城下町とはいえあの魔法攻撃の中、平然と戦えた彼女は敵にとって計算外だったのだろう。
大魔王城が無事だったのは、間違いなく彼女のおかげだ。
オルガノンはずっと一人で、皆を守って戦い続けてくれたのだ。
――本当にありがとう、オルガノン――
心からそう思えた。
俺の言葉を聞いて、オルガノンが溜め息をついたような気がした。
いや、まだ思考加速状態のままなので、そんな事は出来ないのだが。
――本機はマスターの行った変態行為である放置プレイに対し、最大の不満を表明します――
オルガノンが無視せずに答えてくれた……って、変態? プレイ?
この子の
物凄く不満そうなジト目で俺をにらんでいる。
でも……なにを怒っているのか分かった気がする。
――ごめん、心配をかけたよな。ただいま――
俺がそう言うと、オルガノンの眉間からシワが減った。
――謝罪を受理します――
あれ?
オルガノンは相変わらずジト目で俺の事をにらんでいるのだが、これってもしかして嬉しい表情なのか?
そんな事を考えていたら、気が遠くなるような感じがする。
あれ? 意識が……
◇
ここはどこだ?
気が付くと俺は知らない場所に……いや、知ってるぞ。
ここは大魔王城の地下だ、いつの間に?
目の前にはオルガノンが居る。
いつものジト目ではなく、まったくの無表情だ。
彼女は病院の検査衣みたいな服装をしていて、左腕が治っている。
俺は話しかけようとしたが声が出ない。
「よし、君の名前はオルガノンだ」
いや、俺は俺の意志と関係なくしゃべっていた。
口も身体も自由にならず、勝手に動いている。
なんだこれ? 夢か?
「なによ、アリストテレス?」
そう言ったのは側に居た、白衣を着た俺より長身の女性だ。
あれ? どこか見覚えがあるような気がする。
まあ夢なら当たり前か。
「いやギリシア語の方で」
「道具って、そのままじゃない」
なんだ? 『アリストテレス』に『ギリシャ語』だと?
大魔王城の地下でか?
これは夢で確定だな、元の世界とこの世界の情報が混じっている。
どうして急に? おれは
「いいんだよ、響きが可愛いから」
「あら、私はそうは思わないけど?」
「マスター、本機は『オルガノン』ではなく大魔王城コアのインターフェースであると主張します」
お、オルガノンが口を開いた。
「そうじゃない、違うよ、オルガノンは名前だ」
「名前?」
彼女は相変わらず無表情だ。
「ああ、そうだ」
◇
「こんな所に居たの?
無駄なことは止めなさいよ、忙しいんだから。
その子に感情なんかあるわけないでしょう、コアの入出力装置なんだから。
それっぽい反応も、会話がしやすいように人を真似るだけよ」
いきなり場面が切り替わっていた。
昼頃だろうか? 城下町の外で、一面に草が生い茂っていた。
話しかけてきたのはさっきの長身女性で、相変わらず白衣を着ている。
俺の側にはオルガノンが居て、相変わらず無表情だ。
「いいや、絶対にこの子には感情が有る。
だから、笑わせてみたいんだ」
俺がそう言うと、白衣の長身女性は呆れたような顔をした。
◇
その後俺は、色々な場所へとオルガノンを連れまわした。
「さあ、笑ってみようか? ほら、オルガノン」
そして何度も何度も彼女を笑わせようとする。
本を読み聞かせたり、つまらないギャグを連発したりもした。
挙句の果てには、くすぐったりもした。
◇
そしてまた場面が切り替わった。
大魔王城の地下だ。
「さあ、今日も出かけようか、オルガノン」
俺は彼女の手を引くが、歩こうとしない。
そして、今まで無表情だったオルガノンの眉間にシワがより、ジト目になった。
「警告、本機に動作不良が発生した模様です」
いや、それって、
いい加減、引きずり回されるのが嫌なったんじゃ……。
「あ、あああ、やった」
オルガノンの顔を見つめる俺の声は震えていた。
「オルガノン、出かけるのが嫌なんだね?」
「質問の意味が不明です、重ねて動作不良を主張します」
「それは故障じゃないよ、見てごらん」
俺は側のデスクに置いてあった手鏡を、オルガノンに見せる。
彼女は鏡の中の自分をじっと見つめている。
そんなオルガノンを俺は抱きしめた。
「ああ、素敵だよオルガノン。
その不満そうな顔がとても愛しくてたまらないよ」
俺は心から嬉しそうで、オルガノンはひたすら戸惑っているようだった。
◇
――……あ、あれ?――
気が付くと俺は、城下町の上空に戻っていた。
目の前には片手のないオルガノンが居る。
思考加速状態も維持されたままだ。
今のはなんだったんだ?
気味が悪いな、この体に慣れてないせいか?
しかし変な夢だったな、オルガノンに名前をつけるとか。
どんな願望があったら、あんな夢をみるんだろう?
――オルガノン、おれはどのくらい呆けていた?――
――質問の意味が不明です――
伝わらなかった、言葉を変えて聞き返す。
――今、俺はぼーっとしてたよな?――
――否定します。特に異常は観測されませんでした――
なんだ? どういうことだ? 一瞬の間で見た夢だとでもいうのか?
気味が悪いが、考えても仕方ない。
「オルガノン、一緒に城へ戻らないか?」
「本機は防衛任務の継続を希望します」
そう言ったオルガノンは横を向いた。
その視線の先には、寝ている味方の兵士が居た。
どうやら最後まで守ってくれるらしい。
「分かった、くれぐれも無理はしないでくれ。ありがとう」
俺がそう言うと、オルガノンにまた睨まれた。
あれ?
でもなんとなく彼女の感情がわかる。
これ……照れてるのか?
◇
俺は大魔王城を
まだ玄関ホールに敵の反応が有った。
少数だが交戦している部隊があるようだ。
援護に向かおう。
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