第八十六話 鼓舞
*今回は第三王女アムリータ視点となります。
わたくしと護衛の方々、そして王国からついてきてくれていた侍女達は、大魔王城の地下だという広大な空間におりましたの。
ここには『リニア』という魔法の乗り物による脱出用の抜け道があって、そのうちの一つはシャムティアとの国境へ続いているそうですの。
オルガノン様に使い方を教えていただいたので、いざという時は逃げる事が出来ますわ。
念のためにという事で、わたくし達は昨日の夜からここに張られたいくつかのテントで過ごしておりますわ。
オルガノン様のオートマタが、家具と日用品を運び込んでくださったので、不自由はありませんでしたの。
けれど、
やっと夜明け頃だというのに誰もがよく眠れず、所在なくテントの外におり、すでに軽い朝食をすませておりましたわ。
特にシャムティア機動部隊から選び抜かれてわたくしを守る、兵士の方々は落ち着かない様子ですの。
無理もありませんわね。
こうしている間にも、機動部隊に所属する仲間の兵士達は戦っているのですから。
ズシンッ
「うっ」「くっ」「ひいっ」
「なんですの?」
突如として目に見えないなにかが、わたくし達を襲いましたわ。
「敵の魔法による攻撃ですね、王女殿下は大丈夫ですか?」
敵の魔法攻撃ですって?
たしかワルナ士爵が、大魔王城は世界最強の城で、敵の魔法攻撃にはビクともしないとおっしゃっていた筈なのに。
酷い寒気のような感情、これは恐怖ですわね。
気を緩めると恐怖に負けそうですわ、ファイトです、頑張るのですアムリータ。
「わ……わたくしは大丈夫ですわ、けれど……」
「ひっ、いやあぁ」
「怖い、怖いぃ」
「ひっ、姫様ぁ」
わたくしの侍女たちが悲鳴をあげておりましたの。
「しっかりなさい、気を強く持つのです!」
わたくしは一番近い侍女の肩を抱いてはげましたのですが、助けにはならないようですわ。
どうしたら、彼女達を支える事ができ……え?
いつのまにか、侍女の首に黒い霧のような物がまとわりついていましたの。
「なんですの? これ?」
「こわっ、姫様、怖いっ、たすけっ」
霧はどんどん濃くなって、黒い首輪が生まれましたわ。
これって、まさか?
「死ねえええっ!」
侍女が突然、わたくしの首を絞めましたの。
うう、苦しいですわ、なんて力、明らかな殺意を感じますの……。
「王女殿下っ」
バシッ ドサッ
「う……げほっ、げほっ」
ナルスト士爵が侍女を平手で打ち、気絶させたようですの。
同じことを残りの侍女にも行いましたわ。
全員に同じ黒い首輪がついておりますの。
わたくしは倒れた侍女たちを確認してまわりますわ。
良かった、怪我は無いようですの。
「みんなは、大丈夫ですの?」
「魔法を打ち込んで気絶させる技です。
半日程度眠るだけなので、ご心配には及びません」
ナルスト士爵がそう教えてくれましたの。
良かった。
「ありがとうございますわ。」
それにしても、この形、そして突然の奇行。
間違いありませんわね、これは奴隷の首輪ですわ。
「どうしてこんな物がいきなり?」
「敵の新魔法でしょうな」
私の疑問に機動部隊の方がそう答えましたわ。
「僕も同意見です。
どうやら恐怖に負けた者へ、奴隷の首輪を発生させる魔法攻撃らしい。
なんとやっかいな……魔道具で司令部と連絡を」
「はっ」
ナルスト士爵も同じ意見でしたの。
奴隷の首輪を発生させる魔法ですって?
なんですの? その最低で最悪の魔法は。
絶対に許せませんわ。
「通信途絶」
「……これは、王女殿下、脱出を考えるべきかもしれません」
ナルスト士爵が突然そんな事をわたくしに言いましたの。
「そんな、どういう事ですの?」
「この城に魔法攻撃が届くなど、明らかに異常事態なのです。
司令部との連絡もとれません。
大魔王軍が敗北し、城が制圧された可能性もあります」
そんな、とても信じられませんわ。
「た、確かめに参りましょう」
「同意しかねます、王女殿下をその様な危険にさらす訳にはまいりません」
わたくしの提案に、ナルスト士爵は即座に反対なされましたの。
もちろんわたくしの為にですわ、分かっております。
わたくしにはなんの力も無く、皆様のお命を危険にさらしてしまう事も、でも、それでも……
「お願いいたします」
「なりません殿下、あなたは大国シャムティアの王女なのですよ?」
いつになく厳しい瞳でナルスト士爵がそうおっしゃいましたわ。
わたくしも、その目を見つめ返して答えますの。
「もうここがわたくしの国ですわ」
「殿下……」
わたくしは皆様に頭を下げますの。
「わたくしは大魔王陛下がお戻りになるまで、どうしてもこの国を守りたいのです。
どうか、わがままをお聞きいただけませんでしょうか?」
「ナルスト卿、我々は王女殿下がその覚悟ならば戦いたい」
機動部隊の方々がうなずいてくれましたわ。
心から感謝いたしますの。
「ふ~む」
ナルスト士爵はしばらく考えた後、
「分かりました、アムリータ王女殿下は僕が命に代えてもお守りいたしましょう」
そう言ってくださいましたわ。
「ありがとうございますの」
わたくし達は、急いでエレベータへと乗り込みましたわ。
◇
「大魔王城正面玄関ホールにて反乱が発生した模様」
大魔王城一階へついたわたくし達は、伝令に走る兵士から状況を教えてもらいましたわ。
どうやら正面玄関で、奴隷の首輪がついた味方兵士が暴れているみたいですの。
「行きましょう」
わたくしはナルスト士爵の言葉にうなずきましたの。
◇
「よせっ、止めろ」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
正面玄関ホールには武器を振り回し暴れる兵士と、それをなるべく傷つけずに取り押さえようとしている兵士がいましたわ。
両方合わせて百人くらい居るでしょうか?
暴れているのは、どうやら元シャムティアの奴隷兵士で首輪を外して大魔王国に移住した方々のようでしたわ。
彼らは魔法に対する耐性があまり高くないようで、十数名に奴隷の首輪がつき、それ意外の方達も怯え切っていましたの。
全員に首輪がつくのも時間の問題ですわね。
「僕が気絶させましょう」
ナルスト士爵が暴れている兵士へ向かってくれましたので、わたくしはまだ首輪のついていない兵士達の側へ近づきましたわ。
「怖い、怖い、怖い」
「ああ、嫌だ、奴隷の首輪はもう嫌だ」
「奴隷には戻りたくない」
彼らは奴隷の首輪をつけられた経験者ですもの、再び心を拘束される恐ろしさに震えてましたわ。
「ええ、ええ、その気持ちは痛い程わかりますのよ」
わたくしは怯える兵士の手をとり、そう言いましたわ。
「え? 王女様?」
その方は、わたくしの顔を覚えていてくれましたの。
「そうだ! アムリータ王女殿下だ!
元シャムティア奴隷兵士の諸君!
君達を奴隷から解放するように
皆知っておるな?」
その場を守備していたシャムティア機動部隊の方が、声を張り上げてそう叫びましたの。
「王女?」
「そうだ、王女様だ」
「アムリータ王女殿下だ」
「……王女様」
怯えていた皆様が、わたくしに注目してくださいましたわ。
今ですの。
私はなるべく聞き取りやすいようにゆっくりと、そして全員に届く程度の落ち着いた声で話しますの。
「わたくしも奴隷の首輪をつけられた事がありますわ。皆様と同じです」
「え?」
「はっ?」
「いや」
「嘘……」
私の言葉はちゃんと届いたようで、怯えていた方々にざわめきが広がりましたわ。
「事実だ! 王国では知る者も多い!」
機動部隊の方が補足してくだしましたわ、ありがたいですの。
「敵魔法の所為でとても怖い。ええ、わたくしもですわ。
けれど、あの首輪をつけられてしまえば、それすら自由に感じる事を許されないのですわよ。
わたくし、その方がずっと怖いですわ」
ナルスト士爵が制圧を完了されたのでしょう、辺りは静かになってましたの。
「ですからわたくし、怖いと感じる自分があるかぎり絶対に負けません。
皆様はいかがでしょうか?」
わたくしの気持ちは伝わったのでしょうか?
これで、少しは皆様の奮起を
「そうだ貴様ら!
恥ずかしいとは思わないか?
王族とはいえ、殿下はまだ子供なのだ。
それがこうも凛としておられるのだぞ、ならば我らはどうすべきだ!?」
「……そうだ、首輪の怖さに比べれば、こんなの……」
「ええ、ええ、首輪よりずっとマシよ……」
「おう、負けるもんか……」
「王女殿下に続くぞ」
どうやら危機は脱したようですわ。
どなたも怯えてはいるようですが、しっかりと踏みとどまっておられますの。
「ありがとうございますわ。
わたくしは戦う力を持たず、ただ皆様の勝利を祈る事しか出来ませんの。
けれどここは、この城は、この世で最も忌むべき悪意、奴隷の首輪から世界を守る最初で最後の砦ですのよ。
あえてお願いしますわ、頑張ってくださいませ。
大魔王陛下は必ずお戻りになられます。
それまでは、シャムティア王国第三王女アムリータが、この場でこのまま皆様と共にありますから」
◇
「助かりましたアムリータ殿下、しかしどうしてここに?」
わたくしの言葉を補足し助けて下さった機動部隊の兵士、守備部隊の隊長がそうおっしゃいましたわ。
「いてもたっても居られずに、しゃしゃり出てしまいましたの。 ご迷惑でしょうか?」
「とんでもありません、ありがたいのですが……」
隊長はナルスト士爵に視線を向けましたの。
「ご心配には及びません。王女殿下は覚悟の上です」
「そうですか、殿下に感謝を」
隊長が頭を下げられました。
「いいえ、感謝をするのはわたくしの方ですわ」
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