第百一話 美形騎士が語る昔話

「ご就寝前に恐縮ですが大魔王陛下、少々お時間をいただきたく存じます」


 黒しっぽ傭兵団と別れた日の夜、俺の寝室に騎士ナルストが訪ねてきた。

 めずらしいな。

 思えば彼にも随分と世話になっている。

 ちゃんと礼を言った方がいいだろう。


「ナルスト士爵、あなたにも色々とお世話になった、さあ中へどうぞ」


 俺はひざまずいていた彼を部屋へまねき、ソファーを勧めて果実酒を出す。

 ナルストはグラスに一度口をつけた後、真剣な表情で話しだす。


「大魔王陛下、僕は明日、国命によりシャムティア王都へ帰る事となりました」

「え? そうなんだ」


 急な話だった。


「僕は元々アスラーヤ国王陛下の命で、アムリータ王女殿下の護衛をしていたのですが、その役目は終えたと思います。

 これからは大魔王陛下の庇護に浴するのですから」


 そう言ったナルストの視線は厳しかった。

 今後は責任を持って、アムリータ王女を守り抜けと言われている気がした。

 そうだな、もうそれは俺の役目だ。


「肝に銘じますよ、ナルスト士爵。

 そして今まで本当にありがとうございます」

「礼には及びません。

 ですが、少しだけ昔話にお付き合い願いたい」

「昔話?」

「ええ、アムリータ王女殿下の……ね」


 ナルストが語りだす。


「王女殿下は、過去に奴隷の首輪をはめられた事があるのですよ」

「え?」


 どういう事だ? なんで大国の王女が奴隷の首輪を?


「アムリータ殿下が九歳の時です。

 遊びで城を抜け出した彼女は、奴隷商人に捕まりました。

 そして、奴隷の首輪をつけられたのです」


 なるほど、彼女が奴隷の首輪をあれ程までに嫌う理由はそれなのか。


「近衛の魔術師が救いだすまでの半日間、九歳の少女は奴隷として管理されました。

 それがどれ程恐ろしい体験だったのか、想像をするだけでも身の毛がよだちます」


 同感だ、俺も吐き気がするよ。


「王女殿下は七歳の時に母君を失っておられます。

 男児をご懐妊中の事で、権力闘争による暗殺でした。

 アムリータ殿下は、やっと明るさを取り戻したばかりだったのに、奴隷の首輪などという悲惨な体験をしたのです」


「な……」


 意外な話だった。

 俺の知るアムリータ王女は明るく元気で、王宮で何不自由なく育ったのだと思っていた。

 騎士ナルストは話を続ける。


「今度は立ち直れないかもしれない、誰もがそう思いました。

 けれど、彼女がその後とった行動は、皆の予想を大きく裏切るものでした」


 美形騎士ナルストの目は、まぶしい物を見つめる様に細められた。


「殿下は奴隷の首輪がいかに非道な物かを訴え、その廃止を求めて回ったのです。

 九歳の少女がですよ?

 誰であっても、あんな残酷な目に合わされてはいけないと、必死に訴えておられました」

「とても子供とは思えないな……」


 俺は素直な感想を述べた。


「ええ、おそらくアムリータ王女殿下はその聡明さ故、あの時に子供を止めざるを得なかったのだと思います。


 王女の行動には誰もが驚き、関心しました。

 けれど、賛同する者は一人もおりませんでした。

 もちろん僕もそんな事は無理だと思いましたよ」


 元官僚ダイバダもそう言っていたな。


「けれど王女殿下は諦めなかった。

 他の何もかもを犠牲にし、貪欲に学び、自分の将来を全てかけても、不可能と言われた理想を追い続けました」


 ナルストは俺の目を見た。


「だからこそ、あの日、あのテントの中で、アムリータ王女が抱いた絶望の深さは、はかり知れぬものだったと思います。

 そして、それを軽々と打ち砕いた大魔王陛下のお姿は、アムリータ王女殿下の瞳へ鮮烈せんれつに焼き付いたことでしょう。

 あなたは彼女の希望そのものだ」


 そう言って美形騎士が笑う。


「そして、その上で、大魔王陛下は理想の男性像なんだそうですよ。

 アムリータ王女殿下は優しい人が好みだそうですから」

「あの子にそれほど優しくした覚えはないんだがなぁ……」


 たしかに助けはしたが、それだけだ。


「そういう優しさではありませんよ。

 大魔王陛下は今、汚名をかぶってまでこの世界を正そうとしておられる。

 苦しむ者達の為にその御手を汚し続けるおつもりだ。

 王女殿下が惹かれたのは、あなたのそういう優しさなのです」


 騎士ナルストのまぶしそうな瞳が、今度は俺に向けられていた。


「アムリータ王女殿下はお目が高い。

 僕も尊敬しておりますよ大魔王陛下、あなたはとても美しい」


 うっ、歯が浮くようなほめめられ方をしているのに、まったく嫌味を感じない。

 美形は得だな……いや、これは本気で言っているからか……。


「陛下に向けられた殿下の気持ちは、確固たる恋愛感情です。

 恋に恋する乙女の熱病などとは決して違う。

 人としてあなたを敬い、女性として心の底から愛しているのだ。

 だから、子供ではなく、女性として接してあげて欲しい」


 そうだったのか。

 アムリータ王女が、どうしてあそこまで好意を抱いてくれているのか、やっと分かった気がする。


「僕のお伝えしたかった事はそれだけです。

 それと最後に、とても大切な情報をお渡ししましょう、極秘ですよ」


 ナルストが声を潜めて、極秘情報を教えてくれた。

 なるほど、とても大切な情報だった。


「それでは、おいとまさせていただきたいと思います、大魔王陛下」


 ナルスト士爵が立ち上がり、優雅な一礼をした。


「ありがとう、ナルスト士爵。

 明日の出発は何時ごろですか?」


 俺も立ち上がり、彼に明日の予定をたずねる。

 見送ろうと思ったのだが、


「見送りならば不要ですよ、陛下の貴重なお時間をこれ以上頂く訳にはまいりません。

 くれぐれも、アムリータ王女殿下を頼みます」


 騎士ナルストはそう言ってもう一度頭を下げると、寝室から退場した。

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