第百二話 王女の恋心
翌日、午前中に書類と格闘し、午後からはサティ達の所へ行く予定だった俺は、大魔王城三階の廊下を歩いていた。
サティやアルタイ師匠、そしてゼロノのおかげで、奴隷の首輪を外す術式は日々進歩しており、今では普通の魔術師でもかんたんに解除できる程になっていた。
術式は量産され、全国民を奴隷にされた北の十二か国へも送られている。
更に残された転移ゲートや馬車型改造人間の解析も進んでいた。
なんとしても彼らを人に、せめて人型の改造人間に戻したかった。
ふと廊下の窓から外を見ると、大魔王城の前庭にアムリータ王女を見つけた。
彼女は停められている馬車から、なにやら大きな木箱を取り出した。
そのまま抱えて、小柄な王女はよたよたと歩き出す。
おいおい、王女様なのに力仕事か?
アムリータ王女は、普段からドレスを着て綺麗にしている事が多い。
今も赤いドレスで着飾っており、足元はヒールの高い靴を履いている筈だ。
さすがは王女様と言うべきなのだろうが、作業にはまるで向いていない。
動きにくいだけでなく、高価そうな服が傷むだろうに……。
騎士と侍女はどうしたんだ?
あああ、ふらついて今にも転び……転んだよ。
大丈夫か?
だが、王女は一瞬も怯まずにすぐ立ち上がり、落とした木箱を持ち上げようとする。
相変わらずの不屈さだ。
彼女はシャムティアの王宮で、そして敵の改造人間を相手にしても、決して折れずに戦いぬいてきたのだ。
あの強さは素直に尊敬できる。
アムリータ王女が渾身の力を込めると、木箱はなんとか持ち上がった。
だが反動でふらついてまた転んでしまう。
あ、足を痛めたみたいだ。
いかん、なにをのんびり見物していたんだ、俺は走って彼女の元へと向かった。
◇
「無理をしない方が良い、アムリータ王女!」
俺が前庭についた時、王女は痛めた足のまま木箱を持ち上げようとしていた。
いくらなんでも無茶だ。
「大魔王陛下!」
俺に気が付いたアムリータ王女が木箱から手を離して、慌てて身なりを整える。
「あ痛っ!」
痛めた方の足に体重をかけてしまったようで、彼女は痛みで声を発していた。
ともかく怪我を見せてもらおう。
「アムリータ王女、その木箱に座って左足を見せてくれ」
「え! でも、あの……はい……うっ」
アムリータ王女は少し逡巡したが、結局素直に従って木箱に座り左足をそっと差し出した。
木箱を覆い広がったスカートから、赤いヒールを履いた可愛らしい足が出ていた。
似合っているとは言いがたいハイヒールをそっと脱がし、絹かなにかで出来た高そうなソックスに注意深く触ると、くるぶしの辺りが腫れている。
「……っ」
「あ、ごめん、痛かったよな」
「い、いえ、平気ですわ」
アムリータ王女は頑張って笑顔を作る。
これでは木箱を持つどころか、普通に歩くのも苦痛だろう。
「魔法治療師の所へ行こう」
「いえ、あっ!」
よし、お姫様をお姫様抱っこだ。
俺が王女を抱き上げると、高価そうな香水の匂いがした。
これもまるで似合っていない。
魔法治療師達はふつうの魔術師と一緒に、連日ホールで奴隷の首輪を外している。
ここから一番近いホールへ向かうとしよう。
竜形態で瞬間移動する手もあったが、王女の前で裸になるのもためらわれる。
一刻を争うような事態でもないし、いくつか聞いてみたい事もある。
このまま歩いて進もう。
「こんな、陛下のお手を
「まったく煩わしくないし、俺は君の婚約者なんだから堂々と頼ってくれて良いと思うよ」
「はふっ」
俺の言葉にアムリータ王女は頬を真っ赤に染める。
「でも、なぜ自分一人で荷物を運ぼうとしていたんだ?
君の騎士や侍女はどうしたんだい?」
王女様なのに。
「それぞれ、お城の仕事をお手伝いさせて頂いておりますの」
家来には城の事を優先させて、自分はひとりで頑張ってくれていたのか。
確かに大魔王国は、どこも慢性的に人手不足だ。
しかし、この子の騎士はそれでいいのか?
この城の中なら安全だとは思うけど、ナルスト士爵が居たら止めただろうな。
「ありがとう、でも、せめてもう少し動きやすい服装に着替えた方が良いとおもうよ。
フェンミィか誰かに言えば、貸してもらえる筈だ」
「あ、いえ、ドレス以外の服も持っておりますわ、動きやすい服装も……」
ん? ならなんで着替えないんだ? 一人で着替えが出来ないとか?
「けれど、その、わたくしは貧相でみすぼらしい身体をしておりますので、せめて着飾らねば大魔王陛下に失望されてしまいます……」
アムリータ王女は消え入りそうな声でそう言った。
「え?」
「分かっておりますの。
陛下のお気持ちが、わたくしにはまるで向いていない事くらい。
なにもかもが、フェンミィ様には遠く及びませんもの。
ですから、せめて……」
あ、駄目だ。
これは駄目だ。
三人と結婚する事を決めたのだ。
ならば、フェンミィばかりを思ってはいけない。
他の二人も大切ならば、同じくらい愛さないと駄目なんだ。
これは義務で、たぶんフェンミィもそれを望むだろう。
「ごめん、アムリータ王女。俺が悪かった。
大丈夫だ、そんなに頑張らなくても君は十分に魅力的だ」
嘘ではなかった。
王女の顔立ちはとても可愛らしく、小さく華奢で軽いこの身体も、あと数年で丸みを帯びて女性らしい魅力を発揮する事だろう。
その聡明で不屈な精神も尊敬できる。
そして何よりも、これ程まで真っ直ぐな愛情を向けられて、嬉しくない男が居るだろうか?
「わ……わたくしが……魅力……的?」
どうもこの子は、自分に強いコンプレックスを抱いている節がある。
無理もない事だろう。
悲惨な過去に大きく心を傷つけられ、それでも必死で戦った勇敢なこの子を、誰もが否定し続けたのだ。
あ、そう考えると、なんかちょっと腹が立つな。
よし、これからは俺がたくさん肯定してやろう。
誉めまくりだ。
「ああそうだ、君はとても可愛い顔をしている、魅力的だ」
「ひゃうっ?」
王女という立場なのに、容姿を誉められ慣れていないのだろうか? こんな美少女なのに……。
俺の腕の中でアムリータ王女が驚いた顔で硬直する。
耳まで真っ赤だ。
「君の凛とした声と、発せられる優しい思いやりに満ちた言葉が好きだ」
「はぁう、そんな……わたくしなんか……」
王女が両手を、顔の前で否定するように振る。
「……なんか、じゃないよ。君の容姿はとても素敵だ。
体つきだってすぐに女性らしくなるよ、焦る必要はないんだ」
「うう……は、恥ずかしいですわ」
彼女は両手で顔を覆ってしまった。
だが俺は容赦しない、これからが本番なのだ。
「この残酷な世界へ、負けずに挑み続けた君の在り方は素晴らしいと思う。
共感するし尊敬する。そして、とても愛おしいと思う」
「ひうっ、も……もうお許しくださいませ……」
アムリータ王女は、俺の腕の中で身を縮ませて震える。
よし、とどめだ。
彼女の耳に口を近づけて、声を落としてささやくように言ってやる。
「大丈夫、ありのままの君はとても美しく魅力的だ。
慌てなくて良い、焦らなくて良い、俺はちゃんと君を好きになる。心配いらないよ」
「ひっ」
アムリータ王女がピクンと小さく震えた。
そして、顔を覆う指に隙間が空き、俺の目を見つめた。
まるで恐る恐る、その真贋を確かめる様に。
俺の言葉はすべて本音だ。自信を持って彼女の瞳を見つめ返す。
「う……うう、嬉しいですわ陛下、すんっ、わたくし、ただ あなたを……あなただけを、お、お慕い申し上げております……わ、ぐすっ、ぐすっ、うううぇぇぇ」
アムリータ王女が泣き出したので、俺は歩む速度をおとす。
ホールに着くのはゆっくりでも良いだろう。
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