第九十七話 身長二十五センチの

 翌日は早朝から会議となった。

 大魔王城の会議室に、必要なメンバーが集まっていた。


「どんな国を作りたいのだ? 言ってみろ大魔王」


 ダイバダに開口一番そう聞かれたので、俺は理想をそのまま伝える。


「奴隷が存在しない国です。

 差別は無く、弱者が理不尽に殺されたりせずに安心して暮らせる。

 飢えも無く、全ての人がある程度の幸福を感じる事が出来る。

 そんな国にしたいんですが……」


「なんだ、そのふわっとした戯言たわごとは。

 話にならぬ!

 愚か者めっ、赤点だ! 夢見る九歳の少女以下とは片腹痛い!」


 俺の理想は、ダイバダ先生から最低の評価を頂戴したようだ。

 う、なんだろう? 軽くヘコむな。


「貴様の望む国など実現不可能である!

 だが、なるべく近い国を作ってやろうではないか。

 この儂がっ! ありがたく思えっ!

 さあ諸君、会議を始めるぞ!

 脳を回せっ! 知恵と知識を絞り出すのだ!」



 ◇



 会議は、歳に似合わぬ猛烈な活力を爆発させたダイバダの独壇場だった。

 俺以外の参加者全てを引きずり回しながら、怒涛の勢いで情報を整理し、問題を洗い出し、解決法を提示していく。


 北の元十二か国に対する今後の対応。

 新たに加わった自治領に対する要求。

 人材の発掘。

 行政機関の構築。

 憲法の草案。

 通貨の発行。

 住民の移動。

 物流の管理。

 その他、その他、その他……。

 

 何もかもが異常な超高速で計画されていく。

 おいおい、このじいさん人間離れしているぞ、超人だ……。

 困ったな、まったくついていけない。

 俺は膝に乗せたぬいぐるみフェンミィの感触を、ひたすら楽しんでいただけだ。


 だが、アムリータ王女とワルナは議論に参加していた。


 特にアムリータ王女は熱心で、今も正面から論戦している。

 あ、論破された。

 でも落ち込まずに代案を出したぞ。


 凄いな。

 帝王学だっけ?

 そういう教育を受けてきたのかもしれない。



 ◇



 昼を大きく回った頃、やっと一段落ついて皆が休憩と食事をとる。


「では他の仕事をしておれ! 邪魔だ!

 後ほど、猿でも分かる様に説明されて、可否だけを判断しろ!」


 議論に参加できなかった俺は、パンをかじるダイバダに戦力外通告を受けた。

 そうですね、おっしゃる通りです。

 仕方がないので俺は、死体処理へ戻ることにした。



 ◇



「バンお兄ちゃ~ん」


 城から出るために俺が廊下を歩いていると、サティがココを従え小走りでやって来る。

 そして、そのまま俺に抱きついた。


「えへへ~」

「むぎゅう、潰れるのじゃぁ」


 とりあえず儀式のようにお約束をこなした後、俺から手を放したサティが言う。


「フェンミィお姉ちゃんを見せて」


 俺はぬいぐるみフェンミィをアルタイ師匠と交換した。

 サティが手の中でフェンミィをくるくると回転させて確認する。 


「うん、ちゃんと治ってるよ、ぜんぶ」

「おおお、そうか良かった、ありがとうなサティ」


 俺はしゃがんでサティを抱きしめる。

 君が救ってくれなかったらどうなっていただろう?

 どうしたら、この感謝が君に伝わるだろうか?


「えへへ~」

「むぎゅう、苦しいのじゃ」


 あ、ごめん。



 ◇



 俺達はフェンミィの部屋までやって来た。


「ええとね、バンお兄ちゃんは部屋の外で待ってて」


 ドアの手前で、サティが俺にそう言った。

 どうして急に?

 そう思ったが、よく考えれば人に戻った時のフェンミィは全裸だろう。 


「分かった、元に戻ったら呼んで……」

「待って、待ってぇ~」


 ゼロノが叫びながら廊下を走って来た。


「フェンミィを治すのよね? 私にも見学させてちょうだい」

「うん、いいよ」


 ゼロノの希望にサティはあっさりと応じた。

 皆がフェンミィの部屋へと入り、俺だけが取り残されドアが閉まる。


 フェンミィ……。

 君に伝えたい事がある。

 ぬいぐるみ相手のように上手くは言えないだろうけど、それでも聞いて欲しい。

 俺はドアの外で彼女を待ち続ける。



 ◇



「遅いな……」


 もう二十分以上かかっている。

 センサーでドアの向こうを探ってもみたのだが、サティの魔法が影響しているのか、妨害されていて調べる事ができない。

 まさか、なにかあったのだろうか?

 うう、心配だ……。


 ガチャリ スウウ


「あのね、バンお兄ちゃん……」


 ドアが開いてサティが部屋の外へ出てきた。


「おおお、待ってたよ、フェンミィは無事かい?」

「うん、でもバンお兄ちゃんと会いたくないって……」


 え?

 なぜ?


「あ、まだ体調が悪いのか?」

「ううん、すっごく元気だよ、でも……」


 サティはなぜか歯切れが悪い。


「……そうなんだ、じゃあなんで?」

「馬鹿ね、調教の影響に決まってるでしょう」


 サティに続いて部屋から出てきたゼロノがそう言った。

 俺より長身のダークエルフが俺の肩に手を回し、ドアから離れるようにうながしつつ声を潜めて言う。


「やるわね、私でもこんな調教は思いつかなかったわよ」


 え?

 なにを言ってるんだ?


「調教ってなんの事だよ?」

「えっ? あなた無自覚なの?

 ……え~と……うん、むしろアリね。

 そんなつもりすらない相手の、何気ない行動にすら抗えず責め続けられる無力感とか……」


 ゼロノがブツブツとつぶやく。


「いや、俺に分かる言葉で教えてくれないか?」


 俺がそう言うと、ゼロノは俺の肩に回していた手を放して言う。


「フェンミィはずっと意識があったのよ。

 この数日、体は動かないけど意識ははっきりしていて、五感もちゃんと機能していたの」


 ……なんだって?


「いや、だって、サティは寝てるって……」

「あなたに手渡された後に目覚めたの」


 そんな……待てよ、ということは……。


「あなたがぬいぐるみだと思って気軽にやったことを、ぜんぶ裸の小さな女性に置きかえてみなさいよ。

 同じ事よ」


 …………あ! うわぁ……。

 毎日執拗に全身を撫でまわし、抱いて寝た……。

 頬ずりをして、夜は愛をささやいた……。

 匂いを嗅いだりもしたな……。


「絶対的な巨人の手の中。

 動く事も声を出す事も許されない小さな身体が、その巨大な指先に蹂躙じゅうりんされる。

 全身へすり込まれる甘い快感、けれどそれは決して核心へと触れない、弱火であぶり続けるような性的刺激。

 そう、それは甘美な拷問……」


 ゼロノが官能小説のような事を言い始めた。


「な……なにを言ってるんだ、お前……」

「なにって、フェンミィがあなたに何日間もされた事よ」


 う……嘘だろ……。


「あ……あああああああ」


 俺は頭を抱えて悶絶する。


「見直したわ大魔王、あんた良い趣味してるわ。

 でも、ちゃんと責任だけは取りなさいよ」


 責任?

 責任とかとれるのか? これ……


「うぼあああああああ」


 俺がした事はレイプと同じだ……。

 浅はかだった。

 手の中に居たのは、ぬいぐるみじゃなくて女の子だったのだ。

 何をしてたんだ、俺は……。

 ごめんよフェンミィ……


 ……謝りたい。

 そうだ、謝らないと


「フェンミィ」


 彼女の部屋へ入ろうとした俺の前に、サティが立ちはだかる。


「入っちゃ駄目だよバンお兄ちゃん。フェンミィお姉ちゃんが嫌だって」


 ああ、これは本格的に嫌われたな……。


「うわあああああああ」


 俺はその場で頭を抱えてうずくまった。


「あらん耳まで真っ赤だわ、可愛いわね」


 ゼロノが何かを言っていたが、そんな事はどうでも良かった。

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