第九十八話 成就

 どこか寂しげな夕焼けの中、俺は城下町の周囲で死体の処理を手伝っていた。


 城下町では死体の処理はほぼ完了し、清掃が始まっている。

 大魔王城と城下町の水は、深い井戸によって供給されているのだが、今回は洗浄で大量に必要となったため、少し離れた川から水をひいていた。

 城下町には下水と、その処理場も存在している。


 城下町の周辺では、ドーザーブレードをつけた黄色い汎用大型オートマタが休まずに活動しており、草が削れて土がむき出しになっていた。

 あれ? カニ型オートマタの数が多すぎないか?

 ここに集中して配備されているのだろうか?



 ◇



「汎用大型オートマタは現在も量産中であり、総数は着々と増加中であると返答します」


 失った腕を一晩で再生し、その後も死体を処理し続けてくれているオルガノンがそう言った。


「作れるんだ、オートマタ」


 よく考えれば当たり前か。

 オートマタはオルガノンの手足同然で、城と城下町の防衛機構であり、大切なインフラの一部だ。

 修理や補充は考えられているだろう。


「城下町の地下に生産ラインが存在すると返答します。

 それよりも……」


 オルガノンがジト目で俺を睨む。


「マスターの作業効率が最悪である事を危惧し、本日の作業は終了すべきだと提案します」


 オルガノンにそう指摘されてしまった。

 たしかにフェンミィの事で頭がいっぱいで、失敗を重ねていた。


「ごめんオルガノン。

 ちゃんと真面目にやるから許してくれ」

「否定します。本機は謝罪を要求している訳ではないと主張します。

 重ねて作業の終了を要望します。

 理由を端的に表現するなら、邪魔であると断言します」


 う……そうなんだ。


「ごめん、分かった。今日はあがらせてもらうよ」

「発生した余暇で、問題の解決に従事する事を推奨します。

 なお、本機に要望があれば承諾しょうだくしますが?」


 あ、心配されて、気を使われてる……。


「ありがとうオルガノン、でも一人で頑張らないといけない事だから。

 気持ちは凄く嬉しいよ」

「了解しました、マスター」


 ぶっきらぼうに答える彼女だが、なぜか優しい感じが伝わった。

 よし、なんか元気出たぞ。

 ちゃんとフェンミィに謝ろう。



 ◇



 コンコンコン

「フェンミィ、居るかい?」


 俺は風呂に入った後、彼女の部屋を訪ねていた。

 今はセンサーを妨害されていないので、中を探ってみる。

 居留守では無く留守だ。


 意気消沈した俺がトボトボと自分の部屋へ近づくと、中に目当ての気配を感じた。

 気が付くと俺は走りだしていた。


 ガチャッ バンッ

「フェンミィ!」

「はぁうっ」


 いきなりドアを開けると、俺のベッドに座っていたフェンミィが飛び上がって驚いた。

 相変わらず耳と尻尾が出しっぱなしの人型で、作業着では無く民族衣装風の茶色い一張羅いっちょうらを着ている。

 湯上りなのだろうか? 髪がしっとりとしていた。


 フェンミィは目を見開き、驚いた顔で固まったまま俺を見る。

 驚きすぎじゃないのか? いや、警戒されているのかもしれない……。

 レイプ同然の事をしたのだ無理もない、謝ろう。


 俺はその場に膝をつき、上半身を伏せる。

 今こそ本場の土下座を見せる時だ!


「ごめんなさい、反省してます、許してください」


 俺はゴリゴリと額を床に押し付ける。


「やっ、止めてください!」


 立ち上がったフェンミィが、慌てて駆け寄り俺の土下座を止めさせようとする。


「心から反省してる、この通り」

「あ、謝らないでください。そんな必要ありません」


 フェンミィが軽々と、俺を持ち上げる様にして立たせてくれた。


「そうはいかないだろう。

 俺は最低の事をしたんだ。

 動けない君に、あんな酷いことを……」

 

「べ、別に最低でも酷い事でもないです、違います!

 ……ええと、むしろ、その、ききき……きっ」


 なにか言いにくそうにフェンミィがどもる。

 き?


「嫌い?」

「違いますよ! そんな訳ないじゃないですか!

 ああっ、もうっ!」


 頬を染めたフェンミィが両手を固く握り、意を決し、声を張り上げる。


「気持ち良かったんです! すっごく!

 良すぎて何度もおかしくなるかと思いました!」


 え?

 俺達は無言で見つめ合う。


 元々赤かったフェンミィの顔が、リンゴのごとく真っ赤に染まる。

 その目には涙がたまり、軽く震えていた。


「うううう……恥ずかしくて死にそうですよ? 私」


 フェンミィが恨めしそうにそう言った。


「も……もうっ、大魔王様の馬鹿っ」


 フェンミィはくるりと俺に背を向けて歩き出し、ベッドに座りなおした。


「大魔王様」


 真っ赤な顔でポンポンと、座っているベッドの隣を叩く。

 そこへ座れということらしい。

 俺は大人しく従った。


「大魔王様になら、なにをされても嫌な訳ないじゃないですか……」


 そして、ぼそりとフェンミィがそう言った


 う……それってなにをしても良いって事?

 フェンミィの方を見ると、彼女は俺の指先を見つめていた。

 俺の視線に気が付いた彼女は慌てて目をそらす。

 触られていた事を思い出してたのか?


「い、いつから意識があったんだ?」

「目を覚ましたら、焚き火の前で大魔王様の大きな膝に乗せられてました」


 俺が受け取った直後じゃないか。


「じゃあ、俺の告白も聞いていた?」

「はい、一字一句、正確に覚えてます。言えますよ」


 えええ? 


「暗記したの?」


「その……とても嬉しくて、何度も何度も思い出したので……

 一生忘れません」


 フェンミィは見えない宝物を抱くように、胸の前で手を合わせる。

 うわああ、それは恥ずかしい……。


「できれば忘れて欲しいんだけど……」

「い、いやですぅ」


 フェンミィはちょっとすねるように言った。



 そして、しばらくの沈黙が訪れた後、


 ギシィ


 フェンミィがベッドをきしませて、こちらへ近づいた。

 上半身を俺に傾け、その華奢な肩が当たる。

 勇気を振り絞ったという顔をしていた。


「あの、その、もうこうなったらですね、私を全部もらって頂きたいと思うのですが……」


 オオカミ耳の可愛らしい美少女が、恥ずかしそうにうつむいて上目で俺を見ている。

 彼女の息がかかる距離だ。


「い……要りますか?」


 髪の良い匂いがする。真っ赤な頬、うるんだ瞳、甘い息、何もかもが媚薬のようだった。


「あ……はい、欲しいです。いただきます」


 なんて間抜けな返事だ。

 いかん、ちゃんと伝えよう。

 俺はフェンミィの細い肩を抱き、思いを吐き出す。


「好きだフェンミィ、愛してる」

「あああ……嬉しいです……はい、私も愛してます」


 二人の唇が近づいて……


 ズバァンッ!


「バンお兄ちゃん、お仕事早く終わったんでしょう?

 一緒に寝よう。ご本読んでぇ!」


 ノックも無しにサティが飛び込んできた。


「あれ?」


 サティが怪訝そうな声をだす。

 飛びのいた俺とフェンミィはベッドから転がり落ちていて、お互い距離をとって床の上に座っていた。


 素早く事情を察したらしいココが頭を抱えた。


「ああうっす。

 サティ様、ああしが本を読むので、自分のお部屋へ帰りましょうっす」

「え~、ココはまだ全部読めないでしょぉ……」


 おお、ココは文字の勉強をしているみたいだ。

 頑張ってるんだ……って、現実逃避だなこれ。

 驚いたよ、心臓が止まるかと思った。


「あれ? 二人とも仲直りしたんだ。良かったぁ」


 サティが俺とフェンミィを見て、満面の笑顔でそう言った。

 なるほど、恥ずかしくて気まずい感情が喧嘩に思えたのか。


「いや別に、喧嘩していた訳じゃ……」

「そうですよ、仲直りしました。仲良しです」 


 立ち上がったフェンミィが俺の側へ来て、手を差し出してくれた。

 俺はその手をとって立ち上がる。


 彼女はよく働く手をしていて、爪も短く、オシャレに手入れされた貴族の令嬢の指なんかとは違う。

 それなのに、どうしてこんなに触り心地がいいんだろうな。

 触れいているだけでドキドキする。



 その日は、ココを含めた四人いっしょに俺のベッドで寝た。

 もちろんエロいことは一切しなかった。

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