第二十五話 ジンドーラム王国の末路にて邂逅す

「治療用のポーションを飲ませたが衰弱が酷い。

 ろくに食事もさせて貰えなかったのだろう……」


 ワルナが馬車の中で、片側のベンチを占領して眠るフェンミィを見てそう言った。

 毛布とサティのぬいぐるみが彼女を包んでいる。


 食事もそうだが、あの環境ではゆっくりと眠ることなど出来なかっただろう。

 フェンミィはポーションを飲み、馬車に乗り込むとすぐに眠ってしまった。


 俺達三人とぬいぐるみ達を乗せて帰り道を急ぐ馬車は、相変わらず時速五十キロ前後の高速で走っている。

 未舗装の街道をこれほどの速度で疾走しているというのに、魔法のサスペンションのおかげでほとんど揺れを感じない。


 客車の屋根には俺の分身三十八体がしがみついているが、全ての重さを足しても俺一人分と変わらないので問題は無かった。

 ちなみに今は、サティのぬいぐるみが御者をこなしている。

 密入国する再にワルナから御し方を教わっていたのだが、飲み込み早いな、こんなところも天才なのだろうか?


「命に関わるような事は無いと思うが、フェンミィはしばらく我が家で休んだ方が良いかもしれぬ」


 ワルナの提案には俺も賛成だった。


「お姉ちゃん、なんか馬車がいっぱい来るよ」

「なに?」


 ぬいぐるみの報告で、ワルナが御者台へ通じるハッチを開く。

 俺はセンサーで前方の様子を探る。

 一キロ程先に多数の馬車らしき……多いなこれっ!

 センサーの有効範囲だけで百五十以上、その外にも延々と続いているようだ。

 速度は時速四十キロ強、一列縦隊でばく進してくる。


「あれはシャムティア軍の機動部隊か、街道の脇に止めてくれサティ」

「分かった」


 ワルナがサティに指示を出す。

 機動部隊があるのか! いや、それよりなんでシャムティア軍がこんなところに?

 ここは戦闘のあった盆地から南西に七十キロ程進んだ場所であり、まだジンドーラム王都に近い街道上である。


 ワルナが道の脇に止まった馬車から降りたので、俺もそれに続く。

 前方に目を凝らすと、なるほど大量の馬車が砂埃を巻き上げ、地鳴りと共に向かってくる……いや、待てよ?

 車列の先頭を走る馬車のほとんどに馬が居ない。

 動力は魔法なのだろうが、客室の部分だけで走っている。


 これはもう車だな……いや、正面に鉄の装甲板らしき物が張られているので装甲車だ。

 乗っているのは兵士であろう、本当に機動部隊なんだな。


 俺達に気がついたらしく、馬車の隊列は速度を落とす。

 センサーで観測していたが、車列の減速は速やかに行われ、俺達の側を通過する頃には時速十キロ程度になっていた。

 これはワルナが持っている、無線みたいな魔道具と同じ物で連携しているな。


 車列は客車だけで馬の無い装甲車と、車馬が引く馬車の混成で後者は兵員輸送車なのだろう。

 立派な機械化部隊だ。


 御者台に乗っているのは鎧を着た兵士で、ワルナに対して胸に手を当てるポーズをとる。

 ワルナも同じポーズをとった事から、これは敬礼のような仕草なのだと推測する。


「我が名はワルナ・ナーヴァ・リトラ! リトラ伯爵家の長女でシャムティア王国騎士だ!

 どなたかっ! 行軍の説明を願いたい!」


 馬車の大軍に負けないくらいに声を張り上げてワルナが叫ぶ。


「これはワルナ卿、この度は大活躍だったそうでっ!

 リトラ伯が侵攻軍の司令官なのでそこでお待ちをっ!」


 車馬が引く馬車の御者が早口でそう答えた。


「父上が? ……侵攻軍だと?」


 え? これもしかして侵略戦争の真っ最中なの?

 こいつら、なんでこんなに素早いんだ?


 確かに今ならこの国は、完全に無力化されてるから楽に占領出来るけど、俺の撒いた伝染病が怖くないのか?

 もしかして無害化しているのを確認したのか?


 ああ、そうか、ジンドーラム国王が城から逃げ出した理由はこれなのか。


 ていうか俺、もしかして一国を滅ぼした?

 事の重大性に膝が軽く震える。

 この国も明日には、暴君の死以外は元通りになると思っていたのに……。


「全車停止! 全員降車! 整列!」


 俺がしばらく考え込んでいると、目の前の馬車から号令が聞こえ、街道の大軍が停止する。

 センサー範囲内の馬車は更に増え、四百台を超えてもまだ全体が現れていない。

 

 停車した全ての馬車から、乗員が機敏な動作で降りてくる。全員が武装した兵士だった。


「父上!」


 俺達の前に止まった馬車から降りた中年男性を、ワルナがそう呼んだ。

 男性は中肉中背で、細い目をしたその顔には穏やかで優しそうな微笑みが張り付いていた。

 そして、ワルナと同じ様に黒い翼と尻尾と角を持っている。


「やあワルナ、だが少し待ってくれ」


 中年がそう言って俺の前に跪く。銀色の鎧が着地する衝撃で小さな音が響いた。


「全軍、ひざー折れー」


 背後に居た兵士が魔道具らしきものに叫んだ後、同じ様に跪く。

 続いて、街道を埋め尽くす全ての兵士が、地に膝をついていく。

 軽い地響きが辺りに広がる。うお、壮観だな。


 そして、ワルナに父と呼ばれた中年男性が口を開く。


「大魔王陛下。この度は拝謁はいえつの機会をあずかり、恐悦至極に存じます。

 わたくしは、シャムティア王国の地方都市ナーヴァ領主たるリトラ伯爵家当主のゼファードと申します。

 どうかお見知りおきを願います」


 なんだこれ?

 なんで俺に対して、こんなに下手にでたんだ?

 大魔王をやっかい者だと思っているのはシャムティア王国も一緒だと思うんだが……ああ成る程、ジンドーラム王国でやった事がバレているのか。


 俺の生物兵器を初めとする武力が警戒されているんだ。

 意外にもシャムティア王国は、旧大魔王領の出来事に関心が高かったのかもしれない。


 しかし、脅威として認識されるのは避けたいな。

 ここは正直に答えるのが、一番警戒され難いだろうか?


「ワルナのお父さん、頭を上げてください」


 とりあえず、穏便な関係を強調して呼びかける。

 そう、俺は貴方の娘ととても良好な間柄ですよ、お父さん。


「俺は確かにフェンミィに召喚されましたが、大魔王になるつもりは無いので、かしこまらないでください。

 非常に居心地が悪いので……その、もっと気軽にお願いします」


 俺がそう言うと、ワルナ父は満面の笑顔になり、


「そうかい?」


 と言った。そして部下に指示を出す。


「全軍、直れ」

「全軍、なおーれー」


 魔道具による号令を受けて、跪いていた兵士達が立ち上がる。


「なら堅苦しいのは止めにしよう、僕もバン君と呼んで構わないかい?

 フェンミィちゃんは無事救出したんだよね?」

「はぁ……」


 そんな事まで筒抜けか。

 しかし、なんだろうこの人……。

 伯爵らしいのに軽い、威厳が皆無だ。ワザとかな?


「良かった。彼女はリトラ家の恩人なんだ。そして君もね

サティが世話になった、ありがとう」

「ああ、いえ、そんな……」

「なんなら、娘をどちらか嫁にだしてもいいよ、どうだい?」

「父上っ!」


 父親の軽口にワルナが突っ込みを入れた。

 いや、そんな冗談より聞きたい事があるんだが。

 俺はワルナ父に直球をぶつける。


「これ戦争ですよね?」

「そうだねぇ。でもこんな形の戦争は僕も初めてだよ、いや王国始まって以来かな? 

 本当に意識不明の住民が死ぬことはないのかい?」


 俺はもうこの人に、なにを知られていても驚かないだろう。


「ええ、明日の朝にはちゃんと目覚めますよ……って、待てよ、まさか皆殺しにする気じゃないでしょうね?」

「ふむ、だとしたら君はどうするかね?」


 ワルナ父の目が剣呑けんのんな光を帯びる。


「あなた方にも、同じ伝染病にかかってもらうしかないんですが……」


 俺は戦闘に備えて身構える。状況はかなり悪い。

 まずはフェンミィとワルナの安全確保からか……あ、いや待て、この場合ワルナとサティは敵か味方か?


「いやぁすまない、意地の悪い言い方だったねぇ」


 ワルナ父は破顔してそう言った。


「僕はひねくれ者で評判なんだ。

 心配は要らないよ、国にとって民こそが財産だ。

 差別無く、シャムティア王国の臣民として受け入れられる。

 正直な話、普通の住民は遥かに暮らしやすくなり、幸せを感じる筈だよ。この国の現状は酷いからねぇ」


 どうやらフェンミィ達を抱えて逃げ出す必要は無くなったようだ。


「治安を初めとして、なにもかも格段に良くなる筈だ。

 マフィアみたいな連中以外にとっては、喜ぶべき変化だと思うよ」


 ワルナ父の言葉に王都の酷い状態を思い出す。

 ココみたいな人間が住み易くなるなら問題ないか……だが、鵜呑みにしていいのか?

 確認してみよう、彼女なら正しく答えてくれる筈だ。


「ワルナ、本当か?」

「ああ、恐らく。

 だが父上、ここで誓ってもらおう。ジンドーラムの国民を不幸にしないために、最大限の努力をすると」


 どうやらワルナは、父親より俺の味方で居てくれるようだ。


「おやおやぁ、随分と仲良くなったね。うんうん、素晴らしい。

 そのまま彼に嫁いでくれてもいいんだよ?」

「……父上」


「冗談だよ、視線に殺意を込めるのは止めてくれ。

 君は素敵なレディだが、少々ユーモアが足りないと思うよ」


 ワルナ父は、さらに険しくなった娘の視線に肩をすくめた後、右手を挙げた。


「僕は名誉にかけて誓う。元ジンドーラム国民が現在より幸せになるよう、微力を尽くすと」

「うむ」


 父のその姿を見てワルナが頷いた。どうやら心配要らないようだ。


「それと……おい、あれを」

「はっ」


 ワルナ父が背後の部下に声をかける。

 部下は馬車の中から、小さな蓋のついた金属製の鍋を持ってくる。


「これフェンミィちゃんに、さっき作ったスープ。

 弱った胃にやさしい滋養食だから、人肌に温めて飲ましてあげてね」


 ワルナ父がそう言って部下を促す。


「あ、ありがとうございます」


 俺はその兵士から鍋を受け取った。


「お大事に。では失礼しますよ。全員乗車」

「全軍、乗車ぁ!」


 兵士が馬車へ乗り込んでいく。

 ワルナ父も俺に一礼した後、馬車に乗りかけたところで振り向いた。


「あ、そうそう、メイコ共和国の兵士が君の魔法にかからなかったのは知ってるよね?

 なぜだと思う?」


「さあ?」


 治療法が有るなら、ほかの兵士にも使っていた筈だ。

 本人の能力だとするなら、王が無事なのはおかしい。


「呪いや伝染病の予防薬が有るんだ。非常に高価で副作用も強いけどね。

 そして、この軍でも石火のレベルが極限に迫った精鋭、約百五十名が同じ薬を飲んでいるよ。じゃあ」


「父上っ!」


 父親が去り際にやった牽制けんせいに、ワルナが抗議する。


「ははは、また会おう」


 ワルナ父は手を振ってから馬車の中へと消えた。

 扉が閉まり、行軍が再開した。

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