第二十六話 誰も望まぬ存在

 俺達も馬車に乗り込み出発する。

 まだ延々と続く、シャムティア王国軍の車列とすれ違いながら帰路を急いだ。


「なんていうか……食わせ者って感じだな」


 俺は客車のベンチに座り、実の娘の前でかなり失礼な感想をこぼしてしまう。


「その通りだ。面目ない」


 ワルナは怒らず、むしろ申し訳なさそうにそう言った。


「あ、いや、ごめん。ワルナが謝らなくても……それに、少なくとも話は通じそうな人だったから助かったよ」


 しかし、情報が駄々漏れだった。いったいどうやって?

 シャムティアが情報収集した方法を知る必要があるな。 

 このままだと、ある日突然暗殺されかねない。


「……とはいえ今回の貴公の活躍を見れば、父上が警戒するのも分かる。

 たった一人で、国家と渡り合えるほどの戦闘力を持つのだからな」


「そうですよ、あんなに強いのに隠していたなんて、ずるいです」


 俺とワルナの会話に突然割り込んだのは、目を覚ましたフェンミィだった。

 彼女がベンチから身体を起こす。


「大魔王様は大魔王をやりたくないから、嘘をついていたんですか?」

「いや、あの時点では本当に修理中で戦えなかったんだよ。身体は大丈夫か?」

「はい、なんとか……」


 俺は少し焦る。

 嘘ではないが、やりたくなくて黙っていたのは事実だった。 

「本当に、誰も大魔王様復活を望んでいなかったんですね……ワルちゃんの王国も?」

「すまぬ、あれは私の嘘だ、どんな罰も受け入れよう」


 フェンミィの疑問にワルナが頭を下げる。


「いいよ、私の為にしてくれたんだよね?

 そっか、誰も……大魔王様本人すら望んでなかったのかぁ……」


 遠い目をして寂しそうにフェンミィが笑った。


「うん、分かった、諦めるよ。誰も喜ばないなら意味ないもの。

 そうですよね、大魔……ええと、バンさん」

「ああ……まあな……」


 なんだろう? なんかしっくりこない。

 もちろん俺に大魔王をやる気はない、でもなんだ? この感情は……。


「そうだフェンミィ、スープがあるのだ。

 サティ、温めてもらえるか?」


 ワルナがぬいぐるみに向かってそう言った。


「うん、分かった」


 そういえばサティが静かだったな。

 さっき停車した時も、馬車から降りようとしなかった。

 御者席に居たぬいぐるみも、いつの間にか客車内に入っていたし。

 父親と上手くいってないのかもしれない。

 無理もないか……。



 ◇



「なんか、とっても疲れちゃった」


 スープをカップで一杯飲み終わったフェンミィが、力なく笑った。


「ああ、また眠ると良い」

「……うん」


 ワルナが促して、フェンミィが横になる。

 彼女が静かな寝息をたてるまで、そう時間はかからなかった。


「フェンミィが、大魔王の真実を受け入れてくれて良かった。

 飲み込むのは簡単ではなかっただろうに……」


 ワルナはほっとした表情だ。


「そうみたいだな」


 俺も同意する。これで良い筈だ。

 ワルナは、眠るフェンミィの毛布を整えながら言葉を続ける。


「フェンミィの村が襲われた時の話だ。

 目の前で両親が嬲り殺される瞬間、彼女が繰り返し叫んでいた言葉が、『助けて大魔王様』だったそうだ。

 大魔王とは彼女の希望だったのだ」

「そうか……」


 車内の会話が途切れる。

 行軍する車列とのすれ違いは終わっており、その総数は二千を超えていた。

 後方の馬車は荷馬車だったらしく、御者以外兵士の反応が無かったが、それでも兵力一万名は余裕で超えているだろう。

 機甲師団と言って良い。


 これだけの大軍なら当然、他の街道も利用しているだろうから、投入された戦力は数倍なのではないだろうか?

 これは敵に回したくないなぁ……。

 俺はそんな事をぼんやりと考えていた。



 ◇



「バンお兄ちゃ~ん」


 太陽が沈みかけた頃、俺たちはリトラ家の館に着き、馬車を降りたとたんにサティが俺の胸……いや、腹に飛びこんできた。


 ドンッ

「あうっす」


 あれ? 今ココの声が聞こえたような気がしたのだが、辺りにその姿は無い。


「お帰りなさい。ねえねえ、サティ頑張ったよ?」


 俺に抱きついたまま、そう言って小首を傾げるサティ。

 そうか、ぬいぐるみには何度も礼を言ったが、直接本人には初めてだな。


「ああ、ありがとう。おかげで助かったよ」


 俺はサティの頭を優しく撫でながらそう言った。

 こうして無事に帰って来れたのは、紛れもなく彼女のおかげだ。いくら感謝してもし足りないだろう。


「えへへ~」


 嬉しそうに目を細め、俺の腹に顔を擦り付けるサティ。

 相変わらず黒いゴスロリ風の衣装を着ていたが、前に見たものとはデザインが違っているようだった。


「仲良いね、二人共」


 フェンミィが馬車から降りながら、そう言って微笑む。

 睡眠と栄養をとって少しは回復したようだ。

 とはいえ、足取りが今ひとつおぼつかない。


「大丈夫かフェンミィ? 手を貸そうか? なんならお姫様抱っこでも……」

「大丈夫ですよ。ご心配おかけしてすみません、だいま……バンさん」


 俺の軽口にフェンミィが笑顔で答える。


「彼女は私が休ませよう。来客用の寝室は整っているか?」

「はい、姫様」


 ワルナがそう言って、館の使用人と一緒にフェンミィを促す。

 着替えとか、汚れを落としたりもするのだろう。

 俺が役にたてる事は無さそうだなと思っていると、サティが俺から離れる。


「あっそうだ、お着替えの途中だったんだ。

 お出迎えにおめかししようと思って。

 バンお兄ちゃんの前で裸はかわいそうだよね?」


 そう言ったサティの手には、二十センチくらいの人形が握られていた。

 俺からは後ろ姿しか見えないが、非常に精巧に出来ている。

 全裸で、肌には人と違う光沢があるのだが、造形はまるで生きている人間をそのまま縮めたかのように繊細だ。


「えいっと」


 サティがそう掛け声をかけると、何も無い場所に小さなキャビネットが現れる。

 相変わらず非常識な魔法だな。


「服はドレスにしましょうね~、下着はコルセットかな?」


 サティは着せ替え人形に夢中みたいだ。。

 うん、子供らしくて良い光景だな、ここが館の玄関先でさえなければ。

 使用人達はサティに近寄らず、誰も注意する者は居ない。

 ……というか、皆なんか怯えてないか? まだ仕方ないのかもしれないけどさ。


「コルセットをぎゅっと」

「ああうっす」


 あれ? またココの声が聞こえた気がする。

 普通の人間なら聞き逃す程の小さな声だ。

 だが、声のした場所にはサティしか居ない。


「できたーっ。見て見て、バンお兄ちゃん。かわいいでしょう?」


 そう言ってサティが俺の前に人形をかざす。

 おお、可愛い……というか美しい人形だな。


 完璧な比率で整った鼻と口、大きな目だけはややタレて愛嬌を感じさせるが、そのおかげで冷たい印象を与える事が無い。

 長い足、細い腰に形の良い豊かな胸と尻で、男性の夢が具現化したようなスタイル。

 年齢は二十歳くらいだろうか? 

 ピンク色の、長く繊細な美しい髪もよく似合っていた。


「……って、あれ?」


 可憐なドレスを着たその人形はココにそっくりだった。

 俺の背中に冷たい汗が流れる。

 いや似てるだけだよな? だって肌の質感は、いかにも人形っぽくてつるっとした感じだ。

 そうだ、まさかそんな……。


「あ、バンさん、お帰りっす」


 人形が片手を上げてしゃべった。


「ココじゃねーか!」


 大人の女性が生きたまま小さくされて、幼女の着せ替え人形として裸で弄ばれていた。

 ホラーだよサティさん! 使用人の皆さんが怯えているのは、もしかしてこれのせいですか?

 

「却下! 却下だ! この人形を元に戻しなさい!」

「えーっ! だってココが良いって言ったよぉ」


 なんだと?


「ココ?」

「あいっす。バンさん。ああしはこのままで良いっす」


 サティの手の中で、ココがなんの気負いも無くそう言った。


「ヤバいっす、サティ様。大きくて強くて優しくて温かいっす。

 心細くてビビってたああしを抱きしめて、守ってくれるって言ったっす。

 安全で、柔らかくて良い匂いで、すっごい包容力っす。ああし、サティ様の子供に生まれたかったっす」


 おい、いい大人が幼女に何言ってるんだ……。

 サティが呼び捨てでココが様をつけているのに違和感があるが、身分を考えれば当然なのかもしれない。

 そこは許容しよう。


「それに、何もかも美味しくて腹いっぱいっす。食べきれない巨大なケーキとか、夢っす、あの世っす、ここは天国っす」

「正気に戻れ、ココ! お前、幼女の玩具として一生を終える気かっ!」

「もーそれで良いっす!」


 いかん、ココは元々尊厳とは無縁だったから、完全に人として間違った方向へ進んでいる。

 ええい、こうなったら本人の意思なんか無視だ!


「いけませんサティ! 許しませんよ! 元に戻しなさい!」


 なんだか母親みたいな口調になってしまった。


「え~、バンお兄ちゃんなんかズルい」

「なんと言われようと駄目だから!」


「む~っ」


 不満そうなサティが拗ねるようにうなった後、不意に表情を明るくする。


「じゃあ、バンお兄ちゃんを時々ぬいぐるみにして良いなら、ココのお人形は諦めるよ」


 交換条件だと? む……交渉上手じゃないかサティ。


「聞いてくれないなら戻さない」


 そう言ったサティがぷいっとそっぽを向く。

 仕方ない、ココが人形のまま一生を終えるよりずっとマシだ。


「わかった、その条件を飲もう」

「わーい、なら戻すね」


 ポンッ


「あうっす」


 ココが元の大きさに戻った。着ているドレスもちゃんと大きくなっていた。サティの魔法は何度見ても非常識だな。


「ああう、ああしそのままで良かったのに……」


 恨めしそうに俺をみるココ。


「アホかっ! 人間としてちゃんと関係を作れ!

 そして人としての幸せを探せ!

 だいたい、あんなのサティの教育にも悪いわっ!」


 俺はとりあえずココを叱る。最低限で満足するのは止めてくれ、頼むから。


「あうっす……分かったっす。でもまた行くところが無くなったっす」


「よし、ならばサティ付きの世話係として雇おう。

 どうだ? 当家の使用人となるが、恩人ゆえ厚遇しよう」


 いつの間にかワルナが戻って来ていて、そう言った。

 フェンミィは眠ったのだろうか?


「それがいいよココ、ずっと一緒だからね」


 サティがココに抱きついてそう言った。


「あいっす、サティ様」


 良かった、ホラー展開は脱したようだ。


「しかし、ココは随分とサティに気に入られたんだな」


 兵士と共に俺達より先に帰ってはいたが、この館に居た時間はまだ二日程度だ。


「だって、バンお兄ちゃんとココだけだよ、サティの事を全然怖がらないの」


 俺の疑問にサティが答える。


「あれ? そうなのか? ワルナは? フェンミィは?」

「二人共、少しだけだけど、サティを怖いって思ってるよ。

 あと、ごめんなさいって気持ちと、がんばって仲良くなりたいって感じかな」


 ワルナが罪悪感を感じていて、フェンミィは怖がらないように努力してるのか。

 しかし、この子のどこに怖がる要素があるんだろう?


「お姉ちゃん達は、サティの事を真剣に考えてくれてるから好きだけど、それでも、サティが側にいるとあんまり楽しくないみたい」

「そ、そんな事はないぞ、サティ……いや、そうかもしれぬ、すまぬ……くっ」


 ワルナが真剣に落ち込んだ。今にも膝から崩れ落ちそうだ。


「ううん、しかたないよ。大丈夫、お姉ちゃんの事は大好きだから」


 サティが慌ててフォローを入れてる。

 全くココといい、どっちが年上なんだか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます