第六十三話 背負うべき代価
「こっちにも生存者だ、ゼロノ、頼む」
「はいは~い」
戦闘形態の俺が
俺達は爆撃で出来たクレーターの周囲で、生存者を探し回っていた。
敵の魔法治療師は後衛部隊に居た為、本格的な治療魔法が使える者はゼロノしか残って居らず、彼女は大忙しだ。
今回、奇襲してきた敵は、情報通りリザードマンの大国ガガギドラだ。
そして、その方法は転移用のゲートを魔法で作り出すという、この世界の常識を覆すものだった。
ゲートを提供したのはなんと奴隷商人ギルドらしい。
そんなギルドが存在する事すら初耳だったが、奴隷の首輪もそこが製作し、安価で販売していると聞けば納得だ。
魔法の技術に優れたギルドなのだろう。
しかし、シャムティア王国にも同じ事をしていたが、たかが商人のギルドが、大国を敵に回すような事をしても平気なのだろうか?
「大魔王様、ここにも生存者が」
獣化したままのフェンミィが、
耳と鼻が良い獣人達数名にも手伝ってもらっている。
「ゼロノ、頼む」
「はいはいっと」
救出されたのは今度も小さな人型の獣、人獣族の奴隷魔術師だ。
今回の敵兵力は総数約一万三千人で、なんとそのうち七千人以上が奴隷兵士だった。
特に後衛が
「……畜生」
気分が悪い。
これが普通の兵士なら、彼らも覚悟の上なのだと割り切れた。
だが奴隷は違う。
命令には逆らえず、無理やり戦場に連れてこられた者達だ。
そして、俺はそれを
気分が悪い。
大魔王国の行方不明者四名も未だに消息が分からない。
俺のセンサーが大きな石の下に微弱な生命反応をキャッチする。
慎重にその巨石を持ち上げると、かろうじて生きている人獣族が居た。
「ゼロノ、こっちも頼む」
「ちょっと待って」
俺はダークエルフの魔術師を呼ぶが、まだ前の応急処置が終わらないようだ。
目の前で瀕死の人獣族は、両足を巨石にすり潰され、毛皮の腹が裂けて内臓が飛び出ている。
もちろん奴隷の首輪を付けており、どうやら女性のようだ。
「痛みを遮断しろ」
俺は人獣族にそう命令する。
奴隷の首輪は想像以上に支配力が強く、こんな無茶な命令すら通ってしまう。
俺はその上で、潰れた足をレーザーで切断する。
足の出血は止まったが、腹の傷は俺では対処出来ない。
「し……死ねな……い、私が死……んだら……子供達……が……」
人獣女性が消え入りそうな、か細い声でつぶやく。
「ゼロノ、まだかっ!」
俺の語気が荒くなる。
「ちょっと待ってってば、怒らないでよ」
くそっ、気分が悪い。
国民全ての命がかかった戦争だった。
手加減など論外だ。
同じ状況になれば、俺はもう一度同じ事をするだろう。
だが、それでも気分が悪いものは悪いのだ。
「畜生……まだかっ! ゼロノっ!!」
◇
「バン! 良かった、勝ったのだな」
「バンお兄ちゃん!」
ワルナとサティが、まだ止まり切らない馬車から飛び降りて、出迎えた戦闘形態の俺に駆け寄ってくる。
時刻は午後二時過ぎ、場所はあちこち破壊された城下町の城へ続く街道の上。
国境に待機していた空白地帯で戦える兵士より、地方都市ナーヴァから出発した部隊の方が早く着いていた。
大魔王国にダンジョンコアからの魔力が満ち、車馬の機動力が存分に発揮できた結果だ。
リトラ侯爵家の保有する兵士と、ナーヴァに居た精鋭の混成部隊でその数約八百名。
街道を埋め尽くすような数の馬車を、すぐに運用出来る機動力は、さすがとしか言い様がない。
「見事だ、まさかその人数で退けてしまうとはな」
「あ、ああ、ありがとう」
ワルナはよほど心配してくれたのだろう、満面の笑顔だ。
「バンお兄ちゃん?」
それに対してサティは不思議そうな顔をした後、俺にそのまま接近する。
「あ、待った……」
またおでこをぶつけて文句を言うのかと思ったが、今回のサティは慎重で、戦闘形態の俺にそっと抱きついた。
そして俺を見上げて言う。
「ね、だいじょぶ?」
「え?」
「サティがぬいぐるみにして、抱きしめてあげようか?」
ああ、そうか、俺の心境なんか筒抜けだったな。
この子に心配をかけるとは情けない。
「ありがとう大丈夫だ。今楽になったよ。サティのおかげだな」
俺はサティの頭に、固くごつい大きな手をそっと乗せる。
「えへへ~」
サティは嬉しそうに笑った。
そうだな、俺が歩くと決めた道はこういうものだ。
今更迷う事など許されまい。
ならば不機嫌を態度に出すなどみっともないだけだ。
この程度、無理やり押さえ込め。
「ワルナ、従軍している魔法治療師を集めてくれ。
重傷者が沢山出ている。
それと、探知の魔法が得意な兵士が居たら貸してくれ。
それ以外は捕虜の監視を頼みたい」
「心得た」
ワルナは力強くうなずいてくれた。
◇
「じゃあ人手も増えたようだし、私は帰るから。も~
ダークエルフの魔術師ゼロノが、疲れた顔でそう言った。
「ああ、本当に助かったよ、ありがとう」
もし彼女が居なければ、負けていたかもしれない戦争だった。
「貸しよ、貸しだからね。忘れたら嫌よ」
「もちろんだ、ちゃんと覚えておくよ」
相変わらず
全く信用されてないな。
「じゃあね、大魔王様」
そう言って軽く手を振った後、ゼロノは軽く浮いて、城下町の街道を滑るように飛んで消えていった。
「さて、捜索に戻るか」
俺がそうつぶやいた時、一緒に捜索をしてくれていたガールルが言う。
「ね、大魔王様。結局、あの人は誰だったの?」
「え?」
何言ってるんだ?
「ゼロノだよ、元大魔術師の元一番弟子。
昨日の宴会で
「昨日の宴会で? あんな人居なかったと思うんだけど……」
いやいや、けっこう会話してたじゃないか。
「大丈夫かガールル姉さん? 頭とか打ってないか?」
「姉さん?
まあ、それは大丈夫だけど……ウルバウは覚えてる?」
ガールルが、同じく捜索を手伝ってくれているウルバウに尋ねる。
「いえ、自分も記憶にありません。
大魔王陛下、本日、開かずの扉前で出会ったのが初対面だと思いますが?」
なんだと?
俺は気になって他の獣人達にも聞いて回ったが、答えはガールルやウルバウと同じだった。
待ってくれ、どういう事だ?
俺の記憶が間違っているのか?
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