第六十四話 戦後処理
瓦礫だらけとなった城下町でゼロノを見送った後、俺はフェンミィに昨日の夜の事を覚えているか尋ねてみる。
「はい、覚えてますよ。
みんなに名前を覚えて欲しいって言ってましたよね」
フェンミィが宴会のゼロノを覚えていた。
俺の記憶違いじゃない。だがなぜ他の獣人は覚えていないんだ?
あいつが魔法でなにかしたと考えるのが妥当だが、なんの為に?
それに、敵を退ける事に懸命でそこまで気が回らなかったが、あいつ、どうして大魔王城について詳しかったんだ?
大魔術師の一番弟子だからかとも思ったが、アルタイはゼロノみたいに詳しくはなかった。
一緒に戦ったというのに相変わらず得体が知れない。
やはり警戒しておくべきなのだろうか?
◇
その日の夜、大魔王城の執務室。
城は本来の様々な機能を取り戻しており、天井の一部が魔法で発光し、ランプとは比較にならない明るさで室内を照らしていた。
「行方不明だった村人四名の死亡が確認されました」
獣化したままのウルバウが淡々と報告をする。
「……そうか」
「そんな顔をするんじゃないよ!」
ズバンッ
「げっほっ、げほっ」
俺は人型に戻り、椅子に浅く座っていたので、同じく人化しているウミャウおばさんに背中を叩かれた。
そうだった、
「行方不明者の
重傷者はシャムティア王国の魔法治療師が、適切に処置しております。
捕虜についてですが、遅れて到着したシャムティアの奴隷兵士が上手く管理している模様です」
「ありがとうございます」
俺はウルバウの報告に礼を言った。
「では陛下、自分は引き続き各所への連絡を受け持ちます」
「お願いします」
ウルバウは一礼して部屋から出て行った。
「どうにか落ち着いてきましたね」
そう言って穏やかに笑ったのは、耳と尻尾以外は人の姿に戻ったフェンミィだ。
俺に気を使っての事だと思うが、やはりどこか笑顔がぎこちない。
無理もない、獣人村は全員が親戚の様なものだろうから。
「では、今後の事を話し合おう」
そう切り出したのはワルナだ。
今、執務室には俺とフェンミィ、ワルナにウミャウおばさんが居る。
「兵站の維持が可能になったので、このままシャムティア軍の駐留を提案したい。
私は父上から全権を委任されている」
「こちらから頼むよ、ありがたい」
彼ら抜きでは、もう成り立たない状況となっている。
魔力の空白地でなくなった為、獣人達との折り合いを気にする必要があるだろう。
「リザードマンの王国ガガギドラに対する、賠償金と身代金の請求も必要だ。
場合によっては報復も必要になるだろう」
「身代金はともかく報復って、こちらから戦争をしかけるって事か?
さすがにそれは出来ないな」
どんな理由が有っても、戦争を手段として用いるのは嫌だ。
「言いたい事は分かるが、国家というのは舐められると終わるぞ。
戦争を含めた、ありとあらゆる敵対行為を招く。
揉めるとやっかいな国だと思わせなければならない。
これは真理で義務だ」
「いやいや、それじゃマフィアだ」
「マフィアより厳しい世界なんだぞ」
「う……分かった、考慮する」
ワルナの言う事が正しいのだろう。
それでも、こちらから戦争を仕掛けるつもりにはなれない。
死ぬのは普通の兵士だけではないのだ。
それに実験の結果、リザードマンにはインフルエンザが効かなかった。
こうなると、そう簡単に国家を相手にすることは出来ない。
「ともかくまずは交渉だ、向こうから使者が来る可能性は高いが、場合によってはこちらから送る必要があるだろう」
「分かった」
俺はワルナの言葉にうなずく。
◇
「緑色の……ゴリラ?」
球体関節を持つ、石とも金属ともつかない様な材質で出来たゴーレムが三体、城の廊下を修復している
体高は一メートル五十センチ程で、緑色を基調とし、デフォルメされた丸っこいゴリラという感じだ。
かなりの力持ちで、整えられた巨石を軽々と持ち上げている。
俺は怪我人の状況を確認する為に、城の一階廊下を歩いている途中だった。
「汎用中型オートマタであると回答します」
一緒に作業をしていたホムンクルスのオルガノンが、そう教えてくれた。
相変わらずメタリックな青いスーツを着ている。
「こんな便利な物があるのか、なら修復は問題ないな」
良かった、これなら城の修復問題は解決したも同じだと思った。
だが、俺の気楽な言い草に、比較的無表情だったオルガノンの眉間にシワがより、目つきが険しいジト目に変わる。
「本機は大魔王城、及び周辺都市における甚大な損害に対し、猛烈な不満を表明します」
う……とても分かりやすく怒っている。
大魔王城は彼女にとって大切な物なのだろう。
「ご、ごめんなさい」
俺はオルガノンに頭を下げる。
観光資源にもなりそうだった、見事な石造りの大魔王城と城下町は、惨たんたる有様になっていた。
それを、こんな時間まで頑張って直してくれている彼女に向かって、あまりに無神経な言葉だったと思う。
「謝罪を受理します。但し、再発の防止を断固として要求します」
「はい、謹んで、すいませんでした」
この子に益々嫌われた気がする。
まあ、初対面から好感度は最低っぽかったけどさ。
「申し訳ないけど、頼むよ」
そう言った後、オルガノンに背を向け立ち去ろうとした俺は、ふと気になった事を口に出していた。
「しかし、なぜ緑のゴリラなんだろう?」
「可愛いからと回答します」
そんな小さな声が背後からボソっと聞こえた。
俺が振り向くと、オルガロンはジト目で睨んだままだった。
今のはこの子が言ったんだよな?
確認したかったが、全身から、今の件については話しかけるなオーラが出ていたので諦めた。
◇
「今度は黄色い……蟹か?」
翌日の朝、捕虜となった敵司令官と会談した後、俺は城下町を歩いていた。
奴隷ではない捕虜達は、城下町の外に広がる平原に張ったテントで生活しており、魔力空白地でも戦える一万の奴隷兵士によって監視されている。
そして、城へ向かっていた俺は、あちこちで働く馬車より大きなゴーレムを発見したのだ。
今度は黄色を基調とし、球体関節を持つデフォルメされた蟹だった。
両手がハサミの蟹も居れば、ユンボのバケットやドーザーブレードみたいな物が付いた蟹も居た。
というか黄色と相まって重機に見える。
ゴーレム達は、俺が作ったでかいクレーターをならしていた。
「汎用大型オートマタであると回答します」
俺の背後からやって来たオルガノンがそう答えてくれた。
「そうか、派手に壊して本当にごめんな」
「謝罪は受領済みであると主張します」
「そっか、ありがとな」
俺がそう言うと、オルガノンの眉間にシワが出来て、ジト目がキツくなる。
あれ? なにか怒らせる事を言っただろうか?
ここまで嫌われていると、きっともう何を言っても気に障るんだろうなぁ……。
「大魔王陛下!」
城の方からウルバウが走って来た。
「謁見を希望する者達が参りました。
奴隷商人ギルドの人間だと名乗っております」
謁見? 奴隷商人ギルドだと?
捕虜の言葉を信じるなら、今回の奇襲を可能にした連中だ。黒幕の可能性すらある。
どうして今? ここに?
「お会いになりますか?」
「分かりました、行きます」
奇襲の元凶、奴隷制度を支える元締め。
気に食わない連中だが、捕虜の言うとおりなら転移ゲートを持っている筈だ。
その魔法と対抗策は是非欲しい。
◇
「立ち上がってくれて構わない、儀礼は省いて合理的にいこう」
大魔王城にある謁見の間で俺がそう言うと、膝を着いてうつむいていた、奴隷商人ギルドから来たという男達が立ち上がる。
「ありがとうございます大魔王陛下、ではお言葉に甘えましょう。
いきなりの訪問、ご無礼ご容赦お願い致します。
わたくしは奴隷商人ギルドのウォーチャード・リツミと申します」
先頭に居た男がそう言った。
ウォーチャードと名乗った男は、二十台後半から三十台前半と言ったところだろうか?
目が細く糸のようで物腰は柔らかく、顔に笑顔が張り付いている。
「分かったウォーチャード、用件を聞こうか?」
「さすがは偉大なる伝説の大魔王陛下、話が早くて助かります。
先ずは此度の戦争、大魔王国の勝利をお祝いさせて頂きましょう。
そして、多数の捕虜を獲得なされたとの事。
その管理にお困りではありませんか?
もしそうであれば、わたくしどもがお役に立てると思います」
奴隷の首輪の売り込みか。
昨日の今日だぞ、商魂たくましいにも程があるな。
「奴隷の首輪は必要ない、だが、転移ゲートが欲しい。
良い宣伝だったぞ、ガガギドラにはいくらで売った?」
俺は真正面から攻める。
どうせこちらには切れる手札がほとんど無い。
「…………」
奴隷商人ウォーチャードは笑顔のまま少しだけ黙った後にしゃべりだす。
「残念ながら、わたくしはその様な商品を扱っておりません」
「ならば出直せ、扱っている者を連れてな。金は惜しまない」
「…………」
再び暫しの沈黙が訪れ、俺達は顔を見合わせる。
「分かりました、出直します。
本日は拝顔の栄に浴し恐悦至極に存じました。
どうか末永きご
奴隷商人達は優雅な一礼をして退出していった。
なんというか、リトラ侯爵を思い出すような食えない感じの男だったな。
しかし、金が必要になるかな?
ああは言ったが大金など無い。
以前発見したような無造作な宝物庫……いや、物置が他にもないだろうか?
オルガノンに尋ねてみるか。
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